第漆話-2

 急遽、雪乃姉様率いる女田楽隊に舞い込んだ忍務のため、一旦抜ける事になった月乃姉様に変わって興行に付き合う事三日。
 合流場所に選んだ場所は近かったけれど、戻るのには少し遠い場所まで移動したこともあり、鬼桜丸には四日と言っておいて正解だったかもしれない。
 女田楽隊を離れる時と同じく女装姿で山道を歩いていると、ふと脇道から男が数人飛び出してきた。
 それはもう王道と言わんばかりの、いかにも山賊ですと書いてあるような風体の男臭い壮年の男が数人。
「お嬢ちゃん、持ってる荷物を置いてってもらおうか?」
 背に背負っているのは、雪乃姉様が道中寄ったクラマイタケ城で菊姫から預かっていたと言う鬼桜丸への贈り物だ。
 中身は六年になってまた背が伸びた鬼桜丸の私服らしく、一目見せてもらったが、中々に趣味の良いものだった。
 これが女物だったら本当は良かったのだろうけど、鬼桜丸の秘密は未だしっかりと守られている。
「驚き過ぎて声もでねぇってか?」
 物思いに耽っていると、男たちは自分たちの都合のいいように解釈して、錆びた刀を構えてこちらに歩み寄ってくる。
 さてどうするか。
 男たちは、目に見える数で六人。隠れているのは三人と言った所だろう。
 相手は素人である以上、一人でどうにかなる人数ではあるけれど、今の服装は旅装束。加えて女装。
 大立ち回りをするには少々頼りない格好である。

「さ、山賊ぅ!?」

 突然乱入した声に、男たちの意識がその背後に回る。
 男たちを挟んだ反対側に見えるのは、猪名寺、摂津、福富の三人に見えるのは……まあ、間違いではないのだろうなと思う。
 私が忍術学園を離れている間の、短い間に根付いたであろう山賊の情報など、そう簡単に入ってはいないのだろう。
「餓鬼か……見られちゃしょうがねえ、ここは」
「ひいいい!!」
 刀に気づいた福富が、山賊の台詞を遮って悲鳴を上げた。
 この三人以外の姿見えないところを見ると、迷子だろうか。私服姿ではないのだから、学園長先生の思い付きに寄るおつかいではないだろうことは間違いない。
 面倒なことになったと、思わず零れてしまう溜息に男たちは気付かない。
 山賊と口論になっている猪名寺たちのあれは、一種の才能なのかもしれないと思いながら、私は使う予定のなかった袖箭を向ける。
「え!?」
 まだ入学して日の浅い彼らの前で山賊を殺すのも忍びない。私は山賊の足を袖箭で打ち抜いた。
「ぎゃあ!あ、足がっ!」
 警戒した山賊たちが振り返るよりも早く、笠を脱ぎ捨てた私は苦無を手に山賊たちに向かって走り出した。
「お前くのいちだったのか!?」
「残念ね、はずれよ」
 驚く男の腕に肘を打ち込んで、殴りかかろうとしてきた男二人に蹴りを食らわせた。
 刀を振り上げた男の手首に向けて素早く苦無を打ち込み、逃げようとした残り一人には飛び蹴りを顔面へと喰らわせた。
「瞬殺……」
 驚く摂津を見れば、「あ」と小さく声を上げた。
「六年は組の片桐三喜之助先輩?」
「あら、ちゃんと覚えていたのね」
「鳥頭じゃありませんから!」
「……それもそうね」
 キッと怖くもない睨みを利かせた摂津に、思わずくすりと笑った。
「お前たちは授業中?」
「校外マラソン中だったんですけど、皆と逸れちゃって……」
「で、ちょうど通りがかった三年先輩に、忍術学園まで戻る道を聞いたんですけど……」
「迷っちゃいましたー!」
 順々に説明された言葉、しかも締めは福富の満面の笑みに、私の脳裏に二人の萌木色の制服に身を包んだ後輩たちの顔が真っ先に浮かんだ。
「その三年生と言うのは、神崎左門か次屋三之助と言う名前ではないかしら?」
「えーっと、名前はわからないですけど、背が高かったね」
「前髪の色が違ったかもー」
「なんかぬぼっとしてた気がするっす!」
「次屋ね。あれは無自覚の方向音痴だから、行き先を聞かない方がいい。後、同じ三年ろ組の神崎左門は、決断力のある方向音痴だから、彼にも聞いちゃダメよ」
「三年生って方向音痴が多いんすね」
「ちなみに六年い組の吾滝勘三郎も自由な方向音痴よ。まああれは、一応自覚はしてるから、人に道を教えることはないわ」
「「「へー」」」
 のんきに関心交じりの声を漏らす三人に、私はなんとも言えない思いを抱きながら、投げ捨てた笠を拾い上げた。
「学園に戻るなら送るわ。私も学園に戻るところだから」
「本当ですか!?」
「やっりー!」
「よかった〜」
 笠についた土汚れを払ってから再び被ると、私は忍術学園の方角―――基、彼らが向かってきた方角へと足を進めた。


