第陸話-4

「片桐くんは詳しいんだね」
 ぽつっと零した小野田先輩の言葉に、片桐はこてっと首を傾げた。
 何がだろうとでも思ったのだろう。
 どう考えても話の流れ的に美濃先輩の事だろうに、こいつは本当っ……はあ。
「……ああ、卒業試験の際に美濃先輩が話してくれましたんです。睦言としてですけど」
「む……!?」
 ようやく合点がいったらしい片桐の回答に、小野田先輩は言葉を詰まらせ、かあっと顔を赤く染めた。
 私は、片桐と美濃先輩の接点が卒業試験だったことを学園長先生の口から聞いていたが、まさかその内容が色だったとは思ってもみなかった私は思わずぽかんと口を開いてしまった。
 片桐と美濃先輩の関係など、ほ組くらいだとどうやら本気で思い込んでいたらしい。
 私もまだまだか。
「私、在学中の忍たま唯一の色忍志望なんです。まあ忍たまで色忍志望なんて過去にも殆ど居ないそうですけど」
「それって、僕の所為?」
「いいえ。三つになる頃に実家の取り決めで決まっていましたので。小野田先輩は関係ありませんよ」
「……そう」
 小野田先輩はほっと胸を撫で下ろした。
「中原先輩の件か?」
「まあ、そうなるわね。小野田先輩、見事な墓穴ありがとうございます」
 その様子に思い至ったことをそのまま口にすれば、小野田先輩がぎくりと肩を揺らし、片桐はくつくつと笑った。
「立花は知らないから説明するけど、中原先輩と小野田先輩の仲の悪さは一年生の時に遡るわ。当時小野田先輩は保健委員。中原先輩は体育委員会だった」
「保健委員だったんですか?」
「うん……巻き込み型と言うか撒き散らし型と言うか……保健委員の間の話なんだけど、僕は春彦の事が好きだったから、散々近寄っては巻き込んで……今思えばあれが嫌われる原因だったんだろうなって良くわかるよ」
「その通りです。ちなみに中原先輩、未だに根に持っていらっしゃいます」
「やっぱり?」
「あの人、ねちっこいですから」
 小野田先輩はがくりと肩を落とし、溜息を吐いていた。
「あの頃は若かったんだよ。……僕は春彦の気持ちなんて考えられないとんだお子様だった」
「自覚されたのなら、もういいんじゃないですか?中原先輩は小野田先輩の事嫌ってますけど、恨んではいませんよ?」
「だから、それが一番きついんだって」
「……つまり、小野田先輩は中原先輩と恋仲だったのですか?」
「ええ!?違う……と思う。うん」
 勢いよく否定をしようとして段々と尻すぼみになりながら、小野田先輩は苦笑を浮かべた。
「本当若かったとしか言いようがないんだけどね……僕、春彦のこと強姦しちゃったんだよね」
 一瞬私の中で時が止まってしまったような気がする。
 どちらかと言えば、富松先輩と二人、少女のようにきゃいきゃいとはしゃいでいた印象が強かった小野田先輩が……強姦、した?
