第捨参話-1

「―――僕、思ったんです」
 死んだ後、生まれて記憶が少し朧げにではあるけれど戻ってきた時、イロはそれらを見聞きしたことを共に思い出したのだと言う。
「僕たちは天女様の願いの対価として役目を押し付けられたんだって」
 イロは一人目を天女様と呼ぶ。
 それほど美しいとは思えなかった、平凡そうな女子高生でしかなかった一人目。
 ただその未来は、きっとキラキラと輝いていたことだろう。青春を謳歌してそうな、そんな感じの娘だったから。
「僕は彼女を嫌うくのたまに。片桐さんは成り行きを見守る傍観者に……って」
 生まれ変わっても西洋的な美を持つイロは、食べきった団子の櫛を皿の上へと放った。
「もし彼女が学園に仇成すと言うのなら、僕はそれを理由に彼女を殺すことだって厭わない」
 淡々と、イロは言う。
 名も覚えていないのだと寂しそうに言うイロは、この時から……いや、恐らくはもっと前から、何らかの妄執に囚われていたのだろう。
「それが僕に与えられた役目だと言うのなら、僕は喜んでその大名義分を振りかざすでしょう」
 熱かったはずのお茶は、少なくなったためか随分と冷めてしまっていた。
「僕、あの女が大嫌いです」
 にこりと微笑んだその表情は美しく、思わず目を奪われた。
 残忍に歪む顔は醜いものだと思っていた私の常識を覆したイロは、妄執などどこへ押し隠したのか、無邪気な笑みを浮かべて茶屋の娘に新しい団子を頼んでいた。
 もしも昔の私がそのままあの年まで成長してここに居たとしたら、私はきっとそれがどうしたと構わないでいたことだろう。
 いやそれ以前にこんな場所にすら来なかっただろう。

「片桐さんはどうします?」

 イロの問いに心臓がどきりと跳ねた。
 選択の答えはすぐには必要ではないだろうけれど、何れは出さなくてはいけない。
 その時私が選ぶのは本当に“忘れたくないから”だろうか、それとも“死にたくないから”だろうか。
 どちらにしろ、私は“私”として動くだろう。
 “私”はイロとは違う。
 名前も、経歴も、過去も全部覚えてる。
 ……違う。忘れられないんだ。


