第漆話-3

 目覚めた福屋は、とても喋れる状態ではなく、教員から代表して山田先生と厚木先生が調査に向かわれた。
 私の推測は、あくまで推測であり、一応まだ真実でも事実ではない。
 私は元の生活に戻りながら、伊作と新野先生の強い希望で福屋の面倒を見に医務室に通っている。
 福屋の状態が状態と言う事で、ほ組の存在を知らぬ教員を含め、生徒では私と伊作以外の全員が医務室に一時的に立ち入り禁止となっていた。
 いざ怪我人が出た時は、隣の空き部屋を簡易医務室にしているので、そちらに運び込む様にしてまでの徹底っぷりだ。
 と言うのも、一度目覚めた福屋が酷い錯乱状態に陥ったかららしい。
 私はその場には立ち会わなかったけど、どうやらかなり怯えた様子を見せていたらしい。
 聞き取れなかったため、なんと言っていたかはわからないらしいけれど、何となく誰かの名前を叫んでいたようだったと言う。伊作は恐らく同じ五年生の名前だろうと言っていたけれど、真実は分からない。
 季節はちょうど田植え休みに突入するため、明日から実家が農家などで家を手伝わなくてはならない生徒が居なくなる。
 加えて、上級生になると、杭瀬村でラッキョを栽培している大木先生の紹介の下、近隣の農家の働き手として行ってしまう。
 残った下級生は、補習や課題などを与えられて、ある意味休みの間を満喫となる場合もあるだろうが、残った生徒の殆どは七日間の休みを自由に過ごす。
 実家が農家でない私は、不運の塊である伊作が、お馬鹿トリオと共に補習の間、図書室で借りた本を片手に医務室に籠ることになった。
 新野先生が所要がある為、三刻と言う長い時間この部屋に拘束されることになるけれど、暇な時間を潰すためと説明すれば、中在家がお勧めだと言う分厚めの本を五冊ほど貸し出ししてくれた。
「……んっ」
 身を捩った福屋に、私は本から顔を上げ、福屋の様子を見つめる。
 鎮痛効果のある薬を目覚めた時に服用させたお陰か、寝ている間は穏やかな様子だけど、起きた時果たしてどうなるか、だ。
 私には元々女だった記憶がある。
 初めて男の身体で男を受け入れる時は、まだ身体が幼かったのも含めて流石に抵抗があったけれど、相手が良かったのかそれほど苦ではなかったため、そのままずるずると気づけばすぐに慣れが訪れた。
 授業で男同士の色の実習が多少入ってきたとはいえ、無理やりは抵抗感が強いだろう。
「……起きた?」
 勢いよく目を開いた福屋は、そのまま飛び起き、辺りをきょろきょろと見回す。
 声の主が私と気付いた福屋は、ほっと息を掃出し、痛みがぶり返したのかぱたりと布団の上へと逆戻りした。
「がくえん、なんですね」
 酷く掠れた声が確かめるように紡がれ、私は首を縦に動かした。
 大分正気に戻っているようだ。これなら大丈夫だろう。
「倒れてから今日で三日。明日から田植え休みだから、暫くはゆっくり休むと良い」
「ありがとうございます」
「身体、きつくはない?」
「……片桐先輩は、いつもこのような痛みに耐えていたのですか?」
 その問いに私は目を見開く。
「男に組み敷かれたのはこれが初めてで……」
 福屋の瞳が涙に滲む。
「こんなに惨めな思いをするのだと……怖いし、吐き気ばかりして、僕、悔しいんです。こんなの、僕は慣れたくないっ……ごめんなさい、色忍志望の先輩にこんなこと言って」
「気にしなくていい」
 嗚咽が零れ、私は福屋の額を撫でた。
「辛ければ泣けばいい。泣いて忘れてしまえばいい。終わったら前を向いて後ろを振り返るな。……それがコツ」
「片桐先輩も辛い時期があったのですか?」
「……人をはじめて殺したときは……流石にきつかった」
「僕、人を殺める方が楽でいいです。あんな気持ちが悪い事……耐えられません。片桐先輩、ご迷惑をおかけするのはわかっています。でも……お願いです。僕の補助生徒の話を受けてくださいませんか?」
 もう嫌だと福屋は泣く。
 つまりは代わりにと外部に頼んだ補助の者が福屋を犯したのだろう。
 しかも人を殺めるほうがマシなどと言わしめるほど酷かったのかもしれない。
 抵抗できないようにして手酷く犯されたのなら、その行為は福屋にとって酷いトラウマになるかもしれない。
 心のケアに関しては私は専門外だし、あまりそう言う事には向かない。
 確実に今は伊作が傍に居た方が良かったことだろう。
「申し訳ないけど、それは出来ない」
「片桐先輩、後生ですからっ」
「補助生徒を一級下から選ぶのは、次の世代のため。綾部は、成績が優秀でも性格に難があって外されたのでしょう?」
「……はい」
「では平は?」
「平滝夜叉丸ですか?彼は忍の三病だからと候補から除外されて……」
「先生もお前も三病ね。私は、平ほど努力した結果を持ってして、自らを天才と名乗る人間を知らない」
「え?」
「本人はこんな話をされたら嫌うかもしれない。だけど知っておいて損ではないと思う。平はとても努力家。でなければ、危険な忍具である戦輪を四年生であそこまで操れるものではない」
「……確かに、戦輪に関しては三郎以上の実力がありますけど」
「あの暴君についていく体力もある。あれで後輩の面倒見がいいのは、二年の時友四郎兵衛にでも聞いてみればいい。ペラペラ喋ってくれるから」
 福屋はうまく想像が出来ないのか、眉間に皺を寄せてみる。
「怪我が治ったら、一度平と話してみると良い。その上で先生に進言すればいい。私自身は平をほ組に推薦する」
 成績そのものに問題はない。
 むしろ、完全にマイペースの綾部よりも、ナルシストではあるがそれ以上に面倒見の良い平の方が、福屋みたいな不運体質にはちょうどいい。
 何しろ平は、あの綾部の同室であり続けられるだけの面倒見の良さがはっきり目に見えているのだから。
 平のナルシストっぷりに、平の本質に殆どの人間が気付いていないだけだ。あれはあれでうまく利用できると言う事に、本人は未だ気づいていないだろう。
 成長が一番楽しみな四年生だと、私自身彼を高く評価しているのだと、福屋は気付いているだろうか。
 私にしては結構多く言葉を口にしたのだから、気づいてほしいものだと思う。


