第捨伍話-2

 私たちが駆け付けた時、鬼桜丸はすでにタソガレドキの忍―――雑渡昆奈門と交戦中で苦戦をしているようだった。
 一足先に着いた尾浜と竹谷と兵助の三人が援護しているけれど形成が逆転したようには思えない。
「―――鬼桜丸!」
「仙蔵!?」
「援護するぞ」
 雑渡昆奈門を援護するように現れるタソガレドキの忍に向かって立花が宝禄火矢を投げ、田村が何時の間に用意したのか火縄銃で援護する。
 海美は鬼桜丸を援護する三人に混ざり、ほ組で鍛えられた体術で応戦する。
 私も懐から苦無を取り出し雑渡昆奈門の前に立つ。
「ん?見慣れないくのたま……いや、片桐くんの変装……じゃなさそうだねっ」
 ぽりぽりと後ろ頭を掻く雑渡昆奈門の言葉を聞きながら、苦無を片手に懐に飛び込む。
 苦無で刀を相手にするのは厳しいけれど、普段よりも更に軽く感じる身体は思いのほかスピードが速い。
「怖いくのたまが応援に来たものだねえ」
「何を言ってるの。本当に怖いのはこれから来るわよ」
 私は後ろ向きに飛びのきながら、懐から取り出した犬笛を吹いた。
 そう間をおかずに現れた二頭の狼―――牡丹と竜胆は、私の容姿に驚くことなく匂いで私を判断して雑渡昆奈門に牙を向ける。
 突然の狼の出現に苦戦を見せ始めたタソガレドキの忍の隙をついて、鬼桜丸の手を引いて一度下がる。
「貴方は、色葉さん……なのか?」
「説明は後よ。あいつらの狙いはどっち。戦?それとも姫?」
 問われた鬼桜丸は泣きそうに表情を歪めた。
「……両方、だ」
 申し訳なさそうな鬼桜丸は、まるでじゃれる様に竜胆と戦う雑渡さんを見つめた。
「タソガレドキはクラマイタケの力が狙いだ。もちろん戦も起こしたいようだが……皆がこんな時に私の所為で学園を騒がせてしまうなど……」
 涙を堪えるかのように強く拳を握りしめた鬼桜丸の背を私は撫でた。
 伊作の馬鹿が正気じゃないんだから、どうしようも出来ないのだろうか。
 それでもプロである彼らが本気を出せば、私たちが辿り着くよりも早く鬼桜丸をかどわかせたはずだ。
 ……だとすればこれは本当に茶番なのかもしれない。
 私たちよりも随分と遅れて現れた潮江たちに、私は溜息を吐き出した。
 下級生や本城夢美はもちろんの事、先生たちの姿が一切見えないあたり、本当にこれは茶番だ。
「鬼桜丸……お前、怒っていいわよ」
「……え?」
「もちろん私も怒るけど」
 私は手に持っていた苦無を遅れてやってきた中在家の足元へと投げた。
「―――お前の仕事は何」
「……何が言いたい」
「一々反応が遅いと言うのよ。いい加減“天女様の術”から目を覚ましてそっちの御遊び集団を追い出しなさい」
「あれ?バレバレ?」
「組頭が出てきてるのにこんなに手間取ってる時点でバレバレだったんじゃないですか?」
「でも目標は上手くだまされてくれたんだけどなあ」
 呑気に話す雑渡昆奈門と若い忍びの掛け合いに、気を張っていた鬼桜丸はぽかんと口を開いて見つめた。
「味気ない忍たまを相手にしても楽しくないと思ってたけど、正気に戻った子も居てびっくりだよ」
「正気に戻ってて悪かったな」
「まあ私たちは反則技で正気に戻ったが……大人の遊びに付き合うほど暇ではありませんのでね」
 睨む兵助の横で立花が遠慮なく宝禄火矢を放った。
「種を明かすのが早いよ。まったく……仕方ないから帰るよ。またね」