  *    *    *


 近づいてきた足音にゆっくりと目を開くと、さっきまで見ていた夢の記憶がすっと引いていく。
 眠っていると言うよりも、記憶を整理していたに過ぎないようなただ目を閉じると言う行為を終えれば、木々の間から差し込む光が視界を満たした。
「やはりここにいたか」
 ため息交じりに呟くように言った声に視線を落とせば、立花がこちらを見上げていた。
「何か用?」
「用がなければ私が態々探すはずが無かろう」
 降りてこいと言う立花に小さく溜息を零し、胸元に開いたまま置いていた本を閉じると、木の下へと降り立った。
 立花の前に立つと、制服に着いた汚れを軽く叩く。
 それを見届けた立花はついてこいと言うように歩き出し、作法室の方へと向かう。
 自室ではなく仕掛けの多い作法室を選ぶのだから、何か大事な話なのだろう。
 楽しげな下級生の燥ぐ声を遠くに聴きながら作法室へとつけば、中で静かに座って待っていた田村が居た。
「片桐先輩?」
「待たせてすまんな」
「……いえ」
 驚いたように私を見た田村は、首を横に振ると僅かに俯いてしまった。
 そんな田村を横目に、立花は作法室に入るとすぐに作動しないようにしていた絡繰りの留め金をずらした。
 何故田村がここにいるのだろうと思いながらも、立花に促されるまま私は田村の隣に座った。
 ちらりとこちらを改めて見た田村はどうしようと言った様子の顔をしていた。
「片桐、一応断りを入れておくが田村に“事故”の話をしても問題ないか?」
「その理由が納得できるものであるのならば構わない」
「ふむ。では先に田村、お前の話をしても構わないか?」
 田村は目を閉じ、しばらく黙っていたかと思うと小さく息を吐き出した。
「……片桐先輩が口外しないとお約束してくださるのでしたら」
 その言葉に立花は満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
「それ位問題なかろう。なあ、片桐」
「私に関わる事なら黙秘も必要なのではない?」
「それもそうだ」
「?」
 首を傾げる田村に立花はふふっと笑うと、話を戻すことにした。
「春に私と片桐は美濃の国にある小野田村を訪ねた。そこには田村が覚えているかはわからないが、私たちの一学年上に居た小野田盛孝と言う先輩がいらっしゃるのだ」
「小野田先輩の事はよく覚えています。あの事件で退学になった浦安野分は私の同室の者でしたので」
 こくりと頷いた田村の言葉に私は驚いたけど、立花は恐らく知っていたのだろう。
「小野田先輩は学園を退学されてからしばらくは養生されていたが、今は小野田村で普通に暮らしながらその裏で忍相手の伝言屋のような情報屋のような事をされている」
「それで私の母をご存じ……否、調べられたのですね」
「まあそういう事だな。それでお前の母を調べていた理由だが、それが片桐が巻き込まれた“事故”に繋がるので後で詳しく話そう」
「“事故”ですか……それで私の家を調べたと言う事は……まさか」
 田村は信じられないと言う顔で私を凝視する。
「否、こいつは違う。そうだな……強いて言うのならば豊宇賀能売神の盗まれたものが正しいだろう」
「豊宇賀能売神なんて面白い名前が出てくるじゃない」
 そう口を挟めば、田村が驚いたように目を見開く。
 立花もまさか知っているとは思わなかったのだろう。僅かに目を見張ると、にやりと笑った。
「鉢屋は出雲の国の一族だから知っていても不足はないか」
「そう言う事」
 豊宇賀能売神は日本神話に登場する神だ。
 神産みの際、火の神・火之迦具土神を生んで火傷をし、病に伏せった伊邪那美命がしたゆまりから化生した稚産霊と、弥都波能売神の子。
 豊宇賀能売神とも豊受媛神ともされるその女神は、天女伝説の一説にもある。
「豊宇賀能売神の話が出ると言う事は、田村は天女伝説の語り部一族かなにかなの?」
「はい。私の母は豊宇賀能売神様の御社を守る巫女をしております」
「そう……それで羽衣、ね。あながち間違いではないけど、それはつまり“事故”の事を話してしまっていると言う事ではない?」
 横目で立花を睨むと肩を竦ませながら笑って誤魔化した。
「豊宇賀能売神様以外に地に堕とされてしまった天女様がいらっしゃるのでしょうか?」
「それは違う。あれは望んで地に堕ちようとしている。……と、聞いている」
「?」
「面倒だから私が話す」
 首を傾げた田村に溜息を零し、私は“色葉”の顔を作った。
「これは今よりも遙か未来の平成と言う時代を生きていた“片桐色葉”と言う娘の顔よ。これが“私”」
 “色葉”の顔を見た田村は、眉根を寄せ米神に手を置いた。
「どうかした?」
「すみません。今何か脳裏を過ったような気がして……いえ、気のせいでしょう。少し失礼します」
 首を横に振った田村は改めて“色葉”の顔を見つめた。
 元々色素の薄い瞳が、ふわりと仄かな光を持ちながら私を見つめている。
 不思議な光景だと思いながらも、その光が私に向かって包む様に纏わりつくのを不思議と冷静に受け入れていた。
「遙か未来、平成の時代から過去へと遡って来たのは、片桐先輩の意思ではないようですね」
 田村が瞬きをすると、光はゆっくりと消えて行った。
