第捨参話-2

※流血&性描写少々有

 作法室を後にして長屋に戻る際中、ふと門の方角が騒がしくなった。
「何事でしょう」
「今日は一年は組ではなさそうだな」
 そう呟いた立花はちらりと私を見下ろす。
「確か今日の校外実習は三年ではなかったか?」
「そう」
「いつもの迷子にしては騒ぎが大きすぎるな」
 そう言った立花は迷いなく門の方へと進み、私と田村もその後を追う。
 校門へと辿りつくと、ぐったりした様子の三年生を抱えた鬼桜丸が居た。今日は鬼桜丸が火見櫓の監視当番だったので、鬼桜丸が真っ先に駆けつけていたことに問題はない。
 問題があるとすればその鬼桜丸に泣きついている他の三年生たちの様子だろう。
「三喜之助に仙蔵。それに田村?」
「何があった」
 奇妙な組み合わせだと思ったのだろう鬼桜丸は、僅かに首を傾げたが腕の中の生徒を見下ろした。
「校外実習の最中に山賊に襲われたらしい。先生方がすぐに殿を務めた生徒たちを迎えに行った」
「三年生がこの被害と言う事は規模が大きかったのでは?」
「それもあるが、浦風と三反田の二人が人質に取られてしまったようで……伊賀崎が先頭になって報告も兼ねて戻ってきたんだ」
 それが今ここにいる面々なのだろう。
 だけど一緒に戻っている筈の孫兵の姿が見当たらない。
「伊賀崎は先生たちと一緒に戻ったよ。先生方は学園で待機だった上に、山賊と出会ったのがどうやら三之助が迷ったことが原因らしい」
「その三之助は見つかっているの?」
「否。だから問題なんだが、富松と神崎の二人が五色米を撒きながら山賊を追っている危ない状況みたいだ」
「……だからと言って他の生徒に混乱が走るのも不味いな」
「ああ。田村、悪いがこの子達を医務室に連れて行ってくれ。皆一緒の方が良いだろう」
「わかりました」
「申彦!」
「はいよー」
 ひょいっと木の上から一回転して降りてきた吉村の頭に鬼桜丸は手を置く。
「火見櫓の番を頼む」
「分かったよ」
 吉村はするすると梯子を登っていき、何時ものように屋根の上まで登って行った。
 だからお前、そこは登る場所じゃない。小さい子が真似してはいけないから止めなさい。
「私は学園長先生に報告してくる。仙蔵、この場を頼む」
「わかった」
「三喜之助は悪いが先生方の後を追ってくれ。牡丹と竜胆を使えば可能だろう?」
「まあ。追ったのは三年の先生?」
「ああ」
「黒ノ江先輩!私も行っては駄目でしょうか」
 すたっと近くに降り立った福屋に鬼桜丸は眉根を寄せる。
「三喜之助、福屋は牡丹と竜胆には……」
「慣れてる」
「そうか。なら鉢屋、竹谷、不破、尾浜、久々知。それから景清」
 先に呼ばれた五人は福屋の横に並び、赤間は私の隣にすっと現れた。
「三喜之助と景清を筆頭に二人の指示に従って行動するように」
 五年生六人はそれにしっかりと返事をし、私と赤間はこくりと頷いた。
 すぐに門を飛び出せば、私が呼ぶよりも早く事態を察知した牡丹と竜胆が門の前で待っており、私に擦り寄ってくる。
「牡丹、お前が赤間に着いておやり」
 わかったと言うように牡丹が一鳴きするのを見て、赤間に目配せした。
 赤間は近寄ってきた牡丹の頭を一撫ですると、こくりと頷いた。
「竜胆、追うのは孫兵の匂いよ」
 頭を一撫でしながら言えば、竜胆はこくりと頷き我先にと言うように走りだし、私たちはその後を追う。
 生物委員の所属であり、ほ組では忍務を共にすることもあった赤間は、竜胆相手でも問題はないだろうけど、有事の時は殿を務める赤間には牡丹を付けておいた方が良い。
 五年生の中で竜胆が認めているのは竹谷と三郎様と兵助の三人だけだ。
 兵助の事は最初嫌っていたけれど、五年に上がってから竜胆は兵助を認める様になったらしい。
 私は詳しく知らないのだけど、授業で三郎様が竜胆を連れて行く機会があり、その時に認めていたのだと言う話を聞いた。
 きっと兵助の心境の変化に応えたのだろう竜胆は、まっすぐに前を見据えてひた走る。
 夕暮れから宵闇へと移りゆく境界の混じりあった空を見上げれば、僅かに星のきらめきが見える。
 実習に出たのは朝のはずだから後を追った作兵衛たちの体力が不安だ。
「片桐、五色米だよ」
 赤間の声にちらりと作兵衛たちが残したのであろう五色米に足を止めた。
