第捨壱話-4

 季節は神有月……じゃない、神無月へと入り、短い秋休みの時期がやってきた。
 二週間程度の秋休みはそう長くはないので、学園に残って能楽堂を利用して稽古に励んでいた。
 とは言っても、そのうちの半分以上は四年生に編入したばかりのタカ丸の勉強を見ていたのだけど。
 勉強を教えることがきっかけでタカ丸、喜八郎、滝の三人を名前で呼ぶ事になった。
 田村は滝と居るのが嫌なのか、潮江に扱き使われまくったせいなのかは分からないけど、勉強会には一日、それも四刻半程度の参加だった。
 穏やかに過ぎた秋休み明けに事件が起こるのであろうことは、一部の上級生は既に感じながらの二週間は短いようで長かった。
 秋休み明けの今日も、外には田楽豆腐屋が平然と店を構えていた。今日で十日目だ。
 学園長が容認しているのは、どの学年への為かはわからないけど、課題として出させるためだろう事は分かる。ただ、気付いていない奴が多すぎる。
 私は呆れながらも食堂で、今日も勝手に昼食を作った。
 それを狙ってやってくる奴らの分も多少は用意するけど、それ以上は知らない。
『なあ三喜之助。今回ばかりは厄介ごとが重なり過ぎだと思うんだが、私の気のせいか?』
 そう小さな矢羽音で問うてきた鬼桜丸に、一緒に昼食に群がっていた立花、留三郎、伊作の三人が仲良く首を傾げる。
 食堂には他の生徒が居ないとはいえ、大きな声で出来る話ではないと言う判断からかはわからないが、皆平静を装いながら矢羽音での会話に乗ってきた。
『表の田楽豆腐屋の事だけじゃないのか?』
 不思議そうに問う留三郎に、鬼桜丸が苦笑しながら頷き、ちらりと私に視線を移す。
『ドクアジロガサ忍者が煙硝蔵を狙っているんだろう?』
『そう聞いてる』
『今朝小松田さんが、学園長先生の元ガールフレンドが来るって話を聞いたんだ』
『それがどうかしたのか?』
 別に学園長先生の元ガールフレンドが、忍術学園まで来ることは今に始まったことではない。
 それは前々から何度かあった話であり、来るのはいつも七十を超えた熟練のくノ一ばかりだった。
 眉根を寄せた立花に鬼桜丸はこくりと頷いた。
『今日は楓さんが来ると事前に聞いているようなんだが、明日如月さんが来るそうなんだ』
『流石鬼桜丸だね。学園長先生の元ガールフレンドの名前まで知ってるなんて』
『何か問題でもあるのか?』
 伊作と留三郎の言葉に、二人のくノ一の関係性が見えないらしいと分かった鬼桜丸は小さく溜息を零した。
『楓さんと如月さん、とても仲が悪いんだ。元はと言えば学園長先生がお若い頃に二股を掛けていらしたせいなんだけど……』
『自業自得だな』
『そう言うな、仙蔵。問題は他にもあるんだ』
『まだあるのか?』
『一年は組の福富しんべヱのお父上から福富家が盗賊に狙われるかもしれないと言う情報が入っていてだな……』
『それ、学園には関係なくない?』
『さっきここに来る前に山田先生にお会いしたんだが、そいつらがここに間違って来ているらしい』
『……馬鹿?』
『馬鹿だね』
『だな』
『飛んで火に入る夏の虫。と言ったところか』
 立花はそう言うと、箸を置いた。
「いずれにしろ相手をするのは私たちじゃないのだろう?飛び火するようなら手を貸せばいいさ」
「仙蔵、どこの学年の課題になるか分かったの?」
「六年生じゃないだろう。それにトラブルと言えば、今や一年は組が巻き込まれ率ナンバーワンだ」
「まあ、確かにそうだね。でも煙硝蔵は火薬委員の管轄でしょう?」
「委員会でどうにかする予定。……面倒だけど」
「文次郎の奴が文句言いそうだな」
「ふん。あいつはいつも通り呑気にも長次と小平太辺りを連れて真夜中の鍛錬だろ。いい気味だ」
 せせら笑う立花に、留三郎は「だな」と笑って頷いた。
「学級委員会は今回何もしないの?」
「心配だけど様子見だな。保健委員会は?」
「僕たちが手ぇ出したら収集つかなくなるでしょ?一応医務室に待機しておくよ」
「それがいい。俺も付き合うぜ」
「ありがとう留三郎」
「ふむ。作法も何もするつもりはないが、藤内と喜八郎の二人は予習と塹壕掘りに余念がないから、勝手に巻き込まれるだろう。藤内は最近どうもプチ不運気味だからな」
 ちらりと視線を受けた留三郎は眉間に皺を寄せた。
「こっち見んな」
「他意はない」
「嘘つけ」
 唇を尖らせてぷいっと横を向いた留三郎の姿に、鬼桜丸はくすくすと笑った。
 大分柔らかい表情をするようになったのは、秋休みの間に中在家との仲が落ち着いたからだろうか……より可愛くなってきたので、バレないか少し心配になってくる。
 タカ丸は素人なのに四年生に編入させられるだけあって、秘密はしっかり守ってくれているけど、違う所でバレそうな気がしてきた。


