第玖話-1

 食堂のおばちゃん代理は四日で終了し、少し遅れた分を取り戻すため、私たちは主に教科の補習を受けることになった。
 実習の方は大して大がかりなものがあったわけではなく、棒手裏剣と道具管理の抜き打ちテストがあったくらいで、その両方とも、同級生たちは私たちに秘密にしていたけど、簡単にクリアすることが出来た。
 だけどその分教科がすさまじい勢いで進んでいたので、鬼桜丸は机に噛り付き、同じい組の七法寺を捕まえて復習まで熟す。本当鬼桜丸ったら真面目だわ。
 私はと言うと、どこまで進んだかわかればとりあえず補習は十分、とばかりに委員会に顔を出す事にした。
 煙硝蔵の辺りに近づくと、浦風の姿を見つけた。
 その姿にやっと来たかと思ったけど、仕方のないことだと思う。
 そわそわと落ち着きのない様子で、煙硝蔵の前で待つ浦風を、中を出入りする池田が威嚇するように睨んでいた。
「私に用?」
「あ!片桐先輩……」
 私の姿を目にしてようやくほっとした浦風だったけど、その表情はやはり暗い。
「お時間を頂きたいんですけど……えっと……夜は空いてますか?」
 不安げにではあるけれど問うてきた浦風は至極真面目だと思う。
 中々来ない二人を一応心配して図書室を訪れてみれば、中在家が眉間に皺を寄せながら二人が借りて行った本の題名を教えてくれた。
 恐らく予習は済ませたのだろう。
 その真面目な性格が吉と出たのか凶と出たのかはわからないけど、浦風はこうして私の所に来た。
 彼らにしてみれば実習でも私にしてみれば忍務だ。
 しかも実習の生徒を連れて行っても笑って構わないとのたまう見目の割に阿呆……失礼、豪胆な男。
「戌の下刻に行く。作兵衛も呼んでおいて」
「!……はい」
 浦風は緊張した面持ちで頷くと、「失礼します」と丁寧に頭を下げて煙硝蔵を後にしていった。
「なんだったんですか?」
「実習の話」
 ぶすっとした顔で問うてくる池田の頭を撫で、私は煙硝蔵の中へと足を踏み入れた。
「遅くなった」
「あ、いえ。すいませんわざわざ来てもらって」
 慌てて兵助がこちらに走り寄ってくる。
「実は、火薬の数が合わなくて」
「多いの?少ないの?」
「それが……多いんです」
 苦笑を浮かべる兵助から一覧を貰い紙束の内容を確認していく。
「片桐先輩が居ない間に一回、小松田さんが注文間違えて届いた分があるんですけど、それかななんて……」
「それもあるけど、書き間違えではない?」
「え?」
 どれですか?と覗き込む兵助から僅かに白粉の匂いを感じて眉根を寄せる。
「……片桐先輩?」
 不思議そうな顔をした兵助に私は首を横に振った。
「なんでもない。ここ」
 改めて書き損じているであろう箇所を指差し、兵助は「あー」と声を零した。
「伊助」
「はーい?」
「悪いけど長屋に戻る時にろ組の……」
 後の指示を兵助に任せ、私は兵助から僅かに距離を置く。
 今日の五年生の授業に女装の実習はない。変装の実習もない。
 あったのは町に出て情報収集をする校外実習であり、恐らくその名残だろうことはわかるけれど、私が苛立つ必要性はない。
 それもこれも兵助が“久々知”に似ている所為だと私は溜息を零して煙硝蔵を出た。
「少し付き合え」
「……立花?」
 何故ここに居るんだろうと思い眉根を寄せれば、立花は真面目な顔をして作法室がある方を示す。
 別に今日は当番ではなく、兵助にちょっと確認してほしいことがあるから寄ってほしいと言われただけなので、最後まで付き合う必要はない。
 だけど黙っていくのもと思い、私は棚の入れ替えをしていた池田に伝言を頼んで、立花と煙硝蔵を後にすることにした。