「先生たちはもうここを通り過ぎたみたい」
「うん。あちら側は確か冬眠前の熊が居るから人は近づかないんだけど……」
「とにかく行ってみればいい」
「そうだね。行こう」
 赤間が頷くのを見て、私たちは再び走り出す。
 そこから丁度四か所五色米を見過ぎたところで、先生方と合流することになった。
 左門が足を挫いていたらしく、合流したもののどうするか話し合っていた先生方は、私たちに人質に取られて浚われてしまった藤内と数馬の救出を任せることに決めた。
 疲労の見える左門、三之助、作兵衛、孫兵の四人だが、二人が心配なのか先に学園に戻りたくない様子で、先生方は四人につきながら周りの警戒をしてくれることになった。
「六人で上手く騒ぎを起こしなさい。その間に私と赤間が忍びこむ」
「合図はどうしますか?」
「犬笛にしよう。竹谷は聞き取れただろう?」
「はい」
 赤間の言葉に頷いた竹谷には驚いたけど、それを表面には一切出さず解散を告げようとしたまさにその時だった。
 山賊が根城にしていると思わしき洞窟の奥から男の悲鳴が届いたのは。
 先ほどまで何か動きがあるとは思っていたが、様子が可笑しい。
「赤間」
「不味いかもしれない」
「どういう事ですか?」
 眉根を寄せた不破に赤間が私を見る。
 判断は任せると言うその瞳に視線を落とす。
「兵助、不破、尾浜、竹谷。お前たちは残りなさい」
「え?」
「なんでですか?」
「良いから従って。三郎、福屋、お前たちは行けるわね」
「ああ」
「問題ありません」
 男の悲鳴からすぐに察したらしい二人は、片や冷静に、片や緊張した面持ちで頷く。
「急ごう」
 向かう先が洞窟と言う事で各々眼帯を片目に巻き、走り出す。
 私が先陣を切って飛び出すように中へと滑り込めば、その奥の蝋燭の仄かな明かりの先から血の匂いが漂い始める。
 獣が咆哮するような少年の叫び声が胸をざわめかせる。
 光の先には男に切りかかる声の主が居た。
「赤間!三郎!」
 二人は無言のまま残った男たちへと切りかかり、私はその声の主―――数馬を後ろから羽交い絞めにして止めた。
「離せ!全員殺してやる!!」
 錯乱をしているのだろう数馬は私の腕の中で暴れた。
「もういい、数馬」
「でもあいつらは藤内を!」
「だから赦さない。―――私たちが」
 赤間が隠し持っていた忍び鎌の一つが男の心臓目掛けて打ち込まれ、三郎様が投げたひょう刀が別の男の頸動脈を狙う。
「……あ」
 目の前で飛び散る赤い血を見つめた数馬は、びくりと震えて身体を強張らせた。
 錯乱状態からは一先ず落ち着いた様子の数馬は、呆然とその光景を見つめていた。
 表情は青ざめ、手が今更ながらに震えを感じている様だ。
「福屋」
「はい!」
 残党に切りかかられるのをひらりと避けた福屋は、留めを食らわせるとすぐに奥で倒れている藤内の方へと走った。
 何故数馬がこうも錯乱することとなったのか、それは最初に洞窟の中に飛び込んだ時点で感じた匂いですぐにわかる事だった。
 身に纏うものはない状態で、青臭い匂いを纏わせて横たわる藤内を揺り起こした福屋の肩が震えていた。
 数馬は声にならないあうあうと言うような嗚咽を零しながら崩れ落ちた。
「片桐せんぱ……っ」
 どうにか紡いだ私の名に、私は数馬の身体を正面から抱きしめてやった。
 中原先輩のように、覚悟を決める時間もなく衝動的に切りかかったのだろう数馬の手から、誰かから奪ったのだろう刀が落ち、その手が縋る様に私の背に伸びる。
 わんわんとなく数馬の背を撫でながら、私は目を伏せた。
 数馬にとって、遅かれ早かれ同級生たちよりも早く訪れたであろう“人を殺すこと”がこんなにも早く訪れたのは、悲劇と言うべきなのだろうか。
 赤間が声を挟むのを躊躇い、矢羽音を飛ばす。
『死体は竜胆と牡丹に片付けさせていい?』
 小さく頷くと、赤間は三郎様の方を向いてその指示を言い渡す。
『先に先生たちと一緒に帰るから、二人の事は任せた』
 最後にそう言って先に洞窟を出て行った赤間の背を見送り、私は数馬の頭に手を伸ばした。
「数馬、学園に戻ろう?皆心配しているよ」
「でも、僕……っ」
「辛いだろうけど、藤内の手当をしてあげないと、後に響くから」
 カタカタと震えながらも頷いた数馬の手を握ってやり、私は福屋の方に視線を向けた。
