第捨壱話-5

 “久々知”と言う男は、意外に強引な男だった。
 勝手に私の前に現れて、素人丸出しの癖に白星を取り続け、自然と私から離れて行った“春彦”に代わって私の隣に立った。
 多分、あのまま生きていたら結婚したのはきっと“久々知”だっただろう。
 見た目のマイペースっぷりからはあまり見えないけれど、案外と強引な癖に引き際を心得ている“久々知”の優しい誘惑に私は惹かれていた。
 だから少しでも自分を見てほしいと告白してきた“久々知”の言葉に私は頷き、そう言う対象で“久々知”を見ようとしていた。
 その反動で、あまりにも“久々知”そっくりな兵助を嫌うようになった。
 ますます似てくる兵助は、私の胸をこうやって蝕んでいくのだ。胸を押さえても、もやもやとしたものが消えることはないのが良い証拠だ。
「……ふう」
 溜息を零し、角を曲がろうとしたところで誰かに手を引かれる。
 突然の事に驚いていると、目の前を歩く藍色が近くの建物の裏へと私を導く。
 ふわふわの鬘を付けた不破そっくりのその人は鉢屋三郎。私の従弟に間違いないのだけど、突然どうしたのだろうとぱちりと瞬きをする。
 日の当たらない湿った空気を持つその場所で足を止めると、三郎様は私を見下ろした。
「ミキ、お前は私の隣に立つんだよな」
「……三郎?」
 この子は何を言っているのだろうと首を傾げていると、三郎様は私の身体を引き寄せ優しく抱きしめてきた。
 出会った頃は小さく震えていた少年が随分と大きくなったものだと、夏休みの前にも感じた感慨深い思いを感じながら、それに応える様に三郎様の背に手を伸ばした。
「ミキにとって“久々知”と言う存在が大きいのは知っている。兵助がミキに想いを寄せてるのも、ミキがそれに揺れそうなのも。……でも私は兵助にミキを譲る気はない。立花先輩にだって譲らない」
「三郎、私は三郎のものよ」
「うん。だから立花先輩の事は許してる。ミキは学園に居る間だけだってちゃんと線引きしてるし、立花先輩もそう考えて側に居る。でも兵助は違うだろう?……不安なんだ」
 強く抱きしめてくる三郎様の背を撫で、私はその胸にすり寄る。
「三郎は最初に“私”を見つけてくれた。女だろうと男だろうと関係なく“私”を受け入れてくれた。それがとてつもなく嬉しかったの。鉢屋三喜之助として生まれて、初めて心が震えたのを覚えているわ」
「ミキ、私はお前が居なくなることが怖いよ。色に溺れるつもりはないけれど、ミキが居なくなったら私は心を亡くしてしまいそうだ」
「三郎……」
「それほどまでに、ミキの存在は私の中で大きいんだと言う事を忘れないでくれ」
「……どうして突然?」
「一年は組が面白い事に巻き込まれてるみたいだから、様子見てたんだ」
「……それで煙硝蔵に居たの?」
「そう。まさかタカ丸さんがあんな風に話を切り出すと思わなかったから……聞いてて動揺した」
「心配しなくても、私はただの色葉ではないのだから、最後はちゃんと三郎の所へ戻るわ。ただの色葉は立花の所へ置いていく。三郎の元に帰るのは色葉だった私。そうでしょう?」
「……そうだな。ごめん、少しでもミキを疑ってしまって」
 力を緩めて、しゅんと項垂れた三郎様の頭に手を伸ばし、不破の髪に似せた柔らかな鬘を撫でた。
「大丈夫よ。確かにさっきみたいにどうしても昔の事を思い出すけれど、それでも私は鉢屋三郎の側室になることに不満なんてない。あるとすればこの身体が子どもを産めないことくらいね」
 苦笑して言えば、三郎は眉根を寄せた。
 子を産めない側室を側に置く。しかも本来は男である者を本当に側室として置くのだから、三郎様の行く末は厳しいものになるかもしれない。
 本妻には、私同様幼い頃から三郎様の許嫁に決まっていると言う娘が収まり、私は色忍の三喜之助も演じながら側室のミキを演じる。
 本妻になる娘が私を許すかはわからないけれど、それでも私はこの人の側に居るのだ。
 この世界で初めて私の心を揺らしたただ一人の人。鉢屋三郎の妻として。
 華乃が代わりに子を産んでもいいと泣きながら言ってきた日は戸惑ったものだけど、その子を育てて鉢屋三喜之助としての生涯を終えるのもまた一つの道なのかもしれない。
「ごめん、ミキ……それでも私はお前が欲しいよ」
 強く抱きしめ、愛してると囁いた三郎様は静かに口を吸った。
 険しい道を態々選んでまでも、私の手を取り続けてくれると決めた三郎様が愛しい。
 大丈夫。例え、一人目とイロのそれぞれの思惑が学園を乱そうとも、私は決してこの手を離さない。


