第捨壱話-3

 怪我も大分落ち着き、無理をしない範囲でと言う条件付きではあるけれど、授業にも復帰することが出来るようになった。そして今日は久しぶりに委員会に参加することになった。
 夏休み前の一件以来、まともに顔を合わせる事のなかった片桐先輩も、今日は当番で居るはずだ。
 思わずごくりと唾を飲み、少しずつ歩み出した。

「……ねえ三喜之助くん」

 小さいけれどよく通る優し気な声が聞こえ、ふと足を止める。
 聞き覚えのない声は、新しく火薬委員に入ったと言う四年の編入生だろうか。
 雷蔵からちらりと聞いたけど、機嫌が良くなかった雷蔵はあまり詳しく話してはくれなかった。
 代わりに、傷んだ髪の所為で追い回されたのだと言う八左ヱ門がその人の話をしてくれた。
 斉藤タカ丸と言う名前で、どうやら黒ノ江先輩とお知り合いらしい。
 六年生と同じ年のその人は、町で髪結いをしていたけど、おじいさんが穴丑だったことをきっかけに、一年は組と出会ったことで忍術学園に入学する事になったらしい。
「ずっと気になってたんだけど、三喜之助くんの地毛ってどんな感じなの?」
「……何故」
「鬘をちゃんと手入れしているのは分かるんだけど、そうなってくると、三喜之助くんの地毛がどれくらい綺麗なのか気になるんだよ〜」
「別に普通。綺麗な髪を触りたいなら立花にでも頼めばいい。指通り良いから」
「それはもう触らせてもらったー」
「そう」
「ねえ、兵助くんはどんな感じ?」
「……髪が?」
「そう!」
 楽しそうな会話の中で出てきた自分の名前に眉間に皺を寄せた。
 会ったこともないのに名前呼びをされた所為か、不快を覚える。
「柔らかい黒髪?」
「そうなんだー」
「……最後に触ったの大分前だけど」
「ええー?兵助くんだけ兵助くんだから、もっと仲良しだと思ってたよ?」
「私、兵助の事嫌いよ」
 はっきりと言葉にされて思わず胸元を押さえる。
 伝わるどころか、はっきりと嫌われているじゃないか、久々知兵助。
「ふふ。嫌よ嫌よも好きのうち?」
「……は?」
「だって三喜之助くん嫌いって顔してないよ?」
「え?」
「恋しすぎて胸が痛いってそんな顔してる。えへへ。町で髪結いしてたから恋してる表情には敏感なんだ〜」
 へらりと笑っているのであろう編入生の言葉に、思わずにやけてしまった口元を押さえる。
 片桐先輩はどんな顔をしているんだろう。
 そう思いながらそっと煙硝蔵の入り口を覗く。
 入り口に座り込んで編入生を見上げている片桐先輩の表情は、驚きに目を見開いて薄く唇を開いていた。
 編入生が見た表情がもうそこにはないと言う事は分かったけど、片桐先輩のその表情はどう言う意味で取ればいいんだろう。
「何してるんですか?」
「おわっ!?」
 不意に背後から掛けられた伊助の声に驚いて声を上げると、二人の視線がこちらに向かう。
「……兵助、お前どこからっ」
 慌てて立ち上がった片桐先輩は、こちらをぎっと睨む。
 気配を消さなかったことが逆によかったのかはわからないけど、片桐先輩は私に気づいていなかったらしい。
「君が兵助くん?僕は斉藤タカ丸。四年は組に編入することになったんだ〜。年は兵助くんより一つ上だけど、委員会でもよろしくね。あ、僕のことはタカ丸でいいよ。僕もう兵助くんって勝手に読んじゃってるしね」
 のんびりとした声はそれに気づいていないのか、それとも気付いてわざとのんびりとした空気で片桐先輩を落ちつけたいのか、よくはわからないけど、私に歩み寄ってきて手を握ってぶんぶんと振った。
 片桐先輩の睨みに気づいていない伊助と、伊助と一緒に来たらしい池田の二人は、きょとんと私とタカ丸さんを見上げる。
「タカ丸さん早いですね。四年生はまだ授業中じゃないんですか?」
「今日は一年い組で授業受けてたから早く終わったんだー」
 下級生の純粋な眼差しを受け、へらりと笑うタカ丸さんは、二人の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でた。
「きゃはは!」
「ちょ、タカ丸さん止めてください!」
 楽しげな伊助と違い、池田は身を捩って逃げる。
 私が委員会に参加していない間に、この人はあっさりと委員会に溶け込んだんだなと思うと、どこか寂しさを感じた。
「……あ、久々知先輩!」
「なんだ?」
「お帰りなさい!ずっと言えなかったから……へへ」
 照れたように笑い、伊助はそう言った。
 その一言に私は思わずつられたように笑い、伊助の頭をタカ丸さんと同じように撫でてみた。
「……もう大丈夫なんですか?」
「ああ。実技はまだしばらく見学だけどな。池田も、心配してくれてありがとう」
「い、いえ……俺は別にっ」
 ぷいっとそっぽを向いた池田に思わず吹き出す。
「三喜之助くんは〜?」
「……何が」
「お帰りなさいって言ってあげなきゃ〜。ねえ?」
「そうですよ!」
 タカ丸さんに同意を求められた伊助が頷くと、片桐先輩は嫌そうにこちらを横目で見る。
「……私、兵助より後に帰ってきたんだけど」
「「「あ」」」
「そうなのー?」
「だ、大丈夫だったんですか!?」
「何が」
「え?あ、えっと、それは、その……」
 何がと返されても困る。
 思わず視線を彷徨わせると、片桐先輩は小さく笑った。
「心配させた罰。……お帰り」
 どうにか聞き取れるくらいの小さな声でそう言って、片桐先輩は私の腕をぽんと叩いた。
 怪我をしている右腕を狙う辺り、片桐先輩の復讐心が知れる。
 本当、すいませんでした。だから痛がる顔を見て心なしか楽しそうに笑う、その顔を止めてください。
「ねね、三喜之助くんも夏休みどこか行ってたの?」
「茶屋です」
「……あー」
 一応下級生に気を使ってか、こそこそと聞いてきたタカ丸さんに、私は苦笑しながらも小声で答えた。
 ただの茶屋と言う言葉で理解する辺り、この人はやはり少し大人だ。
「三喜之助。やっぱりここに居たか」
 不意に聞こえた声に振り返ると、六年は組の食満留三郎先輩がいた。
 片桐先輩に用だろうかとと思っていると、片桐先輩が素早く私の後ろに隠れた。
「なんで隠れるんだよ三喜之助」
「……誰が名前で呼んでいいと言った」
 明らかに私を盾にしながら警戒心を露わにする片桐先輩に、タカ丸さんは首を傾げた。池田は察するものがあったようで、直ぐに手裏剣を手にし、伊助はそれに釣られるようにわたわたと何か武器になるものはないかと懐を探る。
「んなことせうでねーよ。しゃっこいべー?」
「食満先輩?」
「って言うか何語?」
「相模の方の言葉よ。それよりお前たち、これのどこが留三郎に見えるの」
 確かに。顔は良く似ているが、制服は忍術学園の物ではない。
 きりっとした食満先輩が表情を崩す時は、大体後輩が近くに居るときであり、片桐先輩を呼ぶ時の食満先輩は普通だ。
「はは。いさしかぶりー。ちゃんとつつっこさ持ってきただーヨ」
「要らない」
「三喜之助はほんとしゃっこいべー」
「しゃっこいってなにー?」
「斉藤は黙ってて。お前が居るってことは山野先生もいるんでしょう?とっとと学園長先生の庵に行きなさい」
「その学園長先生が三喜之助にえーに行っていーってせったんだーヨ」
「そのイラっとくる喋り方止めて」
「三喜之助が分かればえーべ?」
「……錫高野」
「おー……堅苦しいのは面倒なんだけどなあ……で、そいつ誰だ?」
 ちらりと見られた私は首を傾げ、後ろに隠れている片桐先輩を見る。
 片桐先輩は不快そうに溜息を吐いた。
「五年生の久々知兵助。そっちが四年生の斉藤タカ丸。そっちが二年生の池田三郎次と一年生の二郭伊助。二郭は山村と同じ組よ」
「おー。喜三太は元気にしてるか?」
「喜三太ですか?元気ですけど……あ、もしかして風魔流忍術学校の先輩ですか?」
「正解だ、正解」
 にこにこと笑みを浮かべ、与四郎と呼ばれたその人は伊助の頭を撫でた。
「俺は風魔流忍術学校の六年生、錫高野与四郎だ。三喜之助とは恋な……」
「誰がそんなことを許した!」
「はは!相変わらず良い蹴りだ!」
 私の陰から飛び出して繰り出した蹴りをひらりとかわすと、錫高野さんは楽しそうにお返しとばかりに蹴りを繰り出す。
 いきなり始まった応酬に、後輩たちはもちろんタカ丸さんもオロオロし始める始末。
 大体この人はなんなんだ!……いや、名前も所属も名乗ったけど。
「与四郎!片桐と何時まで遊んでるつもりだ」
 不意に飛んできた怒声に、ぴたっと二人の攻防が止まる。
 声の主は煙硝蔵の近くの塀の上に居た。
