第捌話-3

「あ、黒ノ江先輩だー!」
 色々な学年の生徒がそれぞれやってくる中、一際騒がしい一団―――一年は組がやってきた。
 定食の数が随分と減ってしまっているため、足りるのかしらと思いながら、念のため分量を減らしてもいいようにおまけで作ったなますは、好き嫌いがあるかもしれない。
 さてどうしたものかと思っていると、鬼桜丸とじゃれているは組の生徒の輪から少し外れている少年を見つけた。
 あれは確か最近編入してきた子じゃなかっただろうか。
 嬉しそうに二人の編入生をそれぞれ紹介に来た猪名寺たちの姿が脳裏を過る。
 先に編入してきたのは皆本金吾と言う随分泣き虫な子で、鬼桜丸の身長の高さに驚いて涙目になっていた印象が強い。
 二人目が最近編入してきた山村喜三太……であっていると思う。風魔忍術学校からの転校生で、蛞蝓を連れて歩いている印象がとにかく強い。
 食堂と言う場所もあって、その最愛の蛞蝓を連れていない所為か、落ち着きない様子の山村は、皆の勢いに負けて輪に加われなかったような印象を覚えた。
「何にするの?」
「はにゃ?あー、片桐先輩だぁ」
「ん」
 ふにゃりと警戒心が一切感じられない緩んだ笑みを向けられ、私は頷いた。
「定食、どっち?」
「えーっと、B定食がいいです」
「ん」
 わかったと頷いて中に戻ると、他のは組はまだ注文を取っている段階らしく、私はB定食を一つ手に取ると先に山村に渡すことにした。
「席取って皆を待つと良い」
「ほえ〜ありがとうござまぁす」
 山村は元気良い返事をすると、先に皆の分の席を確保しようときょろきょろと視線を彷徨わせる。
 そうしていると、ちょうど席を立つらしい一ろの子たちが山村にどうぞと席を譲っていた。
 良い子たちねと思わず思いながら、注文を終えたらしい鬼桜丸が、は組の皆にぱたぱたと料理を配っていた。
 福屋は他の五年生が授業を終えて戻ってきたときに、一緒に昼食を取るように言って追い払ったし、イロは他の生徒の精神衛生上よろしくないからと言う理由で、鬼桜丸がイロを先に厨房から出させた。
 「絶対に燃やさないでくださいね!」と念を押しながら昼食を手に席へと移動していくイロに。私は何も言わずになます作りに取り掛かっていた。
 は組の生徒が引いた後少し残った定食に鬼桜丸が首を傾げた。
「まだ誰か来ていないのか?」
「作兵衛」
「……ああ、迷子捜索隊か」
 鬼桜丸は苦笑しながら数を確認すると、納得したのか人数分を避けていく。
「あれ?一つ余った」
「……樋屋」
「?」
「二年の」
「ああ!」
 鬼桜丸はぽんと手を打つ。
 鬼桜丸と同じ音ではあるけれど違う字を当ててある樋屋奇王丸。
 元々は暗殺者ではあったけど、今は山田先生の説得により二年生に編入し一緒に授業を受けているのだけれど、どうも彼は私の事が苦手らしく、私の前に現れることはない。
「夕飯のメニュー考えてくる」
 幸い食堂のおばちゃん代理の間は授業が免除になるので時間はゆっくりある。
 その間にでも樋屋は来るだろうと言外に告げ、厨房の勝手口から外へと出る。
 室内では感じることのなかった日差しの強さに目を細め、空を仰ぎ見る。