「二度と来なくていい」
 ひらひらと手を降って逃げていくタソガレドキの忍に、立花の手から宝禄火矢を奪って投げつけた。
 それらを見送りながら、緊張が解けた鬼桜丸がぺたりとその場に座り込んだ。
「戦は……起こらないんだな?」
「起こらないわ。まず間違いなく狂言ね。……裏で学園長先生が絡んでることも、尾浜と悠里さんがちゃんと聞いてるから後で吐かせるわ。それで十分?」
 こくりと頷いた鬼桜丸は、はっと我に返って涙を拭って慌てて立ち上がろうとした。
 だけど私たちが駆け付けるまでの間に雑渡昆奈門の言葉に散々惑わされたのだろう。
 安心して漸く襲ってきた震えに、鬼桜丸は両手で身体を包む様に自分自身を抱きしめ、声を殺して泣いた。
 零れる嗚咽が鬼桜丸の―――桜姫の昔からの泣き方なのだろう。
「……さくら」
 ぽつりと中在家の口から言葉が零れ、鬼桜丸がその声に反応して顔を上げる。
 視線が合うと中在家は鬼桜丸に走り寄り、その身体を抱きしめた。
「あ、うあ……」
 戸惑うような声音を零しながらも、鬼桜丸は中在家の背に腕を回して声を上げて泣き出した。
 まるで赤子が産声を上げるかのように、遠慮を知らない泣き声は学園に響き、流石に駆けつけてきたらしい先生たちが木々の陰からこちらを見下ろしていた。
「……この状況でよくもまあこんな茶番劇をしようなんて思いましたね―――学園長先生」
 静かに現れた学園長先生を見下ろし、私は目を細める。
「お主が“色葉”じゃな?」
「確かに今の私は色葉よ。でも私は私……鬼桜丸を泣かせたら学園長先生だろうと、わかっているでしょう?」
 呼びつけなくても私の側に控えるように現れた竜胆と牡丹の姿に学園長先生は笑った。
「……何が可笑しいの」
「何事も潮時じゃと言う事じゃ。この茶番劇を用意したのは儂ではなくクラマイタケ城城主、久良舞竹之信殿じゃ」
「殿が?」
 眉根を寄せれば、無事を確認しに来たのか、わらわらと下級生たちが姿を現し、土井先生たちに怒られていた。
 その光景に涙が引っ込んだらしい鬼桜丸は、恥ずかしそうに俯きながら中在家から離れていた。
「鬼桜丸よ。今日はあくまで久良舞殿が画策した狂言じゃ。しかし“色葉”が学園から去った時はどうするつもりじゃ?」
 まるで試すかのような言葉を向ているにも関わらず、学園長先生の眼差しは優しい。
 俯いたままの鬼桜丸は、口元に手を当て肩を震わせ、その肩を中在家が優しく抱き背を撫でる。
 私はその姿を見下ろし声を掛けられず、伸ばそうとした手を引っ込めた。
 “色葉”の道を選んだ私に、鬼桜丸の傍に居る資格はもうないのかもしれないから。
「……ミキ!」
 ふと私を呼ぶ声に顔を上げ、人ごみから抜けてくる三郎様を見た。
 皆、私がミキと呼ばれたことで、色葉が三喜之助と気づいたのか、私に驚きの視線を向ける。
 ショック療法とでも言うのだろうか、皆“天女様の術”が解けたのだろう。そんな顔をしていた。
「去るってどういうことだ!?卒業まで居るって、卒業したらクラマイタケに行くって……!」
 混乱しているのだろう三郎様から視線を逸らし、私は口を閉ざした。
 もう私は戻れる術を知らぬ私ではない。
 おじいちゃんたちと三郎様。天秤に掛けたらやっぱり私はおじいちゃんを選んでしまう。
 私にとっておじいちゃんたちは恩人で、色葉であることに拘り続けた私の根底を作った人たちだから。

