第捨肆話-3

 あの後、吉野先生を呼びに来た土井先生が学園長先生からの指示を持って現れ、教師陣もくノ一教室同様静観の態度となった。
 もちろん教職として、何か行き過ぎる事があれば動くらしいけど、その静観の対象には私も含まれるらしい。面倒なことこの上ない。
 確かに平成の世なんて空言を言う人間が増えたところで、生粋のこの時代の人間には理解できないこともあるだろう。
 だから静観して各々で見極めよ、と……つまり学園長先生が言いたいことはそう言う事なのだろう。
 朝礼と称して集められた生徒たちの前で自己紹介をする女子高生―――本城夢美を見つめ思う。
 時間の神が必要だからと、彼女をこの時代に送ったと言う事がまあもし仮にありえたとしても、態々顔をあのように作り替えたり、忍たまを虜にしたり出来るものなのだろうか。
 眉根を思わず顰めそうになりながら、本城夢美から僅かに視線を逸らして隣に並ぶ桃色の集団にちらりと視線を向けた。
 桃色の制服は笑みを浮かべているけれどその笑みの下が考えるだけで恐ろしい……。
 ちょうど隣に立っていたくのたまは確か武家の出身で、彼女の自己紹介に明らかに不機嫌になりながらも、前で組んでいる拳が殴りかかりそうになるのを押さえているように見えた。
 そんな彼女たちは、解散を告げられるや否や早々にくノ一教室の敷地内へと向かい、彼女と接触しようとしたイロはハツネに首根を引っ張られながら去って行った。
 ハツネ、良くやったと内心思いながら、彼女に群がる生徒たちを横目に授業のある教室へ向かう事にした。
 “天女様の術”とやらに惑わされているとはいえ、こんな状況で実技を行うのは危ないと言う事で、上級生は教科中心の授業構成に急遽変更された。
 あまり長く続くようであれば少しずつ実技も入れていくようだけど、この時期にこの授業構成は正直ありえない。
 私は就職が決まっているからいいけど、他の生徒は就職に響くんじゃないかしら?
「……面倒ね」
「そうだな」
 隣を歩く鬼桜丸が苦笑しながら頷く。
 忍たまで真面なのはジュンコと一緒にいた孫兵だけだった。どうやらジュンコは尾浜のような変身能力はないけれど、田村の持っていた護符の役割位は出来るらしい。
 田村が通訳してくれ、ジュンコは常に孫兵の側から離れないとは言ったけれど、寒い日は冬眠の誘惑に負けそうなので早めに解決してほしいとも言われた。
 他の生徒の中で浮いた存在になるかもしれない孫兵を心配したけれど、本人はジュンコが傍に居るから平気だと言って、ジュンコごとマフラーにくるまって幸せそうだった。
 ……孫兵って本当毒をもった子に関してだけ素直な子だわ。
 そんな孫兵以外は本当に私たちだけで、三郎様も、私を好きだと言った立花や兵助もあちらに居る。
「……寂しいか?」
 私の頭に手を乗せそう問う鬼桜丸を見上げながら首を傾げる。
「鬼桜丸も辛いでしょう?お揃いでいいじゃない」
「珍しく素直だな」
「……事実だもの」
 不満ではあるけれどと言えば鬼桜丸はくつくつと笑う。
 自分でも正直変な事を言った自覚はある。色の授業や忍務じゃあるまいし……。
「お揃いか……正気に戻ったら、長次と鉢屋を散々焼かしてやろうじゃないか」
「……鬼桜丸は強かね」
「思いが通じてからは結構自分でも強くなったと思う。単純だがな。……信じてるんだよ」
 本城夢美に手を貸す中在家を見ながらも、鬼桜丸の目は優しい。
「“天女様の術”がなければ、あの眼差しは間違いなく私一人に向けられるのだとね」
「その自信が羨ましい」
 私はずっと、おじいちゃんとおばあちゃんの側で一杯感情を育んでいた気でいた。
 でも実際は人づきあいもちゃんと出来ないし、好き嫌い以前に興味がわかないことが未だ多々ある。
 この五年と八か月で随分変わったけれど、それでも私はまだ“色葉”で……女でいることに拘り続けて、三郎様の好意に甘えてる。
 傍に居ないことに鬼桜丸みたいに寛容になれない。
 愛されていたと言う虚栄心に縋っていた……愚か者だ。


