第壱話-2

 今日は在庫確認以外特にすることのなかった火薬委員は、つつがなくその仕事を終えて無事食堂に辿りついていた。
 食堂の中には火薬委員以外は注文中だったらしい学級委員長委員の面々しかいなかった。他の委員会は恐らくまだ活動中なのだろう。一年生にとって初めての委員会活動日だと言うのによくやるものだと思う。
 ぼんやりと考えていると、同室の鬼桜丸が私に気付いて歩み寄ってきた。
「今日は委員会に参加したんだな」
「そう」
 肯定すれば鬼桜丸は嬉しそうに口角を上げた。
「そっちは火薬の一年生か?」
 じっと見上げる久々知兵助に気付いた鬼桜丸が言うと、久々知兵助は私の後ろに隠れた。
 そんな久々知兵助に視線が集まる中、私はじっと鬼桜丸を見上げていた。
 私の頭二つ分は上にある顔は久々知兵助をじっと見つめていて、ちらりとその視線を追って久々知兵助を見れば彼も鬼桜丸をじっと見上げていた。
「……お前、鬼桜丸に失礼」
 私は久々知兵助の首根を掴むと、ひょいっと鬼桜丸に差し出した。
「!?」
 突然のことに久々知兵助は驚いて声にならない悲鳴を上げた。
 まさかそう体格の変わらない私に片手で持ちあげられると思わなかったんだろう。
 だけど幼い頃から鍛えさせられていたこの腕の筋力を嘗めないで欲しい。
「三喜之助、離してあげなさい」
 突然久々知兵助が目の前に現れて驚いた鬼桜丸は、はっと我に返って私にそう言った。
 言われなくてもずっと持っているのが面倒だったので、私は久々知兵助を地に降ろした。
 と言うより掴まれた瞬間猫のように丸まっていた久々知兵助は、降ろされたと言うより落ちたのだけど。
「これ、一年い組の久々知兵助」
「わかったからとりあえず後輩にはやさしくしような」
 苦笑しながら鬼桜丸は、床に落ちた久々知兵助を立たせてあげた。
「俺は二年い組の黒ノ江鬼桜丸だ。三喜之助とは長屋で同じ部屋なんだ」
「……片桐先輩はは組だとお聞きしたんですけど」
「い組もは組も奇数なんだ。本当は一人部屋でもよかったらしいんだが、学園長が……な」
「はあ……」
 言葉を濁した鬼桜丸に、久々知兵助は生返事で応えた。
 学園長が、と言うのは良い言い訳だと思う。事実半分、隠された真実半分、と言ったところだろうか。


  *    *    *


「……片桐」
 不意に呼ばれた名に、私は図書室で借りてきた本に向けていた視線を外して振り返った。
 そこに居るのは私と同じ水色に井垳模様の制服を着た同室の黒ノ江鬼桜丸。
 長い黒髪と切れ長い目と整った顔立ちが将来の有望さを物語っている美貌の持ち主は、一年生の時点で私より既に頭二つ分は大きい。
 彼は一年生ながら六年生と並んでも遜色のない妙な貫禄のある男前のため、同級生の人気No.1の忍たまだ。
 いつものように考え事に半分耽っていたとはいえ、そんな身体の大きな黒ノ江が部屋に戻るなり私の背後に正座したと思ったら、そのまま百面相をするなど何やらおかしな様子を見せれば流石に気にはなる。
 気になるだけで今の今まで声は掛けなかったのだけど、時期に声が掛かるだろうと本はとっくに区切りを付けていた。
 ただちょっといつものように“彼”が今どうしているだろうと思いを馳せていただけなのだけど、黒ノ江が部屋に戻って来てからそろそろ半刻は経ったと思う。
「大事な話がある」
 随分と思いつめた表情で何を切り出すのかしら。
 面倒なことにならなければいいと思いながらも、本を閉じて黒ノ江に向き直った。
「……どうぞ」
 話を促せば、黒ノ江は覚悟を決めて私をまっすぐ見据えた。
「入学してまだ一カ月に過ぎないが、片桐を信用できる人物だと判断して明かしたいことがある」
「明かしたいこと?」
 私は首を傾げ、黒ノ江の言葉を待つ。
「手を貸してくれないか」
「何故」
「片手で良い」
 そう言うと黒ノ江は答えを待たずに私の右手を掴み、おもむろに自らの股間へと招いた。
 いきなりなんて事をするんだこの子はと思って思わず目を見開いたけど、すぐに首を傾げる羽目になった。
 黒ノ江は頬を赤く染めながら「わかったか?」と小さい声で問うてきた。
 あるはずのものがないその感触の意味が分からなくもないけれど、一年の中で一番長身で、同級生人気No.1の忍たまである黒ノ江が女の子だと言う現実は少しばかり信じがたい現実だった。
 いやそれ以前にこれは駄目でしょう。
「驚かせて済まない。だがこう言うことなんだ」
「違う。これは駄目」
 そっと手を離させ、私は手をひっこめた。
「だが……」
 黒ノ江は言い辛そうに視線を落とし自分の胸に手を当てた。
「……片桐も知っているだろう?」
 そういえば前に一度見てしまったっけ。膨らみの見当たらない薄い胸板を。
 やけに慌ていたのは、家の事情で肌を人に見せてはいけないからだと聞いていたから変に思わなかった。
 この見事な少年の幼児体型を見よ!と言わんばかりに、同級生たちの身体は大抵ふにふにしていて、少し太めの体格の子の方が黒ノ江より胸があるかもしれない。
 私の場合は稽古や鍛錬でふにふにしている所と言えば股の間についているまだ可愛らしいものくらいなもので、当然胸は綺麗な真っ平だ。
 生前はほどほどにあった私にはその気持ちが理解できるけど、流石に女の子が男の子の手を股間に持って行くのはいけないと思う。
「昔からこうなんだ……だから母上様も私より妹を可愛がった」
「仲、悪いの?」
「どうだろう。そんな記憶しか残らないまま、母は亡くなってしまったから」
 黒ノ江は苦笑を浮かべた。
「でも妹は可愛いんだ。私よりも五つ年下で、こんな私を慕ってくれている。優しくて、とても可愛い子だ」
 そう言う黒ノ江の表情はとても優しくて、どこか眩しそうだった。
 彼女にとって本当に可愛い妹なのだろう。
「……私の本当の名は久良舞桜と言う。クラマイタケ城の鬼姫と言った方が話は早いか?」
「普通に言われるより」
 クラマイタケ城の鬼姫と言えば、クラマイタケ城の城主久良舞竹之信の長女で、生まれた時から身体が大きかったらしいけれど、年を重ねるごとに鬼子のように大きくなったと言われている姫の事。
 噂では齢十歳にして、片手で熊を絞め殺すほどの実力者らしい。
 城の外に出ないため誰も本当のところは知らないと言う姫が、一体どうやって熊を絞め殺すのか聞いてみたい気もするのだけど、噂が大きなお鰭と背鰭を付けるのはいつの時代も同じみたい。
 確かに黒ノ江の身長は同年代の少女にしては、いや少年にしても高い。だけどそれ以外は上級生に実力の劣る普通の一年生だ。
 むしろ体力がないのか、部屋に戻るたびに緊張の糸が切れたかのようにぐったりしているのも慣れた光景の一つ。
「まだ十だと言うのに身体はこんなだし、顔もこんなだ。だから私は己を恥じて部屋籠りをしていたのだが、ソレが仇となったのか更に身の丈は伸びてな……」
 苦笑する黒ノ江の目には寂しさが見えた。
 彼女は女でありたいのに、その身体が女であることを主張してくれないことに嘆き、苦しみ、そして何かしらあってこの忍術学園に来たのだろう。
「残念ながら我がクラマイタケ城は未だ男児に恵まれず、私以外は五つの妹のみ。だからいずれ私が長子として夫を迎え、子を成さねばならない」
 ぎゅっと強く握られた拳が目に入り、黒ノ江にあった妙な貫禄の理由がそのためだと理解出来た。
 彼女は一国の主になる覚悟を決めていたから、誰よりも凛と前を向いていたんだと。
 一国一城の主になれるのならば、妻が鬼姫だろうと諦めて次男・三男を送り出すお家は少なくないだろう。
 それまで大人しく時が経つのを待てばいいものを、黒ノ江はこの忍術学園で忍の術を学んでいる。
「どうして忍術学園を選んだの?」
「鬼姫の夫となる者は国を狙う者しか来ないことは目に見えている。だから私は自分でそれを諌められる力が欲しかった」
「忍の道は甘くないよ」
「わかってる。だからこそ忍の道を選んだんだ。自室に籠って陰口に耳を塞いで怯えてばかりの私を捨てるために」
 眼差し鋭く凛とした姿勢で正座する黒ノ江に、私はそれ以上は言わないことにした。
 その決意は固いものなのだと双黒の瞳が私に訴えていた。
「学園長はご存じ?」
「ああ。だからこそ片桐を同室にと決められた。片桐にまで話は行っていないようだが、既に同盟の密約も済んでいる」
「……口止めした?」
「……した」
 すまんと言う黒ノ江に私はふうと息を吐いた。
 私が忍術学園に入学することが決まったのは半月ほど前の事。
 あの時はちょうど表向きの興行から帰ってすぐで、学園の距離までを考えたらとてもじゃないけどのんびり休む暇なんて無くて、それを言い渡した頭領と面会してすぐに月山を発った。
 頭領に言われた事と言えば、名を偽り一年後に入学する“彼”に正体がばれないよう入学する前から変装を徹底することと、成績は常に下から三番目を維持することくらいだ。
 当然学園に近づく前には既にこの変装で固定したし、私が変装していると言うことは同室の黒ノ江ですら未だ気付いていない。流石に先生方の目は誤魔化せないけど。
「私はお仕えする人を決めてるのだけど」
「知っている。だから、この学園に居る間だけで構わない。私の友になってくれないだろうか」
「私は黒ノ江みたいに立派な人間ではないよ」
「家柄など関係ないんだ。私が片桐と友達になりたい。それではいけないだろうか」
「強いね。……良い決意。その心意気買わせてもらう。でも肩の力を抜けば?ここには鬼桜丸を馬鹿にする人はいないよ」
「名前……っ」
「友達なんでしょ?」
「!……大好きだ三喜之助!」
 満面の笑みを浮かべて抱きついてきた鬼桜丸はなんとも無防備で呆れた。
 周りは彼女の何を見て鬼姫だと呼び、あんな噂を流したのだろう。私はこんな可愛い女の子を知らないと言うのに。
 姉や妹らにこの可愛さを見習って貰いたいものだ。……いや、駄目だな。あの三人は根っからのくのいちだもの。