「何やら都合よく一堂に会しておるのう」

 けたけたと笑いながら悠里さんが狐耳の巫女装束姿で現れた。
 その姿に生徒たちは警戒心を表すのを見て、悠里さんは優しい笑みを作り私の元まで歩み寄ってきた。
「羽衣はすべて揃い、呪も解けた」
「と言う事はハツネが……」
「うむ。騒ぎに乗じて縁深き者が表面に現れたからのう」
「?」
 すっと悠里さんが後ろを歩いていた二人のくのたまを招く。
 一人はハツネで、その手に引かれる少女に見覚えはないけれど、彼女が恐らく竜野さんとやらなのだろう。
 彼女は泣きそうな顔で私を見つめ、走り寄ってきた。
「色葉!」
 見知らぬ少女の姿に声。
 はて誰だっただろうと思いを馳せても何一つわからず、ただ強く抱きしめてくる竜野さんの背に恐る恐る手を伸ばした。
「よく顔を見せてくれ、色葉」
「……誰?」
 幸せそうな顔で私を見下ろす少女。
 でも何か変な感じがする。
「あ、そうか……色葉からすれば初対面だもんな」
 眉根を寄せ、落ち込んだ様子を見せた竜野さんは、気を取り直してまた笑みを浮かべた。
「僕は立花陽蔵。今はこの子の身体を借りて君の傍に居るんだ」
 立花と言う名にちらりと立花に視線を向ければ、さっきまでいた筈の立花の姿がない。
 どこに行ったのだろうと思っている時にはもう、目の前に居た立花陽蔵なる人物は吹き飛んでいた。倒れているのは竜野さんの身体だけど。
「ちょっと何するんですか“立花先生”!うっかり陽蔵さん離れちゃったじゃないですか!」
「だからお前はそう簡単に幽霊なぞに身体を渡すなと言っているだろうが!そいつは変態だ!!」
「変態じゃなくてただの色葉ちゃん馬鹿の立花先生馬鹿なだけです!!」
 その言葉に悪寒を感じたのだろう立花は、腕を擦り竜野さんの身体を踏む。
「ぎゃー!!」
「良いか、通訳だけしてそいつを表に出すな!」
「ちょ、痛い!痛いです立花先生ー!!」
 訴える竜野さんの身体をぎりぎりと踏む辺り、立花は本当に立花陽蔵さんとやらが嫌いと言うか……苦手みたいだ。
 まあ正確には立花がと言うよりも“立花さん”が、だろうけど。
 しぶしぶ立花の意見を了承した竜野さんが立ち上がり、改めて私の前に立った。
「始めまして色葉ちゃん。僕は竜野鱗と言います。お魚の鱗って書いてリンって読むんだよ。色葉ちゃんの事は陽蔵さんからお話だけはずっと聞いてたんだ」
 にこりと笑って手を差し出してきた、素でも僕と言うのが一人称らしい竜野さんの手をじっと見つめた。
「……えっと、こういう時は手を握り返してくれるのがセオリー通りじゃないかなあ、なんて」
 再会した時と同じ台詞に、思わず瞬きをしながら私は竜野さんの手を握り返した。
「セオリーはここじゃ使わない」
「あは!懐かしい台詞!」
 楽しげな竜野さんは、反対の手で立花に踏まれた横腹を擦っていた。
 やっぱり立花、本気で踏んでいたみたいね。
「えっと、突然ですが戻りますか?それとも残りますか?」
「本当に突然ね」
「あはは。それがお仕事なもんで」
「?」
「僕、実家が竜野神社って言うんですけど、主さ……じゃないや、竜神様のお告げで絶賛巫女修行中なんです。んで、頼まれた催事の最中に意識失ってえーっと時の狭間?って所で時の番人に会ったんです」
「それはクロノス?」
「名前は知らないんで“美しい人”って呼んでました。意識がちょっと混濁してたみたいで、結んだ契約を果たさないと僕も皆と一緒に帰れないんですよね」
「その契約と言うのはなんなの?」
「詳しい事までは説明できないんですけど、ざっくり言うとこの世界の時を動かして、最後に三人を元の世界に戻るかこちらに残るかを見守る事ですね」
「本城夢美さんを元の世界に帰すことは?」
