第捨弐話-5

 私と鬼桜丸だけ皆と出番が違うため、出だしが遅れるのはいけないと言う事で皆退場口で待っていた。
 だけど私たちが退場口に着くと同時に、中在家が摂津を連れて飛び出した。
 恐らく二人は勝つ気でいるのだろう。それも一番やる気を出しているのは、驚く事に中在家の方だ。
 何故だろうと首を傾げている間に、他の生徒たちも慌てて中在家たちの後を追いかけて走り出した。
 ゴールが忍術学園に変わってしまったことで急いで向かうのは分かるけど、そこまで急がなくてもと思う。
 でもあまり遅くなるのも問題だからと私は藤内の手を取って走り出した。
「片桐先輩、それ走りにくくないですか?」
「ものすごく走りにくい」
 片手でスカートの裾を掴み、走る。
 衣装は返さなくていいからと言ったけど、これ絶対高いわよ?
 正絹だから重たいし、確実に高い。
 なのにぽんとあげるなんて言うのだから太っ腹と言うかなんというか……まあ迷惑料としてふんだくらせていただくのだけど。
 船橋を渡りきると、足元にいつの間にか掘られた落とし穴に先に飛び出していった何組かが嵌りこんでいた。
「うわあ……」
 他にも罠があったようで、ぶらぶらと揺れている丸太に藤内が頬を引きつらせる。
「これ絶対綾部先輩達ですよ」
「それ以外思い浮かばないな」
 私たちと共に皆よりも一足遅れて出発することになった鬼桜丸と今福のペアも頬を引きつらせている。
「あまり遅くなると明日の授業が辛い。急ごう」
「そうだな」
 頷いた鬼桜丸は今福に声を掛け、早足になる。
 しばらく走っていくと谷間の間に掛かる細い橋が消えていた。
「……馬鹿じゃないの?」
 思わず零した言葉に鬼桜丸が気の抜けた声で「ああ」と答えた。
「橋がないってことは遠回りしないといけないんですよね?」
 大変そうだと眉根を寄せた藤内に私は首を横に振った。
「飛ぶ」
「と、飛ぶ!?」
 驚く藤内に頷き、軽くその場で飛び上がって改めてドレスの重さを量る。
 この位なら藤内を抱えてもいける気がする。
 皺が寄るのはどうかと思ったけど、スカートの裾を持ち上げ、出来るだけ上の方で結ぶ。
 パニエが丸見えだけどそんなの気にしている場合じゃない。
「藤内、乗って」
「ええ!?」
「あんまり遅いとおばちゃんのタケノコご飯食べそびれる」
「そこか?」
「そこ」
 呆れた鬼桜丸の声に私はこくりと頷いた。
「流石にその衣装で浦風はきついだろ。私が浦風を背負うから三喜之助は彦四郎を背負ってくれ」
「それもそうね。今福、乗って」
「えっと……落ちませんよね?」
「大丈夫」
「じゃあ、お邪魔します」
 恐る恐ると言った様子で私の背に乗った今福の足を腹の前で組ませ、腕をしっかりと解かないように結ばせ、助走を取る為、谷から少し距離を取った。
「行くわよ」
「はい」
 勢いをつける様に駆け出し、谷の手前で地を踏む。
 今福が一年生で小柄と言う事もあって、藤内を背負って飛ぶくらいの勢いで飛んだらかなり安全な位置に降り立つことが出来た。
 ぎゅうっと目を瞑っていたのだろう今福は小さく「ほええ」と安堵の声を零し、思わず笑ってしまった。
「大丈夫だったでしょう?」
「は、はい」
「鬼桜丸、いいよ!」
 場所を空けるように移動してから谷の向こうへ声を掛けると、鬼桜丸も同じように勢いをつけてこちらへと飛んできた。
 大人しかった今福と違って悲鳴を上げた藤内に、地を踏んだ鬼桜丸はくらっと僅かに揺らいだものの、踏ん張って倒れるのを堪えた。
「……す、すいませんっ」
 先ほどの悲鳴と打って変わって、蚊が泣くような小さな声で謝罪する藤内に鬼桜丸は苦笑しながら首を横に振った。
「一年生の今福が悲鳴を上げなかったのに、僕……」
「人に身を任せると言うのは恐ろしい事だ。こんな命が掛かりそうなら尚の事。大丈夫、私は身体だけでなく耳も丈夫に出来ているようだ」
 平気だよと下ろした藤内の視線に合わせるように膝を折り、藤内の頭を撫でる鬼桜丸に藤内は頬を赤らめた。
 ああ、落ちたなとなんとなく思いながら今福を下ろす。
「鬼桜丸、急ごう」
「ああ、そうだな」
 学園近くの急な坂が最後の難所だと思っていたら、その下で七松と皆本、立花と笹山、猪名寺と川西の計三ペアが転がって気絶していた。
 それを尻目に坂を駆け上がっていくと、ゴールはすぐそこだった。
 先にゴールしていたらしい中在家と摂津の姿を認め、鬼桜丸が手を振る。
 ぜいぜいと息を乱す今福と歩を緩めた鬼桜丸を横目に、藤内の手を引いて先にゴールさせてもらった。
「二位?」
「え?はい、そうです」
 くのたまの少女に声を掛ければ「おめでとうございます」と笑みを作って言われた。
「狡いなあ。今福が疲れてるのを見て走っただろ」
「完走するならちょっとでも上位の方がいいかと思って。ね?」
「え?あ、ありがとうございます」
 頬を赤らめる藤内に首を傾げながら、涙を流す摂津を撫でる中在家に視線を向けた。
「ゴールがそんなに嬉しいの?」
「ゴールが、と言うより長次の思いやりにじゃないか?」
「思いやり?」
「景品、学費の半年免除だっただろう?長次の奴、六年生はどうせもう半年も居ないから優勝したら学費免除きり丸に譲るって言ってたんだよ」
「それで、黒ノ江、先輩……優勝、する気は、ない、って、言って、たんですか?」
 息も切れ切れで言う今福に、鬼桜丸は照れた様子で頷いた。
「どうせなら必要な人が使うべきだろう?」
「それもそうね」


