第玖話-3

「邪魔するで」
 浦風、三反田の札の掛かった部屋の中へと入ると、制服姿の作兵衛と浦風がぽかんとこちらを見上げていた。
 だけど作兵衛はすぐに私の変装に気づき、居住まいを正した。
 最初に作兵衛が真贋の目の持ち主だと気付いたのは富松先輩だ。
 実家に帰って変姿の術の成果を家族相手に試そうとしたところ、何故か作兵衛だけが引っかかってくれない。
 さすがにプロになって腕を上げたのか、この間来たときは一切バレることはなかったけど、それはまだ作兵衛の眼力が未熟だからだ。
 とにかく、そのことがきかっけで発覚した眼力ではあったけど、本人はまったくの無自覚で、入学直後に三郎様と不破の入れ替わりを難なく見破ったことで有名にはなったけど、あの富松先輩の弟と言う事で皆納得してしまった。
 だけど私と三郎様はその一括りで決めてかからず、こそこそと作兵衛に変姿の術を教えることにした。
 先生方も作兵衛の才能に富松先輩以上のものを感じたのか、変姿の術に力を入れたがっているのだけど、作兵衛は同時に迷子二人の世話もしなくてはいけないため中々時間が取れないでいた。
「なんや、二人とも風呂に入ってへんの?」
「あ、いえ……夜着では失礼かと思ったので制服に着替えただけです」
「そうなん?せやったら女装姿の方がよかったわ。二人ともよう似合うてそうやん?」
「!」
 ぽかんと呆けていた浦風が、やっと相手の正体が私だと気付き、口をぱくぱくと鯉のように動かし、私と作兵衛の間で視線を行き来させる。
 一年同じ委員会に所属していたと言っても、今ほど後輩に構ってはいなかった時期だったので、浦風とはあまり会話をした覚えはない。
「どうぞ」
 部屋の主である浦風が混乱状態なままの為、作兵衛が代わりに私に席を促してきた。
 私はぺたぺたと二人の前まで歩き、胡坐をかいて座った。
 顔が綺麗なだけに姿勢が気になるのか、作兵衛が苦笑を浮かべていた。
「それが依頼主、でしょうか?」
「海美言うんやけど、本名やのうて源名やで。親友からもろた大事な名前やさかいずっとこの名前つこてんねんて」
「片桐先輩は依頼主にすでにお会いになってるんですね」
 ようやく正気に返ったらしい浦風がそう返してきた。
「せや。海美は二月に一回は依頼してくるんよ。ほんま我儘なお人や。せやけどそう言う関係やから、今回みたいな実習も許してくれたんや」
「あの、俺たちはどうすればいいんでしょうか?一応図書室で本を借りてみたんですけど……」
「そやな……先に口調だけでもなれるように変え。二人んことは作と藤呼ぶわ。そいでうちのことは海美姉さんって呼びぃ」
「陰間でも姉さんなんですか?」
「声も意識しとき」
「は、はいっ」
 作兵衛の場合口調も心配だけど、声が少し低いのも心配ね。
 普段から気を付けるには周りが気になるでしょうから、実習まで出来るだけ時間を取るべきかしら。
「海美んとこの見世は完全に男相手の陰間しかおらんし、ごっついのはおらへんから」
「それは……なんとなく安心です」
