第捨弐話-4

 逃げたドクタケ忍者隊が向かった先が潮江たちが向かった方だとわかり、慌てた一年生を先頭に向かえば、向かいの山で突然大爆発が起きて何かが吹っ飛んで行った。
「……あれドクタケ忍者?」
 遠眼鏡で確認して思うのだけど、あれで何故かきっと無事なんだろうなと思うと、この世は本当に不思議で堪らない。
 戦は普通に各地で起こっており、人は普通に死を迎える。
 だと言うのに、ドクタケ忍者はその自然の摂理を外れているかのように、重傷を負っても次会うときには元気なんだとか。
 一年は組の誰もがそれに疑問を思っていないようだけど、それは異様だ。
 まるで時が修正を掛けているようで、気持ちが悪くて仕方がない。
「片桐先輩、皆行っちゃいましたよ」
 ぼうっと煙を上げる向かいの山の中腹をじっと見ていた私は置いてけぼりを食らったらしく、待っていた藤内が心配そうに私を見る。
「どうかしましたか?」
「大したことじゃない」
 私は首を横に振ると、幕の中へと足を踏み入れた。
 中へと入ると先に辿り着いた一年生に上級生たちが囲まれており、何事か話していた。
 その後ろでタソガレドキ忍軍の忍頭だと思わしき男が伏木蔵とじゃれていた。
「……私の目の錯覚?」
「何がでしょう」
「伏木蔵とじゃれている忍者」
「……間違いないですね」
 その姿を認めた藤内が確かに頷いた。
 黒い忍装束の下から覗く白い包帯。唯一真面に晒されている顔のパーツは右目のみ。恐らくその下は、古い火傷痕だ。
「……“山本様”、ね」
「え?」
 その単語だけで理解することの出来る藤内が、ぱっと再び男を見る。
「……あれが」
「殿ご到着ー!!」
 ぽつりと呟いた藤内の声はタソガレドキの誰かの声にかき消される。
 伏木蔵とじゃれていた忍頭は、伏木蔵の足をぶつけてしまった伊作の頬に濡れた布を当てて渡し、部下に指示を出す。
 タソガレドキの忍が数人で赤い敷物を広げる。
 それが開かれると中から虫と共に兵助、尾浜、竹谷、福屋の四人が転がり出た。
 纏めて負かされたのだろう四人の姿に呆れてしまったけれど、それを横へと避けててきぱきと準備をするタソガレドキの忍も忍だと思う。
 虫、そのままでいいの?と思っていると、忍の一人がさっと虫を片付けるべく箒で払っていく。
「幕を掲げよ!」
 準備が終わるのを見届けた忍頭の一声で幕が上げられ、一人の男が現れた。
 なるほど、変な顔をしているその男こそタソガレドキ城城主・黄昏甚兵衛その人なのだろう。
 けれど普通殿様がしているであろう恰好ではなく、南蛮の衣装に身を包んだ彼の姿は異様に映った。
「ああっ!甚兵衛のうしろ……」
「タカ丸さんだ!」
「その後ろに池田先輩もいるよ」
「何?」
 皆が一斉にその後ろに視線を向ける中、タカ丸は間違いを起こした。
「やあみんなー」
 こちらに気づいて呑気に手を上げ、幕の真ん中を通ろうとするタカ丸に気づいた武士の一人がタカ丸の頭を力いっぱい殴った。
 怒られて当然だ。あそこは大将だけが通る場所なのだから。
 思わず額に手を当てている横で、立花が首を傾げる下級生に幕の作法を簡単に教えていた。
 一先ずタカ丸に事情を聞こうと皆でタカ丸の所へと向かえば、タカ丸が道に迷った時に黄昏甚兵衛の行列に会ったのだと説明した。
 その際、足の疲れを癒すべく湧水に足を付けていたタカ丸の膝を見た黄昏甚兵衛はタカ丸が髪結いだと察し、南蛮ファッションのコーディネートを依頼したのだと言う。
「しかしなんで黄昏甚兵衛が南蛮衣装を?」
「もしかして川向こうのカワタレドキ城と同盟を結ぶためか?」
「流石黒ノ江。南蛮衣装だけですぐに察するとはな」
「山田先生……」
「黒ノ江先輩は、どうして南蛮衣装だけでカワタレドキ城との同盟だと分かったんですか?」
「カワタレドキ城主の香波垂時衛門殿は南蛮衣装に凝っているらしいんだ。多分その趣味に合わせて会談を開き、うまく運ぼうと言う算段じゃないかと思ってね」
「その通り。忍法で言う所の『風流で取り入る術』だな」
「それでタカ丸さんに『ああでないと』を……」
「いや『こうでないと』だよ」
「あーでねぇか、こーでねぇか」
「コーディネイトだよ」
 ボケを飛ばす一年生三人に苦笑しながら鬼桜丸が優しく訂正を告げる。


