ある冬の日。
窓の外はしんしんと雪が降っており、万斉は自室のこたつで温もりながら、お通ちゃんに提供するための新譜を書いていた。
「ふーむ…次のお通殿の新曲はやはりポップな感じで攻めるべきでござるかな?」
ぶつぶつと言いながら考えていると、「邪魔するぞ」という声とともに戸が開き高杉が入ってきた。
「邪魔するなら帰ってーでござる。」
「どこの新喜劇だ。」
高杉は珍しくつっこみを入れながら、「さみぃ」と呟きこたつに入ってきた。
「…おい万斉、お前知ってるか?」
「あぁ、知ってるでござるよ」
「…まだ何も言ってねーだろ」
呆れ顔の高杉に万斉は自信満々に応える。
「ふふふ、拙者くらい晋助を愛していると晋助の考えていることなんて分かっちゃうんでござるよ」
「意味わかんね…。」
何言ってんだコイツと万斉を睨む高杉だが、説明する手間が省けるのならまぁ良いかとそのまま話を進める。
「まぁ分かるのなら良い…これは驚きだろ?」
「いや、拙者は以前から気付いていたでござるよ。」
「ほぉ……いつからだ?」
「んー出会った時からでござるな。」
「はぁ?お前会ったことあんのか?」
「勿論でござるよ。一目見た時から、あー拙者のこと好きなんだなって。」
「…お前一目ボレされたのか?あのオッサンに。」
「……?何のことでござるかオッサンて。拙者は晋助のことを言っているのだが…」
そこで、やっと自分達の話が噛み合っていないことに高杉は気付いた。
「あぁ?お前こそ何だ。俺の話?俺はサンタの話をしてんだぞ?…………テメェ…やっぱり俺の言いたいことなんざ分かってねぇじゃねぇか」
高杉がギロリと万斉を睨むと、万斉は驚く。
「えぇ!?拙者てっきり晋助が拙者のこと好きって伝えようとしているのかと…」
「違うわボケェェッ!!天地がひっくり返ってもないわ!アレだ!サンタって本当はいなかったんだなって話だ!」
「あぁ、そっちね…………って、ええええええぇぇぇっ!!?」
驚きの声をあげる万斉に高杉はフッと得意気な顔をして話す。
「驚きだろ?まぁ、万斉の夢を壊さない為にも言わない方が良いとも思ったんだがよぉ…
この歳でサンタを信じてるっていうのも流石に恥ずかしいと思ってな。」
何故か万斉がサンタの存在を信じているかのように話を進めていく高杉に向かって、万斉はそうではなくて…!と激しく手を振る。
「イヤイヤイヤイやそうじゃなくて晋助!今までサンタはいるって信じていたのでござるか!?テロリストのくせにピュア過ぎでござるよ!」
「なんだ…お前知ってたのか、つまんねぇな。馬鹿にしてやろうと思ったのによぉ」
「皆知ってるから!拙者は寺子屋に行ってた時から知っていたでござるよ!
あーびっくりした…」
「ませてんなぁ…そんなガキの頃から知っていたのか」
「そりゃ拙者だって小さい頃は信じていたでござるよ?サンタは本当にいるって…。
でも、ある年のクリスマスの前日に拙者の兄上が家の中からプレゼントを発見しちゃったんでござるよ。」
「うわ…兄貴最悪だな。」
「そうなんでござる。だから、拙者は見なかったことにしてクリスマス当日は『サンタさんが来てくれたー!』って無理して喜んだでござるよ。母上達の気持ちを踏みにじらないように。」
「まさか親も発見されていると思ってなかっただろうしな。」
昔の苦い思い出を思い出し、顔をしかめていた万斉だが、すぐに気持ちを切り替え高杉に尋ねる。
「で?晋助はサンタがいないという事実をいつ知ったのでござるか?」
「今日だよ」
「それはまた…クリスマス当日ではござらぬか」
「だからよぉ、もうサンタにお願いしちまったんだよ。」
そこであれ?っと万斉は首をかしげる。
今までサンタの存在を信じていたということは、高杉はこれまで誰にクリスマスプレゼントを受け取っていたのだろうか、と。