「あれ?何してるんですか片桐先輩」

 ふと掛けられた声に視線を下ろすと、ぬぼっとした顔の三年生が一人。
 咄嗟に懐に入れていた縄を彼へと掛けると、私は迷わず犬笛を吹いた。
「な、なんてプレイを要求する気ですか」
 ドキドキと勝手に緊張を覚えている次屋を放置し、私は竜胆たちが連れてくるであろう迷子捜索隊を待った。
「片桐せんぱーい?放置プレイはきついんですけどー。もしもーし」
 一年の頃はただぼけっとしていた次屋が変な言葉を覚えたのは、まず間違いなく委員会の先輩である七松の所為だろう。これは平の所為ではない。平は次屋で学んだのか、よく時友の耳を塞いでいる姿を見る。
 思わず首を傾げる次屋に溜息を吐き、私は三年生の団体であろう足音に視線を向けた。
「三之助ぇぇぇぇ!!!」
「おお?」
 怒鳴り声をあげながらこちらに向かってくるのは作兵衛だ。
 その手が握る縄の先には勢いに負けて宙を舞う神崎。
 その姿に青ざめながら横を走るのは浦風。気にした様子が一切ないのは伊賀崎。
 一番後ろを走っていたはずの三反田は、途中で石に躓いて扱けた。流石は不運。
「お、ま、え、はー!!!」
「何怒ってんだ作兵衛。怒りたいのは俺なんだけど。勝手に迷子になってさ」
「迷子はてめぇだーーー!!!」
 次屋の制服の襟を掴むと、作兵衛はがくがくと次屋の身体を揺すった。
 体育委員の暴君の振る舞いに慣れている次屋は「おー」とのんきな反応を返すだけで、さして堪えてはいない。
「作兵衛」
「片桐先輩!もう毎度毎度すいません!そんでもってありがとうございます!!」
「ん」
 人差し指を立てると作兵衛は一瞬きょとんとした後、にかりと笑った。
「合点です!この時間だったらまだ定食残ってるかもしれねえですから助かります」
「定食、人数分避けてある」
「本当ですか!?おい数馬!お前の分の定食まだ残ってるってよ!」
「え?本当!?」
「数馬が不運じゃない……はずないかもしれないし、急ごう」
「藤内微妙に酷いよっ」
 喜んでいた顔が一転、涙目で浦風の言葉に反応する三反田は忙しない子だ。
 これで影が薄いなんて言う奴がいるのが私には不思議でたまらない。この子はものすごく突っ込み体質だから目立つ気がする。
「左門、そっちじゃない」
「ほげげ!?」
 道を反れようとする神崎の襟首を掴み、早く昼食を取りたいのであろう伊賀崎がすたすたと歩き出す。
 その後を皆慌てたように追いかけていく。
 平和だとのんきに思う。
 だけど役者は着々と揃っている。
 小松田さん、皆本、山村、樋屋。足りないのはただ一人―――斉藤タカ丸。
 未だ町で何も知らず過ごす斉藤が動く時、もしかしたら関連する城も動くかもしれない。
 警戒は何も一人目だけに限らないのが、この乱世の定めなのだろうことはわかっているけれども、面倒なことこの上ない。
 ウスタケ城はまず間違いなく関わってくることはイロから聞いているけど、それ以上に厄介なことが一つ。
 髪結い斉藤の場所を知るために、家が近所だと言う小松田さんに場所を聞いてみることにした私は、そこで初めて鬼桜丸と斉藤の息子の接点を知った。
 カリスマと言う事で大名家にも出入りしていた斉藤は、クラマイタケ城に招かれたことがあり、それ以来何度か菊ちゃんや鬼桜丸の髪を結ったことがあるそうだ。しかも父親ではなく息子の方が。
 確認すれば、ある意味幼馴染と言っていいだろうと言っていた鬼桜丸に眩暈を覚えたのは最近の話だ。
 この五年間と二か月、必死で守ってきた鬼桜丸の秘密が明るみに出るかもしれないと言う事に気づいた私は、そのことに関しても気を張らなくては行けなくなってしまった。
 そもそも斉藤の息子が入学するのは春休み後だったと言うからには、何がどうなって斉藤の息子が忍術学園に現れるかは一切予測が出来ない。
 辻刈りと言うきっかけに気を張るしか今できることはない。あまり気を張り過ぎても後が疲れるだけなのはわかっているのだけど、出来る事なら鬼桜丸と共に無事忍術学園を卒業したいものだと思う。
 その時は必ずすべてを明かして別れたい。
 私は片桐色葉と言う女の子だったと言う事も、鉢屋三喜之助としての進路は鉢屋三郎と共にある為に色を学んでいたのだと言う事も―――全部。