  *    *    *


「やあ、久しぶりだね。身代わりくん」
 他の生徒と明らかに違う衣装を私に手渡しながら、そう声を掛けてきたタソガレドキ忍軍の忍頭に、皆の視線が一斉に私に向かう。
「六年生の中で一人小さいからすぐに分かったよ」
 にやにやと笑うその顔は確かに“山本様”そのものだ。
「情報、一応ありがとうと言っておくよ」
「忍務だもの。礼は必要ない」
「それが“君”なんだね。ふふ、本当にタソガレドキに欲しいね」
「お生憎。就職はもう決まっているもの」
「それは残念」
 肩を竦める忍頭はとても残念に思っているようには見えない。
「私はタソガレドキ忍軍組頭、雑渡昆奈門だ。君は?」
「忍術学園六年は組、片桐三喜之助」
「覚えておくよ。他に誰が手を貸してくれたか知らないけど、海美くんはお気に入りだったからね。あの子の“弔い”は僕に任せてくれるかな?」
「許可は私ではなく福屋に言えば?」
「ふくや?」
 誰と言うように雑渡昆奈門は首を傾げる。
 だけど、聞き覚えがあったのだろう、ぐるりと視線を動かして失格組として固まっている五年生の輪を見つめる。
「あの子、海美くんと何か関係があるの?」
「海美の幼馴染」
「ふーん……ただの幼馴染に“弔い”の権利があるとは思えないけど……まあ、一応お伺い立てておきますかね」
 雑渡昆奈門はのんびりとした足取りで福屋の方へと歩いていく。
「おい、どういう事だ」
 詰め寄る潮江に私は眉根を寄せた。
「忍務に関わる事。直接関係はないけど、依頼人繋がりと言ったところね」
「つまりあれが例の“山本様”と言う訳か」
「そう言う事」
「なんだ仙蔵は知ってるのか?」
「夏休みの宿題代わりに一緒にな。しかし聞いた話よりも海美に執着していたようじゃないか」
「そうね」
「あれなら海美姉さんも報われますよね」
「そうだといいけど」
 目を細めた藤内の横で作兵衛が目を伏せる。
 その様子に三之助と孫兵と数馬の事情を知らぬ三人は首を傾げていた。
 だがその様子で二人も関わっているのだと知った潮江は明らかに眉根を寄せていた。
 今更自分が何のために左門を委員会に参加させていたのかきちんと理解したのだろう。
「ところで三喜之助」
「何?」
「この衣装はどうしたらいいんだろう」
 困った様子の鬼桜丸の手の中の衣装を確認する。
「……何故あるの」
「知っているのか?皆が持っているジュバーンやカルサンは知ってるんだが、これはなんなんだ?」
「タキシード。多分、私のとセット」
「そうなのか?」
 鬼桜丸は私の手の中の真っ白な衣装を見下ろして首を傾げる。
「全部白いな。それにこの紐がついたのはなんだ?」
「コルセット。胴に巻いて身を細く見せるもの」
「……それは女物の物じゃないのか?」
 もそもそと小さな声で言う中在家に鬼桜丸がかっと目を見開く。
「そうなのか!?」
「みたい」
「男女でセット……と言う事は、これは……婚礼衣装……なのか?」
「そうね。誰が考え付いたんだか」
 がくっと肩を落とした鬼桜丸には悪いけど、ひっそりと睨んでくる中在家の目が痛い。
「私たちはあちらで着替えてくる。覗いたら……」
「覗いたら?」
「想像はお任せする」
 じゃあと私は落ち込んでいる鬼桜丸の手を引き、人影の少ない方へと歩く。
「鬼桜丸、ささっと着て、悪いけど手伝ってもらっていい?」
「……ああ」
 落ち込んではいるものの、私の小さな姿を陰にして鬼桜丸は手早く着替える。
 誰かに見られてはいけないからと、私は辺りを警戒しながらちらりと手の中の衣装を確認する。
 時代の違いと言うのか、見た目は一応ウェディングドレスのようなそれは、私の知るものよりも随分とかっちりしたものだ。
 着替え終わった鬼桜丸に手伝ってもらってコルセットを絞り、胸元に詰め物を入れて出来るだけ綺麗に形作る。
 ドレスは大きいかと思ったけど、何故か少し引きずるくらいでそこまで問題ではないサイズだった。
 ポルトガル人と日本人では体格差があるはずなのだけど、これは幼女用なのかしら?……謎なのはポルトガルか、それとも衣装を用意した雑渡昆奈門か……考えるのはよそう。