  *    *    *


「片桐先輩片桐先輩片桐せんぷぁーい!!!」
 田植え休みが明け、食堂でのんびり兵助たち火薬委員の後輩たちと、少し遅めの夕食を摂っていた時だった。
 泥だらけの傷だらけ状態のまま食堂に飛び込んできた平に、隣に座っていた二郭が「げっ」と呻き声を漏らした。
 ……そんなに平が嫌いなの?
 思わず二郭を見下ろしていると、平が私の元までやってきた。
「どどどどどどういう事ですか!?こ、この私を片桐先輩が推薦してくださったと……」
「今さっき聞いたの?」
 ぶんぶんと平は首を縦に動かし、驚きの表情のまま私を凝視している。
「私と片桐先輩に接点などほぼありません!だと言うのに……」
「壁に耳あり、障子に目あり。私はお前を鬼桜丸の次に認めていると言う事よ」
 平はぽかんと口を開き、しばらくするとかあっと頬を染めた。
「しししし失礼いたしましたー!!!!」
 勢いよく食堂を飛び出していった平に、二郭だけでなく、正面に座っていた池田と兵助の二人も首を傾げる。
「……何の話です?」
「そのまま」
 兵助の問いに答えるものの池田は明らかに納得していない様子で私を睨み続けている。
「伊助は平が嫌い?」
「嫌いと言うか……あの性格が苦手じゃない片桐先輩が不思議です」
「まあ、自己陶酔がちょっと……いや、かなり酷いからな」
「あそこまで言えると言う事は、それだけの実力が実際にあるからでしょう?」
「そうですけど……本当に滝夜叉丸って実力あるんですか?」
「平先輩、だろ?」
「三郎次はうるさいなぁ」
「なんだと!?アホのは組の癖に!!」
「こらこら、二人とも喧嘩するんじゃない」
 口喧嘩を始めた二郭と池田を、兵助が宥めている間に私は夕食を完食し、両手を合わせた。
「今度体育委員会の活動を見てみると良い」
 あの七松の下についていると考えると、平の体力は五年生並……下手すれば六年生並とも言えるかもしれない。
 二郭が「本当ですか?」と訝しげに問うてくるので、私はこくりと頷いた。
「努力しない人間を、私は評価しない」
「偉そうなこと言ってますけど、片桐先輩って成績いいんですか?」
「ずっと学年三位。……下から数えて」
「駄目じゃねえか!」
「落ち着け池田」
 二年生の特待生である池田は、二年生の中で成績上位を常に保っている。
 一応池田も努力している人間であり、下から数えて三位の私に努力しない人間云々を言われたくないのだろう。
「片桐先輩は“ずっと三位”なんだぞ?」
 こそっと兵助が答えを教えてしまえば、池田は眉間に皺を寄せて不快を表した後、意味に気づいて目を丸くした。
 答えが理解できない二郭は、逆に首を傾げて、視線を池田と私の間で彷徨わせる。
「……それ絶対変だ!」
「そう?」
「まあ確かに変な話ですよね……実家の決まりか何かですか?」
「そう」
「鉢屋ですもんね」
 苦笑を浮かべる兵助に、二郭が更に首を傾げる。
「片桐先輩って、“片桐”先輩ですよね?」
「ん」
「なんで鉢屋先輩のお名前が出るんですか?」
「それは、ミキが私の従兄だからだ!」
「うわっ!?」
 突然現れた形となる三郎様に、二郭は大仰しく驚き、池田も目を丸くしている。
「三郎、伊助たちを脅かすな」
「ちょっとしたお茶目だろうが。伊助は知らなかったのか?確かは組の前でミキの話をしたと思ってたんだが……」
「鉢屋先輩の言うミキさんが片桐先輩なんて思う訳ないじゃないですか!僕、てっきり女の子だと思ってたんですから!」
「それはすまなかった」
 謝っているようには見えない謝罪を口にすると、三郎様は兵助に何事か耳打ちする。
 恐らく五年生の授業に関してのことだろう。
