⇒鉢屋三郎

 ふわふわと湿気に弱そうな、柔らかい光に反射すると茶色にも見える黒髪。
 少し大きめの鼻立ちが印象的な、若干目つきの悪い少年。
 その元となった顔とは大いに違うその表情は、彼にしか作れないものだ。

 鉢屋三郎。

 鉢屋三喜之助の従弟で、仕えるべき相手。ミキとしてお慕いすべき人。
 ただし、この世界での接点は一切ないはずだった人。
「……やっと見つけたっ」
 そう言って抱きしめられるのとほぼ同時に、進行方向から声が聞こえた。
「いやー!信号変わっちゃうよー!!」
 明るい声音にぱっと少女を見ると、駆けていた筈の少女が不意に姿を消した。
 事故ではなく、ただ世界に溶ける様に、あまりにも突然に消えてしまった。
 目の前の光景に目を丸くしていると、コンビニから恐る恐る出てきた海美が携帯片手にこちらに気づいて声を上げる。
「あー!!」
 四車線挟んだ向こう側からの良く響く声に、近くを歩いていた数少ない人の視線がこちらに向かう。
 慌ててこちらに走ってくる海美は、信号が赤に変わっている事に気付いて足を止めた。
 携帯越しに何かを話しているみたいで、ほっとした様子でこちらに手を振ってくる。
 その手に首を傾げていると、三郎様と同じ顔をもったその人は、顔を上げるとその手に返す様に手を振った。
「ちょっと三郎!急に走り出すの止めて……って、何知らない人に抱きついてるんだよ!?」
 悲鳴を上げるような少女の声に首を動かせば、わなわなとこちらを指差す少女が居た。
 三郎様に似た……いや違う、不破に似た……。
「……女の、子?」
「吃驚しただろ?雷蔵は今、雷の夢って書いてらいむ言うんだぜ」
「あ、本当に片桐先輩だー。お久しぶりでーす」
「ちーっす」
 携帯片手にのんびりとした声を発する尾浜の横、軽く頭を下げる竹谷……もなにかおかしかった。
 ぼさぼさの髪は相変わらずだけど、背が尾浜と一緒位。三郎様と良く一緒に居る六人を並べると一番背が高く、いつも七松に振り回されていた印象のあった彼はどこか丸みを帯びている。
 大川学園指定の男女共通のコートを着ているから一瞬わからなかったけど、視線を落とせば細い足が見えた。
「あはは……」
 私のあからさまな視線に竹谷は苦笑を浮かべ、後ろ頭を掻いた。
「まあ詳しくは三郎にでも聞いてください。俺たちこれから遊ぶ約束してるし」
 気まずげな表情で竹谷は不破の腕を取り、信号が早く変わるようにとボタンを連打する。
 それを笑いながら尾浜も二人に並ぶ。
「じゃあ、行くか」
「え?行くって……」
 三郎様に引っ張られ、私は再び道を逆走する羽目になった。
 だけどそのまま行けば棋院に向かう事になると気付いたのか、三郎様は進路を変えた。
 棋院以外に寄ることが殆ど無かったため、ここがどこかわからない状態の私を気にした様子はなく、三郎様はどこかの公園に足を進めた。
 遊具もそれほど多くないこじんまりとした公園にも一応ベンチはあるらしく、それを見つけた三郎様はまず私を座らせて、その隣に自分も腰かけた。
「あー……一応自己紹介からした方が良いよな」
 三郎様はそう言うと苦笑を浮かべた。
「今の俺は不破三郎。雷蔵とは二卵性の双子で、俺の方が弟だ」
 この顔も自前だぞと頬を叩く三郎様に私は眉根を寄せた。
 私の記憶にある三郎様とは違うその素顔が不破の顔だと言うのが、なんだかいい気がしなかったのだ。
「すごい執念ね」
「それは俺が?それとも雷蔵が?」
「……不破」
「はは。流石はミキ!……じゃ、ないな。もう」
 寂しそうに表情を歪ませた三郎様に、私は開きかけた口を閉じた。
「雷夢は小さい頃から記憶があって、俺はついさっきまで全然記憶がなかった。雷夢が三郎は僕とずっと一緒に居るんだから!って言う度なんか違うってのは思ってたんだけどさ……」
「……何があったの?」
 恐る恐る問えば、三郎様は困ったように笑った。
「皆と共に忍術学園を卒業して、出雲に帰ったよ」
「違う。不破との事」
「雷蔵は……俺に着いてきたよ。ミキの代わりでもいいからって。でも雷蔵は雷蔵だし、ミキはミキだ。代わりになんて慣れやしないって……分かってたのに、結局依存してしまった」
 過去を振り返っているのだろう三郎様は空を見上げた。
「最期の方はもうわけわかんなくて、でもミキにまた会いたいって……そう思って死んだなあ」
「三郎様……」
「はは、やっぱりな」
「え?」
「ミキ、ずっと心の中で俺の事そう呼んでただろ?」
「!」
「……俺はミキの支えになれてなかったか?」
 泣きそうに歪んだ三郎様の表情に、私は首を横に振った。
「三郎様は三喜之助の支えだったわ。ただ、仕えるべき相手で、近くて遠い人だっただけで、その……」
「この世じゃもう対等って言うか、ミキ……いや、色葉さんの方が年上だろ?」
「色葉でいいです。なんだか三郎様にさん付されるなんて変な感じだもの」
「だったら俺の事も三郎って呼んで、様なんてつけないでくれ。俺はもう鉢屋三郎じゃない。不破三郎って言う、鉢屋三郎の記憶を持ってるだけでなんの地位もない人間だ」
 呼んでくれと強く視線が訴えるのを感じながら、私は躊躇いがちに「三郎」と名を呼んだ。
 ただそれだけなのに、心底嬉しそうな顔をして私を抱きしめてきた三郎に、私は身体を強張らせた。
 強く抱きしめられると胸の鼓動が早まり緊張は増したけど、それと同時に三郎に抱きしめられているのだと言う安心感があった。
「色葉に戻った時、私が何を思ったかわかる?」
「元の世界に帰りたい、だろう?昔からずっと恋しがっていたんだから」
「まあそれもあったけど……子どもが産めると思ったわ」
 そう言うと、三郎の身体が小さくぴくりと強張ったのを感じた。
「ずっと後ろめたかった。三郎の好意は確かに嬉しかった……でも私は“三郎様”の子を産めないって、ずっと……悔しかった」
「色葉……」
「私、おじいちゃんとおばあちゃんの事が大好きなの。お母さんが居なくなって、人と言うよりも人形のように過ごしてきた日々を変えてくれた二人が誰よりも大好き」
「俺より?」
「うん。ごめん」
「まあ、それはしょうがないってことにしておく。で?」
「私の夢って言うのかな……二人が生きているうちにね、二人に私の子どもを抱きしめてほしいの。私はお母さんにしか抱きしめてもらえなかったから」
「……そうか」
 そろりと三郎が私の背を撫でる。
「お父さんは私が生まれる前に死んだって聞いたけど、多分立花……ううん、立花さんが知ってると思うの。同じ立花姓だし、昔、一度だけ私に会いに来たことがあるから」
「立花先生か……あの人も雷夢と一緒で絶対記憶あるぞ」
 三郎が深々と溜息を吐き出すのを聞きながら私はくすりと笑った。
「だって立花さんとお母さんは顔見知りだったんだもの」
「色葉のお母さん?」
「片桐初音って言うの。ハツネは多分私の事を覚えていたんだわ。酷く愛おしそうに抱きしめられた記憶ばっかり残ってるんだもの」
「そっか……」
 思い浮かぶのは顔よりも簪の音だけど、それでも私にとっては愛しい記憶だ。
「なあ色葉」
「ん?」
「色葉の夢、俺が叶えてもいいか?」
 身を離し、三郎は私の顔をじっと見つめてそう言った。
 すぐに意味が分からず瞬きを数度した後、私はその言葉を飲み込んで熱くなる頬を押さえた。
「この身も初めてではないけれど、それでも私を貰ってくれる?」
「……中原先輩かっ」
 ちっと舌打ちする三郎に、私はごめんなさいと両手を合わせた。
「でもそのおかげでミキがミキだって気付いた訳だし……はあ。まあいいや。その変わりこの先はずっと俺のものだからな」
「多少揺らぎはしたけど、それでも私は三郎のものだわ。初めて私に気づいてくれたあの日からずっと……」
 私は三郎の胸に手を置き、そっと身を寄せた。
 少しがさついた唇に唇を重ねれば、三郎は笑いながらそれに応えてくれた。
 不破は双子の妹に生まれたことを精々後悔すればいいなんて思いながら、私は目を細めた。


