第捨壱話-1

 夏休みが明けてから早いもので一週間が立つ。
 六年生は卒業に向けて外での実習が多くなり、今日も……と言うか一昨日から三日連続で行われた校外演習は、六年生を二組に分けて護衛と妨害の実習が行われた。
 護衛組は鬼桜丸が先頭に立ち、補佐に迩蔵。他に潮江、吾滝、七松、吉村、日向、風早と私がそれぞれ与えられた役をこなしながら、護衛される役の伊作を妨害組から守り切った。
 ちなみに妨害組は立花が指揮を執っていて、補佐に中在家。他に七法寺、篠田、赤間、島津、留三郎、宗次郎、喜郎が居た。
 人数的にはちょうど半分だけど、護衛が多いと文句を言われた。
 でもそこは潮江が納得のいく反論を返した。
「護衛される役は誰だ?この中で野放しにすると危ないのが何人いると思うっ」
 その言葉に伊作以外の当人たち以外が黙り込んだのは言うまでもない。
 伊作は保健委員長を務める学園一の不運。
 吾滝はいつもなら一緒の篠田と引き離されたことで、いつ迷子になるか分かったものじゃない。
 七松は護衛いやだーと文句を垂れ、今にも何処かへ塹壕掘りに行きそうだ。
 七松もそうだけど、吉村も私も護衛向きではないのにどうしろと言うのだ!と言うのが潮江の言いたいことで、皆それが分かるからこそ、半数に分けられた人数に納得がいってしまったような気もする。
 兎にも角にも無事実習は終わったしと、私たちは忍術学園に戻ってきた。
「あ〜、六年生の皆。お帰り〜」
 のんびりとした声で出迎えてくれた小松田さんは、竹ぼうきを片手に「はい」といつものように入門票を渡してきた。
 真っ先にそれを受け取った鬼桜丸は、入門票を見つめて首を傾げた。
「……あれ?」
「どうかした?」
 鬼桜丸は再度入門票を確認した後、私にそれを渡してきた。
 渡された入門票を受け取った私は、一番最後に書かれている名前に目を細めた。

“斉藤タカ丸”

 来客の欄にチェックを入れられているその名前を確認した私は、鬼桜丸を見上げた。
「これ、この間言ってた?」
「ああ」
 私は鬼桜丸の言葉を受けて、一番に名前を書かせてもらって鬼桜丸に入門票を返した。
「先に食堂行ってて」
「は?おい、三喜之助!?」
 鬼桜丸の静止を無視して、私は斉藤タカ丸の名前の上に書かれていた三人組が居るであろう一年は組の教室へと向かった。
 下級生の教室が並ぶ二階の教室に三年生の姿はないので、恐らく校外実習か校舎の外で授業をしているのだろう。
 他の組は座学の授業がある組は授業中の様で、廊下を走っていた私に野村先生が教室から顔を出す。
「こら片桐!」
「急いでる!」
 とりあえずそれだけ返して一年は組の教室の飛び込んだけれど、一年は組の教室には誰もいなかった。
 仕方なく隣のろ組の教室の戸を開ける。
「斜堂先生、は組は?」
「……一年は組なら能楽堂の方へ行きましたよ。ところで片桐くん」
「ん?」
「おかえりなさい」
 ふふっと斜堂先生が笑いながら言えば、ろ組の皆が小さい声で同様に「おかえりなさい」と言ってくれた。
 その声にくすぐったさを覚えながら小さくうなずき、私は一年ろ組の教室を後にした。
 斜堂先生の言った能楽堂は道場の近くに建てられており、一年生でここを使うことはあまりなかったけれど、土井先生が授業の一環でよく使用する事がある。
 物覚えの悪い一年は組の生徒に実際に演じさせて覚えさせようと言う先生の考えはいいんだけど、手間かかってる分土井先生がいつか倒れるんじゃないだろうかと伊作が良く心配をしている。
 心配しなくても一組当たりの教員の人数が二人なんだから、その分授業負担は少ないでしょう。多分。
 土井先生は火器に関して以外は上級生の授業に頻繁に呼ばれることは少ないし、むしろ心配すべきは精神的に覚えている胃痛の方じゃない?
「……ん?」
 能楽堂からぱっと飛び出していく小さい二人は確か一年い組の子……よね?
 立花の後輩の黒門伝七と潮江の後輩の任暁佐吉。……で合ってる?あまり付き合いが無いから、名前は置いておいて、所属は間違っていないはず。
 一応まだ授業中のはずだけど、何をしていたんだろうとその背を目で追っていると、火の見櫓の方から半鐘の音が届いた。
 それを合図にしてか、ぞろぞろと能楽堂から出てきた一年は組の面々と、山田先生と土井先生に囲まれて金髪の髪の青年が居た。
 イロが言っていた通りの容姿をした彼が、恐らく入門票に名前のあった斉藤タカ丸で間違いないだろう。
「あ、片桐先輩!」
 ぱたぱたと集団の輪から一人外れて二郭が走り寄ってくる。
 それを受け止めると、二郭が顔を上げてにこりと笑った。
「おかえりなさい、片桐先輩!」
「ん」
 こくりと頷いている間に、委員会の顧問でもある土井先生が歩み寄ってくる。
「どうした片桐。実習から戻ったばかりだろ?」
「用があって」
「能楽堂に?」
 その問いに首を横に振り、斉藤に視線を移した。
「だあれ?」
 斉藤は首を傾げながら、近くに居た猪名寺に問うた。
「六年は組の片桐三喜之助先輩です。伊助と同じ委員会の所属なんです」
「委員会?」
「猪名寺、一応部外者でしょう?」
「あ!……すいません」
 軽く注意をすれば、猪名寺はしゅんと俯いてしまった。
 本当、素直な子。
 斉藤は忍術学園の編入生になるかもしれないのだから、多分問題はないだろうけど、そんなこと私が知っているはずないのだから一応注意をしておいただけ。
 別に本気で注意する気は一切なかった。
「で、結局何の用なんだ?」
「そこの斉藤タカ丸に話があって」
「タカ丸くんに?」
 土井先生が不思議そうな顔で私を見下ろすと同時に、誰かの腹の虫が鳴った。
 音を辿れば福富の腹の虫だった。
「あーん、おなかすいたぁ」
「……大したことじゃない」
「それじゃあ歩きながらでもいいな。おいしんべヱ、行くぞ」
「はーい」
 にこにこと歩き出す福富に釣られ、皆歩き出す。
「話って何?僕たち初対面だよね?」
「そう。でもお前の事は知ってる」
「え?なんでなんで?」
「お前の事を知っている子がいるから」
「えー!?だれだれ!?」
「会えばわかる。でもお前から名前を呼んでは駄目」
「?」
「それも会えばわかる」
 首を傾げる斉藤に私は笑った。
 この男、間延びした声音で一見すると頭の中はすっからかんに見えるが、周りに調子を合わせているのが良くわかる。
 流石はカリスマ髪結いの息子。客で目を養われているのかいい目をしている。
「片桐先輩」
 すすっと歩み寄ってきた二郭が私の手を握る。
「何?」
「えへへ」
 へにゃりと笑うだけで何も言わない二郭に、眉根を寄せて加藤が歩み寄ってくる。
 なんだろうと首を傾げていると加藤が反対の手を取った。
 それを見て二郭がぎっと加藤を睨む。
「なんだよ団蔵」
「別にいいだろ?」
「……お前たちなんなの?急に喧嘩して」
「「なんでもないです!」」
「意味が分からない」
 とりあえず私を挟んで喧嘩をするのは止めてほしい。
 そう思っていると、後ろから頭をぽんぽんと撫でられた。犯人は斉藤だ。
「片桐くんは素敵な先輩さんなんだね」
「……お前、私のこと年下だとでも思ってる?」
「え?違うの?」
「猪名寺が言ったじゃない。私、六年生。お前と同じ十五歳」
「ええ!?そうなの!?」
「片桐先輩、次屋先輩より背、低いですもんね」
「そう言えば富松先輩が目線一緒って言ってましたぁ」
「金吾!」
「喜三太!」
「「ごめんなさーい」」
 二郭と加藤に怒られて、皆本と山村の編入生コンビは黙り込んだ。
「伊助が片桐先輩が大好きなのはわかるけど、団蔵って片桐先輩と仲良かったっけ?」
 きょとんとした顔で問う夢前に、加藤が頬を膨らませる。
「なんだよ文句あるのか?」
「いや、別にないけど……ねえ、虎若」
「うん。ちっともそんなそぶりなかったよな」
 なんでー?と言った様子の十八の視線に混じって、斉藤まで加藤に期待した眼差しを向ける。
「そ、それは……」
 加藤は私、と言うよりも“おミキちゃん”に一目惚れをしたらしい。
 理由も明かさぬのに何故殴られなければならないのと潮江から逃げていた所、隠れた場所に迷い込んでいた神崎から聞いた。
 入学前とは言え、女装した男の先輩に一目惚れしたなどとは周りに説明したくはないだろう。
 その後に加藤から直接預かっていたと言う文を貰ったけど、その時に加藤は特に何も言わなかったので、私もその事には目を伏せる事にしている。
「今年の春休みに会った。加藤村に寄る用事があったから。そうよね?」
「あ、はい!」
 助け舟を出せば、加藤は嬉しそうにぎゅうっと私の手を握った。
 春休みに助けた娘と、その友達だと言う娘の二人は心身ともに傷を癒し、夏休み前に無事お里に向けて出立するのだと文には書いてあった。
 仙蔵は貰い慣れていない感謝の手紙に照れていた様子で、思わず笑って怒られた。
 もう一月以上も前の話だけど、加藤はどうにかショックから立ち直ったらしい。
 だからと言って私に懐く理由はよくわからない。普通立ち直っても近寄りたくなくなるものじゃないかしら?
 ……変な子。
 しばらくそんな風に会話をしながら食堂へ辿り着くと、既に席を取って待っていた六年生の集団の視線が集まる。
 一度私を見て、それから斉藤。
 視線を受けた斉藤は「え?え?」とおろおろと視線を彷徨わせ、私の方に視線を落とす。
「片桐くん、あれって片桐くんと同じ六年生だよね?」
「そう」
「僕、誰も知らないよぉ」
 小声で泣き言を言う斉藤に私は首を傾げて見せた。
「そう変わっていないでしょう?」
「えー?」
 不満そうにそう言った後、斉藤はもう一度顔を上げる。
 私も合わせて六年生が集まっている席を見る。
 流石に六年生も半分過ぎれば、鬼桜丸の背に追いつくものが増えてくる。
 鬼桜丸の隣に座っている七法寺と立花はそこまで背が高くないものの、鬼桜丸が俯けばそう変わらないように見えなくもない。
「……え?」
 俯いた鬼桜丸に斉藤が気付いたかはわからないけれど、斉藤は私が言った自分から名前を呼んではいけないと言う事を守って、紡ごうとした名を慌てて口元を手で押さえることで堪えた。
「タカ丸さん?」
 きょとんとした顔で見上げる猪名寺に気づかず、斉藤は鬼桜丸の元へと歩み寄る。
 鬼桜丸から事情を聴かなかったのだろう同級生たちは、不思議そうな顔で斉藤と俯いた鬼桜丸を見比べる。
 余計な口を挟まないけれど、斉藤を警戒しているのであろうことはわかった。
「久しぶり、であってる?」
「……ああ」
 緊張した面持ちで顔を上げた鬼桜丸に、斉藤は先ほどまでのへにゃりとした笑みを向ける。
 その笑みに安心したのか、鬼桜丸の肩の力が抜ける。
「三喜之助から聞いたか?」
「居るって話だけね。大分印象が違うからびっくりしちゃったけど、相変わらず綺麗な髪だからわかっちゃった」
 えへへと笑う斉藤に釣られるように、鬼桜丸の表情に笑みが浮かぶ。
「ふふ、相変わらず可愛いなあ。またそのうち髪いじらせてね?」
「相変わらず……はは。私の事を可愛いなんて言うのはタカ丸と三喜之助位だよ」
「三喜之助って片桐くんのことだよね?片桐くんって見る目あるなー」
「でしょう?鬼桜丸は一等可愛い」
「こらこら、三喜之助も話に乗らない」
 僅かに頬を赤らめる鬼桜丸に、斉藤と目を合わせて私はふふっと笑った。
 小さくありがとうと言う斉藤に、私は首を横に振って、鬼桜丸の前に用意されている席に座った。
「じゃあ、僕乱太郎くんたちと一緒に居るから、帰る前にまた会いに行くね」
「ええ、待ってます」
 頷いた鬼桜丸に満足げに笑った斉藤は、「ごめーん」と猪名寺たちの方へと走って行った。
「……ありがとう、三喜之助」
「心配した?」
「ちょっと」
「大丈夫。斉藤、そんな器量の狭い男ではないみたい。叩けば光るかもしれないところもある」
「?……そう言えばタカ丸はなんで忍術学園に?」
「一年は組と一緒に居る時点で、なんらかのトラブルと言ったところか?まったくあいつらは……」
 面倒くさげに溜息を吐く立花に、鬼桜丸は苦笑を浮かべる。
「まあそう言ってやるな。土井先生と山田先生がいらっしゃるんだから大丈夫だろう」
「あいつらが巻き込まれても、俺たちが巻き込まれるかは学園長先生次第だからな」
 口を挟んだ潮江に吾滝が強く頷いた。
「で、結局あいつはなんでいるんだ?」
「さあ」
 少し離れた席から問うてくる迩蔵にそう答えると、皆の視線が再び斉藤に向かう。
 山田先生がすぐにこちらに気づいたけれど、止める気配がないから皆好きにしている。
 だけど私と七法寺は対して興味がないので、目の前の食事にありつくことにする。
 どうせ午後の授業はないのだからゆっくり休みたい。でもその前におばちゃんの食事。これは大事な事だ。
「いただきます」
「お浸しおいしいよ」
「……お前らは本当にマイペースだな」
 呆れたような立花の声に反応を返さず、私は食事を開始した。



⇒あとがき
 ようやくタカ丸さん登場までこじつけました……。
 とりあえず第拾壱話は38巻の内容をと思ったのですが、38巻後半は火薬委員の活躍がないので別の話にここから発展させようと思います。
 ファイオー!!
20101224 初稿
20221104 修正
    
res

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