 藤内は特に抵抗しなかったんだろうか。ぐちゃぐちゃにされているものの、着る事の出来る制服を掴んだ福屋は、それを一瞬躊躇いながらも着せてあげた。
「藤内の様子は?」
「気を失っているようで……多分中に出されていると思います。それ以外の外傷は頬を殴られたくらいの様です」
「そう。……途中で川があったわね。そこに寄りましょう」
「……はい」
 俯きながら、藤内を労わるように両腕に抱いた福屋は歩き出す。
 五年生の中では小柄な方だけれど、私よりも身長のある福屋の腕の中で気を失っている藤内の顔色は青白く、今にも死にそうな顔色をしているようでぞっとする。
 私は数馬の手を引いて福屋の後を追うように歩き出した。
 洞窟を出ると、外は完全な闇色に染まっており、しんと静まり返った洞窟の入り口で大人しく待っていた牡丹と竜胆は、私たちが出てくるとすたすたと中へ入って行った。
 不思議そうな顔でそれを目で追った数馬は私を見つめた。
「片桐先輩」
「死体の後始末」
 びくりと数馬は震え、止まった足を見下ろす。
「辛いのなら泣いてもいい。少しなら待つ」
「僕、怖い、です」
 ぱたぱたと止められないのだろう涙が零れ落ちる。
 いつかはそうなるとわかってはいても、人を殺したのだ。まだ十二歳の子どもが。
 私は黙って数馬の言葉に耳を傾ける。
「自分が、一番、怖い。藤内の事があったとしても、衝動でやったのは確かだから……それに、まだ殺したいって気持ちが僕の中に残ってるんです」
 ぽつぽつと語った数馬は人を殺したことよりも、人を殺した自分が怖いのだろう。
 決意を決めてではなく、衝動的に動いた己自身が。
「では衝動に負けない強い心を得られるようになればいい」
「そんな簡単に言わないでください!僕は片桐先輩みたいに強くないっ」
「私だって人を始めて殺したときは怖かった。でも私は数馬と違って殺す覚悟を決めて殺した」
 だから数馬の気持ちは正直わからない。
 想像することは出来ても、数馬の気持ちは数馬だけのものなのだから分かるはずがない。
「悲しい事だけど、人を殺し続ければ人は慣れる。罪悪感とか、恐怖とか感じるけれど、それでも慣れるのよ」
「慣れ、る?」
「そう。……ほ組に入りなさい、数馬」
「ほ、組?」
「片桐先輩、それは……」
「私が推薦をしてあげる。強くおなり、数馬」
 止めようとした福屋は口を噤み、数馬の視線を受けた。
 数馬の問うような視線は次に私に向かった。
「ほ組って、なんですか?」
「ほ組は、いろは組の中でも実習経験の少ない生徒のために二重に用意された組。保健委員の上級生はほぼ確実に通る道」
「福屋先輩や、善法寺先輩も?」
「……うん」
 複雑な面持ちで頷いた福屋に、数馬は目を伏せ考える。
「殺しを学ぶんですね」
「そう。殺しだけではないけど、上級生が多いからそう言うものが中心になってしまっている」
「そこで僕は本当にこの衝動に勝てるんでしょうか?」
「それは数馬次第」
 数馬は迷いながらも私の目をまっすぐに見つめた。
「僕、やります。こんな衝動に負けたくない。目の前で友達が傷つくのをただ見てるだけなのも嫌だから……よろしくお願いします」
「うん、わかった」
 私には理解できない数馬の気持ち。
 だけど、私は数馬の気持ちは強いものだと感じた。
 中原先輩は色に走る事で気を紛らわせ、殺しから目を逸らした。
 最後は忍と言う道を選ばず巣立っていったあの人のような目に、数馬をあわせてはいけないと私は思いながら、数馬の頭を撫でた。
 誰かを守れる強さを手に入れるのは生半可な覚悟では続かない。
 だけど数馬ならきっと大丈夫。
 目の前で奪われる事を知った数馬なら……きっと。
「強くおなり。心も、身体も」
「はいっ」



⇒あとがき
 藤内に降りかかった災難と数馬の成長。天女様が来る前にどうしても入れて置きたくて滑り込みセーフな状態ですが無理やり挿入しました。
 さて、次から天女編に突入になります。
 皆様覚悟はよろしいでしょうか?
 ……多分一番覚悟が出来てないのは執筆する私です。天女様ってどう書けばいいのYo!←
20110118 初稿
20221105 修正
    
res

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