 ドレスをきっちりと着込むとパニエで膨らませたスカートの形に違和感はないか確認をする。
「……どれすと言うのはすごいな。南蛮の女性はこんなものを着るのか?」
「一般人は別だと思うけど、ドレスを着る人たちはこんなものじゃないかしら?」
 ドレスの裾を持ち上げて歩き出せば、鬼桜丸が慌てて私の後を追いかけてくる。
「うお!?なんだそれ!!」
 最初に私に気づいた留三郎がわなわなと私を指差す。
「何か文句ある?」
「文句って言うかなんだそのビラビラしたの」
「ウェディングドレス」
「うえ……?組頭は君に女性用の衣装を渡したのか?」
 南蛮衣装を身に纏ったタソガレドキの若い忍が私を見下ろし、眉根を寄せる。
「そう。ストッキングとヒールはあったけどヴェールがないんだけど」
「べ、べえる?」
「分からないならいい。この顔でこの衣装はないから隠したかったんだけど……」
「なんだミキ、化粧道具持ってこなかったのか?」
「オリエンテーリングに変装は必要ないでしょう?そう言う三郎は……持ってきてるのね」
 笑顔で差し出してくる三郎様に小さく溜息を零しながらもそれを受け取った。
 申し訳程度にしか残していない小さな眉に茶色の線を引き伸ばし眉を付け、紅を口に引く。
 頬紅を薄く伸ばし、三郎様を見上げる。
「これだけで大分違うでしょう?」
「欲を言うなら目尻にも塗りたいんだけど、あんまりやると白い衣装が台無しになりそうだもんなあ……」
「ねね、三喜之助くん!」
「何」
「髪って言うか、鬘いじっていい〜?」
 うずうずと待ちきれない様子のタカ丸に呆れながらも頷けば、髷を下ろしていた鬘にタカ丸が手を伸ばす。
「鬘なのに本当良く手入れされてるよね〜」
 ふにゃりとした笑みを浮かべているのであろうタカ丸は鼻歌でも歌っている。
 ちらりと横目で鬼桜丸を見れば、すでにセット済だったようで、前髪を左側だけ残し、綺麗に撫でつけるように後ろで尻尾のように結んである。
 きりっとした顔立ちが鬼桜丸をますます男前に仕上げていると言って良いだろう。
「ちょっと和風だけど、持っててよかった〜」
 しゃらりと音を立てる簪の音に気づき、顔を動かそうとすると、タカ丸がそれを見せてくれた。
 白い百日紅を象ったその簪は先に小さな蜻蛉玉三つ、その先い少し大きな蜻蛉玉が一つ。それが三つ中央から延びる糸に通されていた。
「天の簪、百日紅……ってね。丁度手に入ったばっかりだったから持ってたんだ〜。綺麗でしょ?」
「……そうね」
 驚く事に、これによく似た簪を私は知っている。
 まさしく天の簪、百日紅と書かれたタイトルの横に飾られた“色葉”の亡き母の写真。
 おばあちゃんはその写真を指で撫でながら言った。
 これは母さんが大事にしていた思い出の品なのだと。
 詳しい事をおばあちゃんは知らないらしいけど、母さんが生前言っていたらしい。これは奇跡の贈り物なんだと。
 今思い出しても変な話だとは思うけど、母さんは少し変わった人だったみたいだから、その言葉には何か特別な意味が隠されているんだろう。
 今はもうその言葉の意味を知ることはできないけど。
「……片桐くん?」
「なんでもない。飾ってもらえる?」
「うん!任せて〜」
 目を伏せ、耳に心地良い音に記憶が揺り起こされる。
 母さんは死ぬ間際までその簪を好んで付けていた。
 外出するときは失くしてしまうからと、家の中でだけ楽しんでいたその音は、幼いながらも記憶力だけはすでに発達していた“私”の耳に残っている。
 本当に……これも、何もかもが良く似ている。不思議。
「出来たよ」
「……ありがとう」
 後でタカ丸に交渉してみよう。
 この簪を譲ってもらえないかどうか……出来れば譲ってもらいたい。これが例え母さんが持っていたものとは別物だとしても。



⇒あとがき
 あ、あれ……雑渡さんの話軽く流しちゃったYo?←
 とりあえずようやく終わりが見えてきましたね。あとちょっと頑張るぞー!
20110115 初稿
20221104 修正
    
res

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