第玖話-2

 五日前。食堂のおばちゃんがぎっくり腰になって、六年い組の黒ノ江鬼桜丸先輩と六年は組の片桐三喜之助先輩の二人が、食堂のおばちゃん代理をすることになった日。
 俺は一年ろ組の教科担任である斜堂影麿先生に呼ばれた。
 藤内みたいに委員会での繋がりがあるとかそう言うのは一切なく、呼ばれた理由もよくわかなかったけど、何かしら理由があるのはわかっていた。
 だって学年の違う先生だし、なんとなくいつもと雰囲気が違う気がしたから。
「日程は未定ですが来週以降、いずれかの日に君に個別の色の実習があります」
 切り出された言葉に頭を金槌でガツンと殴られた気がした。
 俺は他の奴らに比べると耳年増なところがあったし、蔵兄と同じように手先が器用だから、変姿の術が伸びるだろうと実技担当の先生にも言われてた。
 だけど突然のこれだ。俺どういう反応したらいいんだー!と心の中で叫んでいると、斜堂先生はくすりと笑った。
「とは言え富松くんはまだ三年生ですので、実際に君が誰かの相手をすると言う事ではありません」
「……へ?」
「君は男色や衆道を知っていますか?」
「い、一応」
 蔵兄知識で、もし先輩にそんなことを強要されたら逃げろと叩きこまれてます!……とは言えねえ。
 男ばかりの共同生活と言う事でそう言う事になる奴もいるし、実際上級生になれば授業で多少触れると聞いていたが、まさか三年生でその単語を聞くとは思ってもみなかった。
「ではまだ浦風くんよりはマシですね」
「藤な……浦風ですか?」
 先生の前と言う事で慌てて言い直すと、斜堂先生はふふふと不気味に笑った。
「作法委員ではそう言う話題は出ませんから」
「まあそりゃそうですよ、ね」
 こえぇ!!
 斜堂先生の笑みにビビりながら、俺は藤内を思い出す。
 真面目な性格をしている藤内が、男色や衆道の意味を知って暴走しなきゃいいが……しそうだなぁ、藤内の奴。許容範囲を超えると爆発しちまうし。
 恐らく斜堂先生が言う実習は、藤内も一緒なんだろうけど、俺もそっち系は出来れば遠慮しておきたいところだ。だってむさ苦しいだろ?男ばっかの実家を思い出すんだよなあ……。
「陰間茶屋と言う、そうですね……女郎屋の男版のようなものがあります。二人には陰間に忍務で潜入する六年生の補佐―――新造に化けてもらいます」
 陰間茶屋の仕組みはいまいちわかんねぇけど、そう言われれば少しわかる。
 禿ではなく新造と言う事は、客を取ってる間に他の客が来れば話し相手をしなくちゃいけない。だからこそ来週以降と日取りを遅くしているんだろう。
 多少の知識がなきゃボロが出るのが変姿の術の大変な所だ。
 だから蔵兄は人一倍知識を付けなきゃなんねえ、って実家に帰っても毎日夜遅くまで勉強に励んでた。
 親父やお袋、他の兄弟や近所の人。色んな人の仕草を真似てみたり、話を聞いてみたり。そんな蔵兄の姿を見てきたからこそ、俺は鉢屋先輩や片桐先輩の事を尊敬している。あの二人の変装は蔵兄と一緒で別格だ。
「何かあれば六年は組の片桐三喜之助くんに聞きなさい。彼が今回の忍務に向かう生徒です」
「え?」
「まだ三年生の君たちには酷な実習ですが、才能を見込まれての事です。自信を持って実習に取り組んでください」
 では、と斜堂先生は静かにその場から去って行った。
 失礼だけど俺はてっきり六年い組の立花仙蔵先輩辺りの忍務かと思ってた。あの人すっげぇ女装が上手いし、高嶺の華って感じは俺の中でそう言う想像をしやすかったのもある。
 片桐先輩は確かに変姿の術に関しては別格ではあるけど、片桐先輩のそう言うところを見たいかと言われれば正直見たくねえ。
 なんかそう言うの見たらきっと胸の辺りがムカムカするし、今想像してることにさえなんかムカムカした。
 それから片桐先輩が忙しそうなのもあったけど、話しかけるきっかけが中々見つからなくて、実習の下調べとして左門と三之助が委員会の間に図書室に行って藤内と会った。
 当番が五年生の不破雷蔵先輩で、俺たちが手に取った本に思いっきり首を傾げていたけど、三年生だから借りたら駄目とか言う事はないので、俺たちは本を手に長屋へと向かった。
 最初思わず悲鳴をあげそうになっていた藤内を宥めながら、陰間や新造、女郎の仕組み等を説明していると、藤内は予習だと必死に頭に叩き込んでいた。
 お互い委員会もあるし、他の奴らの前で言える話じゃないからと話題に触れることはなかったけど、あの日から五日目、藤内が片桐先輩に聞こうって言い出して煙硝蔵に行った。
 俺は委員会の仕事があったし、藤内は藤内でなんかぷっつり来ちまったんだろうな……。
 聞くと決まった以上は頭切り替えていかなくちゃなんねえ。
 三之助と左門は数馬一人に任せるとかなり不安だったが、潮江先輩が緊急に委員会召集を行ってくれたお陰で面倒が三之助一人になったのはものすごく助かった。
 後は俺自身の覚悟だけだ。腹据えてやるしかねえってのはわかってんだが……。
 俺が新造に変装って、柄じゃねえし、似合うのか?
 まあ、実習だって言われちまったら、やるしかねえんだよなあ……はあ。


