くのたまの先輩?の段(加藤)

「はあ……」
 一年は組の加藤団蔵が書いた、蚯蚓が這ったような汚い帳簿に目を細めながら、確認のため算盤を弾いていると、不意に団蔵が物憂げな溜息を吐き出した。
 いつもならガチガチに固まりながら計算が終わるのを待つ。そう、例えるなら、団蔵の隣で確認待ちの一年い組の任暁佐吉の様な姿勢を取っていたはずだ。
 何故今日に限ってそんな溜息を吐くのだと、思わず眉根を顰めた。
 鬼桜丸にそう毎日後輩に徹夜をさせるなと口酸っぱく言われているし、今日は俺の確認が終われば早々に解散させる予定だった。
 一年は組は、校内では有名だ。だから何かあったらすぐわかるが、今日は何か事件があったと言う話は聞いていない。
「……団蔵」
 声を掛けるが、反応がない。
 ぼんやりと畳目を見つめる団蔵の脇を、隣に座っていた佐吉が慌てて肘で小突く。
「おい、団蔵!潮江先輩が呼んでるぞっ」
「え?……あ、すいません!何か間違ってましたか?」
「いや、まだ確認の途中だが……何かあったか?」
「へ?」
「様子が可笑しいようだが……」
 そう問えば、まだ帳簿と睨めっこを続けていたはずの、三年ろ組の神崎左門がぽかんとこちらを見ていた。
 その口を、呆れながら四年ろ組の田村三木ヱ門が閉じさせながらも、同じく戸惑ったようにこちらを見ている。
 俺だって後輩の心配くらいするわバカタレ共。
「あの……潮江先輩ってくのたまに知り合い居ませんか?」
「は?居ないことはないが……アレは紙一重だぞ?」
「潮江先輩、アレって……流石にそれは」
「でもアレだな」
「神崎!お前もそう言うな。一応アレでも先輩なんだから!」
「田村、お前も結局アレと言ってるぞ」
「……あ」
「「?」」
 一年二人は、意味が分からず顔を見合わせた。まあ、当然か。
 迩蔵が委員会に参加しなくなってから、アレも一緒になって参加しなくなったからな。
 まあ基本六年生にもなれば、就職活動も忙しくなるから、委員長格でもなければ毎度の委員会に参加はしないからしょうがないが、アレの場合は食堂の一件以来、迩蔵にたまに仕事を頼んでも一緒に呼んでくれるなと言っている。
「でもなんでくのたまなんだ?」
 嫌そうな顔で言う佐吉もあの洗礼を受けたようだ。
 まあ忍たまであの洗礼を受けない生徒等居ないだろうが……いや、居たな。俺の学年に二人。
 片桐は、くのたま教室に行くのが面倒だと渋った挙句、最終的に大木先生を犠牲にして逃げたらしい。
 鬼桜丸は、容姿の事もあるが、女に優しい性格である事や、何れは一国一城の主になる教育を受けていたためか、出されたものに容易に手を出さない警戒心があったため、くのたまから出されたものに手を付けず、無事だったそうだ。
 あの仙蔵ですら、一年の頃はくのたまに泣かされたのに、あの二人はよくもまあこの五年間と三月良く逃げ切ったものだ。
「……忍術学園に入学する前の話になるんですけど、山城の国と近江の国の境にある山の山賊を、くのたまの先輩が退治してくれたんです。うちは馬借をしてるんですけど、その関係で父ちゃんが忍術学園に依頼したそうなんです。だから学園長先生やほかの先生に聞くわけにはいかなくて」
「なんで聞かないんだ?」
「忍務の事は聞いちゃだめって父ちゃんが言ってたんだよ」
「まあ団蔵のお父上の言うとおりだな。忍者はたとえ家族であってもその忍務の事は明かしてはいけない」
 そう言うと、佐吉は悔しそうな顔をして団蔵を睨みながらも「はい」と答えた。
「で、そのくのたまを探してどうするんだ?礼なら雇った団蔵のお父上がしてるだろう」
「そうなんですけど、その時助けてもらった女の人が、二人に手紙を渡したいって預かったんですけど、父ちゃんがちょうどいいからお前がその先輩に渡す様にって」
「預かったのか?」
「はい」
「二人か……別にくのたまを紹介してやっても構わんが、騙されるのが落ちだろう。山賊退治の忍務を受けるくらいだから、戦忍コースの上級生だろう。俺の知ってる限りで分かればいいが、何か特徴は覚えているか?」
「妹の方は神崎先輩くらいの背で、お姉さんの方は多分潮江先輩くらいの背で……二人とも長い黒髪のものすっごーい美人でした!」