 煙硝蔵から作法室までは少し距離があるものの、そこに行くまではさして苦ではない。問題は作法室を入った途端歓迎されるカラクリの数々だと思う。
 伊助が自慢していた一年は組の笹山兵太夫の仕掛けるカラクリは、一年生が作ったにしては中々のもので、立花が手放しで褒めるほど。
 だけどあまりにも褒めるから、笹山は学園のあちらこちらにカラクリを仕掛けて多くの生徒が迷惑を被っている。
 分かりやすい印がないのだから、気配で感じるしかなく、まだ綾部の落とし穴の方が分かりやすくていい。
 保健委員に言わせてみればどちらも所構わずの為迷惑なんだそうだけど。
 立花に案内された作法室には他に生徒は居らず、代わりにごろごろと首実検用のフィギアが転がっている。
「何の用?」
 話を切り出せば、立花は「まあ座れ」と促してきた。
「少々気になることがあったが、どうやらそれに片桐が絡んでいるようだったからな」
 美濃先輩の時と同じパターンね。
 私はふうとため息を零し、誰もいないことを確認すると“色葉”の顔に変えた。
 小野田村に行った時に、二人の時はこの顔を要求してきた立花に理由を問えば、話甲斐があった方がいいからだと言った。
 それだけでなく、気分的に兵助へ嫌がらせをしている気になるから堪まらないんだそうだ。……その思考が良くわからない。
「何の話よ」
「藤内と富松の事だ。富松の事は詳しくないが、藤内の方は四日前から様子がおかしくてな。しばらく様子を見ていようと思ったんだが、今日の委員会を休みにしたら、迷いながらも煙硝蔵に向かったからな。これは何かあると思ったのだ」
「相変わらずの詮索好きね」
「可愛い委員会の後輩だからな。相談に乗るぞと言ったが、藤内は蒼い顔をして何も言わなかったからな……まずいことにはなっていないだろうな」
「私としては断りたいところだけど、学園長先生命令だもの仕方がないわ」
「色の実習か」
「私の忍務に付き合う形でね。貴重な色忍志望だもの」
 胸糞悪いと言う様子で立花は嫌そうな顔をする。
「浦風の方は少し委員会が一緒だったけど、それほど親しかったわけじゃなかったからどうかは知らないけど、作兵衛は間違いなく変装の才能があるわ。だから多分、浦風にも何かしら可能性を見ているんじゃないかしら」
「可能性か……まあ、藤内は真面目で、私や綾部に対して物怖じしない貴重な後輩ではあるが……藤内の可能性、か」
「要は、その可能性のために、他人のそう言う行為を間近にしても耐えられる精神力を鍛えたいのではないかしら」
 私にとっては忍務だから詳細は言えないけれど、そっと触れるくらいは問題ないだろうと思い言えば、立花は眉間に皺を寄せた。
「……私も似たような実習を受けたことがある」
「そうなの?」
「だがそれは四年生の時だ。私と長次の二人が同様の実習を受けている。後は伊作と留三郎も受けるからと話を聞きに来たことがあるな」
「伊作たちが?」
「目的等は藤内たちとは大分違うだろうが、似たようなものだろう」
 個別に出される実習は同じ組に所属していても知らないことがある。特に色や暗殺関係。
 忍務ほど制約はないものの、あまり口にしたくない内容の実習であれば、生徒たち自身が自然と口を噤む。
 上級生に上がれば上がるほど個々の得意分野が固定化していき、それを中心とした授業内容となってくるため、お互い知らぬ違う実習を受けねばならない時もある。
 たとえ同じ組に所属していようとしていまいとお構いなしにだ。
「事が及んでいる間を天井裏から覗き見するようなそんな胸糞悪い内容だったが、まあ今では慣れたな。情事の最中ほど口が軽くなることはないだろう」
「そうね。だからこそ優秀な色忍は情報収集のために重宝される。扱いは最低だけど」
「私の時は一つ上のくのたまの先輩だった。私たちが見ていると言う事は知らされていなかったようで、動揺をする様はとても哀れだったよ」
「私は知らされてるけど、二人には申し訳なく思うわ。相手は男なんだもの」
「……だろうな」
 立花は溜息を吐き、畳の目をじっと見つめる。
「出来る事ならもう一年、余裕を持って行ってほしいものだ」
「仕方ないわ。学園長先生の思い付きは気まぐれなんだもの」
「私としてはお前の情事をあの子たちが見ることも望まない。あの子たちはお前を良く慕っている。富松などお前の数少ない拠り所だろう」
「本当……嫌なくらい良く見てる」
「見ているさ。私はお前を好いているのだからな」
 はっきりと口にされた感情に、私は目を瞬かせる。
 立花は苦笑し、首を横に振った。
「別に返事などする必要はない。言うつもりはなかったが、言っておいた方がいいかと思ってな」
「……意味が分からないわ」
「中原先輩が学園を離れてもうすぐ一年経つ。忍務とただの情事は別物だろう。お前が望むなら私がお前を女扱いしてやろう」
 立花の言葉に私は思わず逸らした目をもう一度立花に向けた。
 立花は私の腕を引きその腕の中へと閉じ込める。
「私はお前を……“色葉”を知っている。私はお前の支えになりたい。……だがそれはすべてお前が望むのならの話だ」
「前は何も言わなかったじゃない」
「前は認めたくなかったんだよ。だが今は違う。例えそこにお前の気持ちがなくても、私はお前を慰めてやりたいと思う」
 穏やかな心音と少し低めの体温に包まれながら私は身体を強張らせていた。
 まるで生娘のように、耳元に囁かれる声と言葉に、肌が粟立つのを感じて震える。
 早鐘を打つ胸に思わず手を這わせれば、若干柔らかいとはいえ脂肪のない胸が現実を告げる。
「……気持ち悪くはない?」
「いや」
 私自身は気持ち悪いと言うのに。
 思わず零れた涙を唇で掬うと、立花は嬉しそうに微笑んだ。
 やっと私の前で泣いてくれたなと言うような、幸せそうな笑みに、私は目を伏せた。
 今後忍として生きるためには甘えはきっと許されないことだろう。
 今だけ、今だけ。と、それは毒のように私を侵していくことだろう事を、理解していても縋らねばならない時もあるのだと気付いたのは最近だ。
 私は知るのがいつだって遅い。感情と言う当たり前に持つべきものを、私は持ってはならないと教えられて生きてきた。
 三つ子の魂百までとは上手く言ったもので、私の中に擦り込まれたそれは私をいつまでも戒める。
 感情を教えてくれた、色葉の側に居続けてくれた人たち。
 おじいちゃん、おばあちゃん、中原先生、“春彦”、中原門下の人たち。それから“久々知”。
 皆優しい存在だった。失いたくはなかった。
 ただ一瞬のあの事故が“色葉”の人生を奪って行った。
 恨まないのではなく私は恨みたくなかった。恨んだら優しい人たちを忘れてしまいそうで怖かったのだ。
「お前の想いに応えられないかもしれない……でも……一時でもいい。ただの“色葉”で居させて」
「お前がそれを望むのなら」
 触れ合う唇に、私の目から歓喜の涙が零れた。
 人は幸福な時でも涙が流れるものなのね。
「立花、私を愛して」
 愛を知ったが故に枯渇するこの胸一杯に愛を頂戴。



⇒あとがき
 仙蔵に勢いが付き過ぎました。一応次から作兵衛と藤内の実習のお話に移ります!
 仙蔵はある程度書いたので近々久々知に勢いを付けようと思います。
 天女様が来る前にこの二人をとりあえずくっつけとけば後は……誰にしよう(^p^)
20101120 初稿
20221023 修正
    
res

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