カタカタとパソコンのキーボードを叩く音がラボに響く。
ここ数日間クルルはずっとラボに籠りきりで隊長であるケロロに頼まれた侵略兵器を作っている。
ケロロが今回の作戦用紙を持って来た時、クルルは思わず我が目を疑った。
それは、今までのようなふざけた内容ではなく(作戦を考えている本人はいつもいたって真剣なのだが…)これなら必ず成功するのではないかと思えるような作戦だった。
その為、今回の侵略兵器は設計段階から構造が複雑なものになり作成にいつもの何倍も時間がかかってしまった。
ラボに籠っている間、何度かケロロが訪ねて来たが全て扉の前で追い払ってきていた。
構造が複雑な分、間違えた時や壊れた時に作り直すのも難しい。ケロロが来て誤って作り途中の兵器を壊されでもしたらそれまでの苦労も水の泡になる。そのような事態を防ぐため、ケロロをラボには一切入れなかった。…つまりケロロはクルルに信用されていなかったのである。
「…ククーッ!出来たぜぇ〜。」
やっと出来あがった侵略兵器を慎重に置き、満足げに呟いた。
ここ何日間で散らかったデスクの上から冷めたコーヒーを取り一口飲む。
「…まじぃ。」
ちょうどその時、外から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「クルルー!そろそろ中に入れるであります!」
本日何回目かの恋人の呼び声。
今までは聞こえるごとに「またかよ…」と鬱陶しく思っていたが、作業が終わった今ではその声に安らぎを感じる。それほどまでの心境の変化ができるほど、クルルは兵器ができたことに安堵していた。
クルルは外に繋がるスピーカーのボタンを押して返事をする。
「また隊長かい?ちょうど良いところに来たなぁ〜今頼まれていた物が出来た所だ。まぁ入れ。」
そう言ってラボの扉を開いてやった。
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「ゲロ〜何かクルルやつれた?だから我が輩何度も中に入れてって言ったのに〜」
「ククーッ!なんだよ。わざわざ小言言いに来たのか?頼んでた物を見に来たんじゃなかったのかよ?」
「え!?ついに完成?さっすがクルル!あ、でもねー今回来たのはそのことじゃなくてぇ〜」
違うのかよ!と心の中でツッコんでいると、ケロロの顔がいたずらっ子のような顔になっていくことに気が付いた。…嫌な予感しかしない。
そんな自分の前にケロロの両手が差し出されてクルルは眉間に皺を寄せる。
「…何だよ?その手は。」
「クールル君♪Trick or treatであります」
「はぁ…?」
「今日はハロウィンでありますよ!」
ずっとラボに籠りっきりで兵器を作っていたクルルは、時間の感覚が無くなっていた。その為、今日がハロウィンと言われてもいまいちピンと来ず、そうなのかとただ首を傾げる。
「ふーん、もうそんな時期か…」
あまり興味の無さそうな反応を示すクルルに対して、ケロロはますます笑みを深め顔を近付ける。
「だから〜お菓子ちょーだい♪くれなきゃ…イタズラ、するでありますよ」
耳元で囁き意味ありげににやにやするケロロにクルルは思わず頬を赤らめ舌打ちする。
「…チッ、盛ってんじゃね〜よ……。」
「ゲーロゲロゲロ♪で?お菓子はあるの?なかったらイタズラでありますよ〜?」
数日間も籠りっきりのクルルが菓子など持っているわけがない。ケロロもそれを狙ってきたのだろう。相手にせずスルーするという手もあるが、ケロロの目を見ると……マジである。
「ね、クルル。今日はハロウィンだもんね。」
クルルの考えを読み取ったのか、話題をそらせる気はないと笑顔で威圧してくる。どう考えても不利なのはクルル。だが、このまま黙ってケロロに手を出されるのはクルルのプライドが許せない。
「ちょっと待ってな…。」
クルルはじろりとケロロを睨むと背を向け、自分のデスクを漁りだした。
菓子がある可能性は低いが最後の足掻きである。
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「ねぇ〜クルルーいい加減諦めたらど〜お?どーせお菓子ないんでありましょ〜?」
チッ…やっぱり分かっていて聞いたのかよ、とクルルは内心舌打ちする。
先程からラボのあちこちを探しているが、お菓子どころかお菓子を出してくれるような兵器も見つからない。