  *    *    *


 結局タソガレドキ城とカワタレドキ城の同盟は失敗に終わっちゃった。
 その所為で大変なことになって、どうにか忍術学園に戻る頃には夜も遅くて、一緒に戻ってきてくれたくのいち教室のトモミちゃんには本当助けられちゃった。
 一応先生が誰か一緒にいたらしいんだけど、全然わからなかった。
 通りでくのたまだけど下級生のトモミちゃんが余裕なはずだよ……とほほ。
 四年生の長屋に辿り着くと、僕の部屋の前でころんと転がっている小さな姿があった。
 誰だろうと思って近づいてみると、三喜之助くんが廊下で寝ていたのだと分かった。
 寝ていると言っても、本当横になっていただけみたいで、視線がきょろりと僕に向かう。
「お帰り」
「た、ただいま」
 どぎまぎしながらそう答えると、三喜之助くんは起き上がった。
「遅かったわね」
「うん。あの後大変だったから……えへへ」
「その様子だと同盟は失敗に終わったみたいね」
「うん……」
「気にする必要はない。どうせ成功したとしても短い同盟だったんだから」
「え?そうなの?」
「そう」
 こくりと頷いた三喜之助くんは、小さく欠伸を浮かべる。
「あ、ごめん。眠いよね」
「退屈だっただけ。それより少し話があるのだけど、良い?」
「うん。何もないけど、どうぞ」
 編入生で皆より年上と言う事で一人部屋を宛がわれた僕の部屋は、日々授業の復習で汚い書置きが屑箱にあるくらいで、机の上以外は比較的きれいだ。
 荷物も少ないから、少し寂しいくらいのその部屋に入ると、すぐに明かりを付ける。
 三喜之助くんは特に気にする様子もなく床に座り、さっき僕が差した簪を取り出した。
「返しに来てくれたの?」
「そうなんだけど……これ、譲ってもらえない?」
「え?」
 まさか三喜之助くんがそう言うと思わなくて、僕は目を見開いた。
 短い付き合いではあるけど、三喜之助くんはあまり物に固執をしない子だと思ってた。
 固執しているものがあるとすれば、それは物ではなく者くらい。だから僕は思わず首を傾げた。
「どうしてか聞いてもいい?」
「説明が難しいのだけど……ある女性が持っていたものにとても似ていたから」
 そう語った三喜之助くんの目はどこか遠くて、深い悲しみと共に懐かしさを抱えているのが良くわかった。
 きっとその女性と言うのはもう亡くなっているのか、二度と会えない、そんな人なのだろう。
 だけど三喜之助くんにとって、兵助くんや鉢屋くんみたいに固執する人の一人なんだろう。
「……似ているだけだから、持っていても辛いかもしれないよ?」
 そう言えば三喜之助くんは、初めて見る困った笑みを浮かべて首を横に振った。
「それでも持っていたいの。譲ってもらうのが無理なら、貸していてもらえないかしら?……卒業までで構わないから」
 六年生である三喜之助くんにしてみれば、後四ヶ月あるかないかの期間だ。
 きっと三喜之助くんは、卒業を区切りに歩き出すつもりなんだろう。
 それはなんだか寂しいことに思えて、僕は三喜之助くんが置いた簪を手に取った。
「これ、僕が職人さんにお願いして作ったものなんだ」
 天の簪、百日紅。
