第玖話-4

※性表現少々有

 最初はガチガチに固まるかと思った作兵衛と藤内は、この一週間近くの特訓が効いたのか、それとも入れ替わる際に海美本人の口から、今日は変な客が来ない日だからと言われたことが理由だったのかはわからないけど、もう肩の力が抜けていた。
 他の陰間の後ろを付いて回る禿と、開店前にきゃっきゃとはしゃぐくらいには余裕があるらしい。
 この店は色を売る見世にしては品が良く、客も悪い客が少ない。
 ただ金持ちの客が多く、海美のように人気者は体力が持たずに潰れてしまうほど客が寄りつくらしい。
 役者の前座として陰間を営む者は一切居ないと言うのに、見目の良い若者ばかりが集まる店だからこその人気なのかもしれない。
 今は私が客と部屋に籠っていると言う事で、座敷の方で二人大人しく待機しているけど、大丈夫かしらとふと思う。
 礼儀作法に関しては立花と禿潜入が多かったハナに任せたけど、行為中の声を聴かせる訓練はしなかった。
 まあそれを学ぶためにこう言う実習があるんだけど。
「あっ……ちょお、旦那ぁ」
「なんだい?」
「……あっ、そ、そこばっかりつくん……ひっ、あ、もうっ……あか、ん、てぇ」
 女装した男を抱くことの何が楽しいんだか。
 衣服を完全に剥ぐことなく行われる行為は別に構わない。
 だけど女装をしたままと言う行為は私はあまり好きではないから、思わず寄りそうになる眉間の皺を意識して感じて見せるとき以外は寄せないようにした。
「ああっ、あん、ひい、旦那ぁ……も、いややってぇ」
「はは、今日の海美は一段と可愛いなぁ」
 荒い男の息にもう少しかと冷静に考える自分が居る。
 これだから自分は色忍を目指すしかないのだろうなと思ってしまう。
 慣れとは恐ろしい。
 確かに気持ちいいことは気持ちいい。
 けど今私が気持ちよすぎるからと懇願してる場所は、あくまで海美の感じる場所であって私が感じやすい場所ではない。
 適当に男が行く頃にイケるようにしておかなければと思い、頭を切り替える。
「旦那、も、もうっ」
「ああ、そうだな……」
 激しく肌を打ち付けられる腰つきに悲鳴のような嬌声を零す。
 なんて虚しい行為なんだろう。
 子を成すためではなく、ただ性を吐き出すためだけの行為。
 いくら男が性を吐き出そうとも私が孕むことは決してない。
 無性に立花の許へと行きたい想いに駆られて、思わず笑いそうになった顔を、ぐったりした様子で布団の上に上体を押し付けることで誤魔化した。
 散々知識は与えた。
 だけどこんな私の声を聴いて、作兵衛はまた私をあの日のように抱きしめてくれるだろうか。
 ……多分そんなことはもうないだろう。
 嗚呼、なんて虚しい行為だろう。