「…そういえば、晋助は今までサンタにプレゼントを貰っていたのでござるか?」
「貰ったよ、俺のほしいものじゃなかったがな…
去年はけん玉を貰ったぞ」
「なんでけん玉…ていうか誰でござるか?今まで晋助にプレゼントをあげていたのは」
「来島らへんじゃねぇのか?」
「あぁ…なるほど。」
「それでよぉ…毎年サンタが来るまで起きてサンタのツラを拝んでやろうとしてたんだが、何故かいつの間にか寝てたんだよな…」
「うわっ晋助可愛いでござるぅぅっ!」
「離れろ」
「うぶっ!!」
いきなり抱きついてきた万斉を殴った高杉は、ふと時計に目を移してああもうこんな時間かと気が付く。
「…つーか気付いたらこんな時間か…サンタが来そうな時間だな。…皮肉なもんだ…サンタがいないと知ってからこの時間に起きているなんてよ………」
「サンタはいるぞ」
「!!?」
急に声をかけられたことに驚きパッと刀を構えて声をした方を見る。するとそこには全身黒ずくめの怪しい姿のオッサンが窓から入って来ていた。
「誰だてめぇ…」
「あ?サンタに決まってんだろ」
万斉はふざけるなとチャキッと刀を不審者の首にあて威嚇する。
「こんな怪しいサンタはいないでござる。泥棒か。拙者が叩き斬ってやる。」
刀をかまえられて、男は必死で訴えた。
「いやいやいやいや!!ちょっと待てぇぇ!こんなんだけどサンタなの!泥棒じゃないの!!」
「どちらにせよ怪しい奴には変わりない。目的は何でござるか?」
その言葉にカチンと来たのか、自称サンタは怒った。
「おまっサンタ馬鹿にするなよ?!サンタは子供達の人気者なんだぞ?」
「ふん、そう思ってるのはサンタだけでござる。世の中の子供の8割はサンタの正体は家族だと知っているでござるからな。」
「ちょ、そんな悲しくなるようなこと言わないでくれる?だから居るじゃん。目の前にいるじゃん!」
「泥棒がな。」
「だから違うって!!…もうお前は良い!それよりもそこの奴!」
万斉を説得することを諦めたサンタは、高杉にビシッと指を指す。
「ん?」
「お前さ…プレゼント持ってきた日にサンタ信じられなくなったとかやめてくれない?」
「………。」
「あ、その目俺がサンタだって信じていない目だよね?てかごみを見る目だよね?」
「あぁ。よくわかってるじゃねーか。」
「……ック!じゃあ、これでどーだ?!」
サンタはそう言っていそいそと胸元から何やらリストを取り出し、そこに書いていることを読み上げていく。
「ほら。アンタが過去望んだプレゼントだ。『ヅラをお嫁さんにしたい』『ヅラと結婚したい』」
「…なっ!//」
一気に赤面する高杉に、万斉が叫ぶ。
「しっ晋助ぇぇぇっ!拙者こんなの聞きたくないでござるぅぅ!!」
「これ欲しいものじゃなくてお願いだろ。短冊に書けよ!……まぁそう思いながらも何かあげないといけないからさぁ、違う物をプレゼントしてたわけだよ」
「………でも今まで俺が欲しいものをくれなかったじゃねーか」
「いや無理でしょ!俺はサンタであって神様ではないからね!」
そこまで聞いて、「サンタは本当に居たんだな…」と高杉はポツリと呟いた。
「ああ。最後に信じて貰えて良かったよ。サンタは信じている奴の所にしか行かないからな。」
満足そうにニヤリと笑った全身黒づくめのサンタは袋をごそごそと漁ると、そこから取り出した物を高杉にスッと差し出した。
「ほら、今年で最後のプレゼントだ。」
「サンキュ」
サンタから受け取ったズシリと重い物に少し口元を緩めた高杉だが、今年サンタにお願いした物のことを思い出し眉にシワを寄せる。
そもそも、このサンタはどうやってこの空に浮いている船に乗り込むことが出来たのか?いや、空飛ぶトナカイが居るからそれは可能なのか?
1つ疑問が浮かぶと次々と新たな疑問が浮かんでくる。
こいつは何かが怪しい…………?
