第捨弐話-3

 立花と笹山と三人で罠を仕掛け終わったところで野営地に戻ると、何やら五年生が一年生に囲まれながら何か話している姿が見えた。
 よくよく見れば、それは三郎様たちいつも一緒にいる六人だった。
 どうやら潮江がタソガレドキの忍頭と戦うと言って飛び出したらしく、五年生で加勢に行こうと言う話らしい。
「……取り敢えず、潮江は馬鹿なの?」
「まあそう言うな三喜之助」
 笑って言う留三郎は、潮江をからかいに行く気なのだろう。
「おもしろそー」
「俺たちも見学に行こうぜ」
 五年生の話に触発されたのか、一年生たちが楽しそうに話している。
 その輪に近づき、留三郎が彼らに歩み寄る。
「危険だから一年生はここにいろ。文次郎にいくら五年生が手を貸したところでかなうまい」
「なにしろ相手はタソガレドキ忍軍のトップだ」
「あの〜それでは食満先輩や立花先輩、片桐先輩が潮江先輩の助っ人に行かれるのですか?」
 留三郎と立花の言葉に、黒木が疑問を放つ。
「助っ人になんぞ行くもんか。いつも忍術学園一忍者してるとかなんとか大口たたいてるヤツが、プロの中のプロである忍者隊の組頭とどんな戦い方をするのか見物に行くのさ」
 ……やっぱり。
 にやりと笑う留三郎に小さく溜息を零した。
 留三郎は平太に、立花は笹山にそれぞれ留守番をするよう言い渡した。
「三喜之助たちはどうする?」
 何時の間に到着していたのか、留三郎と共に行くつもりらしい七松と中在家が、私と一緒に現れた鬼桜丸と吾滝を見る。
「面白そうだし俺も行くぜ」
 へらりと笑いながら言う吾滝に、鬼桜丸は苦笑を浮かべる。
「私も着いていきたいが、六年生が全員居なくなるのも問題だろう?」
「先生方が居るんだし問題ないだろ。たまには鬼桜丸も我儘を言ってもいいと思うぞ」
 にかりと笑って言う七松に、鬼桜丸は驚いたように瞬きをした。
「まあ、確かに鬼桜丸がいつも貧乏くじを引いているな」
「よし、たまには三喜之助が居残り係って事で!」
「勝手に決めないで」
「私が残るから行って来ていいぞ、三喜之助」
「鬼桜丸が行きたいのなら行けばいい。残ることに問題はない。ただ留三郎の言葉が気に入らなかっただけ」
「んだと!?」
「こうしてみると本当食満先輩と錫高野先輩って似てないなあ……」
 ぽつりと二郭が零した言葉に、留三郎がぴくりと反応する。
「……すずこうや?」
 誰だ?と首を傾げた留三郎に、私は二郭の頭に軽く拳骨を落とす。
「すいませ〜ん!」
「忍術学園の生徒ではないな?」
「風魔忍術学校の六年生。前に忍術学園に来たことがある」
「そいつが俺と似てるのか?」
「それはもう!な、喜三太」
「うん。最初食満先輩に会った時ものすご〜く驚いたくらいだもん」
 にこにこと顔を見合わせて、「ねー」なんて言いあう二郭と山村に私は額に手を当てた。
「ミキ、また風魔の奴と会ったのか?」
 三郎様が眉根を寄せてこっちを見ている。
「会ったと言うか……会いに来たと言うか……何度も言ってるけど、ちゃんと断ってる」
「だったらいいけど、風魔には気を付けろよ」
「わかってる」
 事情を知らぬ者は皆一様に首を傾げる中、納得したのか三郎様は笑みを浮かべて私の頭を撫でる。
「それより、下級生たちは先生方と一緒に私と伊作で見ておくから、早く行った方がいい」
「それもそうだな。行ってくる」
 不破の腕を掴み、走り出した三郎様の後を慌てた様子で竹谷、福屋、尾浜、兵助の四人が追いかける。
「やれやれ、忙しない奴らだ。私たちも行くぞ」
「おう」
