第捨話-3

 夏休みの間にどうにか忍務を達成することが出来た私たちは、新学期が始まる日には無事学園に戻ることが出来た。
 ただ問題があるとすれば、門に小松田さんが居ない事くらいかしら。
「……へっぽこ事務員は何をしているのっ」
「まあそう言うなって、へっぽこだから居ないんだろう?」
「お前も言うな、川田」
 呆れながら島津はそう言い、きょろきょろと開きっぱなしの門の中を覗きこみ誰も居ないことを確認して中に入った。
「小松田さんなら後で私たちを見つけてくれるだろう。ただ妙だな」
「何がですか?」
 首を傾げる藤内と作兵衛の頭に、立花が笑いながら手を置く。
「二人ともよく耳を欹ててみろ。いつも騒がしい一年は組の声が聞こえんとは思わんか?」
「……あ」
「本当だ。まだ授業が始まってないはずだから、笑い声とかそんなのが聞こえて来そうなのに……」
 藤内と作兵衛の答えに赤間が小さくこくりと頷き、福屋は近くに置き去りになっていた出門票を見つけてきた。
「片桐先輩、入門票がありません」
 恐らく小松田さんは、入門票片手に誰かのサインを求めて姿を消したのだろう。
 福屋が持ってきた出門票に目を通せば、一年は組以外にも生徒の名が数名連なっていた。
「一年は組は山村の名前がない。一年い組とろ組の生徒の名前があるのは妙ね」
「片桐先輩っ、左門と三之助の名前があるんですけど……」
「おやまあ、滝夜叉丸の名前がある」
「あ、雷蔵の名前もある」
 青ざめた作兵衛が指差した先を目で追った綾部がのんきにそう言うと、福屋が確認するように目を通して不破の名前を見つけて首を傾げる。
 たしかに直接の接点が思い浮かばない面々にも見える。
「変な組み合わせね」
「まあ確かにそうだな。明らかに問題児だらけだ」
「問題児と言うか……三病に三禁?」
「おお、景清上手い事言うじゃないか!」
「感心しているバヤイか川田。学園長先生を含め、先生方も数名出ていると言う事は、何か事件が起こったと言う事だろう!?」
「それ位わかってるってー」
 島津は軽い調子の宗次郎に額を押さえると、深いため息を零し、出門票を福屋へと戻す。
「入門票はそのうち向こうから来るとして、どうする立花」
「まずは状況を確認した方がいいだろう。喜八郎、藤内。それから富松の三人は教室に戻って先生に指示を仰げ。福屋は念のために医務室へ行って怪我人が居ないか確認を……」
「来たわよ、入門票」
 立花が指示を出している向こうから走ってくる姿に私がそう言うと、立花が額に手を当て溜息を吐いた。
「とりあえず六年は入門票を確認してから動こう。学園長先生が居ないのでこれ以上指示は仰げんだろう」
「そうね」
「あー!!!」
 漸く私たちに気づいたらしい小松田さんが、ぶんぶんと入門表を振りながらこちらに向かってきた。
「皆おかえり!そんでもって福屋くんちょうどよかった!」
「はい?」
「五年い組の久々知兵助くんが重傷なんだ!」
「兵助が!?」
「行くのはいいけど、その前にサイン!」
 福屋は小松田さんから筆を預かると乱雑に署名をし、医務室に向けて走り出した。
 途中転んでいた姿に島津が溜息を零すと、さっと福屋の名前の下に名前を記入して直ぐにその背を追いかけて行った。優しい男ね。
「そんなに酷いの?」
「うん……学園に辿り着いたのも奇跡だって連れて行った山田先生が言ってた」
 しゅんとなった小松田さんに私は首を傾げた。
「忍務に失敗した方が悪いのでしょう?今回の宿題は生徒の実力に見合ったものだったのだから」
 私たちは忍務の事もあって今回宿題は免除と言う形になっているから、どの程度の宿題だったかは知らないけど、五年生のこの時期の課題なんてまだそんなに難しいものではなかったはずだ。
「それがぁ……」
 うるりと小松田さんは瞳を潤ませた。
 ……待って、嫌な予感しかしないのだけど。
 そう思っていると、皆も同じ気持ちだったのか、小松田さんの言葉に耳を傾けた。
 曰く、宿題がバラバラに配布をされてしまったらしく、その原因が小松田さんにあるらしい。
