本当は優しい人の段(竜野視点ED)

「……おや、もうそんな時間かい?寝坊するつもりはなかったのだけどねえ」
 椅子の上で眠っていたのだろう"美しい人"がゆっくりと目を明け、現れた僕を見下ろす。
 まだ微睡んでいるのだろうか、ぼんやりとした様子で"美しい人"はこちらへと降りてくる。
 僕はあの時と違って、ちゃんと竜野鱗の意識を保ってる。
 だから僕は"美しい人"に向けて口を開いた。
「これは関係ない人を二人も……いえ、三人も巻き込んでまですることなんでしょうか」
 あの時は口にすることのなかった疑問。
 それを聞きながら、"美しい人"は僕の前へと辿り着いた。
「君は本当に優しいね」
「っ……答えてください!」
「そうだね……することだったかな。だけど彼女たちは決して無関係じゃなかった。ただそれだけなんだよ」
「それはどういう……?」
「……異質な場所。君も通っていた学び舎だから分かるだろう?彼女たちをあそこに招くにはあちらに送るしかない。たとえそれが鬼の所業と言われようとそれが私の役割だからね」
 ふふっとなんて事のないように笑った"美しい人"は花が相変わらず美しい姿を守っている池に歩み寄った。
「さあ、君もお帰り」
「僕は……」
「ここに居ては駄目だよ。背の君が君の帰りを待っている」
 背の君……そうだ、僕は主様の使いでここに来ただけなんだから。
「……本城夢美さんはどうなるんですか?」
「それを聞いてどうするの?」
「ただの興味です」
「大丈夫、悪いようにはならないよ。だってあの子は"天女様"ではないのだから。さあ、元の世界、君の居場所へお帰り」
 とんと"美しい人"が僕の背を押し、僕の身体はぐらりと傾いで池の中へと吸い込まれた。
「うひょああぁあ!?」
 戸惑っている間に視界は綺麗な光に包まれ、僕は保健室で飛び起きる様に目覚めた。
 まるで少しの間眠っていたかのように、外では相変わらずの部活生の元気な掛け声が聞こえる。
『……大丈夫か?』
 心配げに僕を見下ろす陽蔵さんに僕は戸惑いながらもこくりと頷いた。
「僕、戻ってきたんですね……」
『ちょっと時間が経ってるみたいだけどな』
 苦笑を浮かべる陽蔵さんに僕はゆっくりと身体を起こした。
 保健室には誰もいないのか静かなもので、痛む後頭部があれから時間は多少経っていても日数は経っていない事だけは教えてくれた。
「あいたたたっ……そう言えば階段から落ちたんだっけ……」
 後ろ頭を擦りながら気を失う前、主様に使いを頼まれる直前に階段を踏み外していたことを思い出した。
 気を失う場所が悪かった所為で頭を打ったのだろう。でもそれにしては私元気だ。あれ?
 切り取られた時間が与えられたあの場所。美しいけれどどこか寂しいあの場所に"美しい人"は居る。
 ただ一人、孤独に時間を見守るただ一人の番人。神ですらない"美しい人"は時の番人としてこれから先も永遠の時を見守るのだろう。
 人の世が終わっても時間と言うものがある限り永遠に……本当、誰よりも優しい人。
「主様にも迷惑かけたみたいだし早く帰らなきゃなあ……」
『ええー!?僕色葉に会いたい!!』
「心配しなくてもすぐに会えますよ。もう色葉ちゃんはここに入学する資格があるんだから」
 それに僕も……正式にSP科の一員として認められるのかな?
 爪弾き者じゃなくて、本当の……元忍術学園の生徒として。
「でもハツネと一緒に授業受けられないのはつまらないなあ」
『……仕方ないさ。ハツネも早く生まれて先に逝ったからな』
「陽蔵さん、一人黄昏るのはいいですけど、陽蔵さんもそろそろ成仏してくださいよ」
『はは、それもそうだ。そうだなあ……色葉ともう少し話をして、精々色葉に寄りつく虫どもを苛めてから逝ってやろう』
 にやにやと悪い笑みを浮かべる陽蔵さんに僕は苦笑を浮かべた。
「程々にしてくださいよ」
 僕は保健室のベッドから降り、衝立から顔を出した。
「もう大丈夫ですか?」
 何事もない様子でにこりと微笑む新野先生の言葉に私は「あ」と声を零す。
「どうかしましたか?」
「新野先生、今日は誰が運んでくれましたか?」
「同じ一年の潮江文次郎くんですよ。見つけたのは同じ珠算部の瑞木寺迩蔵くんですが」
「あの二人か……」
 会計委員繋がりだった二人の名に僕が目を細めていると、新野先生が微笑ましいと言わんばかりに僕を見ていた。
「えっと……?」
「いえ。思い出したようで何よりです」
 くすくすと笑う新野先生に僕は後ろ頭を掻いた。
「思い出したと言うか、今経験してきました」
「私としたことが、言葉を間違えてしまいましたね。お帰りなさい」
 柔らかい笑みでそう言った新野先生に、目頭が熱くなって、じわりと涙が滲んだ。
 この思いを経験するよりも前から幽霊と喋ったり、身体を貸す僕をずっとただ静かに見守ってくれた新野先生には感謝してもしきれない。
 立花先生は体罰にならない程度に手や足を出してくると言うのにね!
 僕は思わず新野先生の胸に飛び込む様に飛びついてわんわん泣いた。
 記憶が混濁し、欠片だらけになった状態で、それでも必死に生きた戦国時代。
 陽蔵さんの強い意識支配の所為で僕がやらなくちゃなんて思いながらもずっと怖かった日々。
 友達らと笑いあった、楽しかったり辛かったりいろんな思いを抱いた日々。
 色々あった十年数年の歳月は確かに僕のものだ。
 例えイロと呼ばれていようと、僕の意思が少なくても、それでも僕はあの子を好きになった。
 "美しい人"。どうか見守っていてください。
 あなたの背の君の巫女は、見事幸せを掴んで見せますから!!



⇒あとがき
 鱗サイドのEDです。個人的に新野先生に飛びつきたかったので書きました。
 実は"美しい人"と竜神様が夫婦で、自分の巫女と妹が大事な竜神様がちょいちょい手を貸してて豊宇賀能売神様が怒ってた言う裏話……をこれ書きながら思いついた。←おい
 キャラが新野先生位しか出てなくてすいませんでしたっ。
 そしてこっそり仙蔵は先生でも文次郎は生徒と言う設定を出してみた。これは元々考えていたけど、何か話を書きたいです。うずうず。
20110210 カズイ
    
res

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