  *    *    *


 授業が一通り終わり、委員会活動の時間になっても誰も来ない煙硝蔵で一人火薬を数えた。
 これでこんな活動が三度目。季節は運の悪い事に師走に入り、一気に冷え込み始めた。
 寒さに負けたジュンコの代わりにと、田村が孫兵に護符を貸したことで相変わらず孫兵は無事だけど、田村は甘ったるいと言う匂いに辟易していた。
 鬼桜丸は滞ってしまう他の委員会活動を心配して、尾浜と二人で田村と孫兵の手伝いはもちろん、不運に見舞われやすい福屋の心配までしていた。
 火薬委員の仕事なんて使う者がいなければどうせ単純な点検作業しかないから一人でいい。
 それでも一人は寂しいもので、煙硝蔵の冷たい空気の中一人身体を小さく震わせた。
「よかった、今日はここに居たのね」
 ふと、煙硝蔵に誰かが近寄る気配がしたかと思ったら、柔らかな声の主が煙硝蔵の中を覗きこんでいた。
「……ハツネ?」
 何故くのたまがここにいるのだろう。
 この煙硝蔵は忍たま用の分であり、くのたま用は別にくのたまの敷地内にあり、管理も火薬委員が熟している。
 そもそもハツネは火薬委員ではなく、くのたま教室代表だ。煙硝蔵に用があるとは思えない。
 でも彼女は確かに私の名を呼び、手招きをしている。
 火器を得意とする彼女は火種を持っているから中に入れないのもあるだろうけど、私は仕方なく出入り口に歩み寄った。
「ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」
「別に構わない」
 どうせ明日も火薬を使う授業はないし、点検が出来ていなかったところで何か問題があるとは思えない。
 私は点検票を所定の場所に戻すと、煙硝蔵に鍵を掛けた。
「態々閉めてもらってごめんなさいね?」
「いい。どうせ明日も使わないから」
「本当?よかった。変な所で天女様様様ってところね」
 うふふと笑うハツネを見上げ、私は鍵を懐に仕舞った。
 後で土井先生に会ったときに渡しておこう。
「長くなる?」
「そう長く話すつもりはないんだけど、授業最近被らないでしょ?だから中々話せなくて……」
「何かあったの?」
「うーん……イロって、三喜之助くんとは逆に中身男の子じゃない?」
「……そうね」
 趣味嗜好は男としてもどうかと思うようなものだけど。
「だからイロも、忍たまたちみたいに天女様のこと気にするんじゃないかって心配してたの」
「それはない」
 中身も外もちゃんと忍たまの福屋が何もなかったのだから、中身が男のイロは何もないと思っていた。
「ええ。それはなかったんだけど……でもやっぱ様子が可笑しくて……」
 俯いたハツネは小さく溜息を零す。
「ずっと同室で一緒に生活してきたけど、イロって肝心なところはいつもはぐらかしちゃうから……なんかこうもやもやして。気付いたらここ」
「私は相談役に向かない」
「ええ。それはわかってるわ。でも、三喜之助くんしかこんなこと話せなくって」
 困ったような笑みを浮かべるハツネに私は首を傾げる。
「くのたまじゃ、私、皆の代表でしょ?誰の背も借りれないんだって改めて感じたわ。……こんな日が続くと、やっぱりきついわね」
 身近なイロの事だけではなくて、静観を決め込んだくのたまの相談役にもなっているハツネ。
 すでに何組かの恋仲だった者たちが別れたと聞く。
 色恋は戒めるべきものではあるけれど、恋愛は禁止ではない。むしろくのたまとしては経験しておいた方が良いと言う考えがある。
 もちろん、ある程度の節度を念頭に置いておくことは忘れないでではあるのだけど。
 それだけではなく、事務の手伝いとして働いているはずなのにろくに仕事の出来ない彼女を、食堂の手伝いをする際に見ては苛立ちを覚えるくのたまの愚痴もあるだろう。
 今回のことでハツネに掛かった負担は計り知れないものになってきているのかもしれない。
「お前には居ないのね」
「何が……ああ、居るじゃない、ちゃんと」
 そう言ってハツネは私を見下ろす。
「……もしかして私?」
「ええ。忍たまでただ一人、よ」
 頷くハツネに瞬きを一つ。
「結構頼ってると思ってたんだけど……分からなかったかしら?」
「……分かってなかったかもしれない」
「あら酷い。でもまた来るわね」
 いつものように暖かな笑みを浮かべて笑うハツネは、私に話したことで少しすっきりしたのだろう。随分とマシな顔をしていた。
「無理、しては駄目」
「ええ。ありがとう」
 ハツネは私の頬に自分の頬を寄せ、小さく摺り寄せると、そのまま立ち去って行った。
 恐らく近くに居ても気付かれないだろうほど小さな矢羽根に、私は微かに首を縦に動かして見送った。
(天女様には気を付けてね)
 早足に去っていくハツネを見送ると、私はこちらに近づいていた足音の主を振り返った。
 消し切れていない気配は天女様こと、本城夢美のものだ。
「……何か用?」
 振り返ってそう問えば、バレると思わなかったと言うように大仰しく驚き、手に持っていたのであろう書類の束を落とした。
 私は溜息を零しながらも本城夢美に歩み寄り、落とした書類の束を拾った。
 なんで今日に限って他についてる生徒がいないの。
「ご、ごめんね!覗き見するつもりはなかったんだけど……」
「はい」
 すでにまとめてあったその書類は、すぐに拾い集めることが出来たので本城夢美に渡した。
「あ、私、本城夢美」
「知ってる」
「じゃなくて、えっと……名前、聞いていいかな?」
「片桐三喜之助」
「三喜之助くんだね。うん、覚えた。……って、そうだ。ここどこかな?」
「……どこに行きたいの?」
「生物委員の飼育小屋。木下先生に渡してほしいって頼まれてるんだ」
「ならあちら」
 私は飼育小屋の方を指差した。
「あーよかった。じゃあまたね!!」
 胸を撫で下ろして走り出した本城夢美の背を目で追いかけ、私は気付かれないように溜息を零した。
 あの子、「ありがとう」も言えなければ人に断りもなく勝手に名前で呼び捨て……好きになれないタイプだわ。
 まあ好きになる要素なんて、三郎様たちに“天女様”って呼ばれてる時点でないけど。
「……土井先生のところ行こ」
 鍵を返して、ついでに少し甘えてしまおう。
 天女様がいる生活は窮屈で、イキヅライ。



⇒あとがき
 無事組に孫兵追加!意味はあるのかと聞かれると……伏線拾いきれない気がしてならないんですけど。←
 最後のは行き辛い、息辛い、生き辛いの三つを掛けてあえてのカタカナ表記です。誤変換ではないです。
 とりあえず番外編でちらっと出したハツネちゃんを出せて満足です。
20110202 初稿
20221105 修正
    
res

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