長次の葛藤の段(中在家)

「少し話があるのだけど、良い?」
 ようやく真面に新学期らしく授業が開始されたその日、図書委員会は夏休み中に貸し出しされていた本の返却作業の為、普段は委員会に参加しない七法寺まで引っ張って全員で掃除も兼ねて集まっていた。
 その間図書室を閉鎖にはしておらず、誰でも入れるようにしてあったが、図書室は私語厳禁。
 貸出のために誰かに声を掛ける奴はいたが、私事で声を掛けてきたのは片桐が初めてだった。
「……委員会の作業中だ」
「だから代わりはちゃんと連れてきているじゃない」
「え?私ってそのために連れてこられたの?」
 片桐の後ろに居た鉢屋が、ぼうっと委員たちの作業を眺めていた目を見開いた。
「いつも不破に迷惑を掛けているのだから、たまには役立たなくては駄目」
「えー?」
「……………」
「はいはいわかってるって」
 じっと片桐に見上げられた鉢屋は両手を上げて小さく溜息を吐くと、不破の方へと駆け寄り、その手伝いを始める。
「……ついてきて」
「七法寺」
「いってらっしゃぁい」
 こちらを向く気のないらしい七法寺は、ひらひらと手を振りながら棚の上の方をじっと見上げる。
「怪士丸。用具委員の所に行ってきて、食満呼んできてくれる?棚がぐらついてる」
「わ、わかりましたぁ。いってきまぁす」
 とたとたと小さな足音を立てて近づいてきた怪士丸は、片桐に小さく手を振りそのまま私たちを追い越して行った。
 驚いたのは片桐が怪士丸に応えるように手を振っていたことだろう。
 図書室の外に出ると、私は片桐にそのことについて聞いてみた。
「仲、良いのか?」
「日陰ぼっこ仲間」
 そう言えばおばちゃんがぎっくり腰になったからと、学園長に呼び出された時にそんなことを言っていたような気もする。
 無言のまますたすたと歩く片桐が向かったのは委員会用の長屋で、今日は作法委員も会計委員も活動をしていないのか、静かなものだった。
 片桐は火薬委員に宛がわれている部屋の戸を開くと、畳をそっと撫で何か絡繰りでも仕掛けていたのか、カチリと音がするのを確認していたのだから解除したのだろう。
「入って」
 そう言って奥へと入った部屋は、案外綺麗に掃除されており、片桐は部屋の隅に重ねてあった座布団を引っ張ってきて自分の分の前に一つ置いた。
 そこに座れと言うのだろうか、じっと見上げられた私は素直にそこに座った。
「お前、あの子を抱かなかったのね」
 まっすぐに見上げて切り出された言葉に私は眉間に皺を寄せた。
 今朝、目覚めた時には既に鬼桜丸の姿は部屋になく、代わりに頬に小さな手形を付けながらも笑顔で戻ってきた小平太に額を押さえる羽目になった。
 結局片桐に迷惑を掛けたらしい小平太の所為で、鬼桜丸を連れた片桐は私たちから距離を置き、結局あれから言葉を一言も交わしていないままだった。
 確か昼に漏れ聞いた話だが、今日の放課後は委員会はないからと四年生の体術を見ているはずだ。
「男だと、友だと思っていた奴を抱けと言うのか?」
「その質問は止めて。私、そう言う貞操概念が薄い人間だから」
 片桐は小さく溜息を零して首を横に振った。
「実際恋仲でない人とだって平気で寝ているし、昨日は七松が発情して結局寝たし……ああ、朝叩いたのはあの馬鹿犬が朝から盛ったから叩いただけよ」
 質問していないことまで素直に話してくれた片桐に、私は思わず額を押さえた。
 朝の手形の意味が分かったが……小平太っ!
「そもそも色忍志望の私に聞く質問ではない」
「それもそうだな。……少なくとも私は抱けない。あいつをそう言う対象で見ると考えるだけで罪悪感に駆られる」
 初めて出会ったのは忍術学園に入学した日だった。