  *    *    *


 浦風の部屋に向かう前、私は四年生の長屋を訪れていた。
 同室の穴掘り小僧は、今頃所構わず穴を掘っているのだろう。室内には平一人しかいなかった。
「……それはまた気の早い実習ですね」
「せやろ?」
 小声で告げた内容に平は眉間に皺を寄せた。
「ですが、学園長先生が決められたことに私たちが口を挟むこと等できませんね。わかりました。お引き受けします。しかし事前忍務をほ組としてと言う事は福屋先輩と、と言う事ですよね?」
 一緒に組むと言う事で、平には福屋の事情―――先日の一件については新野先生も交えて予め説明されている。
 自分の事はペラペラと口にする平だけど、他者の秘密となれば一切明かさぬ人を欺くのに向いた性格をしている。
 平は腕を組んで悩むような仕草をしている辺り、その福屋の心配をしているのだろう。
「いや。福屋はまだ立ち直っているとは言えへんし、今回は三郎と組んでもらうわ。平の補助の訓練言う事でな」
「鉢屋先輩とですか?」
「詳しい説明は三郎にしとるさかいそっちで聞いてくれへんか。あんまペラペラ話すもんとちゃうしな」
「実践の方が多いとは聞いていましたが……片桐先輩は同室の者になんと言って説明をしているのですか?」
「普通に忍務とかって言えばええねん。ほ組の名前を出さんかったら問題あらへんて」
「それもそうですね。ご教授ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げる平に、私は「かまへんよ」とへらりと笑った。
「……それにしても片桐先輩」
「なんや」
「ここまでその格好で来られたんですか?」
 訝しげに見つめる平に私は格好を見下ろした。
 普通の夜着に長い黒髪。愛らしく美しいこの顔は忍務の依頼主―――海の顔だ。
「似合てへんか?」
「いえ、見目の割に豪快な方なのだとお見受けします。それが依頼主ですか?」
「せや。この顔見せといた方がええやろと思ってな。後釜は必要やしな」
「……それは浦風か富松に色忍を目指してほしいと言う事でしょうか」
「浦風の方みたいや。まあ個人的に言うんやったらなってほしないな。こういうんはほんま向いとらんとできへんやろ?」
 福屋がいい例だと言外に言い含めれば、平は眉根を寄せて畳をじっと見つめた。
「それに海はかなりの売れっ子や。身揚げしようにも客が絶えんし、月に二日まともに休めればええほうなんや。……せやけどそれもあと一年だけの話や。色忍志望の男なんてそうおらへん」
「やはり片桐先輩でもお辛いのでしょうか?」
「別に男に抱かれるんは平気や。せやけど忍務の自分と普段の自分はちゃうやろ?出来るんなら好いたお人と添い遂げたいわあ。……なーんて、そんなんこの世に居らんのんやけど」
 からりと笑えば平は苦笑を浮かべ、自分の手のひらをじっと見つめた。
 ちなみにこれは私と言うよりも海の言葉だ。
「どないしたん?」
「私はまだまだ未熟なのだと改めて思いまして」
「?」
「片桐先輩は本音を隠すために変装し続けているだけには見えない。そう思って立花先輩に聞いてみたんです」
「立花に?」
 何故立花にと思ったけど、良く考えれば私の事をわかっているのは、立花と鬼桜丸くらいだから仕方のないことかもしれない。
 それに立花と久々知だけが、ほ組ではないのにほ組を知る数少ない生徒だ。
 何かあれば頼っても構わないとは言っていたから、その関係で立花に接触したのだろう。
 普段の平自身、六年生に一方的な対抗心を抱きながら、委員会の先輩である七松の暴走の度に上級生に頭を下げまくっているのだから、接点がないとは言わない。
「私の所見に狂いはなかったようですが……片桐先輩、現実から目を逸らし過ぎると見えないものがありますよ」
「目を逸らしてる?」
「片桐先輩に甘い立花先輩や、盲目的な久々知先輩や鉢屋先輩の側はさぞかし居心地がよいでしょうね」
「……何が言いたいの」
 思わず素に返って口にした言葉は、随分と冷えた声になってしまった。
 だけど七松で慣れている平は、一瞬怯んだもののすぐに己を取り戻してまっすぐ私を見てきた。
「何があるのかは知りません。ですが今の片桐先輩は警戒しすぎています。……黒ノ江先輩、一緒に食堂の手伝いに走り回ってる間すごくうれしそうでした」
「!」
「差し出がましいかもしれませんが、黒ノ江先輩は生徒や教員の多くの期待を一身に背負うような、私にとって一番の目標と言えるお方です。あの方の表情が曇るのを、私は見ていられません」
「……せやな。ちょっと、気ぃ張り過ぎてたかもしれんわ」
 そう言えば、鬼桜丸と一緒に居る時間が随分と減ってしまった気がする。
 護衛の忍務も、上級生に上がった今ならばそこまで気を張る必要が無くなったのもあるけど、私自身他に手一杯になり過ぎていたかもしれない。
「平は鬼桜丸の事よう見とんやな」
「出来る事なら、黒ノ江先輩が指揮を執る忍者隊に就職したいと思っておりますから」
「なんやそこまで……本当よう見とうな」
「実を言うと、父方の叔父が黒ノ江先輩の所に居ますので」
 反則ですかねと平は言う。
 すべてがすべてそうではないけど、平も私や鬼桜丸と同じく忍たまの顔を装っているのだろう。
 正直ここまでとは驚いた。
「ええんと違う?ほんまに成果があるんやったら、うちからも紹介状書いたるで?鬼桜丸のお父はんにもようい言われとうし」
「いえ、完全なる実力で向かわせていただきます。何、この成績優秀な平滝夜叉丸。紹介状一つなくとも立派に就職して見せますとも」
「ほなら、一同盟国の民として応援させてもらうわ」
「ありがとうございます。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「ええよ。いい時間つぶしになったわ」
 外から穴掘り小僧こと平の同室の綾部喜八郎が戻って来る気配がする。
 廊下を伝ってではないあたり、彼らしいと言えば彼らしいだろう。
「ほな、またね」
「はい。おやすみなさい、片桐先輩」



⇒あとがき
 できる男―――平滝夜叉丸!……でもいいと思うんだ。だめ?
 前に他のジャンルの連載で突っ込まれたんですが、私完全逆ハとかものすっごーく苦手です。何故バレたし。
 人の好みってやっぱりあるじゃないですか?だから私は万人に好かれる夢主を書くのが苦手です。逆ハヒロイン書ける人寧ろ尊敬します。
 読めるけど本当書けないんです。書けてもなんかおかしな方向に走るんです。
 だからいっそ嫌われ夢主が大好きです。大好きな子は苛めたい。そんな私……立花属性ですか?その通りです。←
20101121 初稿
20221024 修正
    
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