第捌話-2

「片桐ー!」
 片桐の名を呼びながら、勢いよく食堂へと飛び込んでいった小平太の後を追って食堂に入ろうとすれば、小平太が吹っ飛んできたので慌てて避けた。
 食堂の中を覗けば、犯人らしい片桐が厨房の中へと戻っていくところだった。
「良い蹴りだぞ片桐!」
 再び駆けて行こうとした小平太に、片桐は厨房の中へと戻るのを一旦諦めて片手を伸ばした。
「待て。お座り」
 その言葉に反応して、小平太はぴたりと走る姿勢のまま止まり、勢いよくその場に座り込んだ。
 単語単語ではあったが、はっきりとした命令だと勘違いしたのだろう小平太に、思わず感心して片桐を見る。
「それ」
 片桐は俺に向けて手拭いを投げてよこすと、今度こそ厨房の中へと入って行った。
 ちらりと小平太を見ると鼻血が出ていた。これに使えと言う事だろうとわかった俺は、小平太に受け取った手拭いを渡した。
「え?何があったの?」
 後を追ってようやくたどり着いたらしい伊作は小平太が正座して厨房のカウンターを見上げている姿に首を傾げていた。
「あ、善法寺先輩」
 厨房の中に居たらしい五年生が伊作に気づいて歩み寄ってくる。
 確か雷蔵と同じ五年ろ組の福屋文右衛門だ。伊作と同じ不運い……保健委員だったな。
「あれ?文右衛門、何してるの?」
「片桐先輩に捕まってお手伝いです」
「ええ!?三喜之助なんてことを!」
「まともな生徒を選んだ結果。お前ほど不運酷くないし」
「……まあ、確かに」
「そこは認めないでおきましょうよ、善法寺先輩」
 福屋は苦笑を浮かべながら、抱えていたらしい籠を手に作業へと戻っていく。
 片桐も包丁を手に取ると、慣れた手つきで野菜を切っていく。
 小平太は座り込んだまま、目を輝かせて片桐の動きを目で追っている。
「これなら大丈夫そうだな。にしても鬼桜丸も意外に慣れてるじゃねぇか」
 黒ノ江に代わって吾滝の首根を捕まえながら、文次郎が感心したように厨房の中を覗きこむ。
「三年の頃からずっと片桐に休みの度に鍛えられたからな。最初の頃なんて鬼桜丸の料理は料理じゃない。ただの食べ物の形をした細菌兵器だって言われてたんだ」
 苦笑する鬼桜丸に、片桐は何のことだと言うように知らん顔で作業を続けている。
「でも本当最初不味かったんですよ?私たちが盛る毒より性質が悪かったです。私が何度医務室のお世話になったことかっ」
「悪かったって」
 口を尖らせて言うイロに鬼桜丸が謝罪する。
 味見を拒否したであろう片桐の代わりに、彼女が細菌兵器だと言われる鬼桜丸の手料理の犠牲となったのだろう。
「でも片桐はどうしてそんなに料理が上手いんだ?」
「小平太、さっきの私の話は聞いていなかったのか?」
「何の事だ仙蔵」
 首を傾げる小平太に仙蔵は再び庵で言った台詞を口にした。
「女の頭数って、片桐は男だろう?」
「こいつは忍術学園に入学するまでずっと実家で女装をしてたんだ」
「あー、なんか前に食堂でそんなこと騒いでて噂で聞いたことあるな」
 それは確か四年生の頃の話だ。
 その話を聞いた小平太が抱いた感想は「でも片桐の女装って酷くないか?」だった。
 確かにその通りだと俺も思っていたが、それはあくまで手を抜いていたためであり、本来の片桐の女装の腕前がどれほどかは最近証明されたばかりだ。
 俺もちらりと見たが、委員会の後輩であるきり丸は、しっかりと片桐の女装を見たらしく感動を覚えていた。
「料理出来るってすごいな。私なんてまず近づくなっていつも怒られるんだ。なんでだ?」
 それはお前が破壊神と言う名の暴君だからだ。
 誰もそこには触れず、首を傾げる小平太から目を逸らした。
「なんでだろうな、長次」
 頼むからそこで俺を見てくれるな。
「鬼桜丸、煮立ってる」
「あ!えっと、火から下ろして落とし蓋だったよな」
「そう。福屋、それ捨てないで」
「え?だってこれ大根の皮」
「細切り。きんぴらにすると美味い」
「ああ。それで少し厚めに切ってたんですね」
 納得したらしい福屋は捨てようとしていた大根の皮をまな板の上に戻して重ねると片桐の指示通りそれを細切りにしていく。
「イロ、もうつみれ入れて良い」
「はいはーい」
 ぱたぱたと厨房の中を動き回る四人を見ながら片桐の声を聞く。
 俺とは違った意味で言葉数の少ない片桐の声は少し高く、声変りを迎えていない少女のような声だ。
 いつからか伸びない身長がそうさせているのか、片桐は未だ声変りを迎えていないらしい。
 その身長はくのたまのイロよりも小さく、正座している小平太よりは少し高いくらいだろう。
 まるで後輩を見ているような気にすらなって来るが、片桐が俺たちと同じ六年生であることは間違い様のない事実だ。
「中在家」
 ふと名前を呼ばれ、俺は片桐を見る。
「味見」
 そう言って差し出された小皿に俺は首を傾げる。
「長次ずるいぞ!」
「飼い主が先に決まってる。駄犬は黙ってお座り」
 ……俺は飼い主なのか?
