名も知らない、子供か大人かも分からない誰かが数ヶ月前此処で事故に遭い、死亡したらしい。電柱に凭れ掛かる板に、『死亡事故発生現場』と筆で大きく書かれている。事故なんて珍しいものでも無いけど、発生現場を見るのは初めてだ。ニュースにも取り上げられ無かった日常の中の小さな出来事なのに、この女にとっては違ったらしい。

「何してるの?」

「お花、枯れてるんだ。」

偶々通り掛かっただけのその場所に、自分のよく知る女が居た。電柱の前にしゃがみ込んで、哀愁を漂わせながら枯れた花をじっと視ている。傍から見ると変人でしかない。その不毛な動作にやきもきした俺は、言葉を続けた。

「知り合いだったの?」

「ううん、名前も知らない人。」

「ふうん。」

さして興味も無さそうに相槌を打つと、女はすくっと立ち上がって、後味悪そうに去って行った。それを見た俺まで何か後味悪くなったじゃないか。心に覚えた引っ掛かりを無かった事にする様に舌打ちして、その場を去った。家に帰った後も、心に掛かった得体の知れない靄は消えなくて、そわそわしたままその日一日は過ぎて行った。

次の日、何気無く又あの場所に訪れたら、矢張りあの女は居た。昨日と同様に電柱の前でしゃがみ込み、しかし表情は何処か晴れやかだ。訝しみながらも近付き、言葉を投げる。

「また来てるの…。」

「あ、臨也。」

彼女は俺に明るい笑みを向けた。よく見ると、枯れた花は片付けられていて、新しい切り花が数本、ビニールで束にされて板の足に針金で括られていた。

「…花、誰か持って来たんだ。」

「うん。私が持って来た。」

「はあ?馬鹿じゃない?こんなの君の自己満足で、一生続けられる様な事でも無いでしょ。第一、通勤時間や夕方なんかここら辺は人が行き交うんだから、そいつらからしたら邪魔なだけだ。」

俺は冷めた目で、言葉に冷淡さを添えてそれを女に吐き出す。そう、一部の薄情な人間はこういった行為をよしと思わない。何時まで飾っているんだ、邪魔だから早く退けて欲しい、そんな風に供えた者を白い目で見る。まあ、針金で括られているだけましなんだろうけど…此処は大勢の人が行き交う街、池袋だ。蹴られて花が散っても文句は言えないだろう。

「…そうだね。でも、忘れられるのって寂しいし、こうやってリレーみたいに続いて行くかも知れないよ。」

そんな馬鹿な事あるか。そう言って嘲笑してしまう事は簡単だった。けど、何処か期待した様な、賭け事を行っている様な、そんな表情で言って除けられたら何も言えなくなる。俺はとことんこの女に弱いのだと思い知らされた様な気がした。
彼女が帰った後も、俺は暫く立ち尽くしていた。もやもやとしたものが渦巻いて、心が晴れない。彼女が供えた花束を見つめている内に、自分の挙動が妙に笑えて来て、口元を釣り上げた。乗ってやろうじゃないか、彼女の賭けに。踵を返して、その場を後にした。

あれから度々事故現場の辺りを通っていたが、彼女の姿は見掛けない。俺は、彼女によって供えられた花束が萎れているのを見て、花屋に足を向けた。女の店員になるべく通行の妨げにならない様な小さな花束を作って貰い、元居た場所に戻る。彼女が居ない事をよく確認して、萎れた花束と買って来た花束を取り替える。針金の巻き付け方が大分歪になってしまったが、それには目を瞑ろう。あまりうろうろしてシズちゃんに見付かるのも嫌だし、帰ろうかな。満足感を得られた事もあって、そのまま上機嫌に帰宅した。

そして次の日、事故現場に通り掛かったら彼女が居た。彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべていて、何だか温かい気持ちになる。ばちりと目が合って、彼女は更に顔を綻ばせた。

「臨也、ありがとう。」

「…何の事?」

ふんわりとした笑みを浮かべる彼女に礼を言われ、照れ臭くなって顔を背けた。大体、俺は故人の為に進んで花を手向ける程善人じゃあない。だからと言って、彼女の為などと云う押し付けがましい行動な訳でもない。ただの自己満足。自分がこんな行動を取るとは夢にも思わなかったが、彼女の喜ぶ顔が見れるなら偶には良いかと思った。



花束リレー 100311
臨也が花を買う図は省きました。正直この臨也はない。
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