「片桐先輩」
「ん?」
「ずっと三位を取るって難しいですよね?と言う事は、本当は片桐先輩って頭がいいってことですか?」
「記憶力はいい」
「忍たまの友丸暗記してるって噂、実は本当……だとか?」
 池田がまさかねと言うように言うので首を傾げた。
「事実だけど?」
「……詐欺だー!!」
「池田、喧しい」
 おばちゃんに怒られるわよ、と思いながら私は締めのお茶に手を伸ばす。
「片桐先輩、五年生はこれから校外実習なので、先に失礼します」
「気を付けて」
「!」
「……何」
「いえ……片桐先輩にそう言ってもらえるとは思わなかったので」
「ただの気まぐれ」
「それでも十分です。ありがとうございます」
 嬉しそうな顔でそう言った兵助を、三郎様が肘で小突く。
「三郎も気を付けて」
「何、一番に戻ってきてやるぞ!」
 先ほどまで嫉妬していた三郎様はどこへやら、機嫌良さそうに食器を片づけようとした兵助をそのまま引きずって行った。
 仕方ないと、私は湯呑を置いて、兵助が食べ終えていた食器を重ねていった。
「……片桐先輩って、仕草が女性らしいですよね」
 二郭の言葉に思わず手がぴたりと止まる。
 確かに手を伸ばすのに袖を押さえたけど、今まで誰にも突っ込まれたことはなかった。
「実家で女の格好をしていた名残」
「そうなんですか?兵太夫も、小さい頃身体が弱くて女装させられてた時期があったって言ってましたよ」
「兵太夫?」
「同じは組の笹山兵太夫です。作法委員で、女装が上手いカラクリ小僧なんです」
「へー」
「乱太郎たちに、片桐先輩の女装がすごいって話は聞いてたんですけど、次は僕にも見せてくださいね!」
「別に構わないけど……何故?」
「だってすごく可愛いんだって自慢してたんですよ?僕だって見たいです」
 唇を尖らせる二郭に、私は首を傾げた。
「僕、同じ委員会だし……片桐先輩ともっと仲良くしたいです」
 上目使いにそう言う二郭の頭に、私は思わず手を伸ばした。
 なんと可愛い後輩だろう。
 小憎らしい事ばかり言って喧しい池田や、“久々知”に何もかもそっくりで気に食わない兵助たちとは大違いだ。
「アホのは組の癖にっ」
「いーっだ」
 二郭は、私の腕に寄り添うと、池田に見せつけるようにして池田を挑発する。
 なんだ、池田も構ってほしかったのかと手を伸ばせば、触れるよりも前に毛を逆立てた猫のように威嚇された。
 ふと食堂の入り口を見れば、留三郎がこっちを見ながら悶えていた。
 ……留三郎、その後ろで後輩たちが訝しげにお前を見ているわよ。
「な、撫でるんならちゃんと撫でろよ馬鹿!」
「……は?」
 視線を戻せば、「なんでもない!」と池田が叫ぶように怒った。
 ……気まぐれよね、池田って。
 仕方ないとばかりに、再び二郭を撫でると、池田はまた私たちを睨む。
 しばらくこれで遊べそうだな、と私はのんきに考えながら、二郭の頭を撫でて遊んだ。
 それは、四半刻後、補習中にトラブルに巻き込まれた猪名寺たちが、食堂に飛び込んでくるまで続いたのだった。



⇒あとがき
 火薬と滝ちゃんをちょっとだけ贔屓だぜ万歳!!
 ツンデレな池田と、池田を挑発する小悪魔な伊助にしたかっただけなんだけど、ヤバい超楽しかった。
 私の中で滝ちゃんはナルシストより嫁とかお母んなイメージが強いため、急遽綾部ではなく滝ちゃんを福屋のペアと言う事にしました。
 これでほ組の話題出すときに滝ちゃん贔屓できるんだぜ\(^o^)/
20101118 初稿
20221014 修正
    
res

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