 どんなに醜く淀んでも、何度迷っても、きっと三郎は“私”を見つけてくれる。
 そんな不思議な確信を抱きながら、私は三郎とこれからを生きていく。
 不破が三郎の双子の妹って事で、あの時代とはまた別の苦悩がこの先待ってるかもしれない。
 それでも私は三郎と愛した証が欲しいから、今度はこの手を離さない。
 一緒にこの世を生きて行こう。三郎と共に。

鉢屋三郎 HAPPY END




⇒あとがき
 はい、案の定のぐだぐだ具合で失礼いたしましたが、これにて三郎ED終了です。
 まさかのキャラ女体化です。いや、八左ヱ門が女の子になるのはあの五年生のお風呂での会話の時から決めてましたけどね。
 不破と夢主は兵助EDルートでも変わらず仲悪いので、取り敢えず三郎を挟んで二人で口喧嘩させてみたいです。←
 三郎EDに関しては夢主の夢と言うか、おじいちゃんの希望がベースになったお話になりました。
 ちらほらと本編でも触れてたのは三郎EDになってもいいようにの伏線でした。本当は三郎EDは落乱世界に居残りみたいな感じを考えていたので、女の子に戻るとかその辺りから生まれてます。
 やばいあとがきもぐだぐだし始めましたね。この位にしておきます。
 ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました!残り仙蔵EDも頑張って執筆いたします。
20110219 初稿
20221106 修正
    
res

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