もう大人しくケロロにイタズラをされるしかないのか………と、思わずクルルも諦めかけた。とその時、デスクの上の機械を漁るクルルの手元にコロリと一粒のガムが転がり落ちた。
それは以前侵略計画に使用したクルル特製ガムのチクルル。集中力が高まる効果のガムや、緊張を下げる効果のガム等、それを噛むとその特性を一時的に身に付けることが出来るガムである。
手にあるのは鮮やかな赤色のガム。一つ一つのガムの効果を記憶してはいなかった為、これが何の効果のガムなのか分からない……だが今はそれを気にしている暇はない。何でも良いからお菓子を差し出して自分の身を守ることを最優先にしなければ、とクルルは強く思った。
そしてガムを手に、にたりといつもの笑みを浮かべケロロの方を振り返る。
「隊長ぉ〜あったぜ〜アンタのお望みのお・菓・子、クーックックック〜!」
すると、えぇー!っとあからさまにショックを受けるケロロ。
「これでイタズラは無しだからよぉ」
「うぅ………」
がっくりと肩を落とすケロロにほらっとガムを差し出す。受け取ったケロロはそれを恐る恐る見つめている。
「…ていうかさ、これ安全なものなんでありますか?何の効果のガム…?」
「さぁな、この俺様がわざわざ隊長の為に用意したんだぜぇ〜ありがたく頂きな〜?」
いや!明らかに今たまたま見つけた物でしょ!っとツッコミながらも、ケロロは渋々口にした。
「ど〜よ?隊長?」
クチャクチャとガムを噛むケロロににやにやしながら尋ねる。
一体何の効果かと、ケロロの反応を待つ。
………………だが、
「…………。」
「……?隊長?」
声をかけるが、ケロロはガムを噛んだまま何も反応しない。というより、動かない。
身体に害があるような効能のガムは作らなかったハズだが、とケロロの様子を見ているクルルは段々と不安になってくる。
クルルはそろりとケロロの側に寄ってみる。
「……隊長?どうした…」
顔を覗き込むと、バチリとケロロと目が合う。そしてケロロはにんまりと笑った。
あっこれはヤバイ………?、と危機感を感じた瞬間には手を掴まれ、グルリと視界が回転したかと思うと気づけばデスクの上に押し倒されていた。
「クッ…!?」
上を見上げるとあるのはケロロの不気味な程満面の笑顔。その顔には似合わず目の奥はランランと輝いている。そしてペロリと唇を舐めてケロロは言った。
「ふふふ〜どうしたんだろ?我輩、今ものすごーくクルルをいじめたい」
その表情に思わず背筋がゾクリとしたが、クルルはそれを押し隠すようにケロロを下からギロリと睨み付け「どーいう意味だそれ」と問う。
するとケロロは嬉しそうに更に笑みを深める。
「ねぇ…知ってた?クルル…その視線が誘ってる様にしか見えないことに」
顔が近付いたかと思うと目の端をぺろりと舐められビクリと肩が震える。
「……っ!!!知らねぇよ………!」
「へぇ〜知らなかったんだ?じゃあ、無意識に他の男にも色目使ってるかもね〜」
今のどこに誘っているような色気ある動作があったのか。お前の頭が湧いているだけだろ、と反論しようと開いた。その口を息を吸う間もなく、ケロロの唇に無理やり閉じられる。
「んんんっ!!!?………っ、は…っ」
同時にぬるり、と舌を入れられるがガムが邪魔で思うように舌が回らない。それに思わず焦れったい気持ちになる。
「んん………っふ、ぁ……」
必死に鼻で呼吸をしているが上手く息が吸えず自然に涙が滲んでくる。
なんとか抗議しようとした所でやっと唇が離れた。
「……ん…っはあっ……クソ……ッ…!!たいちょ…いったいなに味のっガム食べたんだよ…?」
まさか性欲が上がる効果〜とか訳のわからないガムじゃ…と、最早自分が何を作っていたのかも、何を渡してしまったのかも分からなくて少し前の自分を殴りたい気持ちになる。
ぜーぜーと乱れた息を口許に手をあてながら整えていると、余裕そうな顔をしたケロロがまた笑みを浮かべてのし掛かってきた。
「ふ〜ん。我が輩に何か分かんないような物食べさせたわけ?お仕置き決定であります。」
「クッ!?ちょっ!こんな所でいきなり……んにょーっ!!?」
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ラボで無理矢理押さえ込まれた時に、机の上に置いておいた侵略兵器は下に落ち破壊……
ペコポン侵略も可能かと思われた兵器
苦労して制作した兵器を壊されたクルルは当然怒り、有無を言わさずケロロに1ヶ月お触り禁止令とパシリを命じた。
もう何でも隊長の口に入れるのやめようと、心に誓ったクルルであった。
END.