  *    *    *


 小さいもの……と言うか可愛いものが好きらしい鬼桜丸は、嬉しそうに久々知の頭を撫でている。
 ちらりと学級委員長委員会の面々が固まっているところに視線を向けるけど、その中に“彼”の姿があった。後姿ではあったけどすぐに分かった。
「うちの一年だよ」
「そう」
 一年会わないうちにどれくらい成長したのかしら。直接お話をしたいけど、我慢して視線を鬼桜丸に戻した。
「……どっち?」
「今日はAかな」
「そう」
 鬼桜丸の返事を聞いて、私はおばちゃんの所へと歩み寄り「A」と告げれば、おばちゃんも慣れたものでA定食を出してくれた。
 あの日から私は鬼桜丸と同じメニューにするようにした。そうしたら鬼桜丸は嬉しそうに笑うから、止めるに止められなくなった。可愛いって卑怯だな。
「片桐、先輩より先に頼むとはどういうことだ!と言うか皆で同じメニューにしようと思ったのにっ」
 どう嘆くのは我らが火薬委員委員長様。六年い組の大嵜伝六先輩だ。
「大嵜先輩、喧しい」
 定食を受け取り、さっさと空いた席を陣取る。
 もちろん、“彼”が見えやすいように席を確保してぽんぽんと机を叩いた。
 早くと言う意味がわかったのか、大嵜先輩はおばちゃんに注文して嬉しそうにやってきた。
「しかし片桐がデレてくれたことに俺は感動している!」
 騒がしい大嵜先輩を無視して私は一人勝手に手を合わせた。
「いただきます」
「団体行動を乱すなんて、流石アホのは組だな」
 立花の声を右から左に流し、私は膳に箸を伸ばすのだった。




⇒あとがき
 とりあえず今回は鬼桜丸の打ち明け話のみです。
 次回こそ“彼”について触れていきたいと思います。もう正体バレバレだと思いますが。
 大嵜先輩は六年生なので早々に退場いただくつもりが微妙に出張りました。脳みそ花畑ですね。ネジが軽く1〜2本飛んでるのかしら……。
20100405 初稿
20220917 修正
    
res

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