自殺する程辛い事があった訳じゃ無い。円満な家庭もゆとり教育の学校も、全部全部掻き乱したいだけ。私が死んでも世界は変化を見せないで、明日も明後日も目まぐるしく動いて行く。家族だって友達だって、悲しむのは最初だけ。何時かは私と云うちっぽけな存在を忘れて、無かった事にするだろう。テレビだってそうだ。ニュース番組はその事件を取り上げて、数日経ったら目も呉れない。掻き乱せるのはほんの一瞬。世界はなんて無情で浅はかなのだろうか。死人が化けて出て、呪い殺されても文句は言えない。言う事は許されない。死んだらこの世界を呪えるかなあ。後一歩で、宙へと踏み込める。曇った夜空に星は一つも見えない。願わくば、私の血みどろになった死体も、雲に隠して綺麗に消し去って欲しい。

「要らないの?」

綺麗なテノールが静寂に響いた。振り向けば、フェンス越しに居る人物は此方に歩み寄って来る。闇夜に紛れたその表情は窺えない。真っ黒なシルエットのこの人は、死神だろうか。

「要らないなら、俺が貰ってあげようか。」

疑問形のそれでは無かった。私に拒否権は無いと言い聞かされている様な気になる。だが、どこか愉快そうな声色が、存外心地好かったのは確かで。

「大事にしてくれますか?」

自然と可笑しな感情が芽生えたのは、彼のせいだろう。棄てる筈だった生命がこの人に貰われるなら、生きても良いかと思った。

「勿論。」

雲が風に攫われて、月が顔を出す。月光に照らされた彼の表情は、歪んだ笑顔だった。真っ赤な目は、やはり死神なのではないかと私に疑いを持たせる。彼を信用して良いのだろうか。希望を持たせ、後に絶望の底に突き落とす死神だとしたら、私は…。

「俺が怖い?良いじゃない、どうせ棄てるんなら俺に頂戴よ。」

まるで私を物みたいに扱い、その口振りは遠慮を知らない。そうだ、棄てるのなら使われた方がきっと私は幸せだ。彼はフェンスを軽々と乗り越えて、私の手と、生命を掬い上げる。死神などと云う空想的な存在じゃない。少なくともこの人は、世界よりもずっと優しい存在なのだから。



自殺したかった、心臓ごと 100309
title by にやり
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