第壱話-1

 艶やかなふわりとした柔らかな黒髪、きめ細やかそうな色の白い肌。少女めいた面立ちは少しふっくらとしていて愛らしい。
 何を考えているのかよくわからない瞳と目が合い、私はただ黙ってその視線を見つめ返した。
 去年は私が着ていた水色の井垳模様の制服を身に纏っているその少年は、今年忍術学園に入学したばかりの一年生。
 ついでに言えば、今日から私が所属する火薬委員会の後輩となる少年。
「お前、久々知兵助と言うの?」
「はい」
 抑揚のない声で問えば、「なんでしょう」と小首を傾げた久々知兵助に私は眉根を寄せた。
「……私、お前嫌い」
 私の知る一つ年下のライバル、久々知と同姓同名の上に似たような顔。そのくせ私の事は知らない彼。
 なんだかそれが無性に腹が立った。
 ……のもちょっとくらいはあるけれど、事実は一応別にある。

 2010年2月12日の金曜日に死んだ私が次に目覚めた場所は、平成と言う時代から遙かに遡った、室町時代後期の出雲の国にある月山を拠点とするとある忍の一族の家だった。
 分家に当たるらしい私の家では男児は既に二人生まれていたけど、一人目は七つになるのを待たずに流行病で死に、跡取りは次男となっていた。
 三男―――男児として生まれた私はいざと言う時の後釜と言うわけである。
 ちなみにその後も子作りに励んだ両親の結果は見事に男勝りな女児一人である。残念だったね。
 これ以上はもう流石に励む余裕がないらしい両親は、分家らしく、その妹と姉ら二人を必死に立派なくの一にしようと頑張っている。
 どうせ分家の男児は本家の男児に仕えるのが習わしであるため両親たちが私たちを育てる必要はない。
 物心つくであろう頃よりも早く忍としての修業をさせられた私は、五つ―――平成の世で言えば四歳―――の時に一人で人を殺した。血の匂いは三つで覚えたのだけど。
 元々気に入ったもの―――例えばおじいちゃんやおばあちゃんに関係する事―――以外に興味がなかった私は、人を殺すことにすぐに慣れてしまった。
 むしろ慣れなければやってられない仕事だと心底思った。
 だって下手に中途半端な殺しをする方が嫌な夢を見てしまうんだもの。
 例えば恨み事を呟きながらびくびく痙攣を繰り返して死んでいく男だとか、ひと思いに殺せなかった女が痛みにのたうちまわる姿だとか、標的に庇われて無事に生き残ってしまった赤子の泣き声だとか。
 目や耳、記憶に焼き付いて離れないそれらを、必死に蓋をして押し隠しながら必死に生きた。
 もう二度と死んでたまるかと言う思いが今の私を生かしているから、そうしないと生きていけないのだと無理やり言い聞かせている。
 でもどうしようもなく苦しくなった時、私は八つの時に初めてお会いした“彼”を思い出すのだ。
 一つ年下の可愛らしい私の従弟。本家の三男に生まれたにも関わらず、次期頭領として七つで未来を決められて失神した可愛い子。
 私と同じく天才と呼ばれていた優秀な“彼”のまさかの蚤の心臓っぷりには思わず笑ってしまい、両親が手と手を取り合って喜びあったのも記憶に懐かしい。

 とまあ話が少し長くなってしまったのだけど、私の一つ年下の可愛い従弟が今年この忍術学園に入学した。
 今の私は、常に出雲から出てくるときに偶然出会ったとある少年の顔を借りているため、“彼”は私を見つけることが出来ないはずだ。
 まあそれも一つの“彼”に課せられた本家からの課題の一つでもあるのだから、自分から私が従兄のミキだと名乗るわけにはいかない。
 それでも運よく同じ委員会になったら、詰まらない委員会活動も楽しくなると思っていたのにこれだ。
 従弟でもない一年生は久々知にそっくりの顔に同じ名前なんて、嫌過ぎるにもほどがある。

「どうしよう。僕、今、すごく感動してる……」

 突然はらはらと涙を流し始めた一つ年上の小野田盛孝先輩に、私は思わず我に返った。
 可憐系で愛らしい小野寺先輩は本当に感動しているのだろう。キラキラした眼差しが私を見ている。
「あの同室の黒ノ江くん以外はどうでもいいって言って、委員会すらまともに参加してくれない片桐くんが久々知くんを嫌いって……どうしよう立花くん!」
「え?あの、小野田先輩の言いたいことがよくわからないのですが……嫌ってるんですよ?いつもの最低な発言ではありませんか?」
 同意を求められた同じ二年でい組の立花仙蔵は、理解できないと言う風に小野田先輩を見る。
 それには私も同意させて貰うわ。反応が両親と一緒だもの。
「嫌いって言う興味を抱いた事に感動してるんだよ!」
「小野田、それおかしいからな」
 ビシッと突っ込みを入れたのは五年生の富松蔵之助先輩だ。
 実家が大工だと言う関係で、本当は用具委員になりたかったらしいけど、同室の楠原槙之助先輩に毎度阻止されているらしい。
 用具委員は一組につき二人までの定員なのに……楠原先輩は根回しまで無駄によくやるマメないじめっ子だと思う。
「あの……この場合、俺はどう反応すればいいんでしょうか」
「富松先輩、大変です天然!天然がいますよ!!」
「うおおお、どうすればいいんだ!?」
「……どうもしなくていいとおもいますが?」
 呆れる立花の突っ込みに気付かず、小野田先輩と富松先輩はきゃいきゃいと騒ぎ続けている。
 この二人は去年からこうで、特に何かあった訳ではないのだけど、立花は天然気質な先輩二人を苦手にしている節があるみたい。
 学年が一つ違うと仲があまりよろしくないものだけど、小野田先輩は少し変わっていて、他の先輩方のようにちょっかいを掛けてくる事がないので、三年生の良心だと思う。
 だけど私が基本的にこの学園で興味があるのは、同室の黒ノ江鬼桜丸と“彼”の二人だけ。今更知った人と同じ顔があったところで私の心は揺るがない。
「片桐先輩」
 ……の筈なのに、名を呼ばれると心臓が跳ねた。
「これからよろしくお願いします」
 ぺこりと下げられた頭から私は視線を逸らした。
 声変わり前の懐かしいあの声に似ている久々知兵助の声は、私の心をざわめかせる。