  *    *    *


 ぐったりと布団の上で微睡んでいる海美姉さん―――基、片桐先輩に気を使ってか、客はそのまま寝かせてあげてと、俺と藤内に口止めかなにかは良くわからないが銭を与えて去って行った。
 こういう時は見送りに行くべきなのだが、客が良いと言ったので、仕方なく店先までだけでもと無理言って藤内が見送りに行った。
「……海美姉さん、水いります?」
 枕に顔を埋めて起き上がる様子のない片桐先輩にそう声を掛けると、片桐先輩は小さく首を横に振った。
「旦那が今日はゆっくり休むよう言ってました」
「もう、いい」
「え?」
「お願い、一人に、して……」
 声が僅かに震えている。
 それは海美姉さんの声じゃない、片桐先輩の声だ。
 男に抱かれて平気な人がいるもんか。
 ずっと隣の部屋で拳を握って堪えていた俺なんかより、片桐先輩の方がよっぽど……。
 あれ?でもこの人は一人で泣ける人だったっけ?
「……片桐先輩?」
 肩に手を伸ばすと、酷く怯えた顔の海美姉さんが俺を見上げた。
 泣きそうな顔の癖に、涙は一滴も流れてない。
 俺は片桐先輩の長い黒髪に手を伸ばした。
 鬘だったら行為の最中に外れてしまうような気がしてたけど……ああ、やっぱりこれ片桐先輩の地毛だ。
 指通りのいい髪を梳くと、片桐先輩の顔がますます歪んだ。
「ただ今戻りました、海美姉さん」
 部屋に戻ってきた藤内は、俺と片桐先輩の所までまっすぐ歩いてきた。
「……藤内?」
 掠れたような声で片桐先輩が藤内を呼ぶ。
 その言葉をきっかけに、藤内が浮かべていた笑みがくしゃりと歪んだ。
「片桐、先輩っ」
 色に関して俺より知識のなかった藤内。
 潔癖で、本心を言えばこの実習に来たくなかったであろう藤内は、本当によく耐えたと思う。
 俺と一緒に隣の部屋に居た間、耳も塞げず真っ青な顔で身体を強張らせ続けていた藤内は、客が部屋を出てくると、瞬時に笑みを作って気丈に見送りまでこなした。
 俺なんかより、よっぽど辛かったと思う。
 片桐先輩は重たいであろう身を起こすと、衣服を若干整えて藤内の肩に手を伸ばした。
「もう泣いていいのよ」
「う……ううっ」
 そう言うと、藤内は堪えていたものが完全に切れたようで、流石に大きな声は上げなかったけど、泣きながら片桐先輩の胸へと飛び込んだ。
 片桐先輩は一瞬迷いながらも嗚咽を零す藤内の背に手を伸ばしてそっと撫でた。
「藤内、良く耐えたわね」
 ぽんぽんとあやす様に撫でる姿を俺はぼうっと見つめた。
 俺の目はどうしたって言うんだろう。また片桐先輩が女の子みたいに見えた。……重症だ。
 思わず目頭を押さえると、片桐先輩の手が優しく俺の頭に乗った。
 すいやせん、意味が違うんです!
 でも、今は甘えて良いのかもしれない。学園に帰って泣くわけに行けない。
 片桐先輩以外に、俺たちがここに実習で来ていることを知っているのは立花先輩だけだ。
 食満先輩も同じような実習を受けたことがあるらしいけど、後輩に対して過保護な食満先輩には言わない方がいいだろうと、立花先輩が上手く口止めをしてくださった。
 委員会活動には俺に変装した片桐先輩が参加した日もあったらしいけど、上手い具合に誰にもばれなかったらしい。
 流石は片桐先輩と言うべきなのかはわからないけど、片桐先輩に構われれば構われるほど、五年い組の久々知兵助先輩の視線が痛かった。
 一番視線を突き刺してくると思っていた鉢屋先輩は、実習の事を知っていたらしく、忍術学園を出る時に見送りに来てくれた。
 鉢屋先輩も片桐先輩同様俺に良くしてくれる先輩だ。多分蔵兄の事があるからだろう。
 たまにからかわれると言うか、からかわれる率の方が高いけど、すべては俺の眼力を鍛えるためだと言っていた。
 片桐先輩がこうして身を削ってまで俺たちの実習に付き合ってくれてるんだ。俺は期待に応える忍になりたいっ。
「お疲れ様、二人とも」
 片桐先輩の柔らかい労いの声を聴きながら、俺は静かに決意をするのだった。



⇒あとがき
 ざ・かんちがいぱーとすりー……と言う名の都合のいい妄想。
 作兵衛、夢主が同じ依頼を以前にも受けていることを忘れています。
 夢主、作兵衛の行動に勘違いしてます。まさかのW勘違い。……やばいこういうの大好きっ!!←
20101124 初稿
20221025 修正
    
res

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