 随分と背の高い奴だと思っていたが、まともに話をしたのはそれからしばらく経った後。授業で小平太と鬼桜丸が組むことになった事がきっかけだった。
 声が小さい私に文句ひとつ言わず必死に耳を傾け、言葉一つ漏れず聞き取ろうとするその優しい姿に好意を抱いた。
 座学は入学当初から上位を維持し続け、最初は足りないと言われていた体力も努力で補い、誰からも憧れられる。そんな存在が友人であることを誇りにさえ思っていた。
 誰にでも分け隔てない性格だが、友人の中では高い位置に居たとは思う。片桐よりは劣るだろうが、それでも……。
「あの子が強いのはなんでだと思う?」
「?」
「私は、一国一城の主になる決意をしてここに来たからだと思った。鬼姫だと恐れられていたあの子の真実の顔は、臆病者で泣き虫な子だったと言うのに、凛と前を向いている」
 クラマイタケの鬼姫。
 クラマイタケの人間でなくとも近隣国の人間ならば一度は耳にしたことのある名前だろう。
 私と同じ年の女の子だと言うのに、恐ろしい噂しか聞かない、容姿も知らぬお姫様。
「あの子が物知りなのは、部屋に引き籠って本を読み続けていたから。あの子が自分だけのために出されたものに手を出さないのも、誰かと食べるとき、必ず誰かが一口手を付けたものしか口にしないのも、周りを恐れているから。……あの子をちゃんと見てあげて。それから考えてほしい。残された時間はあまり長くはないけど、でもきちんと考えて答えを出してあげてほしい」
「……何故私なんだ」
「馬鹿ね。そんなもの、あの子がお前を好いているからに決まってるじゃない」
 片桐はくすりと笑った。
「お前にしてみれば突然な話かもしれないけど、以前菊ちゃんが忍術学園に来た時には、すでに菊ちゃんの中ではこの計画が浮かんでいたそうよ」
「は?」
「あの子はこちらが御膳立てしなかったら、お前に何も言わず、誰とも知らぬ男と生涯を共にした。お前の抱く考えなどあの子が想像しないわけないでしょう」
「二の姫が決めたのか?この縁談も実技も」
「実技は二の姫が話を持ち出した時に、竹之信様が決めたこと。話が纏まらなくとも、せめて初めて位は好きな男に差し出していいんだと言うお許し。忍務も同然の色の実技なら、お前は断らないでしょう?」
「お前の妹を相手にさせたのはこのためか」
「だってハナ、もう五年生なのにまだだったから。さっさと経験してもらわないと三郎の相手が出来ないじゃない」
「……お前の家の事情かっ」
「それもあった。けど、これでおぼこの相手の仕方はわかったでしょう?」
 呆れて言葉が出ないがな。
「もし本当に駄目なら、せめて思い出をあげて。そして二度と関わらないで。……それで十分」
「……何故お前はそこまで鬼桜丸を守ろうとする」
 話はそれだけと言うように切り上げようとした片桐を引き留め、私はそう問うた。
「可愛いから」
「……は?」
「それでは不満?なら言い換える。あの子はとても綺麗。光の当たる場所で笑っているのがとても似合うから、出来るだけ笑っていてほしい。その笑顔を見れるだけで私は満足」
 片桐は今度こそ話は終わりだと立ち上がり、私の横を通り過ぎた。
「少し時間をあげるから、答えを出して」
 一人残された火薬委員の部屋で、私は一人目を伏せた。
 脳裏を過るのは、いつもの鬼桜丸の表情ではなく、泣きながら何度も謝り続けた桜姫の顔だった。


⇒あとがき
 拾壱話の執筆に入りながらふと思いついた話。
 忘れないうちにと慌てて書きましたが、長次×鬼桜丸は書いてて超楽しい。
 さあ、ここに今からタカ丸をぶち込むのかと思うと更に楽しくて仕方がありません。にやにや。
20101220 初稿
20221104 修正
    
res

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