 あからさまにほっと息を吐いた作兵衛に、富松先輩から聞いた家族構成を思い出した。
 完全なる男系ではないものの、大家族なのに女は僅かに二人で男の数が圧倒的に多いらしい。
「まあ陰間なんて見目悪かったら務まらんしね」
「そう言うものなんですね」
「藤はまったく知らんのやね……そや、新造がなにかは勉強したんか?」
「えっと、新造は新しい船と言う意味を持っていて、禿が成長して十三、四歳になると呼ばれる名です。新造には振袖新造、留袖新造、番頭新造の三つがあり僕らが変装するのは振袖新造です」
「簡潔でよろしい。せやけど二人は禿としてなんも勉強しとらん。藤は作法委員でどうにかなっとるけど、問題は作やな……」
「うっ……礼儀作法のなさはよく自覚してます」
「そうやね……付け焼刃やけど、委員会の時間をどうにか実習の練習に裂けんやろうか」
「それは厳しいと思います。用具委員人手不足と言うか……綾部先輩と七松先輩が蛸壺と塹壕を日々大量生産してくださってますんで」
 がくりと項垂れる作兵衛に、傍迷惑な穴掘り小僧と駄犬が脳裏を過る。
「……そう言えばさっきも穴掘ってた気ぃするわ」
「それは即座に止めてください先輩!」
「先輩やのうて海美やって」
「ううっ」
 俺には無理だぁと頭を抱える作兵衛に首を傾げる。
「役なんて感じて入り込んだらええねん。何もうちや三郎みたいに既存の人間を演じろ言うんやないんや。自分が作る新造・作を演じればええんや」
「自分が作る……新造の作」
 まだ幼い作兵衛と浦風は女装すれば済む話ではあるのだけど、きっちり変装させる気だ。
 それには私の手だけではなく立花の手も借りた方がいいだろう。
 いや、立花だけじゃない。他の六年生も使おう。
「確か六年ろ組の島津が用具委員や。六年生は委員長以外サボってええみたいな風習をどないにかすればええねん。用具委員の件はうちに任せとき」
「あ、後迷子二人は……」
「それも各委員長に任せとけばええねん。大体作は色々任されすぎやねん。この際やからはっきり言うけどな、今のまんまやったら才能の持ち腐れやで?」
 作兵衛が下唇を噛みしめ、浦風はおろおろとする。
「藤、お前もや。知識に頼りきっとったら襤褸はすぐ出るんや。知識に関してはこれからもっと詰め込むけどな、平静を装う努力をしぃ」
「う、はい!」
「そない元気のええ返事はあかん。もっと淑やかにせえ」
「は、はい」
「それでええ。はっきりものを言うときは大きな声をただ上げるんと違う。腹に力こめて、気迫でもって言えや。一先ずこれから見世の仕組みに関して説明するけえよう頭に叩き込み」
「「はい」」
「そして明日から実習当日まで連日作法室で扱くけ、覚悟しぃや」
「「ひえぇ!」」
「情けない声を上げるんやない」
「すいやせん!」
「ちょっ、作」
「……作、勉強会には立花も呼ぶさかい、しっかり扱いて貰いや」
 にこりと微笑めば、作兵衛は顔を青ざめさせた。
 流石はドS集団・作法委員の委員長様。後輩の怯え具合はばっちりだわ。


  *    *    *


「ってことは身代わりくん、今週じゃなくて来週来るんだ。うわあ、どうしよう」
「どうしようとかいいながら結局来るんと違うの?」
 呆れたように言ったうちを、自称“山本”様はきょとりとした目で見つめてくる。
 自分で名乗ってる癖に最中に不快そうな顔してるから偽名やろう。
 せやけど、そんなお人ぎょうさん居るから、この人だけやない。
 うちかて見世では“海美”言うとるけど、本当の名前はこの人にも教えとらん位には内緒や。
「ちょっと、なんでわかるのみたいな顔せんといてくれる?旦那、今素顔晒しとるのわかっとる?」
「ああそうだっけ?」
「そうだっけとちゃうわ。変な人やな……ほんま旦那、忍なん?」
「そりゃあ身代わりくんが身代わりくんだってわかるくらいには忍者してるつもりだよ?」
 にたりと笑う山本様にうちは眉を顰めた。
 布団の上で動けなくなっとるうちと違うて山本はぴんぴんしとる。
 十五歳にして座敷持ちの身分ではあるけど、よっぽど疲れて身揚げでもせん限りほぼ毎日働いとるうちについてける客は殆どおらん。若いしな!
 それやのに山本様は体力有り余ってますと言う様子で酒でも呑気に呑んどる。
 疲れて動けんで酌もできへんのに、文句一つ言うことなく自分で勝手に酒を注いで飲み続けとる。
 さて、それで何升飲んだんやったっけ?数えるのも忘れたわ。
「明日休みと違うんやろ?ええのん?」
「まあ今日もお休みじゃないんだけどね」
「……それでええんかい」
 忍ってようわからんわ。
 山本様も言うたけど、うちがようお願いする身代わりくんは忍たまや。
 番頭のむかぁしの伝手ってやつで、身揚げすらまともに出来ん売れっ子のうちを助けるためにって雇ってくれた。まあでも最近は自分で雇っとるけど。
 うちと同い年で、うちみたいに小柄な男の子。名前は片桐三喜之助って言うてた。山本様には絶対教えたらんつもりや。
 忍者と言え男に抱かれるんはいややないのか聞いたことがある。
 最初に会った日。うちを知る為やって一日うちを観察してた日や。
 名前も教えてくれへんかった三喜之助は、平然と答えた。自分が最初に男に抱かれたのは十歳の時やって。
 うちだって最初に男に抱かれたんは十二の時で、それでも他の子より早かってんで?
 あんまりにもケロッと答えるもんやから、こっちの方が驚いてしもたのをよう覚えとる。
 まあ表情自体変わるんかいって思わず思ってしまうほどの能面やってんけど……。
「ねえ旦那」
「何?」
「身代わりくん、そないに気に入ってしもうたん?」
「うーん。海美くんとはまた違う理由でね」
 にやりと笑う顔が厭らし。
「ほんまにそうなん?うちあん子のこと気にいっとるんやけど」
「うん、私も気に行っちゃったんだよね。だからスカウトしてみようかなって」
「それ無駄やと思うで?」
「やってみなきゃわかんないでしょ?」
「けどあん子、来年は一応ええけど、再来年からは完全に実家帰るから依頼受けられへんて言うてたもん」
「実家かあ……それは厳しいね。男の子の色忍は貴重なんだけどなあ……」
「そないに珍しいん?」
「プロ忍者になるのに一応試験があるんだけど、男の子の色忍希望は何年に一人らしいよ」
「へー」
 じゃあうちはそのたまたまに出会えたっちゅーことか。貴重やな。
「ねえせめて実家がどことか知らない?」
「うちが知るわけないやん。ほんまの名前も知らへんのに」
「じゃあ来週聞くしかないかあ」
「もうやめたってや、旦那。うちが休めんくなるやんか」
「そうなったらいっそ身請けでもしてもらったらいいんじゃない?」
「そない簡単に言わんといて。うちも目的があってこの仕事選んどるんやから」
「ふう、海美くんも身代わりくんもつまんないねえ」
「つまんなくて結構や。旦那は客。あん子はうちが個人的に雇っとる子や。……ああ、せやけど来週は出来たら来んでくれんか?」
「なんで?」
「あん子と一緒に別の客が来るんや。悪いけど相手できへんやろうし、代わりに別の日にちゃんと予約つけとったるわ」
「え?本当?」
「雇い日を決めるんはうちやもん。まああん子相当嫌がるやろうけど」
「えー?」
「文句言わんといて。旦那、あん子になにしたらあんなに嫌われるんや?」
 心底不思議やって目で訴えたら山本様はなんでだろうねとにやりと笑った。
 ……手ひどくやったか、厭らしいことされまくったんやろな。
 ほんま、先手打っといてよかったわ。
「いつやったらええのん?」
「うーん、出来たら早い方がいいなあ。実家に見切り付けてほしいし」
「付けへんやろ。まあええわ。次は来月の末やけどええ?」
「結構先だねえ……まあいいや。他の人使いまくってでも来るよ。来週避けて近いうちに来るから、その日に詳しい日教えて?」
「はいはい。旦那の周りの人はかわいそうやな。扱き使う気やろ」
「あったり〜」
「ほんま……呆れたお人や」
 こんない仕事サボって陰間に通うような忍者雇うお殿様の顔が見てみたいわ。ほんま。



⇒あとがき
 作兵衛と藤内を苛めるのがとっても楽しいです。どうしようかこれっ。
 後半の山本様はあれです……山本って一杯居る名字だよねってことでチョイス。
 さーて、後半のお話が無事に後への伏線へ生かし切れるのかどうか……かなり怪しいです。←
20101122 初稿
20221025 修正
    
res

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