  *    *    *


「……負けました」
 別に驕っていたつもりはないけど、まさか二組から上がって来たばかりの素人丸出しの石の持ち方をする年下に負けるだなんて悔しい。
 肉刺も見つからない綺麗な指が憎らしい。
「ありがとうございました」
 ぺこっと頭を下げてきた彼―――久々知知兵助は、愛想のない奴でますます腹が立つ。愛想に関しては私も人のことは言えないけど。
 そもそも彼はなんなの?嫌なところばっかり突いてくるし……相性が悪いにもほどがある。
「久々知は誰に師事しているの?」
「指示はされてませんけど?」
 不思議そうな顔で首を傾げた久々知に私はイラッとした。
「先生は誰かと聞いたのよ。それとも誰かの研究会にでも参加してるの?」
「あ、そっちですか」
 苦笑して頬を掻いた久々知は「誰にも」と答えた。
「他の人たちにも驚かれたんですけど、友達に囲碁を教えてもらったらなんかできちゃって」
「なんかできちゃって?」
「あ、すいません。でも院生になる前にその友達の紹介で、学校で囲碁打てる人全員と対局したり、碁会所巡りとかはしましたよ」
 武者修行みたいで楽しかったです。と感想を述べた久々知に私は額を押えた。
 こんなのに負けたなんて信じられない。
 ちらりと久々知を見れば楽しそうに碁石を片づけるため伏せられた睫毛が長い事に気付いた。
 私よりも長いんじゃないだろうかと思うその睫毛をじっと見ていると、久々知はその視線に気づき照れたように笑った。
「何よ」
「先に見てたの片桐さんですよ?」
「そうね。まあいいわ、検討しましょう」
「なんだもう終わったのか」
 ひょこりと顔を出した同じ一組の春彦に私は顔を上げた。
 春彦は久々知と同じ学校らしく、その関係で仲がいいとは聞いていたから、覗きに来ても変な話ではないけど、何も今来なくていいじゃない。
「終わりました」
「久々知が勝ったのか?」
「はい、勝っちゃいました」
 まさかそれはないだろうと思いながらも聞いたのだろう春彦は、久々知の答えに目を瞬かせた。
「本気で?」
「中原先輩に嘘ついても仕方ないじゃないですか」
「まあそうだけど……イロが負けるなんてなんか吃驚した」
 それはそうでしょうとも。一組に上がってから負けたのはプロ相手にだけだもの。
 一組の中で一番プロに近いと言われる私が負けた。しかも二組から上がって来たばかりのこのふざけた新入りに。
「次は勝つわ」
「じゃあ俺は、次も負けません」
 そう言って久々知は嬉しそうに笑った。


  *    *    *


「……やっぱりお前嫌い」
「え?」
 思い出すだけでも腹立たしい。
 あの時の久々知は中学一年生、十三歳だ。今は十歳だけどそれはあくまで数え年の話だから実質あの頃と三つばかり年齢差はあるけどそっくりだ。そっくりすぎて腹が立ってきた。
「お前、囲碁は得意?」
「囲碁はしたことないです」
「教えてあげる。そして負かす、泣かす」
「富松先輩!片桐くんの口から教えてあげるって言葉が!」
「小野田、だからこれは感動するところじゃないぞ!片桐の奴負かす。泣かすって言ったんだぞ!?」
「……外野うるさい。やっぱりやめた」
「お、教えてください!」
 この話はなしとばかりに手を振れば、慌てたように久々知兵助が私の腕を掴んだ。
 その姿が妙に必死でなんだか気持ち悪かったので私はこくりと首を縦に動かした。



⇒あとがき
 囲碁関係の知識は基本ヒカ碁からでさーせん(´・ω・`)
 妄想を鮮度が高いうちに纏めようと思ったら資料探し後回しになっちゃって……もしかしたら後日こっそり書き直してるかもよ☆です。
 そして仙蔵がまさかの火薬委員です。まあ途中までの話ですがね。
 先輩二人はなんでしょうね……天使ちゃんじゃね?と思ってます。委員長は早々に退場していただくので名前決めてません。ま、いっか!
20100327 初稿
20220917 修正
    
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