 百日紅と言えば白よりも紅の濃淡を連想しやすいけど、僕にとって百日紅は昔から白だった。
 純粋無垢の白。そんな思い出。
「そう……大切なものなのね」
「でも誰かにあげるために作ってもらったんじゃないんだ」
 首を傾げる三喜之助くんに僕はくすりと笑った。
「自己満足。だって僕にとって彼女はお姫様のまんまなんだん」
「……桜姫?」
 名の通りの桜ではなく百日紅。しかも白。
 それが意外なのか、三喜之助くんはじっと僕の手の中の簪を見つめる。
「百日紅には敬愛の意味があるんだ。だからこれは僕の中の彼女」
「タカ丸は桜姫を好いていた……のではないのね」
「好きの種類が違うんだ。だから僕はこの簪を贈らない。送ったら中在家くん怒るでしょ?」
 くすくすと笑うと三喜之助くんが小さく「そうね」と同意した。
 中在家くんが僕を睨むのは、桜ちゃんを少しでも好いているから。
 まだ二人とも未熟な想いだから、多分どこかで傷つけあってしまうかもしれない。それでも僕は二人を見守ろうって決めたんだ。
「僕はね、彼女の笑顔が好きなんだ。彼女の治める国はきっと幸せなんだろうって思ったら、夢を見たくなったのを覚えている」
「ませた子だったのね」
「夢のある子って言ってほしいな」
 唇を尖らせて言えば、三喜之助くんはくすくすと笑った。
「三喜之助くんが大事にしてくれるって言うならこれは三喜之助くんにあげる」
 ただ、忘れないで。
 これは僕の大事な想いの詰まったものなんだってこと。
「わかった。大事にする」
 確かに頷いた三喜之助くんに簪を渡すと、三喜之助くんはそれを耳元に寄せ、僅かに揺らせた。
 蜻蛉玉が小さくぶつかり合う音が静かな部屋の中に響き、三喜之助くんはその音に目を細め幸せそうに微笑んだ。
 見た目だけじゃない、きっとその音も含めて、三喜之助くんには懐かしいんだろう。
 幸せそうなその笑顔を見れただけでも今は十分だ。
 でも我儘を言うなら、本当の意味で三喜之助くんには笑っていてほしい。
 三喜之助くんは鉢屋くんと共に実家に帰ってしまうのだろうと兵助くんは言っていたけど、兵助くんにも諦めないでいて欲しい。
 だって三喜之助くんの目に一番に映ってるのは兵助くんなんだもん。
 たとえそこにどんな事情があったとしても……。

 願わくば、皆が笑っていられるそんな時代がいつか訪れますように。



⇒あとがき
 百日紅そのものは江戸時代初期に伝わる花なのでこの時代にはありません。でもどうしても百日紅使いたかったの!
 タイトルにも混ぜた百日紅を使った句、「咲き満ちて 天の簪 百日紅」と言うものがあります。
 これは阿部みどり女さんと言う方の句ですが、天の簪と言う言葉にきゅんと惹かれ今回タイトルに使わせていただきました。
 こういうのってなんて言うか運命ですよねー。
 ちなみに百日紅と聞いて白よりも紅の濃淡が浮かぶのくだりは私がそればっかり見てきたせいです。
 白しか見たことないんだけどって言う方ごーめーんねー!!
20110115 初稿
20221105 修正
    
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