 私の耳は何かおかしな内容を拾ったのか!?と思わず疑いたくなったが、聞いた内容に間違いはないのだろう。小野田先輩はへらへらとしてはいるものの困った顔をしていた。
「僕らの不仲を見かねた学園長先生が、三年生の冬に僕らにおつかいを頼んだんだ。その帰り道、僕らは山賊に出会った。忍崩れの奴らだったからもう我武者羅でさ……その時初めて、僕たちは人を殺めたんだ」
 ずしりとその話は胸を抉る。
 片桐にも道中指摘されたが、私は、忍になるにはまだまだ覚悟が足りていない。
 殺さなくていい命なら助けたいと豪語している伊作よりも、私は人を殺す事に怯え、殺さなくていい命なら奪いたくないと思ってしまう。
 それではいけないのだと、進級試験で改めて突きつけられたばかりだ。
 そんな私が初めて人を自らの手で殺めたのは四年生の冬だ。小野田先輩たちよりも一年年を取っての事。
「僕はこういう土地柄、命を奪うと言う事には少し慣れてたんだ。流石に人の命を奪うのは初めてだったけどね」
「中原先輩は多分立花と育った環境が近いんじゃないかしら。だから精神的に参ってしまって、強姦してきた小野田先輩に縋ったそうよ。……一応立花の想像に訂正を加えておくけど、小野田先輩が女役よ」
「……紛らわしいっ!」
「うん、それは私も思ったから補足した」
「でも襲ったことに変わりはないよ?」
 小首を傾げた小野田先輩を私は殴りたいと心底思ったが、そこは大人になってぐっと堪えることにした。
 この人は昔からこう言う人だったが、何年たっても変わってないようだ。頭が痛い。
「この怪我を負った時の僕は相当参ってたんだろうね……片桐くんに春彦のこと押し付けた。正直二人の仲に嫉妬してたんだ」
「?」
「小野田先輩が怪我してた間に、一人ぐるぐる思考が巡っていた中原先輩を、色の実習の一環で相手した時にその危うさに気づいた私は、中原先輩に身体を許していたのよ。男の身体は慣らしておくに越したことないから」
「で、それをたまたま知った僕は、一人勝手に二人の心情やらなにやらを知らずに勝手にキレたんだ」
「小野田先輩も当時とても混乱されていたことだし、まあいいかで放置してたら兵助の一件……なんだ私まで参っちゃってたみたいね」
「……そうか」
「兵助?って久々知くんだよね?」
 なんで関係があるんだろうと首を傾げる小野田先輩に、片桐の顔からすうっと表情が消えた。
「私、兵助が嫌いなんです」
 はっきりと言った言葉に、そう言えばと、久々知と初めて委員会で出会った頃を思い出した。
 鉢屋との一件があってから、私は片桐が久々知を嫌いな理由を、鉢屋ではなく久々知が委員会の後輩になった所為かと思っていたが、この表情を見るとどうも違うらしい。
 小野田先輩は「好きの裏返しかな」と、大嵜先輩は「青春だなあ」とにこにこにやにやしていたのを覚えている。当時は意味が分からず首を傾げていたが。
「ここからお話しすることは、突拍子のないことかもしれません。でも二人には知ってもらいたい事情があるから話します」
 片桐は己の顔に手を伸ばし、別の少女の顔に顔を開けた。
 鬢削ぎの長い黒髪に似合う、先ほどとは別の少女の顔は、ほんの少しだけ大人びた顔だちだが、普段の片桐の様に表情の乏しそうな顔だちと同じだと思った。
 間違いなく美少女と言っても過言ではないが、冷たさを覚える少女である。
 恐らくこれも片桐の素の顔ではないのだろうが、手馴れた変装の一つであろうことはわかった。
「実家で私は常にこの顔をしていました。これが“私”です」
「……素顔では、ないよね?」
 恐らく富松先輩の変装術で慣れているのであろう小野田先輩も、私と同じように思ったのだろう。
 片桐はその言葉にこくりと頷いた。
「でもこれが“私”……2010年2月12日、金曜日の午後三時過ぎ。棋院からの帰り道に死んだ“片桐色葉”の顔なんです」
 聞きなれない単語の数々。けれど片桐は嘘を言っていないように感じる。
 突拍子のない切り出しに眉根を寄せていると、片桐は淡々と話を続けた。
「平成の世、二一世紀、冬季オリンピックの年。まあ呼び方は色々……この世とは異なる節理を持った並行世界―――パラレルワールドと言うべきかしら」
「聞きなれない単語ばかりで理解できんな」
「簡単に言えば未来。ただし、違う歴史を辿った未来の日本で“私”―――“片桐色葉”は死んだのよ」
「つまり未来のような世界で生まれ死んだことが前世だと?」
「そういう事」
「……理解しがたいな」
「理解してもらおうとは思わない。ただ二人に知ってほしかった」
「そこがよくわからないんだけど、なんで僕と立花くんなの?」
