第捨弐話-2

「あれ?作兵衛だ」
 藤内がふと地図から顔を上げ、竹藪を見つめて呟く。
 私が見た時には、もうすでに萌黄色の制服が竹藪の中へと飛び込んでいくところだった。
「ペアを追いかけて行ったみたいです」
 気になるのか、走り出した藤内の後を追い、作兵衛が消えて行った場所へと向かう。
 風が揺れ、竹藪の間からちらりと赤いものが見えた。
「あれは……」
「片桐先輩?」
「……二人とも大丈夫でしょう。それよりも先を急いだ方が良さそうね」
「え?」
「藤内、第二ポイントの目印はこの先で間違いないのでしょう?」
「はい」
「急ぎましょう。先生方に報告しないと」
「な、何をですか?」
「内緒」
 藤内の事だから、聞いたら驚きの声を上げかねない。
 それでは作兵衛にしては珍しく、叫びながら追いかけなかったことが台無しだ。
 ドクタケ忍軍が、いくら忍たまにも劣るヘタレ忍軍だろうと、大人相手に子ども二人は大変だろう。
 それよりもと足を急かせ、先を急ぐ。
「この辺りに首なし地蔵があるはずなんですけど……」
 疑問を抱えながらも藤内が指差した方向には確かに地蔵がある。
 だけど首がある。
 間違いはないかと近くの地蔵を確認していくけれど、やはり地蔵はどれも首があるものばかり。
「片桐先輩、どうしましょう……」
 不安そうに眉根を寄せる藤内の手を引き、一度通り過ぎた辻堂に向かう。
「ここ」
「ここですか?でもこのお地蔵さんも首がありますよ?」
「顔と身体の色をよく見て見なさい。色が違うでしょう?」
「え?……あ、良く見ると違う」
 藤内が恐る恐る手を伸ばせば、地蔵の首がもげる。
 あまりにも簡単にぽろりと落ちた首に、藤内は言葉を失った。
「せ、先輩……」
「捨てておけばいい。どうせドクタケの馬鹿が置いたものでしょう」
 落ちた首が紛らわしいので、少し遠くの藪の中へと放り投げてしまう。
「え?」
「第二ポイントの受付がどの先生かは知らないけど、報告するのに一々声を上げては駄目よ?」
「は、はいっ」
 驚きそうになった自分を引っ込めて、藤内は私の後を追って辻堂へと足を進める。
 辻堂には一服一銭に変装した安藤先生が居た。
 これ、一銭も持たずに来たらどうするんだろうと思ったけど、口には出さずに安藤先生に歩み寄り、二文を渡した。
 入れ違いに去っていた男のように一般客の姿はあるものの、他に生徒の姿が見えないところを見ると、あの出入り口の首あり地蔵に騙されていたことが良くわかる。
「君たちが最初ですよ」
「あはは……首なし地蔵が首あり地蔵になってましたから」
 客が居なくなったところで声を掛けてきた安藤先生に、藤内が苦笑を浮かべる。
 一瞬驚いた顔をした安藤先生ではあったけど、声は荒げることなく私の方を見てきた。
「元に戻しておいたからこれから生徒が来る。……首を置いたのはドクタケ忍者の仕業だと思う。近くで見かけたから」
「それは……ふむ、大変なことになりましたね。他に何かありましたか?」
「第一ポイントの近くの林でタソガレドキ忍者を見た。ドクタケはタソガレドキを警戒しているようだけど、多分、戦ではない」
 そんなこと先生方は百も承知だろうけれど。
 タソガレドキだけであれば、伊作がこちらに居る以上特に大きな問題に発展はしないだろうけど、ドクタケが絡むなら話が大きく違ってくる。
 ドクタケと言えば、一年は組と何かと衝突しているようで、何をしてくるかわからない。
 一応プロだと言うのに、その能力が恐ろしいまでに発揮されない彼らが絡むと、余計な事が起こりそうで仕方がない。万が一彼らが奇跡でも起こしてこちらが窮地に追い込まれでもしたら面倒な話だ。
 伊作は忍頭の恩人であるために無事だとしても、他の生徒にまで手を貸してくれるとは限らない。
「そうですか」
 どうぞと差し出されたお茶に手を伸ばし、のんびりしていると、藤内も恐る恐る手を伸ばしてお茶を受け取った。
「あつっ!?」
「……火傷するわよ」
「遅いれすよ、片桐せんひゃい」
 涙目になりながら、赤くなった舌をちろりと出す藤内に、私は首を傾げた。
「煎茶は玉露よりも熱い湯で淹れるのだから当然でしょう?」
 熱さなど大して気にならない私は冷ますことなくそのまま口を付ける。
