仕事柄なのか、自分の言動に責任を持てない奴が嫌いだ。言い訳を見繕ってはべらべらと吐いて、俺の怒りを買う。今日も取り立てで一頻り暴れ、気が立っている俺の前に、又しても嫌いな部類の女が姿を現した。その女は深呼吸一つし、大きく息を吸って俺に言葉を投げ掛けた。

「アイラブユーです静雄さん!」

笑顔で叫ぶ様に吐き出された言葉には甘ったるさなど微塵も含まれていない様に思う。ほぼ毎日の様に姿を見せてはこの調子で、何がしたいのかは全くもってさっぱりだ。俺を苛々させる要因でもある。

「あ、あれ?静雄さん?」

「帰れ。疲れてんだよ俺は。」

へらへらへらへら笑みを浮かべて、毎日よく飽きねえもんだ。そう、この行為は最早こいつの日課の様なものになっている。様々な愛の言葉を並べてはぶつけてくる女に、怒りは日に日に溜まって行く一方だ。

「えー、私もっと静雄さんといたい。」

こいつは俺の眉間の皺がどんどん増えて行く事に気が付かないのか。後ろでトムさんが「抑えろ静雄!」と俺を抑制させようと試みているが、それで収まる程度の怒りなら自分でどうにかなる。自らの力で抑制出来ないからどうにもならないのだ。

「うぜえんだよ!俺は手前の事なんざ好きでも何でもねえんだ…迷惑なんだよ!!」

この女にここまでの罵声を浴びせたのは初めての事だった。女もびっくりしたんだろう、眉を下げ目を丸くしてこちらを見ている。俺は何故かとても悪い事をした様な気になって、喉が小さく鳴った。

「そう、ですよね…。疲れてるのに、ごめんなさい。」

今にも泣き出しそうな笑みを浮かべ、そう言った。お辞儀をしてから踵を返し、雑踏に紛れながら走り去った。これで良い。何より俺はあの女が嫌いなんだ。もう自分に会いに来なくなっても関係無い。それに、何時怒りを爆発させて身体的にあいつを傷付けるのかが分からねえ。うざくても女だ。傷付けたくはない。だから突き放してしまえば良い。それだけの、話。

「…良いのか?静雄。」

「…良いんですよ。」

次、行きましょう。足取り重く歩き出し、トムさんは少し戸惑っている様子だ。らしくないのは自身でも分かってるんだ。あの女の笑顔が脳裏に浮かび、胸糞悪い。煙草を懐から取り出し、苛々を掻き消す為にそれを吸う。今日は妙に苦味を感じて、眉を顰めた。

あの件から数日経った。目を瞑っても、あいつの姿が焼き付けられている様に瞼の裏から消えない。お陰で全く寝た気がしなく、仕事中もふらついていたからか今日は早めに帰された。自宅に戻った所できっと、いや絶対に眠れない事は明らかだ。特に宛ても無く池袋をさ迷っていると、今や俺の前に姿を見せなくなった女と、見知ったジャケットの男が仲睦まじそうに笑っている場面が目に付いた。なんっであいつとノミ蟲が一緒に居んだよ!青筋が立っているのが自分でも分かる。関係ねえ、関係ねえよ。元々あの女との関係なんて何もねえんだ。気にする必要がどこにある。たとえあの女とノミ蟲が付き合っていようが何しようが俺とは無関係だ。そう思えば思う程、意味の分からない怒りと悲しさに、煮えたぎる様な熱が体を蝕む。嫌いなら無視してしまうば良いのに、体は言う事を聞かなかった。

「いーざーやああああ!!そいつに触んじゃねえ!」

「おっと。」

勢い良く、殺す気で突き出した拳は軽々と避けられた。わざとらしく驚いた様な顔をつくる臨也と、目を真ん丸にし恐怖に身を竦ませた女。臨也の顔なんざ果てしなくどうでも良いが、その女の表情に胸が痛んだ気がした。