 先生たちが宿題を封筒に入れる作業の最中に、自称剣豪の花房牧之介がいつものように学園破りに来て、伊賀崎が飼っている毒虫が大量脱走して、ドクタケ忍者が忍術学園の近くをウロついているのが目撃されて、学園長先生が突然の思い付きでガマン大会を始めると言い出して、先生たちがてんやわんやになったため、宿題の袋詰め作業を事務員である小松田さんがやるハメになったらしい。
 その際、へっぽこ事務員である小松田さんは例の如く宿題をあっという間に撒き散らし、適当に封筒に詰めたせいで宿題がまさかの福袋状態になってしまっていたらしい。
 私たちの分はそもそも準備されていなかったらしく、調査に協力はしなくていいようだったけど、どうも六年生の課題に兵助が大当たりしたらしい。
「ところで久々知が当たったと言う課題はなんだったんですか?」
「……ナルト城の軒丸瓦を取ってくるって言う課題」
「げっ、ナルト城って、卯月に一年は組が戦に巻き込まれたところじゃねえか!」
「そんなこともあったの?」
「まだ小松田さんが居ない時の話だけどな。確かあの時は、土井先生がたまたま仕掛けた楽車の術でどうにかなったらしいけど、単独でどうこう出来る城じゃないぜ?」
「ナルト城の毒掃丸は単独で向かうには五年生じゃ分が悪いと思う」
 川田の話に赤間がこくりと頷き小松田さんはさあっと顔を青くした。
「うわあ、どうしようっ」
「すぎたことをどうこう言ったって仕方ないでしょう?怪我をしたとはいえ生きて戻ってきたのなら上等じゃない」
「だって今善法寺くんも新野先生も居ないんだよ?」
「それを早く言って!」
 私は小松田さんに怒鳴るように言って走り出した。
 傷が酷いと言っても、新野先生と伊作がいると思ってどこか安心してしまっていた。
 息が詰まりそうなものを感じながら、私は医務室へと飛び込んだ。
 医務室の中には鬼桜丸が居て、川西と福屋と島津の三人に指示を飛ばしながら怪我人の手当をしていた。
 怪我をしたのは兵助だけに限ったことではなかったらしい。
 兵助は部屋の奥の方でうつぶせの状態で白い包帯に巻かれて横たえられていた。
 時間が経った所為か怪我の位置が悪いのか、白い包帯は赤く血で滲んでおり、顔色は青白いものの小野田先輩の時ほど酷くは見えない。
 思わずほっと息を零すと、身体から力が抜けた。
「三喜之助!?」
 座り込んだ音で私に気づいたらしい鬼桜丸が驚きの声を上げ、治療されていた三反田が悲鳴を上げる。
「す、すまん三反田っ」
「大丈夫ですぅ」
 思いっきり涙目の三反田はとても大丈夫そうには見えない。
 足首を捻った様子だけど、そのぼろぼろ具合からなんとなく、夏休みの宿題の所為だけではなく。綾部が出かける前にといくつか掘っていた蛸壺に落ちたせいではないかと思う。
 心なしか川西もぼろぼろだもの。
「三喜之助も怪我をしたのか!?」
「そうじゃないけど……」
 大丈夫だと言うように立ち上がろうとしたけど、何故か足に力が入らなくて首を傾げた。
 呼吸が乱れるし身体が震えるし、どうしたのだろう。
「……馬鹿が」
 後ろから立花の声がしたかと思うと、ひょいっと脇に手を入れられて立たされた。
「気が緩んだだけだ。何ともないから治療を続けろ、鬼桜丸」
「あ、ああ」
 疑問に思いながらも、自分のすべきことに集中するべく、鬼桜丸は三反田の手に包帯を巻いていく。
「本当に不器用な奴だな。ここまで鈍いと逆に器用だとも思うが」
「何が?」
「なんでもない」
 立花は溜息を零しながら、私の身体を抱え上げて兵助の方へと移動する。
「……安心したか?」
「え?」
「久々知が無事でだ」
 兵助の側に下ろされ、青白い寝顔を見下ろし、そっと手を伸ばす。
 青白い癖に傷の所為か熱が出てきているようで、少し熱い。
「……片桐、先輩?」
「ん」
 うっすらと兵助の目が開き、私を確認すると泣きそうに表情を歪めた。
 僅かに動いた手に恐る恐る手を添えると、兵助は安心したように目を伏せた。
「仙蔵、悪いが水を持ってきてくれないか?流石に人手が足りなさ過ぎて……」