  *    *    *


「「「しほーろっぽーはっぽーしゅーりけん♪」」」
 耳に馴染みのある歌を紡ぎながら、彼らはのんきに歩く。
 一度山田先生が様子を見にいらしたけど、私と一緒に居ると気づくと、矢羽音で声を掛けて来た。
 それに対して、こちらも矢羽音で学園に戻る旨伝えると、山田先生はそのまま忍術学園へ戻ってしまった。
 一人で学園まで戻った方が楽ではあるのだけど、山田先生は他の生徒も見なくてはいけないから、彼らだけに構う訳にはいかないのだろう。
 それでなくとも、授業が過去のは組に例を見ないほど遅れているそうなのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
「あれ?門の所に誰か立ってないか?」
「え?……あ、あれ福屋先輩だ」
「ふくや、せんぱい?」
「五年ろ組の福屋文右衛門先輩。保健委員なんだ」
「へ〜」
 立っているにしては少々様子がおかしい気がすると見ていれば、福屋の身体が不意に崩れ落ちる。
「「「「!?」」」」
 突然のことに驚き、慌てて走り寄って福屋の身体を起こすと、福屋は青白い顔で気を失っていた。
 比較的健康な方であり、四日前に見た時も何の異常もなさそうだった福屋が倒れるなど、一体何があったのだろう。
 そう思っていると、福屋の腕抜きが片方なく、その白い肌に蚯蚓腫れの跡をあるのに気づいてしまった。
 私はそれを咄嗟に三人に見えないように腕を動かして隠した。
「猪名寺、すぐに六年は組の善法寺伊作を呼んできて。今日は確か座学だったはずだから、教室に居るはずよ」
「は、はい!」
「福富は、職員室に行って、五年生の先生に福屋が倒れたことを報告して。状況説明は医務室でと言えばいいわ」
「はいっ」
「摂津は、小松田さんの出門票に、私たちの名前を代筆したら、授業に戻って、猪名寺・福富両名は私の指示のもと動いていると伝えなさい」
「は、い」
 福屋が倒れたことに顔を青ざめた摂津に、一番急がない用事を言いつけ、私は福屋の身体を横抱きにして門を潜る。
 小松田さんがごちゃごちゃうるさいので、摂津に押し付けて医務室へと、福屋の身体をあまり揺らさないように走り抜けた。
 恐らく福屋は、私が不在の間にほ組の実習で出ていたのだろう。
 だけど、福屋は私と違って戦忍の実習を受けているはずだ。それなのに微かに胸糞悪い慣れた残り香の香りに、何となく何があったのか覚ってしまった。
「新野先生!」
「おや?……福屋くん!?」
「六年は組、片桐です。門の前で福屋が倒れたので連れてきました。福屋にほ組の実習課題は出ていましたでしょうか?」
「ええ。しかし補助生徒として、卒業生の子がついていたはずです」
「ではそいつが犯人ですね」
 私は新野先生が出してくれた布団に福屋を横たえると、綺麗に整えられていた制服に手を掛けて、思いっきり剥いた。
「……やっぱり」
 どう見ても手ひどく犯された後にしか見えない名残が白い肌に焼き付いており、思わず眉根を寄せた。
 新野先生は直ぐに衝立を仕切りにして、薬を取りに棚に向かう。
「片桐くん、表の見張りをお願いしてよろしいですか?」
「わかっています。職員室には一年は組の福富しんべヱに報告に向かわせています。それから、念のために同じく一年は組の猪名寺乱太郎に、六年は組の善法寺伊作を呼びに行かせています」
「ありがとうございます、片桐くん」
 新野先生が悲しそうにそう言うのを聞きながら、私は頭を下げて医務室の外へと出た。
 三郎様たちが悲しむであろうことが安易に予想でき、今後について思考を僅かに飛ばしながら溜息を吐いた。



⇒あとがき
 あ、あれ?急にシリアス……。
 予定と順番がずれてえらいことになりました。きゃっほい!←
 ちなみに金吾・喜三太はまだ編入していない設定でございます。
 喜三太書きたい喜三太書きたい喜三太書きたい!
 大事な事なので三回言いました。……違うか。
20101117 初稿
20221013 修正
    
res

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