「同室でしょう?」
 さも当然だとばかりに俺の疑問に答えると、片桐はずいと小皿を押し付けてくる。
「早く」
 俺は差し出された小皿を受け取ると、小皿の上で揺れる汁を啜った。
 美味そうな匂いと共に喉を通り抜けたのはあっさりとした味付けだった。
「どう?」
 少し物足りない感じがすると告げれば、片桐はもう一度小皿を用意し、今度は仙蔵に渡していた。
「だから私はー?」
「お前は参考にならない」
「ひどーい!」
「少し物足りない感じがするな。あっさりしていていいとは思うが」
 片桐と同様に小平太の不満を無視し、仙蔵は片桐に小皿を戻す。
「そう。イロ、塩でもう少し調節して」
「了解でーす。お塩お塩〜」
 鼻歌を歌いながら、イロが鍋に塩を追加しては味を聞いていく。
「片桐先輩耳良いんですね。今中在家先輩口動いてたのはわかったんですけど、全然わかりませんでしたよ?」
「聴覚は鍛えておいて損はない。読唇術の復習もしておいた方がいい」
「中在家先輩、唇があまり動いてないから読みにくいんですよね」
 読唇術は四年から始まる授業ではあるが、片桐と福屋はそのような会話をするような仲だっただろうか。
 そう言えば、この間の田植え休みの前に福屋が学園の前で倒れた時、看病をしたのは新野先生と伊作と片桐だった。……何故だ?
「お前たち邪魔」
 片桐は面倒くさそうにそう言いながら、鍋に豆腐を放り込んだ。
「訳、ほかの生徒が来る時間だからそろそろ動け」
 仙蔵は慣れたようにそう言うと、さっさとよく昼食の時に座っている奥の方の席へと移動した。
 俺の小声と違い、片桐の言葉は間の言葉が省略され過ぎていたり、簡潔に言い過ぎて相手にとにかく伝わり難い。
 片桐の考え方自体多少ずれているところもあるから、片桐の通訳は鬼桜丸と仙蔵の二人。ある意味固定化されていると言っていいだろう。
「今日のメニューは?」
「両方大根尽くしだ。なんか大根が大量に置いてあってな」
「大根かあ……腹膨れるかな」
「Aは豚肉、Bは鮭が入ってるぞ」
「じゃあ私A!」
「分量的にはBの方が多いですよ」
 福屋の言葉に小平太は不満そうに「えー?」と零した。
「大盛りにすればいいだろう。だけど人数分確保したいから大根の量で嵩増しはさせてもらうがな」
 苦笑を浮かべながら鬼桜丸が言うと、小平太は「じゃあそれで」と肩を落としていた。
 鬼桜丸には逆らえないらしい小平太は、それで我慢をするらしい。
 もういっそお前は二人前頼めばいいんじゃないかとは俺は言わない。御残しにでもなった時巻き添えを食らうのは俺だ。
 片桐は人参を手早く千切りにすると、福屋に捨てるなと言っていた大根の皮の千切りを合わせて油で炒めていく。
 途中、磨り潰した胡麻を混ぜた瞬間いい香りがふわりと漂って思わず鳴りそうになる腹を擦った。
「おいしそうな匂い」
 匂いに涎を零す小平太に、人の事は笑えないと思いながら苦笑し、福屋の注文にBと答えた。
 他の奴らにも注文を聞いている間に料理が仕上がったのか、片桐が最初のA定食を持ってきた。
「わーい!」
「七松、まだ待て」
「片桐の意地悪!私、お腹空いた!」
「全員が揃ったら食べてよし」
「本当!?じゃあ私席で待つ。皆早く貰って来いよ!」
 小平太は仙蔵の分も持って、仙蔵が待つ席へと向かうと、大人しくお預けを食らっていた。
