時々、どうしようもなく泣きたくなる。涕涙を忘れない様に、生を確認する様に…平穏が、壊れない様に。正臣が消息を絶ってからも帝人と杏里とは学校で何時も一緒にいるけど、何かが変だ。一人減って三人になった事が原因ではない、と思う。関係がぎすぎすしている訳じゃないし、外面的な変化がある訳でもない。それでも少しずつ、音も立てずに歪んで行くそれに気付き始めてから、日常が日常ではなくなって行く感覚がして、ぞっとした。私達は目に見えない変化に侵食されて行っている。其れと無く、確実に。二人は気付いているんだろうか、気付かない振りをしているんだろうか。私達のこれからを憂えて溢れる涙は止まない。重力のままに落ちて行くそれを拭う事もせずに、唯々泣き濡れる。

「また泣いてるの?」

「みか、ど…。」

聞き慣れたテノールと、見慣れたあどけなさを残した顔。困った様に眉を顰めさせる彼は心優しい青年、だ。きっと、本心から心配してくれている。疑心暗鬼になりがちな自分が嫌になる。帝人や杏里が正臣とはまた違う、どこか遠くへ行ってしまう気がして焦りが募る。

「帝人…私、私ね…。」

はたと気付く。これを告げてしまえば元の日常に戻れなくなるんじゃないかと。只でさえ今の日常に不信感を抱いているのに、自ら悪化させるつもりでいる私。それでも、今迄この身に溜めて来た気持ちの全てを吐き出したくなるこの衝動は、どこへぶつければ良いのか。ぐらぐらと吐き気がする程の目眩が襲って来て倒れ込みかけるが、帝人に肩を支えられた。

「大丈夫?顔色良くないよ。」

嗚呼やっぱり可笑しい。以前の彼なら、私が倒れたら尋常じゃない慌て方をした筈。自惚れなんかじゃなくて。帝人の内に潜む怪物染みた何かが蠢いている。それは、何時か帝人を飲み込んでしまうんだろうか。

「み、かど…おいてかないで…。」

「…君を置いてなんか行かないよ。」

綺麗に微笑んでいる筈なのに、瞳の奥に冷めた色がちらついて身体の芯から冷えて行く。彼は、竜ヶ峰帝人で、少し気弱な心優しい青年。その筈なのに…目の前の彼は彼じゃない気がして、涙に濡れた頬を拭ってくれた手付きに肩を跳ねさせてしまった。一瞬見せた無表情が酷く恐ろしく、冷やっとした手とその顔に、恐怖で固まってしまう。

「ご、め…びっくり、して…。」

「…ううん。」

帝人の張り付けた笑みを凝視していると、首を締められている様な息苦しさに襲われる。違う、違う、全部気のせいだ。そういう事にしておかなきゃ、今迄築いて来たものが崩れてしまうじゃないか。今は唯戻れる事を期待して、偽りの日常を甘受して生きて行く事しか出来ないんだろう。



烏有に帰す 100321
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -