第捨肆話-2

 作法室から職員室へ戻って来ると、先生方の一部が職員室へと戻ってきていた。
 小松田さんはいつものように門の掃き掃除を変わらずしているらしく、吉野先生は溜息を吐きながらもどこか安心した様子だった。
 新野先生は医務室で待機しているのでこの場にはいないけれど、他に一人目の相手をしている学園長先生、世話役を任せられるだろう土井先生の他に、数人の先生が情報を集めるべくこの場に居ない。
 暁天もその一人のようで、一人目を監視する任に当たっているらしい。
 一番現役から近い二人に任されるのは当然の事と言う事なのだろうか、暁天がイロのように一人目に余計な事をしなければいいのだけど。
 この場にいる先生方の中心に座るのは学園長先生から話を聞いてきたのだろう山田先生だった。
 その近くにくノ一教室から山本シナ先生も来ていた。
「先ほど空から光が差し込み一人の少女が学園に現れたことはすでにご存じとは思いますが、他の先生方が集めた情報を確認してよろしいですかな?」
「では私から」
 野村先生がすっと手を上げ、山田先生が頷く。
「くノ一教室の生徒とここにいる一部の生徒を除いた生徒全員がその少女に魅了されているようで、生徒たちは彼女を“天女”と呼んでいます」
「では一先ず彼女の事は天女としておきましょうか。……他に何か」
「先ほど私も確認のため会いましたが、とてもきれいな手をしていましたよ。手荒れの一つも見受けられませんでしたから、確かに生徒たちが天女と呼ぶのもわかる気がしますね」
「確かに身纏っていた衣も不思議なものでしたな」
 山本先生がそう言うと、木下先生が頷いた。
「私はその天女と呼ばれている少女を見ていませんが、生徒たちが最初に不思議な事を言ってました」
「ほう。何をですかな、斜堂先生」
「甘い匂いがする、と」
「甘い匂いですか?そう言えばうちの生徒もそんなことを……」
 他の先生も何人か斜堂先生の言葉に頷き、自分の生徒もと口を揃える。一人目が来た時に授業を受け持っていた先生たちだろう。
「他に何か気付いたことはありますかな?黒ノ江たちも必要であれば発言して構わんぞ」
「じゃあはーい」
 のんきに手を挙げた尾浜に木下先生が額に手を当てる。
「甘い匂いって先生たちは感じないんですか?」
「まったく匂わん。そう言う尾浜はどうなんだ」
「甘いって言うか甘ったるい?俺の場合は逆に気分悪くなりましたね」
「ほう……黒ノ江たちはどうだ?」
「私はまったく。そんな匂いしてたか?」
「いいえ」
 鬼桜丸の問いに、私は首を横に振った。
「僕も全然気づかなかったよ?勘右衛門だけじゃない?」
「えー?俺だけ?田村は?」
「妖術の類なのか、護符が反応したのでよくは……」
「護符?」
「私の母が持たせてくれたものなんですが、恐らくこれが反応しなかった場合は尾浜先輩と同じだったかもしれません」
「あれー?」
 首を傾げた尾浜に田村は苦笑を浮かべる。
「しばらく結界貼りましょうか?」
「俺と田村じゃちょっと違うみたいだし、なんか怖いから止めて」
「では辺りの警戒だけで」
 田村は懐から人型の紙を取り出すと、何事か小さく呟きふうと息を吹きかけた。
「今のは式神か?」
「はい。見習いの身ではありますが、多少の警戒になら使えますので」
「田村は陰陽師の家系だったのか……」
「あ、いえ、私は……神使見習いです」
「しんし?……って言うと、神の使いの神使?」
「はい」
「おお!ってことはなんの動物?」
 期待した眼差しを向ける尾浜に、田村は顔を俯けた。
「すいません……動物ではなくて、覚と言う妖怪です。半分だけみたいですけど」
「おー、ある意味お仲間!」
「お仲間?」
 首を傾げた福屋に、尾浜はにこにこと笑顔を浮かべながら自分の頭を指差した。
「……って、耳!?」
「狸の耳?……化け狸……いや、付喪神か?」
「さっすが黒ノ江先輩!良くご存じで。でも普通に化け狸でいいですよ。実際人間以外に化けるのも得意ですから」
 そう言うと尾浜は頭を擦りながら耳を消す。
「つまり妖怪とその類は匂いを感じるけど効果はなくて、女も効果がないと言う事。くノ一教室が無事な理由も良くわかった」
「ええ!?文右衛門ちゃんとついてましたよ!?」
「尾浜、誰も福屋の話はしていない」
「女は私だ」
 苦笑しながら鬼桜丸が言えば、尾浜は目をくわっと見開いて鬼桜丸を見つめる。
 福屋も目を丸くしながら鬼桜丸を見つめ、何となく作法室での一件でそこまで見てしまったのだろう田村は、苦笑を浮かべるばかりだった。
「都合のいいことに丁度事情を知らない先生は全員いないから、先生方も驚いては居ないだろう?」
「本当に?」
「ああ。証明は残念ながら出来ないが、三喜之助は知ってるぞ」
「まあ、同室だから当然」
「片桐先輩男じゃない!そこは手籠めに……」
「勘右衛門、冗談でも殴るよ?」
「すいませんでしたっ」
 五年生のノリなのだろうそれに、木下先生が更に額を押さえる。
「でも実際鬼桜丸をそう言う風に見るのは無理よ。それは福屋が一番良く知っているでしょう?」
「まあそうですけど……それって証明になります?」
「私が野郎に甘くないのは知っているでしょう?」
「まあ、イロ先輩が良い証明ですよね」
「え!?イロ先輩って男なの!?」
「中身の話」
 流石にこの話題に先生たちも目の色を変え始める。
「無駄話は程々に、そろそろ本題に移った方が良いんじゃない?」
「そう言えば三喜之助は何か知っているようだったが、彼女は何者なんだ?」
 鬼桜丸の問いに、私は少し考えて顔を“色葉”に変えた。
 どうにも三喜之助の顔のままでは普段の喋りをしてしまう。
 それに関して尾浜は驚いていたけど、先生方は何も言わなかったので、そのまま話をさせてもらう事にした。
「……私たちは、あの女を天女ではなく一人目と呼んでいるわ」
「一人目?」
「この時代よりも遙かに時間が進んだ2010年2月12日。平成と呼ばれる時代のその日から、一人目は望んでこの世界に来た……山本先生」
「何かしら?」
「彼女はそんな話をしていませんでしたか?」
「ええ、まさにその通りね。自分は平成から来た女子こうせい?と言うもので、こちらにこの時代のあにめ?と言うものがあって、来たいなと思っていたらこの時代に辿り着いたのだと言っていたわね。武器は持っていないし、自分は戦えないから怪しいものではないとも言っていたわね」
 学園長先生の庵に向かわせる前に武器を所持していないか確認をするため、女性代表として彼女に会った山本先生の言葉に、他の先生方の視線が強くなる。
「でもそれをあなたが知っているなんて初耳ね」
「学園長先生以外には殆ど話してないもので。余り吹聴して回る事でもありませんから」
「あら。お茶目ね。でも木下先生が知っているようだけど?」
 ちらりと山本先生が木下先生に視線を向ける。
「わしは藪ケ崎先生が最初に忍術学園に来たときに聞いただけです」
「あら、藪ケ崎先生?彼も関係しているの?」
「平成の世では車と言う鉄でできた一種の絡繰りのようなものがあります。車は移動手段として使うものですが、それを操っていたのが藪ケ崎先生こと、林原暁さん。そしてその車に衝突されて死んだ一人目があの女、と言う訳です」
「つまり彼女は平成の世で死んでここに来た、と。学園長先生が藪ケ崎先生を監視にと言った意味はそっちにあったか……」
「まあ、林原さんも馬鹿じゃないですからそう変な事はしませんよ。問題はくノ一教室のイロだと思いますよ」
