第捨弐話-1

 中間テストが終わって、休日を挟んでの今日。
 学園長の思い付きで、混合ダブルスサバイバルオリエンテーリングなるものが開催されることとなった。
 実はこれ、今年はこれで二度目の事。
 卯月に行われた時は、六年生は妨害役と言う事で、潮江が食堂のおばちゃんに化けると言う作戦を考えてその手伝いをしていた。つまりは不参加。
 今回は六年生も参加すると言う事もあって、皆一様に楽しみにしていたみたいだけど、結局委員長格の六年生以外は居残りが決まった。
 それはくのたまの上級生が遠方実習中で、学園に残る者がいなくなるためだ。
 くのたま下級生に学園の護りをと任せるわけにもいかない上に、彼女たちは今回救護班に回るらしい。
 五年生と組むのは流石に反則に思えて、足手まといに打ってつけのタカ丸を誘おうと、四年生が合同授業を行っていた校庭に足を運ぶと、池田が先に居た。
 そして池田は「誰があんたなんかと組むかよ!」と反抗期真っ盛りな捨て台詞と共に、私の目の前からタカ丸を連れ去った。
 私を誘おうとしていた喜八郎は委員会の後輩である黒門に捕まり、それを見て対抗心を燃やした滝夜叉丸は近くを歩いていた黒木を捕まえた。
「……さて、どうしよう」
 思わず呟いていると授業が終わってそのまま教室を飛び出してきたのだろう藤内が、忍たまの友を抱えてこちらに向けて走ってきた。
「片桐先輩!あの、まだペア決まってませんか!?」
「決まってないけど……組んでくれるの?」
「と言うか組んでください!はー……よかった。六年生と組めて」
「景品目当て?だったらあまりやる気はないから止めた方がいい」
「いえ、完走したいんです。片桐先輩とだったらきっと勉強になると思いましたし、よろしくお願いします」
「よろしく」
 可愛らしい笑みを浮かべる藤内の頭をそっと撫でた。
「じゃあ、準備して校門の前に集合。早く準備してね」
「はい!」
 元気よく返事をした藤内を見送り、私は長屋の方へと歩き出した。
 他の六年生は皆いつも通り過ごしつつ、交代で見張りをするらしく、空を見上げれば火見櫓の屋根の上に居た吉村が、こちらに気づいてらぶんぶんと手を振った。
 お前そこは登るところじゃない。……と言うのは吉村に対しては言わないお約束だ。
 彼は実家が軽業師らしく、高い所に上るのが好きだ。馬鹿と煙は高い所が好きと言うが、本当らしい。
「あ、三喜之助!ペアはちゃんと決まったのか?」
 長屋に着くと、ちょうど準備が終わったらしい鬼桜丸が、戸を閉めながらにこやかに問うてきた。
「藤内」
「浦風か。委員会の後輩はどうした?」
「兵助と組むのは反則だと思ったからタカ丸に声を掛けたけど、池田に取られた。伊助は兵助と組んだんじゃないかしら?」
「はは。池田に取られちゃったか」
 楽しそうに笑い、鬼桜丸は私の頭に手を伸ばした。
「まあ折角の機会だ楽しもうじゃないか」
「鬼桜丸も優勝を目指してないの?」
「別に私には必要ないだろう?彦四郎も完走出来ればいいと言っていたから、学園長が言ってた事を警戒することにするよ。じゃあな」
 鬼桜丸は私の頭から手を離すと、ひらひらと手を振って行ってしまった。
 学園長が言っていたことは、先日の休みの日に、一年は組の摂津が見たと言う竹を伐採していた集団の事だろう。
 忍を護衛に着けていたと言うのだから、どこかの城が戦をしようと目論んでいるように取れるけれど、ここ最近どこかの城が戦をすると言う情報は聞いていない。
 まだ新しすぎる情報は警戒するに十分な内容で、火の粉がこちらに回ってきても大丈夫なように、くのたま上級生が情報収集を兼ねて実習となった。
 忍たまが全校生徒を上げてこのような行事を行うのもその一環だ。表向き、学園長の私情が混じっているようで、前回の園田村の一件もあって上級生は警戒を続けているのだから何かある。
 夏休みの間に伊作が余計な事をした所為で、タソガレドキと妙な繋がりが出来たし……頭が痛い。
 タソガレドキと言えば、忍者隊の小頭に山本陣内と言う男がいる。まさかとは思うけど、何度かあった事のあるあのねちっこい海美の客の山本と言う男。その偽名の元となった人物かもしれないと言う疑いがある。
