第捨肆話-1

 三年生の生徒が二人、実習の最中に山賊に囚われ救出されてから三日が経った。
 三反田はそう大した怪我もなく、翌日一日大事を取った後は普段通り授業に参加したけれど、浦風は風邪を引いて寝込み、熱が引き次第授業に戻る予定の様だ。
 迎えに行った三喜之助は、浦風くんを気にかけていたから、三反田と共に浦風の看病をしていた。
 別に心配をしていなかったわけではないが、三喜之助が傍に居たから大丈夫だろうと思っている。
 ふうと息を零し、空を見上げれば見事な青色が広がり、気持ちのいい空気が胸一杯に吸い込まれる。
「……あ、ありがとうございました」
 地面に伏した久々知が辛うじて零した言葉に足元を見下ろした。
「文月に組手をした時よりも成長はしているが、やはり怪我をした右肩をかばっている気がする。早めにその癖を直した方が良い」
「はい」
 悔しそうに拳を握る久々知に手を差し伸べれば、おずおずと久々知はその手を取った。
 後輩が成長する姿は嬉しいが、こうして手を取ると段々と自分の性を改めて実感する。
 皆、少しずつ成長が追いつき、私の背を追い越すことはなくても、確かに男として逞しく成長しているのだと思うとどこか寂しかった。
 普段そこまで感じることがないのは、きっと傍に居る三喜之助が、誰よりも成長しない少年のままだからだろうか。
「勘右衛門たちから組み手の相手をしてもらったと聞いたのですが、もしよかったら今度私にも指導してくれないでしょうか?」
「それは別に構わないが、三喜之助はそう言う所は教えてくれないのか?」
「……片桐先輩が私に教えてくれるのは碁位ですよ」
 どこか寂しそうな久々知に、私は口を閉ざした。
 久々知は傍から見ていてわかりやすいくらいに三喜之助が好きだ。男とか女とかそんなこと関係なく、純粋に三喜之助を好いている。
 だけど三喜之助は、久々知を苦手ではなく嫌いだと言っていた。恐らくそれは今も変わらないだろう。
 久々知も三喜之助も、それを素直に言葉に乗せるような性格ではないから、どこから二人の仲がずれているのかよくわからないが、このままでいいのだろうかとふと思う。
 季節はもう霜月。後一週間もすれば冬休みが始まり、忍術学園での生活も残りわずかとなってしまう。
 卒業して一年はクラマイタケ預かりとなる三喜之助は、その一年が過ぎれば出雲へと戻り、鉢屋と祝言を交わす。
 ミキと言う女としての生活を続けながら、その陰で鉢屋三喜之助としても生きていく……きっと辛い人生になるのだろうそれを、三喜之助は嬉しそうに語ってくれた。
 それはまだ一昨日の事だ。
 来年の話はした。けどその先の話はようやく……三喜之助が抱えている過去はいつになったら話せるのだろう。
 友だと言ってくれた。傍に居てくれた。長次とのことも応援してくれて、いつも無表情な癖にたまに笑って、いつもは混ざらない輪にたまに混じって、少し怒って……六年間はあっという間なんだと改めて思わされた。
「そこ、いつまでそうしてるつもりだ」
「うわ!」
「!?」
「まったく……早くどかんか」
 呆れながらも木下先生に促されて円陣から外れる。
「すまんな、久々知」
「いえ」
 首を横に振り、久々知は五年生の輪の方へと戻っていく。
 私も久々知に背を向け、六年生の輪の中へと向かっていく。
 まだ呼ばれるのが後の方である三喜之助は、伊作の背に背を預けて目を閉じている。
 三喜之助曰く記憶を整理しているのであって、眠ってはいないのだろうその動作に小さく苦笑しながら隣に座った。
「お疲れ様。久々知はどうだった?」
「文月に組手をした時よりは強くなっていたが、まだまだだな」
「そりゃ人の倍以上努力してる鬼桜丸には、五年生じゃ勝てないって」
 くすくすと笑う伊作に釣られるように笑うと、誰かの手が私の頭に乗る。
 無言でぐりぐりと撫でる手に視線を上げると、長次が私の頭を撫でていた。
「ああ、ありがとう」
 何となくお疲れ様と言っているのだろう事を感じ取りそう言えば、長次はこくりと頷いて手を離した。
「小平太はまだ組手中か?」
 長次はすっと私が居た場所とは違う円陣を指差した。
 そこには、まだまだ余裕そうな小平太に振り回されている竹谷が居た。
 六年生の中でも断トツで組手の強い小平太相手に竹谷は良くやっている方だが、あれは完全に遊ばれている状態だろう。
「可哀そうに……」
「でも一番可哀そうなのはあっちかな」
 そう言って伊作が指差したのは、小平太のいる方とは反対方向の円陣。
 そこでは、文次郎が何故かその隣の円陣に居たのだろう留三郎と組手をしていた。
 恐らくは相手だったのだろう鉢屋と福屋の二人は完全に置いてけぼりになっている。
「あいつらは……」
 いつも通りの光景ではあるのだけれど、頭が痛い光景でもある。
 思わず額を押さえると、突然かっと空に稲光のようなものが走った。
 何だろうと顔を上げると、空から何かが降りてくるのが見えた。
 強い光に眉根を寄せながらも目を凝らせば、その何かが少女であることが分かった。
 ゆっくりと降りてくる少女は、ある程度まで来ると、急に勢いを増して降下してきた。
 慌てたのは、丁度落下位置に成りそうな場所で喧嘩をしていたはずの二人で、咄嗟に抱きとめた文次郎は驚きの声を上げていた。
「な、なんだ!?」
 受け止めた文次郎は腕の中の少女を見下ろし、皆そちらへと足を延ばす。
 私も例外ではなく、何事だろうと近寄ろうと立ち上がった足を向けようとした。
 だが不意に呼び止める声に私は振り返る。
「片桐っ」
 呼ばれたのは私ではないが、その声に驚いてしまったのだ。
 絞り出す様に三喜之助の名を呼んだのは仙蔵だった。
 何故かその手に棒手裏剣の刃先の方を握り締めている仙蔵に目を見張れば、仙蔵も私に気づいて目を見張った。
「鬼桜丸は何ともないのか?」
「何がだ?」
 首を傾げると、仙蔵は首を横に振った。
「今はそんな事を言ってる場合じゃないな。お前たちは正気で間違いないな」
「あ、ああ」
「みたいね」
「私はこれでどうにか意識を保ってるようなものだ」
 そう言って仙蔵は、棒手裏剣を握り締めたままの自身の手から血が流れ落ちるのを悔しそうに見つめる。
「片桐、作法室にある文を田村に渡せ。あいつは恐らく正気だ」
「立花……」
「すまない片桐。私は約束を守れそうにない」
 見たことのない笑みを浮かべた仙蔵の手が震え、その手から棒手裏剣が落ちる。
 重みのあるそれが砂の上に落ちると、血が同時に滴り落ちた。
「くっ、私としたことが……こんなドジをして出遅れるとは……」
 自ら傷つけたはずの手を見つめ、仙蔵は表情を歪めた。
 そこに先ほどまでの慈愛に満ちた笑みは一切見当たらず、眉根を寄せる。
「立花」
「なんだ」
「怪我、治療しておかないと伊作が煩い」
 仙蔵を引き留めた三喜之助は、無理やり仙蔵の手に包帯を巻き、その背を押した。
「後でちゃんと治療した方が良い」
「ああ。助かった」
 それだけ言うと、仙蔵はあっさり三喜之助の手を解いて行ってしまった。
「……何がどうなってるんだ?」
 戸惑う私に三喜之助は言葉を探す様に視線を彷徨わせ、そして勢いよく眉根を寄せた。
「?……尾浜?」
 その視線を追うように身体を動かせば、きょとんとした顔をした尾浜がこちらを見ていた。
「あれ?先輩たちもお仲間でしたっけ?」
 首を傾げる尾浜にこちらも首を傾げる。
 言っている意味が良くわからずにいると、三喜之助がじっと尾浜を見つめる。
「お前は何故何ともないの」
「何故って言われても……あれえ?」
 まじまじと私たちを見つめ返してくる尾浜自身も良くわからないのだろう。再度首を傾げる。
「正気なのはお前たちと福屋だけか」
 何時の間に近寄ってきたのか、木下先生のその声に私はびくりと反応して振り返った。
 戸惑いすぎていた。油断をしていた。その事に焦る私の背を、三喜之助が軽く叩く。
「片桐、あれが例の一人目なのか?」
 小声で問うた木下先生に返事をせず、三喜之助はちらりと私たち以外の忍たまに囲まれた少女を見る。
「顔が違う。でも、服は同じだから、多分そう」
「福屋が先に学園長先生に報告に向かった。お前たちは職員室に待機していろ。他にも正気な生徒を探して一度そこに集める」
「説明をしろと?」
「事情を知るのはお前だけだろう。こうなったらくのたまは敷地から出てこんぞ」
「……でしょうね」
 小さく溜息を零した三喜之助は、私を見上げた。
「鬼桜丸、事情は後で話す。尾浜」
「はい」
「お前が何故正気なのかも後で聞く」
「ええ!?」
「安心しろ尾浜。片桐も似たようなもんだ」
「木下先生がそう言うんならいいですけど……似たようなものー?」
 首を傾げる尾浜は三喜之助を見下ろし、確認するように見る。
「うっとおしい」
「いっ!?」
 三喜之助は尾浜の脛を蹴り上げると、くるりと背を向けて歩き出した。
「大丈夫か尾浜」
「だ、大丈夫じゃないです……って、ええ!?」
「しばらく痛むだろう?」
 ひょいっと持ち上げると、驚きの声を上げた尾浜に私は首を傾げた。
「お、重くないですか?」
「そうだな……少し重くなったか?」
「あはははは……すいません」
 苦笑を浮かべる尾浜に小さく溜息を零し、足を止めている私たちに気づいて待ってくれていた三喜之助の後を追った。
 空から降りてきた娘に、一人目と言う存在。
 仙蔵、三喜之助、木下先生の三人が知っていて、私と尾浜は知らない。恐らく学園長先生に報告に行った福屋は知っている側だろう。
 知らずに正気なのは私と尾浜。そして仙蔵が恐らく正気だろうと言っていた田村か?