 きらきらとした眼差しでそう語った団蔵に、俺は首を傾げた。
 俺がよく知っているくのたま上級生と言えば、アレことくのたま六年のイロと、その同室でくのたまの代表を務めるハツネ。それから五年で片桐の妹のハナくらいのもんだ。
 神崎と同じ背丈と言うのだから、下級生に妹がいるくのたまと言えばまた数が限られてくるだろうが、そもそもくのたまは忍たまよりも身体の成長が早い。
 上級生ともなれば流石に体格が逆転してくるが、くのたまの二年生で四年生と同じ身丈の者もいる。妹の方は下級生の可能性が高いが、姉妹でくのたまともなれば噂が立つものだ。
 実際の姉妹ではなくあれか……イロが好む奴の逆と考えればいいのか?
「……潮江先輩?」
「すまん。なんでもない。……とりあえずそのくのたまの二人組だが、他に特徴は?」
「えっと……あ、名前ならわかってますよ!」
「それを先に言わんかバカタレィ!」
「いって〜!!」
 拳骨を振り下ろすと団蔵は頭を押さえて畳の上を転がった。
「で、名前は?」
「妹の方がおミキちゃんで、お姉さんの方が仙子さんでした!」
「……お前っ」
 俺は思わずその名に額を押さえた。これ以上は流石に怒る気力も失せるくらい肩落ちたぞ?
 同じく理解が出来た様子の田村は頬を引きつらせ、神崎は意味が分からないのか首を傾げている。
 確か神崎は富松と同室のはずだが、あれか……最近富松の実習があるからと俺がこいつを預かってる所為で把握してないのか?
「潮江先輩、ご存じなんですか!?」
「バカタレ。そいつらはくのたまじゃなくて忍たまだ」
「ええ!?」
「と言う事は、忍たまの先輩が女装して……ほげげ!それって鉢屋先輩と片桐先輩ですか!?」
「バ神崎!変装と言ったら確かに鉢屋先輩だが、仙子と言う偽名から考えろ!女装と言えば、六年い組の立花仙蔵先輩だろうが!」
「では、団蔵の村を助けたのは、六年い組の立花仙蔵先輩と六年は組の片桐三喜之助先輩だったと言う事ですか?」
「まあ、そうなるな……」
 そう言えば春休み、仙蔵が女装して出かけるのは見送ったが、片桐のことを失念していた。
 あいつの場合、単に女装するのではなく変装をしたのだろう。わざと仙蔵の妹に見えるように黒髪で揃える辺りがそう思えてならん。
 授業で実力を出すことは決してないが、あいつの実力をこの俺が理解していないはずがない。
 何しろあの日から、たまにではあるが夜に手合わせをしているし、授業で組むことがあれば鬼桜丸の次に良く組むからな。
「ん?」
 後ろで神崎と田村が口論を繰り返していると言うのにオロオロとしている佐吉と違い、団蔵は固まったままだ。
 ……これは仙蔵か片桐の女装に惚れてた口か?
 あいつらの女装と変装はムカつくが完璧だからな。一年……と言うか忍術学園に入学してない当時なら騙されて当然だな。
「団蔵、手紙を渡すだけなら俺が渡しておいてもいいが……」
「いえ、じぶんでわたします」
 顔が真っ青だが大丈夫か?
「どっちに渡すつもりか知らねえが、片桐に渡すなら休み時間に行かないと捕まらないからな」
「?」
「あいつ、今実習と忍務の関係で、放課後は用具委員か作法委員に顔出してんだよ」
「それって作兵衛の実習の補助の話の奴ですよね!」
 私知ってます!と元気に手を上げる神崎に俺は溜息を吐いた。
 だからお前が毎回せんでもいい委員会に無理やり駆り出されてることに気づけ。
「……わかりました。ありがとうございます」
 力なく頭を下げた団蔵に俺は溜息を吐き、早々に部屋に返すことにした。
 こりゃ仙蔵じゃなくて片桐の変装に惚れたな。
 まったく片桐の奴、次あったらとりあえず殴っておこう。
 いたいけな子どもになんてことしてんだあいつは!


⇒あとがき
 夢主、無実の罪で文次郎に殴られるの段に続きます。(嘘やでー)
 まったくの無実ではないですけど、殴られる謂れはないですもんね。きっと即座にやり返される文次郎が居るんですよ。うふふ。
 会計っ子たち書くの好きです……『悪い女』で会計に目覚めたか?私。
20101206 初稿
20221009 修正
    
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