第捨壱話-2

 イロが言っていた通り、斉藤は忍術学園に編入し、四年生として授業に参加するようになった。
 とは言っても、プロの忍者から二年生への編入生となった樋屋と違い、斉藤は全くの素人。
 基礎がなっていないと言う事で、下級生の授業へ参加させられることもしばしば……樋屋は逆に最近上級生の授業に加わることが増えた。
 流石は武芸十八般の達人。元プロと言うだけあって、皆学ぶことは多いと感想を述べていたけど、私の相手をするときだけ妙に引け腰だったのよね……本当、何故?
「おお片桐、ちょうどよかった」
 土井先生に呼ばれ、長屋に向かっていた足を止めて振り返った。
「何?」
「斉藤を火薬委員に誘ったんだが、詳しい話をする時間がなくてな。すまんが、他の委員会に勧誘される前に勧誘して来てくれ」
「別にいいけど……斉藤を?」
「そう露骨に使えなさそうって顔をするな。久々知が怪我で療養中なんだ。上級生は一人でも欲しいだろ」
「まあ、人手不足なのは否定しないけど……なんか嫌」
 本当にイロの言う通りになるばかり。
 そうなる事であの一人目がいつ来てもおかしくない状況になることもそうだけど、イロの正体がわからなくなってきた今、あまりイロの言う通りになって欲しくはない。
 かと言って、他の委員会で彼が無事に過ごせる気はしない。
 一番地味で楽そうに見えて、面倒な仕事の多い火薬委員はある意味一番安全と言えるかもしれない。
「嫌だろうと人手不足なんだ。頼んだぞ!」
 ぽんと私の肩を叩くと、土井先生は庵の方に向かって歩き出した。
 使えるかわからない斉藤を、取り敢えず委員会に勧誘しようと思っている奴らは少ないだろう。
 人手不足はどこも一緒だけど、斉藤の場合、自分たちと同じ年と言う事もあるけれど、話す機会が中々ないのだから仕方ないのかもしれない。
 私は五年生の長屋に向けようとしていた足を、四年生の長屋の方へと向かわせることにした。
 兵助の見舞いはその後でも問題はないだろう。もう長屋に戻れるくらいには傷の具合は良くなったと三郎様も言っていたのだから。
 四年生の長屋は、恐らく他の学年と比べると若干騒がしい。一年生の長屋とは違う意味で。
 以前平を訪ねたことがあるので大体の部屋位置はわかるものの、空き部屋か一人部屋だった部屋のどこが斉藤の部屋なのか知らない私は、一つ一つ札を確認しながら歩いていく。
 授業が終わってからしばらく経ったこの時間に長屋に居るとは限らないけれど、どうせ近くまで来ていたのだから確認しておいて損はないだろう。
 そう思っていると、廊下で喋る声に気づいて角を曲がる。
 声の片割れは斉藤で間違いないが、もう一人は確か四年い組の綾部だ。夏休みの任務の間に大分聞き慣れた。
「あ、片桐先輩」
 角を曲がると、庭に出て穴を掘る綾部の側でメモを取っている斉藤の姿があった。
「片桐くんこんにちは〜。どうしたの?」
「お前に用事」
「僕に?あ、もしかして土井先生が言ってた委員会のことかな?」
「そう」
「タカ丸さん火薬委員に入るんですか?」
「土井先生に誘われただけでまだ返事してないんだ。詳しい内容聞く前に呼ばれちゃったみたいで……ねえ、火薬委員って何をするの?」
「煙硝蔵にある火薬の点検と管理。地味だけど他の委員会に比べれば、火種を持ち歩かない限り安全」
「そうなんだー。それだったら僕にも出来るかな〜。あ、ちなみに綾部くんは何委員会?」
「作法委員会でーす」
「作法委員ってお茶とか立てるの?」
「そう言うのはたまにで、基本は忍の作法です。委員長は六年い組の立花仙蔵先輩で、たまに片桐先輩も面倒見てくれます」
「立花くんって綺麗なサラストの持ち主だよね!綺麗だし物腰もしっかりしてるしなんか納得できるな〜。……で、忍の作法って何?」
 斉藤は立花の綺麗な髪を思い出したのか、うっとりした表情をした後、きょとんとした顔で首を傾げた。
 忍の作法なんて普通は知らないものよね。
 ……それにしてもくるくる表情のよく変わる男だ。
「首実検や戦の作法。他に奪口の術等と言った変姿の術に役立つ忍術の補習をしたりもしていますね」
「委員会ってそう言う事もするの?」
「作法委員だけですよ。ね、片桐先輩」
「そうね。立花が去年作った委員会だけど、今はまだ用具委員と仕事の取り合いをしている最中だもの」
「用具委員……うわあまた新しい名前が出てきた〜メモメモっと」
 斉藤は手に持っていた用紙にさらさらと書きとめていき、それを横目にちらりと綾部が私に視線を向ける。
「片桐先輩」
「何?」
「今度作法委員の活動日に遊びに来てください」
「何故」
「藤内が寂しがって私を迎えに来てくれないので」
「……お前本当に藤内がお気に入りね。自分で委員会に行きなさい」
「えー?」
「えーって、駄目だよ喜八郎くん。委員会はちゃんと参加しなきゃ。藤内くん?の手を煩わせちゃだめだよ」
「善処しまーす」
 かなりのマイペースである綾部には、立花も手を焼いているみたい。平もたまに愚痴を零す。
 藤内も文句を言うけれど、なんだかんだで面倒見が良い子だから綾部も気に入っているんだと思う。
 所詮綾部もまだ子ども。甘えたい盛りなんだろう。
「えっと……まだ入学したばっかりだから、足引っ張ると思うけど、よろしくね?」
「無理をさせるつもりはない。ただ、人手が足りないから、当番の周期が早いのだけは容赦して」
「それくらい大丈夫だよ。確か伊助くんが火薬委員だよね。ふふ、楽しみだなぁ」
 斉藤が微笑むと、綾部が僅かな微笑を浮かべた。


  *    *    *


 斉藤と綾部の二人と別れ、今度こそ五年生の長屋に足を向けると、五年生長屋は静かなもので、廊下で不破が眠っている以外は特に妙な点はなかった。
 恐らくいつもの悩み癖で悩んで悩んで眠ったのだろう。
 腕を組んで立ったまま寝るなんて器用な真似、三郎様はしない。
「―――不破」
「ふえ!?」
 制服の袖を引っ張れば、かくっと身体が動いたために不破が目を覚ます。
「か、片桐先輩!?」
「見舞いをするかしないかで何故悩むの」
「すいません」
 しゅんとなった不破に小さく溜息を吐き、私は不破の目の前にある兵助と尾浜の部屋の名札を確認した。
「兵助、起きてる?」
 部屋の中は静かで返事はない。
 静かに戸を少しだけ引いて中を確認すると、看病をしていたのであろう福屋が舟を漕いで居た。
「……呆れた」
 思わず小さく零しながら、私は部屋の戸を閉めた。
「兵助寝てましたね。文右衛門もだけど」
「みたいね。さっきの不破の声で目を覚まさないなんて、五年生としてどうかとは思うけど……まあ、福屋も疲れてるだろうから仕方ないか」
「僕は出直します。片桐先輩はどうしますか?」
「大した用じゃなかったから別にいい。……でも、そうね、伝言を頼んでも良い?」
「それ位でしたら遠慮なくどうぞ」
 柔らかな笑みを浮かべ、不破は頷いた。
「火薬委員、四年の斉藤が入ることになったから、ゆっくり養生して、出れるようになったら声を掛けるように言っておいて」
「ええ?斉藤さん火薬委員に入っちゃったんですか?」
「ついさっきね。土井先生が元々勧誘していたらしいけど」
「えー?図書委員も安全だから誘えるかもと思ってたのに……土井先生ったら狡いなぁ」
「ただでさえ火薬委員はなり手が少ないんだからいいじゃない」
 火薬委員になる生徒は火器に目覚めるものが多い。そうすれば自然と火薬委員から離れなければならない。
 立花なんて最もたる例じゃないだろうか。
 兵助もある程度火器に関しては成績はいいけれど、特化して学びたいと言う程ではないらしく、夏休み前は確か暗器を得意とする七法寺に教えを乞うていたわね。
 私よりも体格がいいとはいえ、兵助は同学年の者たちに比べれば細身で、六年生で言うならば仙蔵や伊作、七法寺と言った面々と同じタイプだろう。
 卯月にあった合同授業で徹底的に五年生は痛めつけられていたから、それからようやく立ち直ったと言う所かしら。
「あの、片桐先輩」
「何?」
「中在家先輩と黒ノ江先輩……喧嘩してるんでしょうか?」
「何故そう思ったの?」
「えっと、何となくなんですけど……目を合わさなくなったなって」
「ああ、それで」
「片桐先輩は何かご存じなんですか?」
「知っては居るけど、二人の問題であってお前には関係のない事でしょう?」
「それは心配するなと言う事でしょうか?黒ノ江先輩とは友達じゃないんですか!?」
「友達だからってなんでもしてあげるなんて変でしょう?」
 急に怒りだした不破に、私は首を傾げた。
 それが更に不破の怒りを買ったのかはわからない。でも不破は眉間の皺を濃くし、半眼で睨んできた。
 だけど私が上級生と言うのもあってか、不破はそれ以上言わず、ぐっと強く拳を握って堪えた。
 変わったと言っても、やはり私はまだまだ人の機微に疎い。
「……兵助によろしく」
 これ以上何か言ったところで、私が不破の言いたいことが分からないことは分かるから、私はそう言って不破に背を向けた。
 元々不破は私にあまりいい感情を抱いていない。
 三郎様と仲が良いのもそうだけど、兵助の事、福屋の事。加えて中在家の一件。
 お互い直接の接点が無いからこそ理解しあう事はない。この先も恐らくよっぽどのことがない限りないだろう。
 小さく溜息を零し、体育委員の悲鳴をどこか遠くに聞きながら私は日陰を求めて歩き出した。



⇒あとがき
 不破とは今後ちょびっとずつvsチックに……。
 vsな子が一人くらいは欲しかったのでずっとあえての雷蔵にしようと狙ってたんですが、微妙ですね。ごめんなさいっ。
20101227 初稿
20221104 修正
    
res

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