「それは出来ません。彼女には彼女の契約があります。でも色葉ちゃんたちには契約がない。色葉ちゃんたち三人がこの世界に居るのはこの世界の時間を動かすための“美しい人”の仕事ですから、元の世界の元の時間に戻せるんです」
 そこまで言ったところで竜野さんはまた私に「戻りますか?それとも残りますか?」と告げた。
「……その答えはすぐに出さなくては駄目?」
「まあこんな状況ですから、話をする時間くらい必要ですよね。それ位なら待ちますけど、早めにお願いします」
「わかった」
 私はこくりと頷き、心配そうな顔をしている鬼桜丸を見る。
「ごめんなさい、鬼桜丸」
「いや……本城さんが来てから覚悟は決めさせられたから。……戻るんだな」
 答えを否定できず、私は苦笑を浮かべた。
 その表情に察してくれたのだろう鬼桜丸は中在家の手を借りながら立ち上がると、私に歩み寄ってきた。
「一つ我儘を言っても構わないか?」
「叶えられるものだったら」
「久々知に中原先輩……それに仙蔵もか?元の世に同一の人物がいると言うのなら、私を探してくれ」
「?」
「そしてまた友になろう。そちらは平和な世なのだろう?」
「……うん」
「だったら大丈夫だ。また会おう」
 そう言って鬼桜丸はいつもの笑みを浮かべた。
 本当に……なんて強い子なのだろう。
「絶対探すわ。知らないと言われても、今度は私がお前に言うわ。友達になろうって」
「ありがとう」
「お、俺も!」
 下級生の輪の中から作兵衛が手を上げる。
「ぼ、僕も!」
「僕も探してください!」
 次々に上がる手に私は目を見張った。
 そう接点のない後輩まで手を上げるのだから、私は意外とこの学園で馴染めていたのかもしれない。
「僕も探していいですか?」
「えっと……君は、福屋?」
「はい。本名を紫藤海美と言います」
 にこりと笑った海美に、竹谷が泣きそうに表情を歪めた。
「戻る、のか?」
「うん。出来れば“会うはずだった竹谷くん”が八の記憶を持っていてくれたらいいんだけど……それを期待して戻るよ」
 恐らくは抱きしめたいのだろう手を押さえる様にして、俯いた竹谷の目から零れ落ちた涙が地面に落ちる。
 別れが辛くないはずはないけれど、それ以上に私たちは元の世が恋しいのだ。だから戻る。
 私たちと同じ考えなのだろう林原さんは悠里さんと視線を交わし、歩み寄ってきた。
「えっと、答えは出ましたか?」
「俺は戻るぞ。あいつを一人になんて出来ないし」
「僕も戻ります。約束がありますから」
 林原さんと海美が頷き、私に竜野さんの視線が向かう。
「戻りますか?それとも残りますか?」
「……戻るわ。おばあちゃんと一緒に買い物に行って、おじいちゃんにシュークリームを作ってあげるの。それから……」
 ちらりと“彼”を見れば、向こうもこちらを見ていたようで、目を丸くして驚いていた。
 その顔に思わずくすりと笑った。
「私も期待してることにするわ」
「まあその可能性もなきにしもあらずと言ったところかしら」
 ハツネの言葉に、私はぱちりと瞬きをした。
 どういう意味だろうと考えるよりも早く、私たちの身体を淡い光が包む。
「またね、色葉」
 ひらひらと手を振りながら笑みを浮かべるハツネの顔を最後に私は光に溶けた。

―――さようなら、“初音”の……お母さんの記憶を持つ人。



⇒あとがき
 結局拾いきれてないネタは番外で拾えばいいかと諦めたら雑渡さんが敵じゃなくなった。あれ、おかしいな……
 取り合えずこの先は分岐にするべくあえて"彼"と表記しました。
20110208 初稿
20221106 修正
    
res

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