⇒立花仙蔵

 さらりとした黒髪は短くなっていたけれど、相変わらず気持ち良さそうな黒髪だ。
 色の白い肌は本当に成人男性なの?と思ってしまうほど綺麗で、その浮かべた蠱惑の笑みが堪らなく誘われる。
 記憶にある顔立ちよりもぐっと年を重ねた魅力が、あの頃との印象を変えてしまっていても分かる。

 立花仙蔵。

 お母さんの友達で、父さんと同じ苗字を持つ、不思議な縁の人。
 この世での繋がりを私は知らないけど、三親等内ではないと良いのだけどと思ってしまうのは我儘なのかしら。
「巻き戻された時をまた戻す気か?」
 片腕で掬うように抱えている腕を見つめ、私は首を傾げた。
「いやー!信号変わっちゃうよー!!」
 明るい声音に顔を上げると、駆けていた筈の少女が不意に姿を消した。
 事故ではなく、ただ世界に溶ける様に、あまりにも突然に消えてしまった。
 目の前の光景に目を丸くしていると、コンビニから恐る恐る出てきた海美が携帯片手にこちらに気づいて声を上げる。
「あー!!」
 四車線挟んだ向こう側からの良く響く声に、近くを歩いていた数少ない人の視線がこちらに向かう。
 慌ててこちらに走ってくる海美は、信号が赤に変わっている事に気付いて足を止めた。
 携帯越しに何かを話しているみたいで、ほっとした様子でこちらに手を振ってくる。
「海美は確か尾浜と待ち合わせをしているんだったな……面倒なことになる前に行くぞ」
「行くって、私、家に……」
「安心しろ、送って行ってやる」
「送ってって、家……は、知ってるのか」
 そう言えば初めて会ったのは私の家で、彼は客としてやってきたのだと言うことを思い出した。
 無理やり歩かされてどこまで行くのかと思えば、近くに止めていた車に乗り込み、私は助手席で大人しくシートベルトを付けた。
「お前そのうち誘拐されるんじゃないか?」
「今誘拐されてる」
「失礼な事を言うな」
「でも実際初対面に近いでしょう?」
「まあそうだがな」
 ふっと笑いながらも前を見て車が動き出す。
「名は知っている。大川学園の先生だってことも知ってる。母さんの友人だって言うのも知ってる。……でもあなたが私とどう言う関係なのか、今の私は知らないわ」
「それもそうだ」
 あっさりと答えた立花は、ハンドルを切りながら少し口を噤んだ。
 あの時もあまり話すことはなく、本当に会っただけと言う記憶しかない。
 おじいちゃんもおばあちゃんも立花さんに関して口を開くことはなかったから、今までずっと聞くことは出来なかった。
「……鶏が先か、卵が先か」
「?」
「時の巡りと言うのは不思議なものだと今回の事で改めて感じたが、要はそう言う事だ」
「もう少し噛み砕いて言ってくれない?」
「まあそう焦るな。今のは前提だ」
 ふっと立花は笑った。
「最初は私が中学生の時だ」
「って言うか今いくつなのよ」
「二十九だ」
「うわ、年……」
「何か言ったか?」
 ちらりとこちらを見下ろした視線が冷たくて私は口を閉じた。
「まあ、正確には今から十五年ほど前か。修学旅行先で私は偶然百日紅の簪を手に入れた。お前が斉藤から譲り受けたものとほぼ同じ造形のそれを手にした私はあの時代の記憶を手に入れた。その時既に初音とは知り合いで幼馴染だった。片桐家の向かいが私の実家だが、私の両親は知っているだろう?」
「……そう言えば立花と言うわね」
 私は向かいの家の表札を思い出し、立花家の人間を思い浮かべる。
 立花の両親らしき二人はとても美しくて、優しい人だった。親戚同士で少々もめごとが絶えないようで疲れた様子を見せていた時もあったけど、基本的にあの二人も私に甘い。
 ご近所に私くらいの年の子が少ないと言うのも甘やかされる理由の一つだと思っていたけど、それだけではないのだろうか。
「修学旅行から戻った私は、初音にそれを渡そうとしたが、その時既に初音はあの馬鹿と駆け落ちをした後だった」
「あの馬鹿と言うのは、私の父親?」
「ああ。……立花陽蔵。私の七つ年上の従兄だ」
 従兄弟と言う言葉に、思わず肩の荷が落ちたような感じを覚えて眉根を寄せた。
 私は何を期待しているのだろう。
「あの二人が直接知り合ったのは大学でだが、幼い頃に何度か会ったことのあった二人は意気投合し、お前を授かった。だが片桐のおじさんたち……お前の祖父母は結婚前に妊娠したことも含め、陽蔵を認めなかった。当時中学生の私はその騒動を知らなかったため、二人が駆け落ちしたことを修学旅行から帰って知ったと言う訳だ。あの時の片桐のおじさんたちの落ち込み様は酷かったな……遅くに生まれたと言う事で大事に育ててきた一人娘を奪われたようなものだからな。立花家は陽蔵と親戚と言う事で一時は交流を断っていたこともあるが、お前が片桐家に戻ってきて大分それも解消された」