 “色葉”の頃の癖と言うのか、私はお茶は熱い方が好きだから慣れている。
「煎茶は六十度から七十度の高い温度のお湯で淹れるんですよ」
「へー……」
「片桐くんは良く知っていましたね」
「知識はあって損はない」
「一年は組の子たちに聞かせてやりたい言葉ですね」
 にやりと笑う安藤先生に若干呆れながら、空になってしまったお椀を置く。
「生徒は第四ポイントに集まるようこちらで声を掛けておきましょう。片桐くんたちは先に第四ポイントに向かって土井先生に報告してください。まあ恐らく彼女たちが報告してるとは思いますが」
「戻ってきたの?」
「代表者が一名ですがね」
「ふーん。……わかった。藤内、飲んだら行くよ」
「は、はい。待ってください」
「あまり急がなくていい」
 ふうふうと冷ましながら飲む藤内にくすりと笑い、空を見上げる。
 誰かは分からなかったけど、どうやら他に先生が近くにいたようで、何処かへと去って行った。
 恐らく連絡の為だろう。ずっとここにいた訳ではないだろうけど、何とも都合のいいタイミングで来たものだと思う。
 いや、タイミング良く来たのではないかも知れない。
「……今の、暁天?」
「藪ケ崎先生と言いなさい」
 プロの忍の本気を変な所で出さないでよ。お前はストーカーなの?
 思わずため息を吐いて額を押さえると、藤内は首を傾げた。 
 忍術学園の教師となった暁天が私とイロに執着しているのは、あまり生徒の間では知られていない。だけど贔屓しないように他の先生に見張ってくれと私が言ったから、先生たちは一応知っている。
 おかげで私は、暁天の担当する授業に出たことはない。
 まあ、六年生の授業自体選択制だから、無理に参加する必要が無かっただけなのだけど。
「藪ケ崎先生がどうかしたんですか?」
「他のポイントの先生に報告しに行ったみたい」
「え?」
 きょろきょろと辺りを見回す藤内に、安藤先生が楽しそうに笑う。
「さて、後片付けは私の方でいたしましょう」
「ん」
「えっと、ごちそうさまでした」
 ぺこりと頭を下げる藤内を待ち、立ち上がる。
 ふと、年若い男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 笠を被り、刀を差した一見すると近くを旅しているように見える。けれど、それにしてはらしくないと言えるだろう。
「藤内、急ぐわよ」
「はい」
 不思議そうに男は私を見る。
 それに視線を返さず、足早にその場を去ることにした。
 そのことに何となく藤内も察したのか黙って追ってくる。
 後ろが気になるだろうが転ばぬように、小走りで追いかけてくる藤内に何も言わず、三町ほど離れたところで足を緩めた。
「片桐先輩、今の人……忍者ですか?」
「そう。良くわかったわね」
「袖の内から見えた布地で代わり衣だって……」
「そう言う見方もあるわね」
「片桐先輩はどうしてわかったんですか?」
「下げ緒とにおいね」
「下げ緒……すいませんそこまで見てませんでした」
「鞘に巻いていたし、藤内は私を挟んで横を通り抜けたんだもの。無理ない」
「下げ緒は分かったんですが、においとはなんのにおいでしょう?」
「私たちはにおいを気にしているでしょう?でも体臭や生活臭はどうにもできない。僅かだけどすれ違えば感じることが出来るからそこで感じる」
「つまり片桐先輩は鼻がいいと……でも忍者のにおいってなんでしょう」
「忍者は一般人より小奇麗にし過ぎなくらいがある場合や、火薬の臭いや暗器の鉄の臭いだとか、本当些細な臭いがする。……ただ、不思議なことに煎餅の匂いがした」
「……持ってたんでしょうか?」
「かもしれない」
 香ばしい醤油の香りがうっすら。
 忍が音のするものを好み、持ち歩くのはどうなのだろうとは思うけど、あれは雪辱に燃えると言うか、そんな決意の目をしていた。
「大方タソガレドキの若衆の一人でしょう。若さゆえに土井先生への雪辱に燃えると言った所かしら」
「そ、そこまでわかる物なんですか?」
「前に二郭が言っていた。園田村に行く最中に、土井先生がタソガレドキの若い忍者を黒板消しと出席簿で倒したのだって」
「……それは雪辱に燃えますね」
「でしょう?」


  *    *    *


 途中でペアが迷子になって半泣き状態でいた時友に会った為に、第四ポイントに着くのが少し遅れた私たちを迎えたのは、先に辿り着いていた鬼桜丸だった。
 鬼桜丸はちょうど第四ポイントを目指して来ていたらしく、土井先生からその情報を受けると率先して生徒のまとめ役に回った。
 責任感の強い子だから、携帯筆記具とメモを持っていたらしく、ペアであり委員会の後輩である今福に名前を書きとめさせて、どのくらい生徒が集まったかなどを土井先生に報告していた。
「片桐先輩、僕たちはどうしたらいいんでしょう?」
「とりあえず作兵衛が付くまで三之助の手を離さない事ね。藤内、ついていてあげて」
「はい」
 肩を落とす藤内に、三之助は意味が分からないと言う様子で首を傾げていた。
 今はまだこの迷子癖は問題にならないだろうけど、早い内に自覚させた方がいいのかもしれない。
 三之助の為と言うよりも、彼らのためにならないだろうことは分かり切っている。
 左門はまだ自覚がある。後は進退疑い過ぎるなと言う話のため、まだ改善の余地があるだろう。
 三之助はせめて吾滝位には自分の迷子癖を自覚して欲しい所だ。
 願わくば、この子達が少しでも笑顔でありますように。
「片桐」
「立花、着いていたの?」
「さっきな。それより少し付き合え」
「?」
「話は聞いている。敵が侵入しやすい場所に罠を仕掛けるぞ」
「それで笹山を連れたままなのね」
 ちらりと立花の横に居る笹山を見る。
 一年は組の生徒と言う事で二郭から聞いたことがあったし、藤内が喜八郎に次いで困っている同じ委員会の後輩なのだとたまに零していた。
 別名絡繰り小僧。
 団蔵がよく被害に遭っているのだと言っていたから、そう言う点でもよく覚えている。
「片桐先輩は罠作りが得意なんですよね!」
 きらきらとした眼差しで見上げてくる笹山に、私は首を横に振った。
「え?でも伊助がそう言ってましたよ?」
「片桐にとっては得意な部類ではないと言う話だ」
「そうなんですか?」
「ん」
「へー……」
「得意でないと言う割にえげつない罠を作るがな」
「くのたまたちが教えてくれるのだもの」
「片桐先輩はくのたまと仲が良いんですか!?」
 ますます輝く瞳に小さく溜息が零れる。
「羨ましい話っすよね、本当」
「三之助、お前は余計な口を挟まない。藤内、三之助の事は任せた。時友、困ったらすぐに上級生を呼んで構わない」
「はい」
「は、はい」
 素直に返事をし、三之助の制服を離すまいとしっかり握り直した藤内に、相変わらず三之助は首を傾げている。
 時友は緊張気味に返事をすると、同じように三之助の制服の端をぎゅうっと握った。
「ん」
 二人の頭を撫でると、三之助が唇を尖らせた。
「二人だけずるいっすよ」
「お前はこれで十分」
 三之助には軽く額に手刀をお見舞いし、森の方へと歩みを進めた。
 それに合わせる様に立花も歩き出し、慌てて笹山が追いかけてくる。
「罠を仕掛けると言うのだから、道具は持ってきているのでしょう?」
「ああ」
「流石作法。準備良いじゃない」
「お前は何も準備しなかったのか?食事は各自で調達だっただろう?」
「その辺の小石で十分」
「なるほど、乱定剣と言う事か」
「らんじょうけん……って、なんですか?」
「……兵太夫。乱定剣は一年生で習う内容だぞ?」
「習ってませーん」
 元気に答えた笹山に、立花は額を押さえる。
「見たか片桐、これが一年は組の実力だ。お前たちの時より酷いだろう」
「理解していないだけで実際に使っていると思うのだけど?」
「そうなんですか?」
「今、仮に武器を持っていない状態だとする。だけど敵が現れた。お前はどうする?」
「その辺にあるものを適当に選んで投げまーす」
「……ね?」
 立花を見れば、苦笑を浮かべながらも頷いた。
「そうだな。……兵太夫、それが正解だ」
「へ〜。適当にあるものを投げたらそれがらんじょうけんなんですか?」
「正しくは有りあわせの物を投げる事。ちなみにこれ同じ問いをろ組にしたとき「逃げます」と答えた」
「じゃあ僕の方が賢いんだ!今度伝七に自慢してやろっと」
「止めておけ。知識だけなら伝七の方が上だ」
「ちぇ」
 唇を尖らせる笹山の頭に手を乗せた立花の笑みは柔らかい。
 後輩が可愛くて仕方がないと言った様子の立花が、ここまで表情を露骨にするのはきっと傍に居るのだが私だからだろう。
 これが仮に潮江が傍に居たとしたら、立花はお前の後輩は私の後輩ほど懐いていないだろうと自慢するような笑みを浮かべて、柔らかな表情をその笑みに隠すだろう。
 それが潮江でなく鬼桜丸でも他の六年生でも、多分立花は色んな顔で誤魔化す。それが立花と言う男だから。
 ここまで私を許す立花は本当に不思議。
 いつもよりも優しい笑みを浮かべる立花を不思議に思った笹山は、その笑みが表す心情など知りもしないだろう。
 だけど優しい立花に釣られるように愛らしい笑みを浮かべ、笹山はふふっと小さく声を上げた。
 そう言えば二郭が言っていたっけ。笹山も幼い頃に女装をしてたのだと。きっとその名残なのだろう。その仕草はまるで少女の様だった。



⇒あとがき
 作法で親子っぽく&たまには迷子にも愛を……と思ったけど左門いなかったので代理で四郎兵衛の頭撫でてみた。
 って言うかナチュラルに夢主が藤内に奢ってることに今気づいた。←
 そのことに詳しく触れてないあたり、無意識に書いてたのが良くわかりますね。
 前回伝七がかなり空気でしたけど、ここで兵太夫を出したことで作法委員はコンプ完了です。ひゃっほい!
 後接触してないキャラが居るのはどこだっけ?……ま、いっか。
20110115 初稿
20221104 修正
    
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