久々知兵助の告白の段

 久々知兵助と言う少年は、私にとってただのライバルだった。

 突然現れて、碁石に触れたことのない綺麗な指が繰り出す石運びに、成すすべもなく参りましたと言うしかなかった。
 負け知らずと言う訳ではなかったけど、素人丸出しの少年に負けるはずがないと思っていた私は、敵を侮って負けたのだろう。

 あの日の局面はどの大局よりも鮮明に覚えている。
 先に院生の一組に居た私が先にプロになるのは当然で、だけど久々知はすぐに私を追ってプロにまで駆け上った。
 囲碁界に彗星のように現れた久々知が目立たないはずもなく、見目も良かったから、雑誌で特集を組まれたりして女の子に人気なのは知っていた。
 だけどまさか豆腐にしか興味のないような変人でもある久々知が、私を好いているなんてそんなこと思うはずがなかった。

「お願いだから俺を見てください」

 強く抱きしめられ、切実な声で囁かれて私はただただ戸惑うばかり。
 身体を離し、狂気染みた黒い瞳が私をじっと見つめる。

「貴方を愛してるのは俺だ」

 見られていたのだとその言葉でわかる。
 別に私と春彦は、付き合おうとかそう言うのを言い合って一緒に居るわけじゃないけど、自然と唇を寄せ合うそんな関係だった。
 恋と呼べるのかよくわからないそんな感情のまま傍に居る私たちを、久々知はこの目で見ていたのだろうか。
 そう思うとぞくりと背筋に悪寒が走った。

 怖い。

 今までそんなこと思ったことなんてなかったのに、目の前の久々知が急に怖くなった。
 狂気染みた目をしている癖に、触れてきた唇は、壊れ物を扱うように優しくて丁寧で、逆に私の肩を掴む久々知の手が震えていることに気づいたら、肩の力が抜けてそのままその口付を甘受していた。

「少しでもいい……俺を見てくれませんか?」

 唇が離れ、そう恐る恐る問われた私はゆっくりと、けれど確かにこくりと頷いたのだった。


 それは“私”が死ぬ、二か月前の話。



⇒あとがき
 たまには現代の久々知くんのお話でも……によによ。
 やっぱり俺って言う一人称の方がしっくりくる……でも室町久々知は現代久々知との差別化であえての私です。
 でもいつかは俺に戻したいな、なんて……
20101229 初稿
20221104 修正
    
res

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