 と言うのも、伊作が接触したと言うタソガレドキの忍―――タソガレドキ軍の忍び頭の雑渡昆奈門は忍び装束の下に包帯をした隻眼の男らしい。
 その容姿を聞いた時が一番頭が痛かったのだけど、海美殺しの犯人の報告は、大神屋の番頭の旧知を介してされたため、私たち忍務に当たった生徒全員がどこの忍に伝えたかは知らない。
 でも忍でその容姿で、それなりに地位があるくせに自由奔放な男と言えば、もう彼しか浮かばなくなってしまった。ただ、私はその忍頭には実際に会ったことはないのだけど。
 荷物を背に校門へと向かえば、孫兵と生物委員の後輩であろう一年生がちょうど出ていくところだった。
「吉野先生、受付お願いします」
「はいはい。六年は組の片桐三喜之助くんと、三年は組の浦風藤内くんのチームですね……はい、いいですよ。あっちでお弁当を貰ってください」
 それを見ていると、藤内が吉野先生に声を掛け受付を済ませてくれた。
 藤内に手を引かれ、吉野先生が示したほうに行くと、小松田さんと事務員のおばちゃんの二人が居た。
「お弁当は二食分です。後は各自で携帯食料を持参して下さーい」
 恐らくはマニュアル通りなのだろう台詞を言いながら、お弁当を寄越してきた小松田さんには何も言わず、地図を預けてくれたおばちゃんに小さくありがとうと返した。
 貰った地図にはオリエンテーリングと言う事もあって、目的地のヒントを書いてあるけれど、磁石は各自で持参するようになっている。
 私も藤内もちゃんと耆著を持ってきていたし、水もきちんと携帯していたから迷う事はまずない。左門や三之助のように方向音痴でもないしね。
 第一ポイントから順に回ることを決め、最初の第一ポイントの道祖神を目指して藤内に地図を持たせながらのんびりと歩く。
 しばらく歩いたところで林が見えてきた。そこを抜ければ第一ポイントなのだけど、問題はその手前でうんうん唸っている人物だろう。
「片桐先輩?」
 足を止めた私を不思議そうに藤内が振り返って見つめる。
「不破がいる」
「不破先輩?」
 首を傾げながら藤内が前を見て、小さな後姿に目を丸くする。
「この距離で良く不破先輩だってわかりますね」
「隣にいるの怪士丸だから」
「怪士丸?」
「一年ろ組の二ノ坪怪士丸。図書委員だから三郎と接点がない。だから不破」
「それで」
 藤内もそれで納得できたようだ。
「先に第二ポイントに向かっても良い?」
「何でですか?」
「不破は、私の事あまり良く思っていないから。怪士丸に心配させるわけにはいかないでしょう?」
「不破先輩と片桐先輩って、あまり仲がよろしくなかったんですか?」
「上級生になると色々あるのよ……で、お前はなんで私の上に頭を乗せるの」
「高さがちょうどよかったので」
 突然現れ、しれっと答えた喜八郎に藤内が目を丸くする。
 喜八郎は私たちよりも先にペアが決まっていた。
 ここに居ると言う事は、ここに一番に来たのではなく、もうどこか回った後なのかもしれない。
 別に第一から順に回らなければいけないと言う決まりはないのだから。
「あ、綾部先輩!?それに伝七」
 驚く藤内の声に、喜八郎の横に居た一年い組の黒門伝七が小さく頭を下げる。
 作法委員に顔を出すことはあるけれど、忍務の関係で喜八郎と藤内の面倒を見たことしかないから一年生二人とまともに顔を合わせたことはない。
 それでも一応名前くらいは知っているし、姿も何度か見かけたことがある。ただ、話した事は一度もない。
「六年は組の片桐三喜之助」
「あ、一年い組の黒門伝七です」
「あれ?伝七は片桐先輩にお会いしたことなかったっけ?」
「流石にお会いしたことはありますけど、話したことはないです」
「片桐先輩が作法委員会に来てくれる時は、大体一年生はお休みじゃないですか」
「そうだっけ?」
 首を傾げる喜八郎に私は小さく溜息を吐いた。
「喜八郎が我儘を言ったから特別に教えたのでしょう?一年生を置いておくはずがないじゃない」
「そうでしたー」
「綾部先輩……」
 藤内はがくりと肩を落とした。
「喜八郎たちはこのまま行けばいい。不破はまだこちらに気づいていないみたいだし、余計な事言わないでよ」
「はーい」
 のんびりと返事をする喜八郎に若干の不安を覚えながら、ちらりと不破の方を見る。
 何時の間に現れたのか、不破の側には猪名寺と池田の友達でもある川西が居た。一年生と二年生のペアとは不運委員の名は伊達ではないのだろう。
 その少し斜め上の木々の間に黒い忍び装束の集団が見え隠れしているのに気づかない振りをし、第二ポイントの方へと歩き出した。
「あ、片桐先輩っ」
 慌てて藤内が追いかけてくるのを感じながら歩を進める。
「第二ポイントならあちらじゃないんですか?」
「回り道をしながら先に第一ポイントに行く。少し早足で行くわよ」
「ええ!?ち、地図を見なくてもいいんですか?」
「覚えてる。でもそこを過ぎたらまた藤内が道案内するのよ」
「え?ちょっと待ってください」
「地図を見ながらだと転ぶわよ」
「うわっ!?」
 注意した途端転んだ藤内に思わず足を止めた。
「……真面目なのも考え物ね」
「すいませーん」
 ひらひらと宙を舞った地図が藤内の頭に落ち、それを拾い上げる。
「急ぎましょう。不破に追いつかれたら面倒だし、何より喜八郎が面倒だわ」
「そうですね」
 慌てて立ち上がった藤内は土ぼこりを払い、襟を正した。
「少し位走ることになっても構いません」
「そう。じゃあ、ちゃんとついてきてね」
 気合を入れ直した藤内を見やり、地図を畳んで懐へと仕舞い込むと、私は頭の中の地図と頭上の太陽を確認して走り出した。
 ちゃんと三年生である藤内でも追いついてこれる速度を心がけ、道祖神に向かった。
 地図の通りの場所には丸石の道祖神があり、その木の後ろに松千代先生が隠れているのが見える。
 近づいてみると、正しくは後ろではなく洞の中に入り込んでいたのだと知れる。
 小さな洞だと言うのに良く入り込んだものだと思う。
「松千代先生」
「は、恥ずかし〜」
「判子頂戴」
「恥ずかしい〜」
「……………」
 恥ずかしがって真面に答えが返ってこない松千代先生の服を掴み、無理やり引っ張りだす。
「恥ずかしいぃ〜」
「判子」
「ひゃ〜!」
 ずいっと歩み寄ると、両手で顔を覆ってしまう松千代先生はとても楽しいんだけど、不破と喜八郎が追い付いて来ると面倒なのよね。
「判子くれたら離す」
「押します!押しますから離れてぇ〜」
 いやーんと恥ずかしがる松千代先生に判子を押してもらうと私はそれを手に二人とそのペアたちが来るであろう方を確認して歩き出した。
 松千代先生は恥ずかしがって勝手に洞に戻るだろう。
「行くわよ、藤内」
「はい」
 少し早足に歩き、ある程度距離を取ったところで藤内に地図を渡した。
「今いる場所はここ。ここから第二ポイントを目指す」
「はい」
「恐らく不破は第二ポイントより近い第五ポイントを目指すだろうし、喜八郎は楽をしようと第三ポイントを目指すと思う」
「……なんかそんな気がします」
「だから少し迷っても問題ない。自分で進んでご覧」
「はい!」
 元気よく返事をした藤内の頭を軽く撫で、私たちは再び歩き出した。
 さっき林で見た忍は恐らくタソガレドキの忍だ。
 プロの忍が絡むと言うのに下級生まで校外に出すのだから、何かしら学園長先生にも考えがあるのだろうとは思っていたけど、恐らく考えと言うのはまず間違いなく伊作だろう。
 何故タソガレドキ忍軍の忍頭がそこまで伊作に思い入れるのかはよくわからないけど、恩返しを越えて恩を売られているような気がしてならない。
 それとも忍頭は伊作のほ組としての能力に気づいているとでも言うのだろうか……だとするのなら、侮れないのかもしれない。



⇒あとがき
 雑渡さん登場までカウントダウン開始!
 ……とか言いながら微妙にもう出てるやーんって言う突っ込みはなしです。
 下級生誰と絡ませようっと悶々と悩んでいたら藤内が彦にゃんと組んでることを思い出してお相手を藤内に決定しました!
 彦にゃんと鬼桜丸は委員会繋がり、夢主と藤内はある意味師弟的な……ね!←
 スランプだったのがウソみたいにすらすら進むのはいいけど、区切りが微妙ですね。続きます!
20110113 初稿
20221104 修正
    
res

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -