付き合い始める前から、彼の中は私じゃない人への想いで一杯だった。その人を憎む気持ちもあったし、何より羨ましいと思った。正臣は私に愛の言葉をくれるけど、愛はくれない。正臣の愛はその人だけのもの。それが、どうしようもなく妬ましい。
「正臣ー正臣ー。」
「んー?」
正臣の笑顔は、こんなにも私の心にどす黒い感情を植え付けて、蝕んで行く。想い人に会えない寂しさを私で埋める正臣と、それを知りながらも見て見ぬ振りをする私。唯傍に居て、お互いに依存し合う事で私達の均衡は保たれている。
「愛してるよ。」
「いきなりどうしたんだよ?…俺も、愛してる。」
何事も無い様に笑い合って、その笑みに隠れた傷も想いも心の奥底に閉じ込める。少しでもその傷に触れてしまえば、瞬く間にこの関係は崩れ去って行くから。狡い私は、正臣への愛を吐く事で正臣を縛っている。狡い正臣は、想い人を忘れる為に私への愛を吐く。果たしてどちらの方が狡いのか。馬鹿みたいに愛を囁き合う私達は、とても愚かで、とても哀れだ。端から見れば、倦怠期を知らない様な仲の良い恋人同士。実際は、どろどろな偽の愛に浸かって満たされるだけの関係。
「私、正臣の傍に居られて幸せ。」
正臣は柔らかな微笑を湛えるだけで、上がった口元が言葉を紡ぐ事は無かった。歪んだ世界で生きる私達は、これ以上の幸福を望む事など出来やしないんだ。この世界は、私達を見放す事など無い。だから、私達はこの先もこの世界に浸り続けるんだろう。愛という呪いの言葉を連れて。
きらきらとはじける呪い 100308
title by 幸福