 ……片桐の言ってることは、あながち間違いではない表現だと思う。
「B定食はもう少し待ってくれ。味が染みるまで時間がかかるんだ」
「きんぴら完成」
 とん、と主役のないB定食の盆の上に出来たてのきんぴらが乗る。
 よく見れば大根の皮は確かに厚めに切られていたらしいが、皮料理とは思えないおいしそうな見た目だ。
「大根の皮できんぴらってすごいな」
「素材を余すことなく使う方が大事」
「今俺を馬鹿にしたか?」
「否定しない」
「三喜之助、文次郎に喧嘩を仕掛けようとするんじゃない」
「まーだー!?」
 二人の間をな宥めようとする鬼桜丸の声に重なるように、小平太の駄々が聞こえてきた。
「小平太、もう少し待ってくれないか?」
 困ったように鬼桜丸がそう声を掛け、ちらりと片桐に視線を移す。
 何時の間に移動したのか、片桐は鍋の中を覗きこみ、少し考えた後皿に移した。
「もういいのか?」
「ん」
 片桐は鬼桜丸の問いに頷きながら副菜以外が揃っているB定食の上にその皿を乗せた。
「わあ!おいしそー」
「……伊作の分、運ぶ」
「僕そこまで不運なつもりはないんだけど」
「大丈夫、伊作は立派な不運」
 ぽんと伊作の腕を叩くと、片桐は伊作の分のB定食を手に、小平太たちが待つ机の方へと移動した。
 仙蔵と同じく留三郎と勘三郎もA定食らしく、片桐と伊作の後を追って小平太の方へと歩いて行った。
「……仙蔵が羨ましいな」
「お前も十分仲が良いだろう」
 ぽつりと呟かれた鬼桜丸の言葉に呆れたように文次郎が返した。
「でも私はあんなに安心した顔をさせてやれない」
 ……あれは安心した顔なのか?
 良くわからないが、鬼桜丸は片桐が心を許している仙蔵が羨ましいのだろう。
 前はそう仲が良い方ではなかったが、最近になって仙蔵は片桐を表だって構うようになった。
 俺の記憶に間違いがなければ、一つ上の学年に居た中原先輩が居なくなった辺りからだ。
「長次〜!文次郎〜!」
 早くしてー!と小平太が俺たちを呼ぶ。
「今行くっての!」
 文次郎はブツブツと、喧しい奴め等と零しながら歩き出し、俺もその後を追った。
 逆に厨房へと戻っていく片桐は、俺たちの横を通り過ぎ、鬼桜丸の所へと向かう。
 少し振り返って見れば、鬼桜丸の顔に先ほどまでの影は見えなかった。
 全学年の生徒から慕われる存在の鬼桜丸でもあんな顔をするのだと、俺は初めて知った一面に思わず笑みが零れそうになった。
「長次?」
 なんでもないと首を横に振れば、小平太はやっと食べれると箸を握った。
「食べて良いー!?」
「よし」
「わーい!いただきまーす!」
 今度から小平太を大人しくさせる時は片桐を引き合いに出すと楽が出来そうだ。
 そう思いながら俺も箸に手に両手を合わせるのだった。



⇒あとがき
 今まで殆ど出番のなかった六ろの二人に焦点を当ててみました。
 長次は鬼桜丸とくっつけたいと虎視眈々と狙っているのですが……くっつく気配、微塵もないね!
 小平太はどうしましょう……相手の頭数に含むと暴君が出張り過ぎる気がします。うーん……どうしたものか。
20101120 初稿
20221017 修正
    
res

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