「何となく事情はお察ししましたが、私の母の話が役に立つようには感じませんでした。その一人目、ですか?は天女様とは違うようですので」
「まるで記憶を覗いたみたいね」
「あ、すみません。今のは私の力で、片桐先輩の過去を読み取らせていただきました。出来るだけその一人目の方を中心にと思ったんですが……」
 田村はかあっと頬を染めると俯いてしまった。
「そうね、話しているときに立花としていた時もあったわね」
 両手で顔を覆いながら小さく呻く田村に、思わずくつくつと笑ってしまった。
「……気持ち悪くはありませんか?」
「別に。気持ち悪い存在なのはお互い様でしょう?」
「ですが外と内の性が異なっただけの片桐先輩と違って、私は半分だけとはいえ覚[さとり]です……化け物なんですよ?」
 顔を俯けた田村に私は首を傾げた。
「確かにお前は何をするかは言わなかったけど、ちゃんと失礼しますと言ったでしょう?だから問題ないわ」
「へ?」
「?」
 呆けた田村に更に首を傾げると、立花が肩を震わせた。
「お、お前……自分の時は気持ち悪いと泣いておきながらそれはないだろうっ」
「何が?」
「田村は自分の中の覚と言う魔性を、お前と同じように恐れていたんだぞ?それをお前と言う奴は……っ」
 堪えきれず吹き出した立花に、田村は釣られるように笑った。
「片桐先輩らしいと言うか……ふふ」
「だろう?これだから片桐は面白いのだ」
「……なんなのお前たち」
 顔を見合わせて笑う二人に私は眉根を寄せた。
 さっきまでの緊迫した雰囲気はなんだったのだと言う程、二人は私のわからぬことを理解してしばらく笑い合っていた。
「とりあえず、田村が覚と言う妖怪で、母親が豊宇賀能売神を祀る巫女をしていて、一人目の対策の役に立つかと小野田先輩が調べていて田村まで行き着いた……と言う事でいいの?」
「そうですね。ですが、その一人目は天女とは違うようなので、私にはどうしようも出来ないかも知れません」
「別にそれは別に構わない。立花の事だから、それだけで私にまで話を通したのではないのでしょう?」
「もちろんだとも」
 どうやら笑いの虫が収まったらしい立花はさっと表情を切り替えた。
「春休みが終わってすぐ、私はイロと接触を図った。お前の協力者だと思っていたからな」
「でもイロは何者かわからない」
「イロ先輩ですか?」
「そう言えばイロは会計委員だったな。記憶を読んだことはあるのか?」
「基本的に自分からは読まないようにしてるので」
 田村は首を横に振った。
「ただ、イロ先輩は、欲望だけは常に垂れ流されてますので」
「……ああ」
 何となく田村の言いたいことが分かり、私は生返事を返した。
 本人曰く腐男子と言う奴の性らしいが、流石にアレは行き過ぎだと思う。
 せめて己の胸の内で静かに熱くたぎらせるならまだしも、本音が口から漏れている時点で駄目だと思う。その上視線で訴えかけてくるのはどうなんだろう。
 ただ組手をしているだけなのにきゃーきゃー言われてはこちらとしてはたまったものじゃない。
 趣味なら趣味で己の中だけで楽しめ。私を巻き込むなと何度も言っているけれど、反省しないので基本的に実力行使で黙らせている。
 それで喜ぶ辺り、確実にイロはドMだ。
「疑問なんですけど、どうしてその一人目が天女様だと言う発想に至ったんでしょう?」
「イロがそう言ってたから?」
「それもあるが、イロの言う天女説の話を聞いていると、戻る方法が何かあるのではないかと思ってな」
「戻る方法?」
「鬼桜丸の心を護りたいのだろう?ならば学園に突然現れた女を殺すわけにもいかんだろう。まあそう言う説もあると言う話だが、鬼桜丸は優しいからな……」
「イロといつ話したと言うの」
「春休み、小野田村から戻ってすぐだな。共通している事とそうなると厄介な事、それらを踏まえた上で天女伝説が何か役立つのではないかと思って小野田先輩に連絡した」
「それなら豊宇賀能売神様に直接聞いてみると良いかもしれません」
「神と言葉が交わせるの?」
「私からは無理ですけど、母なら可能です。母は豊宇賀能売神様の神使ですから」
「巫女ではないの?」
「普段は巫女の振りをしています。兄も同じく神使ですが、この時期はもう外には出られないと思いますので」
 苦笑を浮かべる田村に首を傾げれば、田村は素直に答えてくれた。
「私を育ててくれた母は狐の神使で、母に私同様育てられた兄は白蛇の神使なのです」
「……それはすごい家族ね」
「自慢の家族です」
 自分の事は臆病だけど、家族の事は誇りなのだろう。
 いつもの田村らしい笑みが見え、私は釣られるように笑った。



⇒あとがき
 どこかで入れよう入れようと思っていた妖怪ネタをここで投入!
 まさかのミキティのみ妖怪っ子です\(^o^)/
 天女伝説踏まえて誰を妖怪に……うーんと思ってたところに、四年生で一番目立ってないミキティが居るじゃないか!と思い立ちました。
 ミキティにはもう一つの伏線残ってるし、うん、ちょうどいいね☆ってことで。
20110118 初稿
20221105 修正
    
res

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