  *    *    *


 日が落ちて、生徒の多くが長屋にいる夜の時間になった。
 今の所なんの異変もなくただ警戒を続けていたのだけど、不意にどこからか人が飛んできた。
 潮江たちが走ってる声が聞こえたから、多分、こっちへ曲者を飛ばしてきたのは潮江たちなのだろう。
「片桐先輩、あそこにあやしい曲者が……」
「あやしくない曲者なんているのか?」
「そこは言わないでおきなさい二郭」
 首を傾げる二郭の頭を撫でながら、二人に下がるよう言って曲者に近づく。
 ふと空に外が暗い夜に使われる照明合図である飛脚火が上がる。
「あ」
「全員集合の合図だ」
 どうやら飛脚火は一年は組用の合図だったらしく二人が空を見上げる。
「よし。ここはいいから皆の所へ行って来い」
「「はいっ!!」」
 黒木と二郭の二人は土井先生の言葉に元気よく返事をし、そんな二人に微笑みながら土井先生が何事か言う。
 きっと田楽豆腐屋の事だろうとは思いながら、私はその光景を横目に曲者を縄で縛った。
 どう見てもドクアジロガサの忍者ではない男が武器を持っていないか一応確認したけれど、武器らしい武器は特に持っていないようで、小さく溜息を零した。
「どうした片桐」
「これ、多分福富狙いの盗賊」
「あー……」
 引きずりながら土井先生の元へと向えば、土井先生は苦笑しながらそれを受け取った。
「ねえねえ三喜之助くん」
「何」
 つんつんと突いてくるタカ丸に身体を向ければ、タカ丸はへらりと笑った。
「雨鳥の術ってなあに?」
「兵助、答えて」
「え?私ですか!?えっと……雨鳥の術とは人の習慣や慣れによる油断、思い込みに付け込む術です」
「へー……」
「片桐先輩、今面倒くさがりましたね?」
 感心するタカ丸の横で、池田が私を睨むように見上げる。
「復習よ。雨鳥の術と言う名前は雨が降っているとき鳥は飛ばないと言う、常識の裏をかくような術であることからつけられた名前。例えば今回のように毎日毎日同じところで商売してそれが当たり前になって警戒心が薄れさせることよ」
「と言う事は門の前の田楽豆腐屋さんは……」
「まず間違いなく忍者―――海松万寿烏と土寿烏ね」
「なんだ?そこまでわかっていたのか?」
「この間風魔流忍術学校の先生が来ていたから」
「それでな」
 土井先生はその答えで納得したようで頷いた。
 けれど不思議そうに首を傾げるタカ丸はその事情を知らない。
「万寿烏と土寿烏の二人は、前に学園長の命を狙って忍術学園に来たことがあるんだ。その時に結局風魔に引き渡したんだが、逃がしてしまったらしい。だから風魔流忍術学校の先生が注意してほしいと来てたんだ。それで片桐はわかったということだ」
「へ〜……」
 不思議そうな顔をしたタカ丸には土井先生が説明をしてくれたけど、ちゃんと理解出来たんだろうか、その顔は。
 後ろで池田が田楽豆腐に関して兵助に聞いているのを横目に、私は手首に隠し持っていた棒手裏剣を取り出して近くの塀に向けて放った。
「来たか。のんびり話してる場合じゃないぞ!」
 兵助たちにそう言うと、土井先生は腰に掛けてある刀に手を伸ばした。
 だけど私が投げた棒手裏剣を避けた忍者は木の陰に隠れたようだ。
「火縄銃で打ちますか?」
「煙硝蔵のそばで火器を使う事は出来ない。ここは遠当ての術だ」
「……兵助」
「本当にあれ使うんですか?」
「使うの」
 嫌そうな顔をしながら、兵助は目つぶしが入った桶を持ってきた。
「先生、遠当ての術とは?」
「目潰しや催涙弾の類だよ」
「先生、これ……」
 兵助が持ってきた桶の中身を確認すると、土井先生は頷いた。
「これ、さっき片桐先輩が用意するように言ってた奴ですよね。確か八方……」