「イロさんがどうかして?」
「さあ。良くわかりません」
「片桐先輩っ」
 がくりと肩を落とした福屋に、私は首を傾げる。
「だってそうでしょう?」
「まあそれはそうですけど……他の説明が抜けてるから、先生たちには伝わりませんって」
「そうですね」
 苦笑を浮かべて同意する田村を福屋は慌てて見る。
「え?」
「あ、すいません。私はある程度片桐先輩から教えてもらっているので……。あ、基本的に能力は使わないようにしてるんで安心してください」
 笑みを浮かべてそう説明した田村に福屋は首を傾げた。
「田村は半分覚と言う妖怪だと言ったでしょう?」
「そのさとり?って言うのが僕わからないんですけど……」
「覚は人の心の読み取り隙あらば食おうとする妖怪だと聞いた事があるが、田村は半分人間なのだろう?」
「私の母……育ての親なのですが、その人は私を半分人間だと言っていました。能力も人の心を読む程度で人を食べようと言う気は流石に……」
「すまん。失礼な事を聞いたな」
 苦笑を浮かべる田村に鬼桜丸は謝罪した。
「その説明を抜いた部分だが、何故イロちゃんが問題になるんだ?」
「イロは自分を三人目だと言っていた。でも、三人目は別にいる」
「そう言うってことはその三人目さんは片桐先輩じゃないんですよね。ってことは……」
 ちらりと尾浜が福屋を見る。
「えっと……うん」
 頷いた福屋は複雑そうに笑った。
「前にタソガレドキの組頭が言ってたでしょ?“海美”の話」
「そう言えば何か変な事言ってたなあ……弔いしてもいいかどうかって……」
「その海美は僕の幼馴染で、本当は大神文右衛門って言って……大神屋の長男だったんだ。色々あって、僕と入れ替わって“大神屋の海美”として売れっ子になって……殺された」
「大神屋って言うと、確か三郎から聞いたことあるんだけど……陰間茶屋だよな?」
「……うん」
 俯く福屋に尾浜は言葉に迷いながらも、小さく「ごめん」と呟いた。
「今でこそ福屋の姓を名乗らせてもらってるけど、僕、本当は紫藤海美って言うんだ。茶屋の件に関わった時に記憶を思い出しては居たんだけど、福屋文衛門の名前で慣れてたからそのままにしてたんだ」
「本当に福屋くんが三人目で間違いないのね?」
 疑うように山本先生が福屋に問う。
「はい。しっかりと名前も、事故の記憶も覚えています。僕はあの日携帯を取りにコンビニに戻って、その帰りに車に……」
「その証明は?」
「片桐先輩が」
「あら?片桐くんが?どうして?」
「私が二人目の“片桐色葉”でしたから、あの日の事は鮮明に覚えています。だからうろ覚えであろうと、記憶が合致した彼が私の記憶にある三人目の不運な美少年本人です。でも、イロはあの事故を知っていても、事故自体は覚えていない」
「そう……生徒をあまり疑いたくはないのだけど、イロさんには気を付けていた方が良いわね」
「そうしてもらえると助かります。イロは何かを知っているので」
「他に何か情報となるものは?」
「一人目の望みはこの世界で忍たまにちやほやされること。だから先生たちは除外されたし、忍たまではない自分を持っている私と福屋は除外されたんだと思います。望みに関してはイロの受け売りなのでこれが正確な事なのかはわかりません」
「女である私や、忍たまではない妖の面を持つ田村と尾浜も除外されたと言う事だな」
「恐らく。イロが言っていた“美しい人”と言うのが何者かわかればいいのだろうけど……」
「それに関してはこれを」
 すっと田村は先ほどの文を皆の方へと差し出した。
 一度も開封されていないそれに先生方は首を傾げる。
「これは立花先輩が独自に調べた事の結論を纏めた文の様です。少し視ましたが、その“美しい人”と言うのは時を司る神ではないかと言う事です」
