真夜中、自宅の呼び鈴を何度も鳴らされ、扉のノブをガチャガチャ回し拳で忙しなく叩かれる音で目覚める。眉間に皺を寄せ目覚まし時計を見れば、短針は3を指していた。こんな時間に傍迷惑な訪問の仕方をする奴は、俺の知る限り一人しかいない。皺を深くさせ、舌打ちをする。正直放っておきたいが、このままじゃ騒音は止まない。仕方なく眠気を捨てる様に頭を掻いて、寝台を降りる。部屋の電気を点けて、玄関まで物憂げに歩き嫌々扉を開けると、女が突っ込んで来た。余りの勢いに驚いて、侵入を容易く許してしまった。白いパンプスを脱ぎ散らかして、廊下を思いっ切り走って行った。心なしか伏せていた顔が涙に濡れていたから、一歩譲って人の家に無言で上がった事は許そう。彼女の後を追えば、勝手に寝台で蹲り、布団を被っていた。ついさっき迄静穏だった空間が、嗚咽を堪えて鼻水を吸う音で満ちる。無遠慮にも程がある女を面倒だと思いながら、無理に追い出す事が出来ないのは惚れた弱みと云うやつだろう。彼女が蹲る寝台に腰掛けて、溜め息を漏らす。どうせ又交際している相手との痴話喧嘩に違いない。

「あのさ…一々痴情の縺れで来られても迷惑なんだけど。」

余計に泣かれても困るからと、なるべく優しく声を掛けるも、彼女は布団を被ったままさめざめとしているだけで全く口を開こうとしない。気を揉みながらも心を落ち着けて、毎度お馴染みの質問をする。

「…分かった。分かったから泣くな。今度は何があったの?」

溜め息混じりにそう聞けば、彼女は待ってましたとばかりにがばっと布団を剥いで体を起こした。

「うわ、酷い顔。」

「うるさいですよ!慰めたいんですか?貶したいんですか?」

「正直どうでもい」

「慰めたいんですね分かりました。」

この女…。額に青筋が浮かんだ気がした。人の言葉をわざと遮って勝手に決め付ける辺り、本当に図太い神経をしている。女は顔を涙でぐしゃぐしゃにしたまま、シーツで鼻をかむ。…追い出して良いかな?

「…浮気された。」

「ああ、遂に?」

「遂にって何ですか!?それに大分前からって言われました!」

彼女は興奮して大声を上げ、呼吸を荒げる。気付かなかった君も君だよね…と云う言葉は飲み下しておく。言っても憤慨するだけだろうし。

「う、しかも…別れようって…。」

「あーもう分かったから泣かないでよ。」

止まっていた涙がぼろぼろと目の縁から流れ、両手で顔を覆う彼女。抱き締める様にその背中を擦ってあやそうとするが、中々泣き止まない。何度か彼女が交際相手の男と歩いているのを見たが、あんな男のどこが良いのか…。喫茶店などに入っても、割り勘か全部彼女に払わせるかだった。利用されているだけだと気付きながらも健気に男を想い続けた彼女は、結果こうして又泣き寝入りをする。正に愚の骨頂だ。何故こんな困ったちゃんに好意を寄せているのか…自分で自分が分からない。一際大きな溜め息をついて、気持ちを吐き出す事にした。

「そんな奴忘れて俺にしたら?俺なら君を泣かせたりしないよ。」

ピタリと泣き止んで恐る恐る顔を上げる彼女の目線を捕らえる。金魚の様にぱくぱくと口を開閉しながら頬を赤く染める姿に、可笑しさから口角が上がる。

「アホ面。」

「な、し、失礼な!」

俺がクスクスと笑うと、すっかり頬を真っ赤に染め上げた彼女は、恐らく先程とは違う理由で目に涙を溜めている。

「で、返事は?」

耳元で囁けば、彼女はびくっと肩を上げる。羞恥からの涙目に欲情しなくもないが、無理矢理事に及びでもして嫌われるのは勘弁だ。

「う…もう少し待って下さい。」

「あんまり待てないよ?」

「三日!」

「えー、今日。」

「あ、明日…で。」

「うん、良いよ。」

小さく「鬼畜…。」と云う言葉が耳に入った気もしたが、聞かなかった事にした。耳まで真っ赤にして俯く彼女をニヤニヤと口元を弛ませて見る。明日が楽しみだ。返事がノーの場合など考えていない。まあ、ノーでも絶対俺のものにするけど。今はただ、嬉々として明日を待つ事にしよう。



幸福は不時着するよそれが定めだからね 100316
title by 花洩
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