昼休みを知らせる鐘が鳴って、一目散に教室を出て駆け足で屋上へと向かう。学校生活では先輩と長く居られるこの時間が一番の楽しみで、何時も彼女より先に屋上へ着くようにしている。クラスまで迎えに行きたいと云う気持ちはあるけど、彼女は目立つ事や冷やかしを嫌う。故に、先に屋上へ来て彼女を待ち焦がれる訳だ。先輩より後に着くって事は、彼女に会うと云う掛け替えのない時間が減ってしまうって事だから。古びれた屋上の扉を少し開けば、鋭い強風に煽られる。重たい扉と強風に目を細めた。隙間に体を滑り込ませ扉を放すと、それは勢い良く音を立てて閉まる。扉に向いていた体を反転させれば、快晴の下で仰向けになっている存在が視界に入り、目を丸くした。先輩…サボったのか。彼女は極稀にサボる事があったけど何時も保健室の寝台で寝ていて、それを俺が迎えに行っていた。まさか屋上で横になってるなんて…。呆れながらも近寄ってみれば、矢張り眠っている。先輩の横にしゃがみ込んですやすやと眠る寝顔をじっと見ていると、不意に唇へと目が行った。半開きのグロスに濡れた艶やかな朱唇に目を奪われ、硬直する。無防備に眠る彼女の柔らかそうなそれに自分の唇を重ねられたら、と考えただけで理性が吹っ飛びそうになる。今直ぐ頭から冷水を被りたい。目を逸らしたものの、寝ている間に乱れた制服から太股や鎖骨が諸に見えていて、刺激的なそれに慣れない俺は鼻を押さえて青空に目を向ける。どうやら鼻血を出す事は免れた様だ。保健室で寝ていてくれたら布団に隠れて見えなかったのに…。そのままの体勢がきつくなって、取り敢えず地面に膝と両手をつく。引き続き先輩を見ない様にして、声を掛けた。

「せ、先輩。起きて下さいよ!」

…うんともすんとも返って来ない。強風が吹く中で何故こんなにも深い眠りに就けるのか。それよりも俺は一体どうしたら…。思考をぐるぐると巡らせていたら、突然腕が引かれて先輩の体に倒れこむ。一瞬固まるが、腹部に柔らかいそれが当たっている事に気付いて顔が熱くなった。

「な、え、あ…。」

「言葉になってないよ青葉。」

可笑しそうな笑い声が耳を叩き、遊ばれているのだと気付く。俺の腕を掴んでいる彼女の腕を振り払って、慌てて其処から体を退けた。

「…起きてたんですか?」

「今起きたんだよ。」

その言葉の真偽は定かではない。にっこりと怪しく微笑む彼女はとても策士だ。何時でも俺の一歩前を行き、裏の裏の裏までかく。彼女に勝てた例は無いし、だからこそ俺はこの人に惹かれているんだろう。と言っても何時もこんな調子と云う訳では無い。基本は優しい人なんだけど、ふとした時に悪戯心が働くらしい。今回の様に。

「顔真っ赤にして、可愛いなあ青葉は。」

「嬉しくないです。」

むっと唇を尖らせると、先輩はよしよしと俺の頭を撫でる。俺が可愛いと言われて喜ばない事ぐらい知っている筈なのに。やっぱり先輩は狡い。でも、撫でられている内にそんな思いは消し飛んでしまうから、彼女の手は魔法の様だ。眉尻を下げて彼女を見れば、俺の全てを見通している様な柔らかい眼差しを向けるから、それに溺れる事にした。



きみの魔法ならほどけない 100318
title by 幸福
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テーマ「人外ファンタジー」
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