 共通点が読めない。情報がまだ少なすぎる。
「鬼桜丸」
 不意に三喜之助が私の名を呼んだ。
「鬼桜丸にだって知らないことはある。気負う必要はない。ここは忍術学園だもの」
「三喜之助……」
「隠し事が多い人間ばかりが正気だなんて、諸悪の根源は何を考えているのかしらね」
 そう言うと、三喜之助は歩調を早め、職員室の戸の前に立った。
「鬼桜丸たちは先に入って待っていて。私は立花が言っていた作法室に文を取りに行ってくる。何か解決の糸口になるかもしれないもの」
「ああ。……気を付けて」
「少なくとも先生方は無事よ。安心していると良い。それに、田村と福屋はある程度事情を把握しているから大丈夫」
「他に心当たりは?」
「……ただの忍たまは須らくあの女の虜」
 少し考えた三喜之助はそれだけ言うと、作法室へ向かうべく足を進ませ始めた。
 三喜之助の言葉通りであるのなら、立場があるものと言うものだろうか。
 だとするなら鉢屋がここにいないのが可笑しい。
 隠し事のあるただの忍たまではない者。
「あのー……黒ノ江先輩。そろそろ下ろしてくれると助かるんですが……」
「っ……すまん、忘れてた」
「いや、いいんですけどね。本当重たくなかったですか?」
 下ろしながら再度問う尾浜に私は首を傾げた。
「五年生にもなったから筋肉がついた証拠かと思ったが、ただ太っただけか」
「冬はどうしても食べちゃうんですよねぇ」
 しゅんと項垂れながら腹部に手を当てる尾浜に、私は首を傾げた。
「元々そう太ってはなかったから大丈夫だろう?太ったからと言って動きがそう悪くなっていたようでもないし」
「流石黒ノ江先輩……っ!」
 感極まった様子の尾浜がキラキラとした視線で見上げてくる。
「文右衛門……福屋なんて、そんなに太って豚になりたいの?とか言うんですよ!?酷くないですか!?」
「いや、しかしそれ以上太ったらさすがに問題だぞ」
「ですよね!現状維持なら問題なしです!!」
「問題大有りだよ勘右衛門」
「文右衛門!?それに……田村?」
「さっき三喜之助が言ってただろ」
「そうでしたっけ?」
 ちゃんと聞いてなかったらしい尾浜は、照れたように笑いながら頬を掻いた。
「福屋先輩とはさっき会って、まだ事情をお話していないんですが、お二人は片桐先輩から何か?」
「いや、私たちは何も……」
「そうですか」
「三喜之助は田村宛の文があるとかで作法室に取りに行ったよ」
「作法室に?……と言う事は、立花先輩はやはり抗えなかったのですね」
「田村は知ってるの?」
 驚いた様子で問う福屋に、田村は首を傾げた。
「福屋先輩は片桐先輩からお聞きでは……?」
「何も聞いてないよ!四人の中で僕が一番事情把握してないんだよ?もう本当片桐先輩ってば酷いなあ……」
 口を尖らせながら、福屋は職員室の戸を開いた。
「とりあえず中で待ちましょう。片桐先輩には今日こそちゃんと話してもらわなくっちゃ!」
 ぷりぷりと怒った様子を見せながら職員室に入っていく福屋に苦笑をしていると、尾浜がその後に続く。
「私もあまり詳しいわけではありませんから、待ちましょう」
「ああ、そうだな」
 田村にそう言われ、私も職員室の中へと入る。
 普段生徒が立ち入ることのないその部屋には、先生は誰一人としていなかった。学園長先生の所だろうか。それとも先ほどの少女のことで対応に追われているんだろうか。
 とにかく今は待つしかないようで、私は諦めて三人と共に職員室の中で待つことにした。



⇒あとがき
 天女様いらっしゃい。でも夢主はどっちかって言うと傍観立場なのでちやほやされている描写は少なめで。
 と言うかちやほやされている姿を描くのが苦手です。
 天女様の書き方が良くわからない!←
20110201 初稿
20221105 修正
    
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