「―――片桐くん」

 気配なく背後に立った斜堂先生に思わず目を見開く。
 先生たちの中には、斜堂先生のように欠片も気配を表してくれない先生が多いので、気を張っていない時は良く驚かされる。
 特に斜堂先生は必ずと言って背後に現れてから気配を表すから毎度心臓によろしくないのだけど、斜堂先生は私の貴重なこの反応を楽しんでいるらしい。酷い人。
「学園長先生がお呼びです。後でで構わないそうなので庵に来るようにとのお達しです」
 おばちゃんがぎっくり腰のこの時期に忍務とは間が悪い。
 そう考えていると斜堂先生は小さく首を横に振った。
「忍務ですが、すぐではありません。先方にもこちらの事情は告げましたので」
「もしかして、海美?」
「ええ。来週辺りで日程を改めますが、生徒が二人、実習として付き添います。該当の生徒にはこれから連絡をする予定です」
「四年の誰?」
 まだ水無月だけれど、早い生徒は四年のこの時期からもう色の実習が始まる。その度胸付けかしら。
 とは言え陰間に連れて行くには少々早い気もする気がするけど、私が言ってもしょうがないわよね。
 そう思っていたら、斜堂先生が寂しそうに眉根を小さく寄せた。
「いいえ、三年生です」
「……そう」
「片桐くんが気に病む必要はありません。二人には才能があった……実習を行うには一年ほど早いですが、これも勉強です」
 ぽんと斜堂先生の冷たい手が私の頭の上に乗る。
 以前であればこんな動作のなかった潔癖症の斜堂先生を変えたのはは組だ。
 耳元に囁かれた生徒の名前は、二人とも私を驚かせるのに十分な名前だった。
 少し離れ私の顔を確認すると、申し訳なさそうに笑みを浮かべた斜堂先生に私は戸惑いながらもこくりと頷いた。
 その動作に満足したらしい斜堂先生は、すうっと静かに消えて行った。
 先ほどまではそうでもなかった足取りが、急に重たくなるのを感じながら、私は蔵へと向かった。
 次から次へと面倒事ばかり。
 こんな時中原先輩が居たならばと思ってしまうのは、明らかな私の逃げなのだろうことはわかっている。
 この学園で今私が逃げとして縋れる人など居ないのだと思うとますます身体が重たく感じた。
「片桐ー!」
 元気よくこちらに向かって走ってくる姿に、私は溜息を吐き陰鬱な気を右手に込めて向かってきた七松に打ち込んだ。
「鬱陶しい」
「ぶふう!?」
 七松の身体が宙を舞い、私は少しだけ覚えた快感にほうとため息を吐いた。
 その数秒後、留三郎の所為で暴君殺しの異名を得ることになった。
 ……私、七松を殺してはいないのだけど?
 言う度留三郎が怯えるので好きに噂を流させることにした。……はあ、面倒ばかり。



⇒あとがき
 いい感じにストレスが溜まってついに本格的DVに目覚め始めました。……違うか。
 元々夢主にはSっ気がある設定だったのですが、あまり行かせてなかったなあと思ったら手が勝手に……申し訳ない。
 小平太が嫌いなわけじゃないんですよ?ただ単に憂さ晴らしって奴でして、その上夢主の怪力に耐えられない生徒ばかりで……
 多分小平太なら数秒後にけろっと復活……してるといいなぁ(遠い目)
 あ、ちなみに第三協栄丸さんとか兵庫水軍の人たちとかはカウントしてませんが喜三太が編入してくる前位に仲良くなったと言う裏設定。
 描写面倒なんで省きました。別に水軍嫌いとかそんなんじゃないよ?単純にね……忘れた。←
20101120 初稿
20221017 修正
    
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