「わかった。片桐、お前はここに居ろ」
 ぽんと仙蔵の手が肩を叩き、私は小さく頷いた。
 正直頭が真っ白で、何をしていいのかわからない。
 近くに懐紙に包まれて置かれた血に塗れた矢尻を見ると、背筋にぞくりと背筋に悪寒が走って、思わず兵助の手をぎゅっと握った。
 こんなに何かに対して恐ろしいと思ったのは、初めてかもしれなかった。


  *    *    *


「怪我人が居るって聞いたんだけど!!」
 勢いよく医務室に飛び込んできた伊作に、私は苦笑をしながら口元に人差し指を立てた。
 それを見て伊作が慌てて両手で口を押える。
「……新野先生は?」
「それが二日前から所用で学園を出てるんだ。だから私が代わりに治療を……ただ久々知だけはちょっと手荒になってしまったから、傷が大きく残るかもしれなくて」
「一応さっきまた包帯を取り換えたんですけど、傷口が大きくて、しばらくは貧血に悩まされるかもしれません」
 福屋が補足するようにそう言うと伊作は頷いて久々知の姿を探す。
 久々知は医務室の奥に敷いた布団の上で俯せで眠っており、その横で仙蔵に抱えられて眠っている三喜之助が居た。
「……ごめん、何があったのかな?」
 随分と困惑した表情の伊作は、状況把握が出来ないようで、私は思わずそれに苦笑を返した。
 六年になってからだと思うけど、仙蔵は三喜之助を甘やかすようになった。
 だけど表立っては前より構う事はあっても、こんな風に甘やかすようなことは決してなく、三喜之助と同室で仙蔵と友人であると言う関係上何となく悟ったと言うか……多分二人は所謂恋仲と言う奴なんだと思う。
 その考えに至った時、思わずイロちゃんに見せてもらった衆道の春本が脳裏を過ったけど、片手で追い払った。
 なんだかんだで後輩が心配だったらしい三喜之助は。ずっと久々知についていたかと思ったら。ある程度落ち着いたところで仙蔵に抱えられてそのまま眠った。
 多分眠っていると言っても、いつも通り話し声は聞こえているとは思うが、伊作はぽかんとそんな三喜之助と仙蔵を見ていた。
「聞いたかもしれないけど、久々知は六年生の課題に当たって無事に完遂して戻ってきたんだが、矢尻を受けて右肩に刺さったまま学園に戻ってきたんだ。他にも傷はあるが、一番ひどいのはそこだな」
「矢尻は抜いたんだね」
「ああ。大変だったけど、先生方に抑えてもらって無理やり」
「そっか……久々知は右利きだったから、授業に復帰するまでが大変だろうなあ」
 伊作は後ろ頭を掻きながら久々知に歩み寄り、額や傷口、他に首筋等に手を当てていく。
「文右衛門」
「はい」
「悪いけど鎮痛剤の横の棚にある薬取ってもらえるかな」
「え?はい」
 首を傾げながら福屋が薬を持って伊作に歩み寄る。
「矢尻をそのままに学園に戻ってきたのはいいけど、清潔な状態で戻ってこなかったからか炎症を起こしてるみたいだね。これは炎症の痛みを抑える薬。起きたらこれを飲ませた方がいいと思う」
「薬に関しては、どこに何があるかわからなかったから助かった」
「ううん。誰も居ない状況で、怪我人を見てもらっただけ十分だよ。ありがとう、鬼桜丸」
 にこりと笑った伊作は、油紙に包まれた薬を川西が持ってきた盆の上に乗せた。
「ところで仙蔵」
「なんだ?」
「そっちの忍務はどうだったの?」
「無事に終わった。島津が私たちの代わりに報告に行っている」
「そっか……三喜之助に薬は必要かな?」
「いや、無理はしていないから大丈夫だろう。だが後で川田は連れてこさせた方がいいだろう。戻る時に擦り傷とはいえ怪我をしていたからな。一応自分で手当てはしているが、薬を塗っておいた方がいいだろう」
「うん、わかった」
 伊作はこくりと頷くと、自分の後輩たちを労うべく一人一人に声を掛けていく。
 非常時に一番頼れる存在が居ないのは大変だった。
 そんな中で緊張し通しだった川西は、若干目を潤ませながらぷいっとそっぽを向いていた。
 足首を捻ったせいであまり手伝えなくて申し訳なさそうにしていた三反田に、伊作は「大丈夫だよ」と声を掛け、「それより怪我は大丈夫?」と怪我の心配をする。
