第壱話-6

 すでに揃っていたらしいくのたまの中に目立つ少女がいた。
 ぱっちりとした目に長い睫毛。茶色の柔らかい前髪がふわふわと揺れている後ろで、高い位置から編まれているみつあみが揺れている。
 洋風の美しさを持つ可愛い少女は何かを思い出させるのだけど、なんだっただろう。
「あ、迩蔵く……」
 不意にその少女が手を振って此方に走ってきたかと思うと、その姿が一瞬で消えた。
 この光景はよく伊作の姿で見かけている。
 落とし穴に落ちたので間違いないだろう。ここも一応競合区域なのだから。
「……不運委員?」
「いや、会計委員なんだけど不運なんだよ、あいつ」
「だいじょ、うわっ!?」
「……なんで助けに行こうとしてお前も落とし穴に落ちるんだよ、伊作」
 伊作が落ちたのは大した深さではなかったけど、彼女が落ちた穴は結構深いようで姿が見えない。
「おーい、無事かー?」
「迩蔵くん助けてー」
 泣きそうな声が穴の中から聞こえ、落とし穴を覗きこんでいた迩蔵は深々と溜息を吐いた。
「縄ならあるぞ」
「準備いいな留三郎」
「誰かさんのおかげでな」
「……ああ」
 迩蔵はちらりと落とし穴に背中から落ちると言う器用な真似をした伊作を見る。
 私も伊作を見る。
「えへへ」
 伊作は恥ずかしそうに笑いながら身を起こすと、手を伸ばしてきた。
 私は溜息を吐いてその手を取ってあげた。
「ありがとう、三喜之助」
「別に」
「……は、鼻血でそう」
「どっか変なとこ打ったか?」
「打ってはないけど打たれた」
「意味わかんねえよ」
 縄を使って落とし穴から出てきた彼女は、よくわからないことを言って迩蔵に突っ込まれていた。
 あの子もよくわからない子だ。
「あ、こいつがさっき言ってたイロな。見ての通り根っからの不運体質だ」
「はじめまして、イロと言います。迩蔵くんがなんて言ってたかわからないですけど、見ての通り不運ですけど会計委員です」
「俺は食満留三郎だ。伊作より不運な二年は初めて見たぜ」
「ちょっと留三郎、変なこと言わないでよね!あ、僕は善法寺伊作だよ。で、こっちは片桐三喜之助。よろしくね」
「……片桐くんは喋らないんですか?」
「何故」
「何故って……ここは自己紹介のシーンだと……」
「鎮まってどうするんだよ」
 迩蔵の言葉を彼女は笑ってごまかした。
 まさかね、とは思いつつ私は彼女を見上げた。
「お前らいつまでそこに居るつもりだ!授業始まるだろうが!!」
 委員長である喜郎の怒声に私たちは動き出す。
 再び落とし穴に落ちそうになる彼女と伊作を迩蔵と留三郎の二人が慌てて引っ張って止めていた。
 ……不運移るわよ。