  *    *    *


 鬼桜丸たちと食堂を出たところで別れた後、私は土井先生に頼まれていた目つぶしや罠の準備するために煙硝蔵へと足を運んだ。
 田楽豆腐屋は恐らく風魔キラーの海松万寿烏と土寿烏の二人だ。
 秋休み前に風魔流忍術学校の山野金太先生とその右腕とも言われる優秀な六年生、錫高野与四郎が来ていたのが良い証拠だと思う。
「あれ?片桐先輩何をなさってるんですか?」
 真っ二つに割られた焼いた竹の両端に縄を結んでいると、二郭と一緒に同じ一年は組の黒木庄左ヱ門がやってきた。
「罠」
「?」
「火薬委員は煙硝蔵を警戒するようにと言われたでしょう?」
「あ、はい。あの、片桐先輩」
「何?」
「僕たち学園長先生に一年は組で問題を解決するように言われてるんです。でもここは火薬委員の皆で警戒するんですよね?」
「みたいね。でも心配するに越したことはないんじゃない?」
「と言う事は、片桐先輩は今回の問題の内容をご存じなんですか?」
「何となくだけど。でも問題を与えられたのはお前たちだから、煙硝蔵以外は手助けはしない」
「え〜」
「え〜じゃない。土井先生も山田先生も手を貸してくれるんだからきちんとおやり」
 ぽんぽんと二人の頭を撫で、私は再び作業に戻る。
 作法委員に出入りするようになって、カラクリ作りの腕は多少上がったから、今回の罠はちょっとした自信作だ。
 と言ってもまだ二つしか仕掛けていないから、もう少し罠を増やしておきたいので頑張ろう。
「えーっと、片桐先輩?」
 しばらくそうやって作業をしていると、恐る恐る手元を覗き込みながら兵助が問うてきたので、私は顔を上げた。
 兵助は池田とタカ丸の二人を連れてきてくれたようで、二人も不思議そうに私の手元を見ている。
「……何」
「何はこっちの台詞ですよ。何してるんですかあんたは」
「見てわからない?罠を仕掛けているのよ」
「何でこういうときだけやる気出すんだよ!普段からそのやる気を出さんかー!!」
「お、落ち着け池田っ」
「ねえねえ三喜之助くん。罠って喜八郎くんが良く作ってる落とし穴とかそう言うんじゃなさそうだけど……それなあに?」
「あれは、落とし穴ではなく一人用の塹壕。蛸壺、もしくは陥穽と言う。そしてこれは霞網。本来は空を飛ぶ鳥を捕えるものだけど、逃げ道にでも仕掛けようと思ってる」
「片桐先輩はこう言うの得意なんですか?」
「仲の良いくのたまが色々教えてくれる」
「それってイロ先輩の事ですか?」
 きょとんとした顔で問うてくる黒木に私は眉根を寄せた。
「……鬼桜丸の所に行ってるの?あいつ」
「いえ。たまに僕の所に遊びに来ます」
「何故?」
「家が近いんです。小さい頃からお世話になってて、それで」
「そう」
 それでイロは平然とした顔で世界を受け入れていたのか。
 忍たまでの黒木の事を私は知らないから、イロはきっとその事に関して詳しく話さず、忍術学園に来てからの話をしなかったのか、それとも海美関係で何か隠している事があるのか……。
 海美の記憶を断片でしか知らない以上、イロの事はあまり詮索出来ない。
 深く詮索して余計な尻尾を出されても堪らない。
「ねね、三喜之助くん。今度罠の事も教えてよ」
「課題ちゃんと熟したら考えてもいい」