「おばあちゃんは百日紅の簪を知っていたわ。あなたは駆け落ちした二人に会ったの?」
「会ったのは一度だけだ」
 信号に足止めされ、立花は溜息を吐く。
「お前が生まれてすぐ初音から立花の家に電話が掛かった。お前が生まれたと言う知らせと、記憶が戻ったと言う事、そして……陽蔵が死んだと言う事だ」
 最後の言葉だけ言う事を躊躇った立花は、信号が青に変わると再びアクセルを踏んだ。
「陽蔵は元々身体の弱い男だった。それも初音との結婚に反対された理由の一つなんだが……案の定お前が生まれるまで待てなかったらしい」
「……そう」
「だがあの馬鹿、何を思ったか今は竜野に憑りついて一々私に突っかかってくる」
「その竜野さんは大川学園の生徒なのよね?」
「ああ」
「会えるかしら」
「竜野……陽蔵に会いたいのか?」
「少し話を聞いてみたいと思ったの。この時代の……私の母がどんな人だったのかとか」
「惚気られるぞ」
 疲れた様子で言う立花は、恐らく既に惚気られた後なのだろう。
 その様子に思わずくつくつと笑う。
「でしょうね。……あの人が私を見る目は幸せそうで……とても温かかったわ」
 ほんの少しの時間でしかなかったけど、あの人の目におじいちゃんやおばあちゃんの優しさと同じものを感じた。
 愛おしさが溢れんばかりの幸せな瞳を思い出すと、生きている間に会う事は出来なかったけど、愛されていたのだと感じた。
 ふと車が緩やかに止まるのを感じ、私は俯けていた視線を上げた。
 顔を上げると、あまり見なれていないが知らないわけではない立花家の駐車スペースに車が停められていた。
 正面から車を入れて停めた立花は、車のエンジンを切り小さく溜息を吐いた。
「……片桐のおじさんたちには話すのか?」
 視線を向けることなくぽつりと呟かれた言葉に私は眉根を寄せた。
 立花が言いたいのは、恐らくあの世での出来事の事だろう。
「すぐにはきっと言えない」
「だろうな。だがそう言うと言う事は……」
「ちゃんと知ってほしいの。あちらで生きた十五年近い時間は私の中に確かにあるから」
「……そうか」
 立花が何を思ってそう聞いてきたのかはわからない。
 だけど、浮かべられた優しい笑みに私はほっと胸を撫で下ろした。
「気になっていたんだけど……あなたは立花でいいのよね?それとも立花さん?」
「どちらでもお前の好きに取れ。私はどちらとしても扱う」
「どちらとしても?」
「お前を愛していた立花仙蔵に変わりはないだろう」
 あっさりと言う立花に思わず目をぱちくりとさせれば、立花は調子を取り戻したのかくつくつと笑う。
「お前の無事は知っていたが、下手に接触を持ってお前と居られないのはまずいと思ってな。片桐のおじさんたちへの遠慮もあったが、態々家を出てずっと会わないようにしていた。だが、お前が許すなら……私は立花色葉として私の傍に居てほしい」
「え?」
「意味が理解できんか?結婚してほしいと言っているんだ」
「……私、十六……か」
「保護者の同意があれば結婚できる。まあ私はロリコンのレッテルを貼られるだろうがな」
 楽しげにくつくつと笑う立花に呆れながら、私は思わず笑った。
「おじいちゃんたちへの説明が大変そうだわ」
「そうだな。殴られることは覚悟している」
「なんだか立花らしくないわ」
「それ位片桐のおじさんたちはお前を溺愛してるんだよ、色葉」
 優しく頭を撫でられ、私はほうと息を零した。
 誰よりも私を支えてきてくれた立花は、もう大人の男として寄り添えるほど強いのだと感じさせられた。
 泣いてしまいそうだと思っていると、立花の顔がそっと近づく。
 私は目を伏せ、それをただ受け入れた。

 長い時間を掛けて、片桐三喜之助だった私をも待っていてくれた人。
 片桐の家と立花の家には遺恨があるかもしれない。
 それでもおじいちゃんたちにちゃんと話したら……その時はちゃんと呼ぶわ。仙蔵さんって。
 この世で共に寄り添って生きていける様に―――。

立花仙蔵 HAPPY END




⇒あとがき
 立花EDでこれにて無事全体完結に至りました><
 間に軽いスランプを挟みながらもここまでたどり着けたのは作品の完結を見守ってくれた皆様のおかげです。
 おかげで滾り過ぎて後日談や番外編、思いつく限りやっていこうと思います。
 お付き合いありがとうございました!!
20110316 初稿
20221106 修正
    
res

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