  *    *    *


「お前、三年も学園に居て情けなくない?」
 穴の中を覗き込みそう声を掛ければ、目を丸くして彼女は私を見上げていた。
「片桐くん?」
「そう」
「あ、一年ぶりですね」
「ん」
「……えっと、ここは手を貸してくれるのがセオリー通りじゃないかなあなんて」
 苦笑を浮かべる彼女に私は伊作用にと留三郎に持ち歩かされている縄を下ろした。
 伊作だって最近は筋力がついたこともあり苦無を持ち歩いているのに、彼女には学習能力がないのかしら。せめて何か対策出来るものを持ち歩けばいいのに。
 彼女が縄を掴むのを見て、私は一本釣りの要領で彼女の身体を引きあげる。
「迩蔵くんから聞いてましたけど、本当に力持ちなんですね!私の方が身長も体重もあるのに……」
 すごいですと胸の前で小さく拍手する彼女に私は溜息を吐いた。
「お前、迂闊」
「あはは。自分でもこの不運っぷりはまずいとは思ってるんですよ?」
「セオリーはここじゃ使わない」
「あ、そっちですか……って!えええ!?」
 目を一杯に開いて驚く彼女は私をじろじろと見つめる。
「えっと、女子高生の方じゃまずなさそうだし……カジュアル着物の人ですか?」
「そう」
「転生って詐欺だー!」
「お前も十分詐欺」
 三年生―――十二歳にも関わらずでかでかとした双丘を揺らすくのたま一美少女と言われている彼女が、生前は美少年な男の子だったなんて誰が信じるだろう。
 とりあえず美しい事に変わりはないのがむかついたので、まだ掴んだままの縄を引っ張って転ばせた。
 根っからと言うよりも前世から不運だったのではないかと思われる彼にはお似合いの不運っぷりだった。
「うう、酷い……」
「お前、気付いてる?」
「へ?」
「ここのこと」
 幕府は足利氏が支配していると言うのに変なキノコの名前の城があるわ、遊女に階級があるわ、アルバイトやフリーと言った外来語が時折平気で使われているわで、とても過去とは呼べない。
 そもそも鉄砲伝来は1543年、天文十二年だとどうにか覚えていたから言えるけど、伝わっても居ないはずの鉄砲が当たり前のように使われているから変な話。
 幼いころから疑問には思っていたけど口には出せずに居た事の真相が発覚したのは忍術学園に入学してからのこと。
 私達忍者のたまごを略して忍たまと呼び、くのいちのたまごは略してくのたまと言うこと、そして学園長先生。流石の私でもこの三つのキーワードから推測はつく。
 ここは“色葉”が生まれて死んだ世界とは別の世界。
 そして恐らく、性質の悪い事に、幼いころに数度しか見たけど興味を覚えなかった“忍たま乱太郎”の世界。
 次元を越えて生まれ変わるなんて本当に変な話。
「はい。落乱ですよね」
「らく、らん?忍たまじゃなかった?」
「あ、もしかしてあまり詳しくは……」
「ない」
「ですよねー。うーん、ここじゃなんですから、次の休みにデート方々外に行きませんか?」
「何それ虫唾が走る」
「……片桐くん酷いっ」
「辰の下刻に校門」
「へ?」
「帰る」
 ひらひらと手を振り私は再び長屋へ戻るため足を動かした。
 そう言えばあいつ、なんで忍たまの敷地内にいたんだろう。

「見つけたぞ片桐ー!!」
「……ああ、委員会か」
「「ああ、委員会か」じゃなーい!どうしてそう頻繁に委員会活動をサボろうとするんだ!」
 喚き散らす富松先輩にふうと溜息を吐いた。
 そう言えば私は委員会をサボるべく長屋に向かっている最中だったんだ。
 あいつはあいつで多分会計室に行く途中だったんだろう。背後で同じくあいつを探しに来たのであろう中原先輩の怒鳴り声が少し遠くに聞こえた。
 そう言えば中原先輩は会計委員だっけ。いつもに増して隈が酷くなってきているような気がする。
「眠い」
「だからってサボっていい理由になるか!行くぞ!!」
 富松先輩は私の手を取って無理やり歩かせる。
 だけど本当に眠たいのだからしょうがない。
「富松先輩」
「なんだよ」
「だっこ」
「……ヤバイ、大嵜先輩と小野田の気持ちがわかったかも」
「?」
 とりあえず仮眠させてくれればなんでもいいんですけど。
「よっと……お前軽いな。久々知より軽くないか?」
「気のせい」
 ふわっと欠伸が零れ、目を擦る。
 と言うか富松先輩は何時の間に久々知を抱え……てたっけ、先週くらいの委員会で。
「眠いのか?」
「ん」
「……寝るなよ」
「着いたら起きる」
 ぽすんと富松先輩の藍色の制服の肩に額を預け、軽く目を閉じた。
 実家からの忍務と学園長のお使い。加えて先生が近くまで来たからと無理やり呼び出されて、稽古で三日間ほどまともな睡眠がとれていない。鬼桜丸との鍛錬もお預けで癒しがないのがまたキツイ。
 今日も委員会が終われば、吉野先生に外出届けを貰ってまた稽古に行かなくてはいけない。
 それを考えたらほんの数分でも構わない。仮眠しないと後がキツイ。
「しかたねえな」
 とんとんとあやすように背を叩く富松先輩の手が暖かくてうっかり本気で眠ってしまいそうだと思いながら目を伏せた。



⇒あとがき
 天使ちゃんの片割れを最後に贔屓。本当は久々知にしようかと思ったんですが、久々知に夢主抱っこは不可です。
 つか抱っこを強請る時点で夢主も十分天然です。
 私の中で火薬=天然の公式が出来つつあります。あれだ三郎次は天然ツンデレで伊助は天然ママ。ね?間違いない。←
 一応これで第一話はノルマ達成なので次行きます。何か書き忘れ会ったら番外編として追加します(;一_一)
20100421 カズイ
    
res

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -