第玖話-5

 あの後、少しの仮眠を取って、早朝には忍術学園に向けて出発することになった私たちは、当然のことながら見事な睡眠不足だった。
 私は慣れているから別にそれほど問題はないのだけど、作兵衛と藤内はもうふらふらしている。
 一晩変装をし続けていたことも疲れの一端を担っているようで、私はそんな二人の手を引きながら、呑気に夕焼け空を見上げた。
 もう少し歩けば忍術学園に着くだろう。
 普段であれば獣道を選んで走って忍術学園に戻るので、こんなにのんびりと忍術学園に戻るのは初めてで不思議な気分だ。
「……ん?」
 ふと地響きのような足音が聞こえ、私は視線を戻す。
「……七松?」
「え?」
「へ?」
 ぼやんと前を見つめ直した二人に私は首を横に振った。
 足音は目の前に続く道ではなく、斜め向こうの山の中腹から聞こえる。
「体育委員」
「ああ……迷惑暴走隊」
「……はっ!って事は三之助もいんのか!?」
 とたん作兵衛は覚醒し、どこから取り出したのかわからない縄を手に身構える。
「すっかり板についてる」
 思わずそう呟くけど、その声が聞こえないのか、作兵衛はきょろきょろと視線を動かす。
「お?片桐ー!」
 ぶんぶんと手を振って、こちらに急に進路を変更してきた七松の姿を確認し、咄嗟に藤内の手を引いて避けた。
「ひぃ!」
 寝ぼけ眼で歩いていたはずの藤内は、ようやく目が覚めた様子で、林に突っ込んでいった七松を見ていた。
「いててっ……酷いぞ片桐!」
「馬鹿?お前の体当たりなんて受けたら怪我する」
「ははは!相変わらず酷いな片桐!」
「……馬鹿ね、本当」
 溜息を零し、七松が走ってきた方を見ると、息を乱しながら背に意識を失っている様子の皆本を背負い、次屋の首根を掴む平が居た。
 その後ろで泣きそうな顔になっている時友が、平と同じく次屋の制服を掴んでいた。
 そして当の次屋は、作兵衛に腰に紐をぐるぐると巻かれながら首を傾げていた。
「なんだ作兵衛、相変わらず危ないプレイがお好みか?」
「二年の前で何ふざけたことほざいてんだてめぇは!!!」
 身長が足りない所為か、作兵衛は次屋の脇腹目掛けて、拳骨ではなく蹴りをお見舞いした。
 手に握った縄はそのままだから、逃げられなかったのだろう次屋は結構痛そうだった。
 流石武闘派の留三郎の後輩。ちゃんとそう言う面も面倒見てやってるのね。
 まあ作兵衛の場合、目が良いから見て覚えただけの可能性もあるけど。
「いいか時友!三之助の言ったことは右から左に聞き流せ!いいな!!」
「……ふへ?」
「……いや、お前に忠告する必要なかったな」
 意味が分からないのか、いつものぽやんとした顔で首を傾げる時友に、作兵衛はがくりと肩を落とした。
「お疲れ様です、片桐先輩」
「ん」
「その様子だと無事終わったようですね。これから戻るところですよね?もう時間が時間ですし、二人は私が学園まで連れて行きましょうか?」
「いい。七松の被害受けそう」
「……否めません」
 苦笑を浮かべた平は、ちらりと次屋の頭を力一杯撫でにかかっている七松を見た。
 ここまで来たら竜胆と牡丹を呼んだら早いけど、藤内は二匹に慣れていないから止めておいた方がいいでしょうね。
「作兵衛、藤内」
「へい!」
「は、はい」
「日が暮れる」
「すいやせんでした!三之助、七松先輩の側離れるんじゃねえぞ!俺ぁ今日は帰ってもお前の捜索なんかしてる余裕なんてねえんだからな!」
「捜索って何の話だよ」
「ああもう!七松先輩、平……先輩。後よろしくお願いします!」
「何故私だけ先輩の間に間が開くのだ!はっ、わかったぞ。この優秀で美しく平滝夜叉丸の名を呼ぶ事に気兼ねをしているのだな?遠慮することはない敬意をこめて呼ぶのであれば……」
「失礼します!行くぞ藤内っ」
「ああ」
「話を遮るなー!最後まで聞けー!!」
「何叫んでるんだ滝夜叉丸。喉痛めるぞ?」
「……なんでもありません」
 肩にぽんと手を乗せてにかりと笑った七松に、嫌な予感しかしないのか、平は顔を青ざめさせた。
「おーい、三之助。四郎兵衛を背中に乗せて私の背に乗れ」
「えー?」
「ええ!?」
「そのまま突っ走るぞー!いけいけどんどーん!!」
 ……体育委員会だけは本当に入らなくて良かったと心底思う。
 私は作兵衛と藤内の二人の手を再び握ると忍術学園へと向かって歩き出した。