「本当!?皆も聞いたよね!嘘ついたら駄目だからね!」
「タカ丸、うるさい。燥がないで」
 周りに一々確認するタカ丸に小さく溜息を零してそう言えば、驚いたような四人分の視線が私に向かう。
「……何」
「いえ、いつの間に仲良くなったのかと思って」
「確かにタカ丸さんは町育ちで親しげな感じで接してきますけど、片桐先輩が親しげに相手の名前を呼ぶなんて……」
「天変地異の前触れ?」
「雨でも触らす気ですか?洒落にならないですよ」
 信じられないと言う様子で動揺する四人に私はまた溜息を零す。
「秋休みの間に仲良くなったんだよ。ねー?」
「そんなとこ」
「三喜之助くん冷たい!……そう言えば三喜之助くん、なんで兵助くんだけは名前で呼んでるの?特別だから?」
「……タカ丸」
「わわ、ごめーん」
 眉根を寄せた池田にタカ丸はばたばたと腕を動かす。
 まあ、察しの良い池田はいいけど……首を傾げる黒木と二郭の視線が痛い。
「……同じ名前だから呼びたくなかった」
「久々知先輩と同じ名前の方の知り合いが居たんですか?」
「同姓同名の久々知兵助。私の只一人の好敵手」
 目を伏せれば何時だって蘇る、あの頃の私にとっての最大の壁。
 “色葉”や“久々知”よりも遙か高みに居る人はいくらだっていた。
 中原先生みたいに名人と呼ばれる人たち、タイトル保持者、私よりも段位の上の人……だけど対等に見て、その上で共に高みを目指せると思った人はいなかった。
 最初は彼の囲碁に対する姿勢に腹が立ったことなんて数えきれないくらいあって、でも気が付けば共に切磋琢磨しあっていた。
 “春彦”が私の側を離れていくのがまるで自然だったかのように、気付けば“春彦”ではなく“久々知”が私の側に立っていた。
「……碁、ですか?」
「そう」
 今まで深く問う事のなかった兵助のその言葉に、私は頷いた。
「お前は本当……ムカつくくらい良く似ている。名前も、声も、顔も、嗜好も……似ていないとすれば、年くらいではない?」
「そんなに似てますか?」
「似てる」
「即答ですか」
 苦笑を浮かべる兵助を見ながら私は立ち上がり、制服に纏わりつく砂埃を払った。
「夜まで時間あるから、おにぎり作ってくる。三人は大人しくしておいて。黒木と二郭は好きにすると良い」
「手伝いましょうか?」
「いい。それより目潰し用に八方剣草隠、出しておいて。前に四年生が授業で作ったものが残ってるでしょう?」
「あれ使うんですか?」
「使う。暇だったら用具委員から借りてる道具、返しておいて」
 ひらひらと手を振り、私は食堂へ向けて歩き出した。
 遠当ての術の必要が出たら兵助たちに押し付けて逃げよう。胡椒で鼻がむずむずするのは不快だもの。



⇒あとがき
 原作39巻に微妙に沿ってみようかな、と思い立って行動開始。実は前回突然与四郎出したのはこう言う理由からでした。
 おにぎりって書いてすっごい違和感あるんですけど、関東っ子はおにぎり……ですよね?夢主は一応東京っ子な設定なのでおにぎりで。
 あれ?たまごたちってどっちだっけ?(^p^)←
20110102 初稿
20221104
    
res

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -