第捨話-4

 多分、過去五回の夏休みの中で、一番濃い経験が出来たのは今年の夏休みだと思う。
 図書委員の後輩であるきり丸にアルバイトの手伝いを頼まれ、三郎と一緒に里芋行者さんの幻術の興行の手伝いをすることになった。
 そこへ乱太郎と、以前忍術学園に教育実習で来られたことのある突庵さん。それから突庵さんを連れてきた土井先生と一緒にキクラゲ城に向かった。
 一緒に興行を手伝っていた久作と怪士丸の二人の他に、一年は組の庄左ヱ門と団蔵と一緒に行くことになったキクラゲ城は、普段の授業よりもより実践的な実技の勉強になったと思う。
 殺伐とした授業よりは呑気だったけど、実際にプロの忍を相手にしてと言う経験は貴重だ。
 一年は組はこんな事ばっかりに巻き込まれて、今までよく無事だったと本当に思う。
 だから里芋行者さんからもらったアルバイト代はきり丸に全額渡した。これは他の皆も一緒で、きり丸は金十枚には満たないけど泣いて喜んでくれた。
 六年生の瑞木寺迩蔵先輩もきり丸と同じ戦争孤児だけど、自分はきり丸と違って帰る家がある分楽をしていると零していたことがある。
 きり丸が入学金を全額小銭で出したのは有名な話で、アルバイトに勤しむきり丸を馬鹿にする奴が居ないわけじゃない。
 だけど僕はきり丸を尊敬するし、自分は幸せな生活をさせてもらっていたんだと思ったら、両親に感謝の言葉を言いたくて、でも照れくさくて今年の夏は帰れませんと言う手紙と共にそれを筆で認めた。
 返事は忍術学園に居なかったから見れなかったけど、帰ってきてからすぐに見る事も出来なかった。
 照れ臭かったのもあるけど、宿題が簡単すぎて夏休みの間中ずっと悩んでたら、結局宿題が出来なくて今度はオーマガドキ城に行く選抜チームに選ばれてしまった。
 三郎はいつの間に宿題を熟したのか、僕とは違ってあっさり提出してしまっていたようで、五年生で選抜チームに選ばれたのは僕だけだった。
 その間ちらりと聞いた六年生の宿題に当たって怪我をしたと言う兵助のことは心配だったし、夏休み中は忍務と言っていた文右衛門にだけ会えなかったのも心配だった。

「ただいま」
 生徒は自室で待機中だと聞かされて長屋の自分の部屋の戸を開けると、部屋の中ではのんびりとした様子の勘右衛門と三郎、それからそわそわと落ち着きのない八左ヱ門が居た。
「お帰り雷蔵!」
「オーマガドキ城どうだった?」
「文にはあったか!?」
「……えっと、その前に一つ言っていいかな?」
「なんだ?」
 お預けを食らった犬のような様子の三郎に小さく溜息を吐き、バリバリと煎餅を齧る勘右衛門と、はらはらした様子でにじり寄る八左ヱ門に眉を寄せた。
「自室で待機じゃないの?」
「雷蔵が心配なんです!それに兵助がいなくて心細くて……」
 さっきまで煎餅を齧っていたくせに、急にしおらしくなって言う勘右衛門はそこまで言うとにかりと笑った。
「そう言ったら木下先生が許してくれた!」
「木下先生、い組の皆には甘いもんね……って嘘を吐くんじゃない!」
「あー……でも心配してたのも心細かったのも本当だよ?ただ……」
 ちらりと勘右衛門は八左ヱ門を見る。
「で、文は!?」
「……これ見てたら、色々馬鹿らしくなって」
「馬鹿ってなんだよ!お前ら文ちゃんが心配じゃないのか!?」
「いや、心配はしてるけどさ……文右衛門の忍務って、片桐先輩のお手伝いでしょ?それに三年生と四年生も一緒について行くような忍務だよ?そこまで心配しなくたっていいって」
「そうそう。大体六年生が五人もついてるんだから、何が心配だっていうんだよ」
「何って……陰間茶屋だったんだろ?忍務先」
「でも文右衛門が行くって決めたんだから、問題ないだろ?一々男相手にビクビクしてたら将来仕事になんないんだから」
「それもそうだけど……」
 勘右衛門と三郎に言われながら、しおしおと八左ヱ門が項垂れていく。
「それとも何か?八左ヱ門は文右衛門が誰かのものになるのが嫌なのか?」
 八左ヱ門は顔を上げるも首を傾げ、三郎も釣られたように首を傾げる。
「……なんでそう言う話になるんだ?」
「おいおい……自覚なしか?」
「何が?」
「うわ!?」
 後ろから声を掛けられて、思わず声を上げて振り返ると、私服姿に荷物を抱えた文右衛門がきょとんとした顔で立っていた。
 怪我らしい怪我は見当たらなくて、無事に忍務が終わったんだろうことは何となく察することが出来た。
「文!」
「うわあ!?」
 勢いよく八左ヱ門が文右衛門に飛びつき、僕はぽかんと二人を見つめた。
 あまりの勢いに廊下から落ちるかと思ったけど、そこはどうやら八左ヱ門が踏ん張ったみたいだ。
 ああでも僕三郎が言いたかったことわかるかも。
 八左ヱ門、お前ちょっと文右衛門が好き過ぎるよ。それは友情じゃないんじゃない?
「文っ」
「……ハチ?」
 首を傾げながらも、文右衛門は優しいから、八左ヱ門の背をぽんぽんと優しく撫でるように叩いた。
「ただいま。兵助も大丈夫だよ。ちょっと炎症を起こしてるけど、善法寺先輩が帰ってきたから今夜は善法寺先輩がついててくれるって」
「そっかー。よかった。あ、おかえり!文右衛門」
「うん」
「忍務はどうだった?」
「無事に終わったよ」
 そう言うと、余計にぎゅうっと抱きしめる八左ヱ門に、文右衛門が「ぐえっ」と声を零して、八左ヱ門が慌てて文右衛門を離した。
「何ともないか!?」
「何って……無事だって言ったじゃん」
「変な事されたとか……」
「馬鹿なこと言わないでよ。大旦那には良くしてもらったよ。本当……申し訳ないくらい」
 文右衛門の表情が陰り首を傾げると、なんでもないと首を横に振った。
 なんだろうと首を傾げていると、文右衛門は勘右衛門の方へと歩み寄った。
「兵助の事なんだけど、しばらくは医務室で過ごすけど、傷が落ち着いたら部屋に戻すから、包帯の替えとか僕持っていくね」
「うん、わかった。……兵助、そんな酷いのか?」
「傷口は右肩だからしばらく大変かもしれない。神経傷つけてないと良いけど……でも無事でよかったよ。命あっての物種だし」
 にこりと、いつもであれば八左ヱ門に向けるような笑みを勘右衛門に向ける文右衛門。
 妙な違和感を感じて僕は首を傾げた。
「どうした雷蔵」
「いや……なんだろう?」
「はあ?」
 ……気のせい、かな?


  *    *    *


 忍術学園に入学して五年が過ぎ、六年生も既に夏休みを越え残り半年と言う所まで無事にやって来た。
 夏休み中は宿題が宿題だったこともあり、実家には帰らず朝顔の観察を続けていたが、まさか夏休み明け早々に実家から文が届くとは思っていなかった。
 しかも内容は縁談話。
 私は思わず眉間に寄りそうになった皺を指で押さえ、小さく溜息を零す。
「どうした長次?」
 布団の上でごろごろと転がっていた小平太が片目を開けてこちらを心配したように見ていた。
「……大したことじゃない」
 実際大したことだが、無関係である小平太に明かすことは出来ない内容のため、小さく首を横に振った。
 縁談の相手は、一度忍術学園を訪れたことのある、鬼姫ことクラマイタケ城の一の姫―――久良舞桜姫様だ。
 実家は確かにクラマイタケの領地にあるのだが、城仕えとは縁遠い家に突然舞い込んだ縁談話に、実家は相当混乱しているようだ。
 去年進路の事で、出来ればクラマイタケ城に就職して家の近くにいてほしいと言う話があったが、この話に一家の柱であるはずの父と義兄が二人して卒倒したため、母亡き家を支えてくれた姉上がこの文を寄越してくれた。
 しっかり者の姉上は、文が実際にクラマイタケ城の忍者から内々に受け取ったものなので、不安があるから自分で調べるようにと態々その文も合わせて届けてくれたらしい。
 なのでこれは明日にでも鬼桜丸に頼んで、本物かどうか確認してもらえばいいだろう。
 だがこれが本物かどうかは別として、何故鬼姫と私の間に縁談話が上がるのだろう。
 去年鬼姫と実際に会う機会があったが、私はまともに言葉を交わした覚えはない。
 精々鬼桜丸に紹介された時に、二三言葉を口にした位じゃなかっただろうか。
「長次、居るか?」
 ふと障子越しに声を掛けられ、顔を上げる。
 声の主は鬼桜丸だ。私はちらりと小平太に目をやりながらもこくりと頷いた。
「いいってさー」
「失礼する。夜遅くにすまない」
 戸を横に引き、襦袢姿の鬼桜丸が姿を現した。
 俺よりも僅かに高い長身の持ち主である鬼桜丸が部屋へと足を踏み入れると、小平太が上半身を起こして欠伸を一つ浮かべた。
「私、外したほうがいい?」
「ああ。申し訳ないが、よかったら時間も時間だからこのまま私の部屋で寝てくれ。三喜之助はもう寝ているけど、布団を捲ろうとしなければ、多少の物音位では起きないから」
「わかった。じゃあ布団借りるぞ。涎零したらごめんな!」
 にかっと笑いながら立ち上がると、小平太は鬼桜丸の横をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。
 片桐に迷惑を掛けないと良いんだが……。
「とりあえず入れ」
「ああ」
 やや緊張した面持ちの鬼桜丸は、小平太が出て行った部屋の戸を閉めると、私の傍まで歩み寄った。
 部屋を明るくさせているのは、頼りなさげな小さな灯が一つ。
 ゆらゆらと揺れる灯りを前に、鬼桜丸は静かに座った。
「実家から文は届いたか?」
「……ああ」
「そちらには何と書いてあったか知らないが、混乱を与えて申し訳ない」
「いや。……これは本物なのか?」
 文机に広げたままの文を拾い上げ、私はそれを鬼桜丸へと差し出した。
 鬼桜丸は文面に目を軽く通し、最後の署名をじっくりと見つめた後、はっきりと頷いた。
「こんな強制力のあるもので長次を縛りたくはなかったのだが……許せ」
「構わないが、何故私だったのだ?」
 そう問うと、鬼桜丸は目を伏せて、膝の上に乗せた拳を強く握りしめた。
 だがしばらくして、それをゆっくりと解くと、小さく震える掌を懐に忍ばせ、一つの文を取り出した。
 自分の下へと届いたものとそう変りない、上等な和紙を使った文だと言うのはすぐに気付いた。
「決して声には出さないでくれ」
 震える手からそれを受け取り、私は訝しみながらも文を開いた。
 用紙も筆の運びも、私の下に届いた物と同じ、クラマイタケ城城主―――久良舞竹之信の物。
 なのに、中身と言えばつい一月ほど前に行われた実習の内容が書かれたものとまったく同じもので、色の実技の相手をする役目を受けるようにと言う内容だ。
 あの時は、くのたま教室のハナと言う少女の相手をした。確か片桐の妹だったはずだ。
 おぼこを相手をするのは苦労したが、その分高く評価を頂いたと聞いている。
「読み終わったか?」
「ああ。……ここに書かれてあることは事実か?」
「……ああ」
 絞り出す様に告げられた答えに、私は小さく溜息を吐き、その文と私宛に届いた文を灯の火で炙った。
 端から即座に燃えていく文を見つめ、鬼桜丸は小さく唇を噛みしめる。
 鬼桜丸が緊張している意味を察したが、ここで断れば己の評価が下がる。
 恐らくハナを相手にした理由は鬼桜丸を……いや、久良舞桜を相手にするためだったのだろう。
 高く評価を貰ったから相手に選ばれ、縁談の話まで持ち上がるものなのだろうか。
 どちらの話も、私が断ることはどうあっても不利にしかならない。卑怯な事をと思わないことはないのだが、それよりも先に緊張のし通しで青ざめている鬼桜丸の事が心配になってしまう。
「……無理はしない方がいい」
 そう言えば、鬼桜丸はぱっと顔を上げ、泣きそうな顔で私をまっすぐに見つめた。
「安心していい。誰かに告げるつもりはない。……ただ、先生にはまだ時間を置きたいと……私から伝えよう」
「長次、私は……っ」
 立ち上がろうとした私の襦袢を掴み、鬼桜丸は上目づかいに私を見上げる。
 きりっとした切れ長の瞳が情けなく下がり、形の綺麗な唇が震える。
 泣きそうな顔は、男を始めて受け入れる事への恐怖か。それとも別の何かなのかは私にはわからないが、このまま鬼桜丸を抱いてもいけない気がした。
 そっと鬼桜丸の頭に手を置き、優しく撫でる。
「日を改めよう。あまりにも顔が青い」
「……すまないっ」
 ぽろりと鬼桜丸の瞳から涙が零れ落ちる。
 能面の片桐と違い、鬼桜丸は表情豊かだが、泣き顔が似合わない男だと思っていた。
 だがこんな風に静かさめざめと泣く少女なのだと知った胸に湧いたのは、優越感だった。これが男の性と言うものなのかもしれない。
 ずっと憧れの存在だった鬼桜丸のこんな表情を知っているのは自分だけだ。
 そう思うと嬉しく思うが、仲間だと思っていた男を女として見る事に複雑な思いは拭えない。
 小さく溜息を零しそうになるのを堪えながら、その日私は鬼桜丸と共に何時もより早く就寝した。
 身長は高くとも、抱きしめてみれば思ったよりも細い鬼桜丸の身体は、お世辞にも柔らかくもなく、どちらかと言えば骨ばっているが、どこか甘い匂いを感じた。



⇒あとがき
 相変わらずの尻切れトンボですがこれにて第二部終了でございます!
 ……結局長次と鬼桜丸くっつかなかった。残念。
 一応拾話のひと夏の経験は色々な事に掛けています。色の実習に託けた忍務だとか、兵助の夏休みの事だとか、鬼桜丸たちのことだとか……そんなこと。
 兵助にはもうちょっと頑張ってもらおうかと思ったんですが、もうちょっと焦らします。ごめんなさい。
20101218 初稿
20221104 修正
    
res

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