学園見学の段1(五年生中心)

 2010年2月15日。事故があるはずだった日から3日経った月曜日。
 時間は恐らくあの日よりもまだ少し早いくらいで、授業の終わりを知らせているのであろう鐘の音を聞きながら、私は土井先生の後を追いかけていた。
 どうやら先生方は大半が記憶を持っていたらしく、兵助がプロ棋士になるのを機に私の情報をチェックしていたらしい。
 さほど驚かれなかったけど、三喜之助の頃よりも表情が豊かだと言われて頭を撫でられたのは面映ゆかった。
 学園長先生とは先ほどお話し、授業が終わった後の部活見学と言う名目を持ちながら、皆に会う事の許可を貰った私は居心地の悪さを覚えながらも大川学園の中等部の校舎に居た。
 土日はおじいちゃんとおばあちゃんとゆっくり過ごして大分落ち着いたし、心配した兵助が顔を見せに来てくれたし……立花も来た。
 あいつの実家が私の家の斜め前だったのは本当驚いた。確かに斜め前の家は立花だったけど、それが立花の家だとは思うはずがない。
「ああ、ここだ」
 今日は受験生である三年生の貴重な登校日と言う事は立花に聞いていたけど、改めて三年生の教室の前に立つと少し緊張した。
 この扉の向こうに三郎様がいるのだと、そう思うと思わずごくりと唾を飲み込んでいた。
 土井先生はそんな私にくすりと笑いながら三年SP科と書かれた教室の戸を開けた。
「野村先生、来ましたよ」
「ああ……」
 微妙そうな顔でこちらを見る野村先生に私は首を傾げながらも土井先生に手招きされ教室の中へと足を踏み入れる。
 あの時代では一つ年下だった少年少女たちがいるはずの席にちらりと視線を這わせれば、がたりと兵助が勢いよく立ち上がる。
「色葉!?」
「色葉……ええ!?」
 今度は違う場所で少女が立ち上がる。
 ぼんやりとでもしていたのだろうか、反応の遅かった少女は私を見ると、大きな目を更に丸くしてこちらを見つめていた。
 呆然というのだろうか、ぽかんと口を開いて私を見つめる少女に私は首を傾げた。
「……誰?」
「だから嫌いなんですよ!」
 そう言って明らかに怒った様子を見せる少女に私は眉根を寄せた。
 茶色がかったふわふわとした黒髪をツインテールにしている顔立ちは面長ではあるけれど、痩せているかと言われればそうではなく、ちょっと大きな鼻が印象的な少女。
 大きな目を細めて私を威嚇するように睨む少女のその印象から浮かんだ少年の名を私はいやいやと首を横に振って打ち消した。
 そんな馬鹿なはずがない。
「その馬鹿みたいにいい記憶力でも私は印象が薄いんですか!?そんなに印象薄くなったつもりはないんですけど!!」
「落ち着けって雷舞」
「ハチは黙ってて!」
「はひっ」
 隣の席で少女を諌めようとしたハチと呼ばれたぼさぼさ頭の少女に私は目を細めた。
 その反対側で呆れた様子で黒髪の少女が深々と溜息を吐いている。
 他に教室に居るのは彼女らの様子に必死に笑いを堪えている三郎様と尾浜くらいのもので、このSP科の人数の少なさには驚いた。
「本当ならここで風紀委員が出てくるところだが、まあ諦めろ」
「は?」
 何が?と思わず首を傾げたくなることを言うと、野村先生が黒いバインダーを机に数度打ち付けた。
「不破姉、騒ぎたいのは分かったからそう言うのは後でやれ。今のお前たちにしてみれば久々知以外は初対面だろうがちゃんと自己紹介をせんか」
「はいはーい!俺一番手ー!」
 元気よく手を挙げた尾浜の笑顔に私はほっと胸を撫で下ろしながら尾浜の方を向いた。
「大川学園中等部三年SP科副委員長の尾浜勘右衛門でーす。紫藤ちゃんとは幼馴染で、今はちゃんと人間です!」
「尾浜……お前と言う奴は……」
 額を押さえる野村先生に私も同意する。
 恐らくもう皆記憶があるだろうが、最後のちゃんと人間です宣言はどうなのかしら……
「次、華乃ちゃんパース」
「え、私?……あ、えっと……大神華乃です。分かりますか?」
「そっちが本名じゃない」
「いや、それもそうなんですけど……」
 言い淀んだ華乃は少し俯きながらちらりと私を見上げるように見た。
 まあ、確かに以前と比べると綺麗になったと言うかなんというか……女性らしさが増したかしら。
「兄は文右衛門と言います。一つ上で、高等部に居ます。月乃姉様と雪乃姉様は従姉妹で、今は大学部にいらっしゃいます」
「文右衛門……ああ紫藤……いや、文右衛門でいいのか。……あいつら本当ややこしい」
「まあそれもそうですよね。あ、私、竹谷八ヱ子です。見た通り今は女です」
 苦笑を浮かべるぼさぼさ頭の少女をじっと見つめ、改めて確認する。
 本当に性別が変わって生まれてきたのだろう彼女は以前と違い、少し小柄でほっそりとした体形だった。
 髪が酷いのは相変わらずみたいだけど……タカ丸辺りに追われたりしないのかしら?
「って事は……」
「不破雷舞です。雷に舞うでらいむ。以前は雷蔵と言う名前ですが片桐先輩の記憶にはちゃんとございますか?」
 棘のある言い方に首を傾げながらも「まあ」と答えれば更に不破の視線が痛くなった。
 ……この子は何を怒っているんだろう。
「兵助は知ってるだろうから俺が最後か?」
 三郎様がくつくつと笑いながら片手を上げた。
「このクラスの委員長で今は不破三郎だ。名字つながりで何となく予想はつくと思うが、雷舞の双子の弟だ」
 優しい眼差しに私はどこかほっと息を吐き出した。
「私は片桐色葉。プロの棋士をしているわ」
「ちなみに私はこのクラスの副担任の野村雄三だ。本来の担任である松千代万先生は逃亡中だ」
 眼鏡をくいっと上げて言う野村先生はもう慣れっこなのだろう、目が若干虚ろなくらいでため息もつかなかった。
「野村先生しっつもーん」
「なんだ尾浜」
「兵助が驚くぐらい突然の片桐先輩の訪問理由がわかりませーん」
「それは朝のHRの最中にお前らが松千代先生相手に悪戯をするからだろうがっ」
 野村先生は迷いなく白墨を掴むと尾浜の額に放った。
 あまりのスピードについていけなかったのか、尾浜は額にそれを受けてよろめいた。
「中等部高等部含めて一番暇なお前たちが片桐の学園案内係だ」
「一番暇って先生酷い!俺たち一応受験生だよ!?」
「試験はとっくに終わってるだろうが」
「あだっ!?」
 余計な事を言って野村先生に二撃目を頂いた尾浜がよろめく。
 ……馬鹿なのは相変わらずみたいだ。
「まったく……とっとと高等部に行って木下先生に扱かれろ」
 ぼそっと野村先生はそう言うと、教壇の上のノート類をトントンと叩く。
「二年と一年の教室案内が終わったら部活案内だ。高等部の敷地内に行っても構わんが、風紀委員の事は忘れるなよ」
「わかってますって」
 にこにこと笑う三郎様に首を傾げながら私は事の成り行きを見守った。
 ちゃんと他の皆に会えると良いんだけど……不安だわ。この面子。



⇒あとがき
 長くなりそうなのでシャキーン!!
 とりあえず案内係は中学三年受験組、基五年生たちです。
 紫藤は別の学校なので、まだ出しませんが、早く紫藤×竹谷を書きたくて仕方ありません。
 攻めなタケメンも好きですが、受けなタケメンも好き(^p^)
20110316 カズイ
    
res

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