「ちょっと久しぶりだねえシズちゃん。」

元気そうで何よりだよ。などと思ってもいない事を虚偽の笑顔で言って退ける。ああ吐き気がする会う度に池袋に来るんじゃねえって言ってんのによお。だがそれは今だけ二の次だ。取り敢えずノミ蟲とこいつが一緒に居たのがどうにも気に食わねえ。

「し、ずおさん…。」

「ほらシズちゃん、この子怯えてるじゃん。」

何が何だか分からない様子でおろおろしている女の肩に腕を回す臨也は、ニヤニヤしていて心底腹が立つ。女の横にある臨也の顔面に向けて拳を振るえば、又しても避けられる。女は拳が当たると思ったのか、ぎゅっと目を閉じていた。俺は思わず小さな体を掻き抱いて、叫喚する様に声を荒げた。

「こいつは俺のもんだ!気安く触んな!!」

耳元で叫んでしまう形になり、びくりと女の肩が跳ねた。あれだけ冷たくしておいて、今更何を…そう思われても無理はないだろうし、拒絶されてもそれは当然の事だ。俺には、それを怖いなどと言う資格はない…。

「熱いなあ。公衆の面前で。」

「うるせえ消えろくたばれ。」

「うん、今日はそういう気分じゃないしねえ。」

邪魔者は退散するよ。呆れた様な表情は正直気に障ったが、今は気にしていられない。去って行く臨也が見えなくなった頃、漸く女を解放した。顔は地面に向いていて、その表情は見えない。自身の髪をがしがしと掻き回して、兎に角何か言わなければと必死に思考を巡らせる。

「あのよお…。」

「…何なんですか。」

「ああ?」

それは何とか聞き取れる位の呟きで、何時も大声で愛を吐き出すこいつには珍しい事だった。いや、事が事なのだし、仕方ない。まあ、俺は仕方ないの一言で片付けられる立場ではないのだが。

「静雄さんに会えないの、寂しかったです。」

「…泣いたか?」

「今も、です。」

灰色のコンクリートに涙が落ちて、その部分だけ色が濃くなる。頬に手を当てて顔を上げさせれば、瞳から零れるそれが流れて手に伝う。

「酷い顔してんぞ。」

「…誰のせいですか。」

「悪い。」

小さく謝罪すると女の表情は晴れやかなものになって、穏やかな空気が流れ始める。サングラスを取り、頬に触れていた手を後頭部へと移動させ、顔を近付ける。すると雰囲気で察したのか、女は目を瞑る。閉じた瞳の縁には長い睫毛が生えていて、当然の事なのにも関わらずやけに扇情的だ。触れただけのそれは温かく、何よりも柔らかいのではないかと思わせる。離れた唇がどこか物寂しい。恥じらう様な仕草を見せるこいつを可愛いなんて思う日が来るとは思いもよらなかった。

「あの…公衆の面前…。」

「…あ。」

道行く人々に囲まれ、物珍しそうに見られているのに気付き、二人して顔が熱くなる。ギャラリーに睨みを利かせるが、こんな顔では何の意味もなさないらしい。少しは散ったが、あまり状況は変わらなかった。

「てんめえらああ…。」

「し、静雄さん落ち着いて!」

怒りに震える拳を小さい手が包み込む。眉尻を下げ慌てて懇願する顔が、俺の目を覚まさせて行く。

「…逃げるぞ。」

「え?ちょっ」

何か言い掛けた女の腕を引き、人の波を掻き分け走る。混乱しているだろうこいつが人にぶつからない様に誘導しながら。初めこそ、嫌いだと思っていた。ただの鬱陶しい厄介者だ、と。それは、こいつを知ろうとしなかっただけで、知ってしまえばこんなに愛おしくなる。こいつが居れば、視界が曇っても直ぐに晴れさせてくれるんだろう。自然と笑みが零れた。



恋は戦争 100302
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