 呆れながらも笑みを浮かべた立花の先導で六年生たちも動き出す。
「すまん、三喜之助」
「気にしなくていい」
 片手で謝罪を形にしながら、鬼桜丸は待っていた中在家と共に後を追っていく。
 その背をしっかり見送った後、私は伊作の事を思い出した。
「そう言えば、伊作はどこに居るの?」
 何時の間に辿り着いたのだろうと思いながらも、同じ委員会の後輩でもある猪名寺に問うた。
「あ!忘れてた!」
 慌てて走り出した猪名寺の後を追いかけて行けば、自分で治療を施したのだろう、ボロボロの姿をした伊作が居た。
「伊作先輩!大丈夫ですか?」
「まあ……なんとかね……」
 苦笑を浮かべる伊作に猪名寺はしゅんと肩を落とす。
「ごめんなさい」
「いいよ。慣れてるし。それより、皆はどこに行ったんだい?」
「タソガレドキ忍軍の忍頭と戦うって言う潮江先輩を追いかけて行っちゃいましたー」
「困ったもんだねえ野営地を離れて……あ」
「あ?」
「あああ、えらいこっちゃー。大変なこと先生に伝えるの忘れてた」
 慌てる伊作に私は首を傾げた。
「何を伝え忘れたの?」
「雑渡さんが言ってたんだ。タソガレドキの若い忍者が土井先生を狙ってるんだって!」
「ほえええ!?」
 驚く猪名寺に対し、私は酷く冷静だった。
「それなら見たわよ」
「ええ!?」
「そう言えば私も土井先生に言い忘れてた。多分第二ポイントであった男で間違いないと思う」
「ちょ、三喜之助!今すぐ土井先生に伝えてきてよ!」
「別に伝えなくても土井先生がひよっこに負けるわけないじゃない」
「ひよっこって、相手はプロの忍者なんですよね?」
 不安そうに問いかけてくる猪名寺の頭に私はぽんと手を置いた。
「土井先生は教師だけど元はプロでしょう?乱定剣で負けるひよっこに簡単に負けるほど弱い忍者を、学園長先生が雇うのかしら?」
「それは……」
「自分の先生を信じると良い。土井先生は優しい人だけど、プロだったことに変わりはないのだから」
「……はい」
「委員会の先生だからかな?三喜之助がそこまで信じてるってすごいね」
「そう?基本的に先生方は信じてる。だってプロだったんだもの。その実力は確かでしょう?」
「安藤先生でもですかぁ?」
「敵を侮らない。安藤先生もあの性格を除けばちゃんとしている」
「やっぱり性格は除くんだね」
「当然でしょう」
 安藤先生の性格自体まさに忍の三病、敵を侮るだもの。
 戒めを胸に常に己を律し、心を刃の下に置く。それが忍びの者。
 少なくとも私は鉢屋でそう教えられている。
 そして鉢屋では、恐らく他の忍里では到底徹底しない事を徹底している。だから私は鉢屋が好き。
「まあ、一応伝えておく」
 ひらひらと手を振り、伊作から離れると土井先生を探して歩き出した。
 ちらりと辺りを見回せば、見当たらない四年生に変わって三年生が中心となり、一年生や二年生に指導をしている。
 何時の間に到着したのかはわからないけど、作兵衛も三之助を常備していたのだろう縄で捕えながら後輩に指導をしていた。
 三之助の御守から解放された藤内は、あんなに怒鳴って喉を傷めたらどうするのだろう。
 その光景に思わず笑いながら、土井先生の下に辿り着くと、川西が土井先生と何やら話をしていた。
「土井先生」
「ん?どうした片桐」
「伊作から伝言。タソガレドキ忍軍の若い忍が土井先生を狙っているって」
「何!?」
「丁度西日が差してる今が危ないと思うから、頑張って」
「このっ」
 手伝いう気は一切ないのだと言外に言えば、察した土井先生から拳骨を頂きそうになったので逃げた。