「時を司る神……クロノスでしたっけ?」
「私、知らない」
「片桐先輩……。まあ確かに一般的に知られている知識ではないですけど、クロノスはギリシャ神話の神様とは違っただったはずです。僕もゲームとか漫画で少しかじった程度の知識なんですよね」
 すいませんと謝罪を口にする福屋に私は首を横に振った。
「もし仮にその“美しい人”がクロノス、時を司るの神だとするならば、何故個の願いを易々とかなえたのかしら」
「え?」
「これはとても変な話ではない?」
「必然の時間だった、と言う事でしょうか?」
「そもそも私たちがこうして時を逆行しているのもおかしい話でしょう?……まあ、正確には逆行していないけれど」
「どういう事だ?」
「この世界の未来に平成の世はないかもしれないと言う可能性。この時代と私の知っている歴史とでは食い違う点が多すぎる」
「例えばなんですか?」
 教科担任の先生たちが話に食いつき、安藤先生が代表したように問うてきた。
「鉄砲伝来ですね。福屋、平成の世で鉄砲伝来と言えば?」
「鉄砲伝来……えーっと、以後趣味になる鉄砲伝来だから1543年?」
 首を傾げながらも答えた福屋に皆一様に首を傾げる。
 語呂合わせで思い出すあたり受験生だったのだと改めて思わされる。
 記憶を思い出したばかりなら確かにその方が思い出しやすいのだろうけど……そう言う語呂合わせは私覚えてないわ。
「……つまり1543年、天文十二年。でも実際はすでに伝わっていて、戦でも広く使われている。……長篠の戦いはまだ先の話だと言うのに」
「長篠の戦いって言うと、えーっと……」
「天正三年。織田信長、徳川家康連合軍と甲斐の武田勝頼の戦」
「片桐先輩なんでそんなに覚えてるんですか」
「前から記憶力が良いもの。『功名が辻』の第十六話、『天地人』の第六話。『天地人』は兼続の初陣の話だったかしら」
「大河好きなんですか?」
「お祖父ちゃんと一緒に毎週見ていたもの。もちろん『元禄繚乱』から『竜馬伝』まで」
「あー……?」
「でも『竜馬伝』は途中までしか見れてないのよね。竜馬の最後は分かってるけどあの映像技術……最後まで見たかったわ」
「片桐先輩、帰ってきてください」
「何を言っているの?」
「なんでそんな馬鹿を見るような目で見るんですか!止めてくださいっ」
「良くわからないが……とにかく歴史が違うんだな?」
「そう言う事」
「ああもう黒ノ江先輩の質問だけちゃんと答えて……っ」
 ぐっと涙を呑む福屋の肩を尾浜がぽんと叩く。
「イロが何をしでかすかわからないから、くノ一教室は静観の態度を取った方が良いと思います。多分、ハツネもそう考えてるだろうけど」
「ハツネちゃんって言うと……くノ一教室代表の?」
「そう。ハツネは唯一あのイロの暴走を止められる人間だから代表になったようなものだけど」
「私からも指示は出すけど、そうね、ハツネさんもそう考えてるでしょうね……。山田先生、私はくノ一教室の方に戻りますね」
「はい、わかりました。学園長先生にも伝えておきます」
「それじゃあ」
 山田先生が頷くと、山本先生は静かに職員室を去って行った。



⇒あとがき
 ごめんなさい、『功名が辻』も『天地人』も序盤以降はまともに見てないです。←
 『天地人』の第六話は確かちゃんと見たはずなんですけどね……記憶にないってことは意識飛んでましたね。
 序盤以降は親が見てるのを横でちらちら見てたくらい?うんでも調べてて色々懐かしかったです。
20110202 初稿
20221105 修正
    
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