  *    *    *


 無事に忍術学園につくと、丁度食堂の方からいい匂いが香ってきていた。
 夕食時だからだろうか、ざわめきを感じていると作兵衛と藤内の二人はへたりとその場に座り込んだ。
 時間が時間なので小松田さんはすでに居らず、代わりに吉野先生が出てきて出迎えてくれた。
 私が入門表に名前を書いている間の事で、吉野先生はその様子に「ほっほっほ」といつもの笑い声を零していた。
「夕食、部屋に運ぼうか?」
「いえ、行きます」
「食堂のおばちゃんの顔見てご飯食べたいです」
「……そうね」
 確かに食堂のおばちゃんのご飯は恋しくなる味だものね。
 色町の色を売る者たちが食べる料理なんて、精力つけるためのものだとか、そんなに太らないようにとかで慎ましやかにだったりと差が激しい。
 味は確かにおいしいのだけど、若干気を張っていた二人が味を感じていたかは怪しいし、道中の食事は昼ははずれだったしね。
「早く行かないと定食がなくなってしまいますよ」
 吉野先生は、サインを受け取ると笑いながら事務室の方へと去って行った。
「……片桐先輩」
「ん?」
 まだ立ち上がれないらしい藤内が、ぽつりと私の名を呼んだ。
 視線を落とすと、藤内はまっすぐに学園を見上げていた。何か思うところがあるのだろうか。
「耐えられないかも知れないですけど、僕、考えてみます」
「?」
「えっと……進路の事」
 その言葉に作兵衛が大きく目を見開き、まじまじと藤内を見つめる。
 でも藤内は小さく苦笑を浮かべるだけで、それ以上は言わなかった。
 だけど私にも作兵衛にもその言葉だけで十分だ。
 藤内に実習に出る前、私は言った。色忍がどういうものか知るように、と。
 それは学園長先生からの指示でもあったけど、実際に色忍にならなくとも、その手管を学ぶことは頭が固くなってしまっている藤内の今後に良いと思った。
 色は簡単なように見えて、頭が良くないと務まらない。くのたまの色忍志望の上級生たちがいい例だ。あの子たちはとても頭がいい。
 忍たまの下卑た詰りを鼻で笑い飛ばし、お前たちはその色に容易に引っかかる愚か者なのだと精神的に貶める。
 女だからと馬鹿にする忍たまを蹴散らす様は見ていて心地がいい。
 以前そう言った時、彼女たちは私を変だと言ったのは仕方のないことだと思う。彼女たちは私を知っていても“色葉”は知らないのだから。
 まあ詰まる所、先生たちが思ったように、私も藤内には向いていると思った。綺麗どころが集まる作法委員に所属しているだけあって綺麗な顔立ちをしている。きっと成長しても美しさは損なわれないだろう。
 色忍は見目が美しければ、身長などどうにかなる。後は向き不向きだ。
 立花みたいにプライドが高すぎればまず向かない。逆にプライドがなさ過ぎてもいけない。
「道は険しい」
「わかっています。今後もご指導お願いします」
「それは先生の仕事。……でも、手は貸す。頑張れ」
「はい、ありがとうございます!」
「お、俺もっ……もうちょっと変姿の術頑張り、ます」
「ん」
 張り合うように言った作兵衛に一瞬驚きながらも、私は頷いた。
 今年の四年生は保健委員が進級せず居なくなったため、ほ組の選出は難航するだろうけど、ほ組は何も成績が悪い生徒だけが選ばれるわけじゃない。
 表で活動できない実習を受けなくてはならない私のような色忍志望だったり、暗殺専門を目指す生徒や特殊技能を特化させたい生徒も選ばれている。
 ろ組の赤間景清なんかは後者の理由で補助生徒なしでほ組に所属している。任務の内容さえ一致すれば他のほ組の連中と一緒に行く事もあるけど、赤間の場合は殆ど単独任務が多い。
 だから学園長先生にこの時期から目を掛けられた二人もいずれほ組として実習課題を受けるかもしれない。
 そうなればきっと面白いだろう。何しろ二人の学年にはほ組候補の有望株・三反田数馬と、三年生ながら福屋の補佐生徒候補に上がりかけた伊賀崎孫兵がいるのだから。
 三反田の影の薄さは程よいと思うのだけど、先生たちはまだ様子見みたい。
 次屋もあの七松に頭撫でられても全然平気そうだったし、神崎も潮江の鍛錬について行けてる様だから、三年生は案外と怪物世代なのかもしれない。
「食堂。お腹すいた」
「そうですね、行きましょう」
「あ、藤内待てこら!」
 藤内が私の腕を引き、作兵衛が慌てて追い掛けてくる。
 男として成長するのは正直まだ嫌だ。だけどこの身体とももう十五年も付き合ってきた。
 でも折角学園長先生が与えてくれたきかっけだ。少しずつでもいい。変わっていこう。
 身体は男だけど、同じ年数以上に色葉として生きてきた事実も覆せない。
 “私”は私。
 受け入れて行けばいいのだ。そのどちらの生も。
 空を見上げると、ちょうど一筋の流れ星が落ちていく。
 その姿に、毎年秋に家族三人で見上げていたしし座流星群が脳裏を過った。



⇒あとがき
 夢主が変わると言っても女のように生きるのとはちょっと違います。人とどうかかわっていくか、そっち方面ですね。
 だって身体が男なのに女言葉で喋る、イコール傍から見ればただのオカマですよ?
 三郎次辺りが「先輩キモい!!」と拒絶するする様が容易に浮かびます。
 ……しかしうっかり手が書いてしまいそうだ。←
20101127 初稿
20221026 修正
    
res

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