 錫高野さんと同じ風魔流忍術学園の制服であろうその姿は大人の物で、恐らく彼は教師なのだろう。
「山野先生、もう話は終わったんですか?」
「すぐ済むと言っただろうが。片桐もすまんな」
「別に」
「ほら、行くぞ」
「はーい」
 つまらなさそうに返事をした錫高野さんを一瞥し、山野先生はひょいと塀の外へと向かう。
「三喜之助。鉢屋に飽きたらいつでも風魔に来いよ」
 そう言って錫高野さんは片桐先輩の腕を引くと、片桐先輩の小さな唇を吸った。
 かっと来た私は近くに居た池田と伊助の目を塞ぐのも忘れて錫高野さんを睨むと、その視線に気づいた錫高野さんはにやりと笑い、「じゃあな」と颯爽と姿を消していった。
「誰がそこまで許したっ」
 触れられた唇を拭い、片桐先輩は忌々しげに呟く。
「三喜之助くん、今の人は……」
 問うたタカ丸さんは、私に変わって二人の目を塞いでくれていたらしく、不思議そうな顔の伊助がタカ丸さんと同様に片桐先輩を見ていた。
「風魔流忍術学園の錫高野与四郎。前に忍務で一緒になった時に、私が鉢屋の人間だって知って、事あるごとに接触したがる」
「じゃあ鉢屋先輩とも仲が良いんですか?」
「三郎は本家の人間だからそうでもない」
「本家と分家って違うの?」
「立場が違うでしょう?風魔は鉢屋の人間が欲しいのよ。お互いのためにね」
「「「?」」」
 首を傾げるタカ丸さんたちを横目に、私は片桐先輩に歩み寄り、手拭いで片桐先輩の唇を拭った。
「へ、兵助。変装が解けるっ」
「今すぐ顔洗って、口濯いできてください。変装の上だろうとなんだろうと今すぐです」
「は?」
 意味が分からないと言う顔の片桐先輩の背を押して見送ると、はたと我に返ってタカ丸さんたちを見る。
 タカ丸さんはまた池田と伊助の目を塞ぎ、にへらと笑って私を見ていた。
「タカ丸さーん?」
「あ、何度もごめんね、二人とも」
「いえ、タカ丸さん、ありがとうございます」
 不思議そうな伊助と違い、片桐先輩の色事の場面を見たくなかったらしい池田は、げんなりした様子でタカ丸に感謝を述べていた。
 タカ丸さんはにこにこと笑いながら、私の横に並ぶ。
「あのね、僕からちょっとだけアドバイス」
 えへへと笑い、タカ丸さんは私の耳に小声で囁いた。
「三喜之助くん、女の子扱いされるの弱いみたいだよ」
 その内容に眉間に皺を寄せ、思わずタカ丸さんを睨む。
「……なんでそんなこと知ってるんですか」
「経験上の勘、かな。立花くんとか鉢屋くんとかの行動見ててなんとなくね。あ、安心して。僕、偏見はないけど衆道じゃないから」
「タカ丸さん、しゅーどーってなんですか?」
「伊助くんが大きくなったら自然とわかるから、それまで周りに聞いちゃだめだよ?」
「はーい」
 意味が分かっていないながらもいい返事をした伊助の頭を、タカ丸は楽しそうに撫でる。
 池田はちらりと私を見上げて、ぷいっと横を向いた。
「……すまん」
「……いえ」
 複雑な心境なのだろう池田は、そっぽを向きながらも私の制服の裾を握っている。
 天邪鬼だが、本当、ありがたいほどに出来た後輩だ。
「タカ丸さん」
「な〜に?」
「これからよろしくお願いします」
「僕の方こそよろしくね〜」
 へらんと笑う年上の後輩が、実は元辻刈りだと知るのはまだしばらく先の話だった。



⇒あとがき
 怪我で休んでた兵助はなんとなくタカ丸の事詳しくなさそうってことでそんなオチ。
 と言うかやっと与四郎出せました。方言は一応45巻を参考にしながらやったんですが、面倒になって無理やり標準語を使わせることにしました。
 九州っ子に神奈川弁難しい!うっかり博多弁にしそうになりましたよ。あははは。
 火薬は可愛い処なのでとっても書いてて楽しいのですが、火薬の中の伊助が甘えん坊の可愛い子ちゃんです。は組のお母さんの姿が見えません。どこいったの?←
 ちなみにタカ丸さんは社会経験があるので皆よりも大人っぽいけど、やっぱり忍たまとしては初心者だからダメダメで、そこが可愛いんじゃないかな、と。
20101228 初稿
20221104 修正
    
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