「八方剣草隠。目潰しの一種で、煙硝・生姜・塩・烏梅・酢・胡椒・唐辛子・山椒を混ぜてタマゴの殻に居れて入れてある」
「外側のは吉野紙だねえ……」
「ちなみに水軍はこれを天狗櫟の法と言う。中身が違うけれど。中のもの、結構高価なものが入っているのだから無駄にしないでね」
「はい」
「はあい」
「わかってます」
「あの……」
 個性に溢れた返事を聞いていると、誰かの声が掛かる。
 見上げれば先ほどの塀の上にドクアジロガサ忍者が居た。都合よく仕掛けた罠のうちの一つが利用できそうな位置に居る。
「さっきからここにいるんだけど、無視しないでくれる?」
「わああヘンな顔!!」
「ドクアジロガサ忍者だ。やつらは汚い手を使うことで有名だ」
 妖しく笑う二人の忍者を横目に、私は静かに移動し、罠を発動させる縄を握った。
「忍術学園にはいつもさんざんひどい目にあわされてきたが、今夜こそ目にもの見せてや……」
 すべて言い終わる前に縄を引っ張ると、隠す様に仕掛けてあった桶がひっくり返り、彼らを襲う。
「な!?」
 驚いて姿勢を崩した彼らは、油を塗って滑りやすくしていた屋根の上からつるりと落ち、尻餅をつく。
「今だ!」
 口布を上げ、目つぶしをドクアジロガサ忍者に投げつける三人を見ながら、私は木の上に移動して口布を上げた。
 弾けた卵の殻から飛び出す内容物の煙の影響は多少あるけれど、下よりも被害は少ない。
 抵抗できなくなった二人を、鼻水と涙を拭いながら兵助と土井先生が縄に捕える。
 ちらりと見れば同様に捕まっていた男も煙の被害に遭って酷い顔をしていた。
「おい、今の騒ぎはなんだ!?」
 さっきは気付かなかったくせにようやく騒ぎに気づいたのだろう潮江が煙硝蔵の前に現れる。
「火薬委員で火薬を狙う忍者と戦ったんです。ちなみにあっちが捕えた忍者です」
「なんだとお!?火薬委員会が火薬を狙う忍者と戦っただとおお!?バカな!!普段は何の仕事もなく火薬の在庫確認だけが仕事のヘタレで暇な委員会の癖に、硝石と言う高級品を扱うがために予算だけはバカ高くふんだくっていきやがる。そんなことでいいんかい?と言われる火薬委員会が敵と戦っただとお!?」
「戦っただけじゃありませーん。捕まえたんでーす。ドクアジロガサ忍者を」
 悔しそうな顔をする潮江に思わずくつりと笑えば、潮江がこちらに向けて手裏剣を投げてきた。
「何するの」
「片桐!お前はなんでそこに居る!お前が委員長だろうが!」
「ちゃんと罠を仕掛けて発動させて、他に敵がいないか確認してた」
「嘘つけー!!」
 そう叫んだ後、潮江は壁に額を打ち付け始め、私はようやく下へと降りた。
「他に敵は?」
「居ない。ただ」
「ただ?」
「まだ騒ぎは収まっていないみたい」
「あいつら……中在家、七松。悪いが片桐たちと一緒に捕えたドクアジロガサ忍者を頼む。潮江も立ち直ったら手伝わせろ」
「はーい!」
 元気よく返事をした七松と違い、中在家はただこくりと頷いた。
「で、捕えた忍者はどうするんだ?お手玉か?」
「……止めて」
 にかりと笑って本気で冗談を飛ばす七松に突っ込みを入れ、私は捕えたドクアジロガサ忍者が逃げられないように、手首の布や足下等に隠してある武器がないか確認して回収した。
 全ての騒ぎが収まるまで、後少し。



⇒あとがき
 夢主を交えるためにちょこちょこ台詞をいじりましたが、楽しかった!
 久しぶりに三郎出張らせられて満足です!しかしもう一回与四郎を出すチャンスだったのに忘れちゃいました。すまん、与四郎。
 いよいよ、次はあのプロ忍者の登場です。皆様お楽しみに!!
20110103 初稿
20221104 修正
    
res

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