 その様子を見ていると、自分の所の後輩たちに会いたくなってきた。
「あの、善法寺先輩……」
「何?」
「兵助のこと、皆に伝えてきても大丈夫でしょうか?多分皆心配してると思うので……」
「大丈夫だよ。幸いに宿題は不合格になったけど、怪我一つないからね。夜の番は僕一人で大丈夫だよ。ゆっくり休んで」
「でも善法寺先輩もお疲れですし……」
「心配するなら、明日の朝早めに交代に来てくれると助かるな」
 にこりと笑ってそう言った伊作に、福屋は「ありがとうございます」と頭を下げると、そそくさと医務室を去って行った。
「仙蔵たちはどうするの?」
「流石に草臥れたから、片桐を連れて長屋に戻るさ」
「そう?なら鬼桜丸ももう休んでいいよ。あ、左近は数馬を長屋まで連れて行ってあげてね。途中で他の三年生捕まえられるようだったら、お願いしてもいいから」
「はい」
「ごめんな、左近」
「別に構いませんよ」
 しゅんとなった三反田に対し、つんけんな態度を取りながらも手を貸す川西に思わず小さく笑うと、川西はぷいっと視線を逸らして「失礼しました」と医務室を去って行った。
「夕食運んでこようか?」
「本当?ありがたいなー。いいの?」
「ああ。それくらい構わないさ。ただ……内容は諦めてくれよ」
「?」
「文次郎が馬鹿みたいに虫を採集して来てな……虫の蒸し料理なんだ」
「……えー?」
 聞いた途端に顔を歪めた伊作に私も苦笑する。
「申し訳ないが、流石の私も今晩は夕食を遠慮しようかと思ってる。イナゴとかならまだ平気なんだが、普通に食べるための虫じゃないのばっかりだったからなあ」
「うへぇ……僕も一食抜いちゃおうかなぁ……流石に虫料理はちょっと……」
「三喜之助も虫料理は苦手と言っていたからな……後で代わりに学級委員会で食べようと思ってた菓子を持ってくる。量はないから腹の足しにはならんかもしれんが……」
「十分だよ!ありがとう鬼桜丸」
「困ったときはお互い様だ」
「文次郎は後で私が絞めておこう」
「はは、ほどほどにね」
「考えておく」
 ふっと笑って誤魔化した仙蔵は、三喜之助を腕の中に抱えたまま立ち上がると、さっさと医務室を後にしていった。
「……ねえ鬼桜丸」
「なんだ?」
「仙蔵と三喜之助って、あそこまでに仲良かったっけ?」
「あー……でも前から仙蔵は三喜之助に甘かっただろう?」
「だけどあれじゃあ恋仲みたいじゃない」
「みたいというか……そうなんじゃないのか?」
「……やっぱりぃ?」
 不思議そうに伊作は出入り口の戸をじっと見つめた後、眉根を寄せた。
「心配か?」
「心配って言うか……なんか仙蔵に取られちゃったみたいな……そんな感じしない?」
「うーん。多少はあるが、三喜之助の表情が豊かになってきたし、いい傾向だと思ってる」
「僕はなんかそんな感じなんだよね」
 唇を尖らせる伊作に私はくすくすと笑い、伊作の頭を撫でた。
「伊作もまだまだ子どもだな」
「まだ十五だもん。子どもでいいんだい」
「ははっ。伊作は可愛いなあ」
「男に可愛いはないんだからね!鬼桜丸は見目も性格も恰好良いからそんなこと言われないだろうけど」
「まあ……確かに」
 こんな私を可愛いなどと言うのは三喜之助とタカ丸くらいだしなあ。
 そう言えばタカ丸は元気だろうか……忍術学園に入学して以来あっていないけれど、小さかった彼も私と同じ十五歳。
 彼はどんな風に成長しただろう。
 久しぶりに文でも書いてみようかと、小さく笑みを浮かべながら私は医務室を後にすべく立ち上がるのだった。



⇒あとがき
 急に夏休み終了&兵助の怪我を短く纏めちゃいました。
 ごめんなさい、先を急ぎたかったのですよ。決して兵助に愛がないとかそんなこと……ないですよ?多分。←
 長次と鬼桜丸くっつけたいとか言っておきながらタカ丸フラグを立ててみる。うへへへへ。
20101207 初稿
20221104 修正
    
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