―――カツーン

 ふと、小石の小さな音が耳に入り、私は視線を動かす。
「警戒線が切られたか」
 土井先生も聞こえたのだろうその音に頷き、警戒線を見張っていた三之助と作兵衛に近づく。
「どれが切れたの?」
「あっちの森です!」
「森はこっちだよ」
 自信満々に森の反対を指した三之助に、呆れたように作兵衛が縄を引っ張った。
「あれー?」
「あれじゃない。どう見てもそっちは茂み」
 三之助の額にまた手刀を与え、一人穴を掘って埋まっていた喜八郎に視線を向けた。
「喜八郎、お前はあちらの見通しの良い林の見張りをして」
「はぁい」
「善法寺はどうした」
「川の方に居る。川西、ついていてあげて」
「はい」
 頷いた川西は伊作の居る川の方へと駆け足で去って行った。
「森の方は罠を仕掛けた片桐たちに任せる。残り半数はあちらの茂みを警戒するぞー!」
 土井先生の声に一年生たちがとたとたと歩き出す。
 私と共に森側の警戒をすることになったのは三年生を中心とした一部の二年生の集団だ。
 その中に池田が居ないのを見ると、やはりまだここに到着していないのだろうことがわかる。
 やっぱりタカ丸は足手まといになったのだろう。池田はなんで素人であるタカ丸をペアに選んだのか、いまいちよくわからない。
「警戒線を切るなんて馬鹿な真似するのはどうせドクタケね」
「そうですよね」
 孫兵が笑いながらいざというときに積み上げていた小石を手に取る。
「じゃあ、遠慮はいりませんね」
「ん」
 こくりと頷き、持ってきていた遠眼鏡を手に近くの木の上に上る。
 それを見送った孫兵がすうと息を吸い、森を指した。
「よーし、森に向かって攻撃ー!」
 投げるのは主に三年生だ。
 二年生は、三年生がすぐに次を投げられるように小石を渡していく。
 遠眼鏡を伸ばすと、木々の間から見える赤い忍び装束を纏った集団を確認する。
 忍たまの下級生が投げている物だと言うのに、よくもまああそこまで綺麗に当たる物だと感心してしまう。
 三年生の遠当ての術が上なのではなく、ドクタケの実力が低すぎると言う他ない。
「もう少し南の方向へ向かわせるよう投げて」
「よっしゃ任せてください!」
「三之助は一人北の方に投げて」
「?……はーい」
 首を傾げながら逆に投げているつもりらしい三之助の手から放たれている石は、間違いなく他の皆と同様私の正しい指示通りに向かっている。
「……あそこまで逆なのもどうなんだろう」
 ぼそっと呟いた数馬の声は、当の三之助の耳には入らなかったけれど、私の耳にはしっかりと入った。
 遠眼鏡で再度確認すると、ドクタケ忍者が落とし穴に丸太に竹にと、面白いほどきれいに全て引っかかっていく姿が見えた。
「片桐先輩、悲鳴は聞こえますけど、どうですか?」
「面白いほど罠にかかってる。流石くのたま直伝。あれは痛そう」
「……片桐先輩、一体どんなえげつない罠仕掛けたんすか」
 一層高く上がった悲鳴に頬を引きつらせる作兵衛の表情は青い。
 私はそれを見ながら下へと降りた。
「森の外へ逃げていってる。数馬、土井先生に報告して来て」
「はい!」
「他は様子を見ながら警戒を続けて。まあ、もうこちらにはこないだろうけど」
 そう言えば土井先生がいる方は西側。西日が良い具合に差し込んでいる今なら、きっと敵が仕掛けやすいだろう。
「片桐先輩?」
「土井先生の所行かせない方がよかったかも」
「なんでですか?」
「茂みの方角が西向きだから」
「西向きだと何かあるんですか?」
「西日を背にして敵が来ると言う事ですか?」
 疑問を口にした藤内と違い、察しがついたらしい孫兵がそう言う。
 孫兵の言葉に三之助が「おー」と感心したような、けれど確実に気の抜けた声を上げる。
「あの……今さっき三年生の先輩の後を追って、時友の奴が土井先生の所に行っちゃったんですけど」
 おずおずと残っていた二年生の一人が手を挙げてそう言った。
「……まあ、問題ないでしょう。七松の後輩だし」
「え?理由それでいいんですか?」
「体育委員は丈夫だもの」
「……なんで皆そこで俺を見るんだよ」
「お前体育委員でしょう」
「おお!」
「おおじゃない」
 本日三度目の手刀を受けた三之助は痛がる様子もなく何故か楽しそうに笑っていた。
 三之助も良くわからない子だ。


⇒あとがき
 三年生可愛い三年生可愛い三年生可愛い……はあはあ……と言う私はいつだって病気。
 左門が一番最初のリタイヤ組なのでちょっと寂しかったので三之助を構ってみました。
 この連載の三之助はMなのかもしれません。捌話でもそんな兆候がありましたね。そう言えば……
20110115 初稿
20221104 修正
    
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