スッと鋭い目をサンタに向けると、サンタはビクリと激しく肩をふるわせる。そして、「じゃあ俺はもう行く!」と叫び窓に足をかける。
「おい………待て、一つ聞きたいことが…………「そ!それと!今年は最後にお前の願う物が渡せそうだ!!」
「……あぁ?」
「じゃあな!!!」
サンタは最後にそう叫び窓から飛び出した。
「待て……っ」
慌てて止めようとしたが、飛び付いてきた万斉によってそれは叶わなかった。
「しんしゅけぇぇえ!!今年は何を頼んだのでござるか!?何でござるかソレ?!また桂でござるか??!」
「……クソッ!てめぇのせいでサンタ行っちまったじゃねーか!」
「え?」
万斉の間の悪さに舌打ちをしながら、もう追っても間に合わないか、とサンタのことは一先ず諦める。
「…だいたい俺の欲しい物は今年は違うものだ…」
「ほっホントでござるか?!拙者結婚の準備は万全でござるよ!結婚の為の貯えもたくさんあるし…」
「何訳の分からねぇこと言ってやがる」
「いや、今年は『万斉と結婚したい』かと思って…」
「…安心しろ。絶対ねぇから」
「それ以外ないと思ったのだが」
「……今年の願いは『世界をぶっ壊したい』だ」
「…拙者、前言撤回するでござる。晋助はピュアじゃないでござる。」
「何とでも言え。」
そして、貰ったプレゼントに耳を当ててみる。そこから微かに聞こえるのはチクタクという不穏な時計音。
どうやらあのサンタは最後の願いを叶える為に爆弾を渡してきたらしい。
先程のサンタの言動を思い返してみると、何やら何かに怯えている風な所があった。きっと、鬼兵隊に敵対する攘夷浪士に脅されて爆弾を持ってきたのだろう。
万斉はそれに気が付いていたのだろうか?と視線を移すと、先程の桂の件で頭がいっぱいなのか目を白黒とさせて何やらブツブツと一人呟いている。
アホかコイツ…平和ボケも大概にしろ。
少し苛立って万斉の頭をボカッと殴る。
「痛っ!!」
何でござるか〜と涙目で不思議そうな顔を向ける万斉を鼻で笑う。
「アホ面……」
「え?え?」
「……クリスマスだからな…」
気が付いていないのならそれでいい。折角のクリスマス、今日くらいは平和な1日でも良いかと呟いた。
「さっきからどうしたのでござるか、晋助?」
「……あぁ、折角サンタに貰ったプレゼントだがよ…世界をぶっ壊すなんざ、サンタに頼むことじゃねぇかって考え直してよ」
「晋助…」
「サンタなんぞの力を借りなくても俺の力でこの世を潰してやるさ」
そう言って窓まで歩いて行き、こっそり下を覗き込む。鬼兵隊の船から離れた所にぼんやり一つの船がひっそりと浮かんでいるのが見える。あれが、このプレゼントを用意した攘夷浪士が乗っている船だろう。ニヤリと笑いその船を目掛けて先程貰ったプレゼントを窓から放った。
…所変わって、ここは鬼兵隊の船から離れた真下を飛んでいる船の上。
「おっおい!約束通りあの船の船長に頼まれた物を渡してきた!だから、ベンを離せ!」
「ふんっ!そらよ!!」
やっと離された人質の傍に駆け寄ると、サンタは慌ててベンの体に巻かれた縄をほどいた。
そして、不安そうな目を頭上の船に向けた。爆弾を渡したのは自分だ。だが、本当にこれで良かったのだろうか?
「んん〜?あの野郎どもの心配してんのか?よく考えろ!あいつらは凶悪な攘夷浪士達だぜ?!あんたがやったのは正義の行為だ!これで多くの人の安全を救ったことになるんだからよぉ!逆に自分のことを誇りやがれ!!」
「…………」
そう言われたら返す言葉がない。だが、自分に何が出来るかと問われたら何をすることも出来ない。
「俺は約束は果たす男だ!用は済んだんだ!サッサと船から降りろ!!」
そうして、サンタとベンは肩を落としながら船を降りて行った。
「これでいい。あの爆弾で奴等はドカンだ!これであの時の仕返しも出来た!!ふはははは………は?」
高笑いする攘夷浪士達の上からひゅるるるるるるると、何かが落ちてくる音が聞こえる。
それに船上の攘夷浪士達は何事かと上を見上げる。
「ん、なんだあれ?」
「この上に落ちてきているな」
近づいてくるとともにその実態がみえてくる。そして、その正体に気が付いた面々は顔を真っ青にする。
「え?え?まさか?もしかしてこれって……!?高杉に送ったばくだ……」
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
「…ん?花火か何かでござるか?」
「フッ…クリスマスで花火か、なかなかおつだな」
花火の正体を知っている高杉は1人ひっそりと笑う。
少し離れた所で船が爆発しているのを見たサンタは、自分の渡したプレゼントによって、あの大人になっても自分存在を信じていた彼が爆発することはなかったことを知り安堵した。そして笑顔で自分の仕事に取りかかったのだった。
END.