「小野田先輩は忍術学園を去った身ではありますが、プロの忍を目指さなかったことで他の卒業生たち、特に同期の先輩方と連絡が取れますよね?」
「うん。と言っても本当に少数の人の中継点だけどね」
「葦原先輩と川畠先輩。この二人といざとなれば連絡取れますね?」
「その二人なら大丈夫だよ」
「それだけで十分です。次に立花、お前は誰よりも半身引いて物事を見ている。だから二手、三手先までと大局を見る力があると判断した」
「ふん。お前の前世の話とやらは、卒業生を駆り出さねばならないほど厄介ごとなのか?」
「そう言う事。お前と話していると本当楽で助かるわ」
 片桐は僅かに力が抜けた様子で緩く微笑んだ。
「私に前世の記憶があると知っているのは、二人以外に五人。一人目は鉢屋三郎様。彼が最初に私の中の“色葉”に気づいてくださった。二人目はくのたま教室新六年生のイロ」
「会計委員なのに不運なくのたまのイロちゃん?」
「そのイロです」
 小野田先輩の言葉に、食堂で会ったことのあるくのたまを一人思い出す。
 元々学年一の美少女だったために有名であったし、この年まで学園に残っている戦忍志望のくのたまは彼女一人だ。
 それと同時に伊作に匹敵する不運体質は有名で、弱そうに見えて文次郎と匹敵する忍者してるくのたまだろう。
 ただお頭が足りなさそうな印象は未だ拭えないし、片桐の所為でどうにも泣き虫の印象が強い。
「彼女、正確には“彼”ですが、イロも私と同じく前世の記憶を持っています」
「つまり片桐くん……それとも片桐さんと呼ぶべきかな?」
「お好きにどうぞ」
「じゃあ片桐くんで。えっと、片桐くんとは逆に、男だった頃の記憶をイロちゃんは持ってるって事でいいのかな?」
「そうなりますね。ただイロの記憶は私ほど鮮明ではありません。残りの三人は学園長先生、木下先生、藪ケ崎先生です」
「藪ケ崎先生?」
「去年忍術学園の教員になった先生です。藪ケ崎先生は、私たちと同じく前世の記憶を持っています。ただ自分が引き起こした事故によって、私たちを殺してしまったのだと悔やんでいるようですが……実際の犯人はイロ曰く別人だそうです」
「殺した犯人が居るのに、別に犯人が居ると言うのはおかしくないか?」
「それは私も思ったんだけど、事故当時、私とイロの二人以外に藪ケ崎先生のミスによって死んだ人間がもう一人居るのよ。年の頃は当時の私と同じ……十六歳前後の少女。彼女はこの世界にトリップ―――この世界に来たいと言う願望があったそうよ」
「こことお前の言う前世の世界は、別の歴史をたどっているんだろう?なのに何故来たいと望めるんだ」
 こんな戦だらけの不穏な時代に。
「私は見たことがないけど、この世界を記した本があるそうよ。私はその本を模したアニメ……動く絵、と説明すべきかしら?それを知ってるだけだから、イロと話が最初かみ合わなかったわ」
「つまりこの世界が記された書を見た一人目が望み、きっかけとなる事故とやらが起きた。……お前たちは巻き込まれたと言う事でいいのか?」
「イロはそう言ってる。でも私はその証拠となる場面を見ないまま、この世に生まれたからはっきりとは言えない。ただ、もし本当にその一人目がこの世界に来るのだとしたら、何らかの策を講じておくべきだと考えた」
「その策として僕たちと言う事?」
「そうなりますね。……六年生ともなれば実習の数が多くなります。私はくのたまの色忍コースの子たちと同じ実習を、並行して受講しなくてはいけないので、学園に居る日数は立花よりもぐっと少なくなります。別に学園がどうなろうと私には関係ない……と言いたいのですが、実家の都合でそれは出来ません。出来る限り不安要素を潰すには、小野田先輩と立花がさっき言った理由で一番都合がよかったんです」
 そこまで言うと片桐は膝の前に手を付き、すっと頭を下げた。
「もし一人目がこの世界に来た時に私が不在だった場合、鬼桜丸は一人になります。もし一人目がこの世界に来たいと願った理由が、イロの言う書物に載っていた異性にちやほやされたいと言うものだったら、傷つくのは鬼桜丸なんです。だから……どうか私に変わってあの子の心を守るために力を貸してください」
 その動作に、当然ながら私と小野田先輩はぎょっとした。
 だがしかし、片桐の口から紡がれる言葉に納得がいってしまうのは仕方のない事なのかも知れない。


  *    *    *


 雷蔵の村を出てしばらくしたところで、勘右衛門と八左ヱ門の二人と別れた私は、隣で同じように小川に足を浸す文右衛門と一緒に居た。
 文右衛門の実家は私と同じ方角ではあるけど、本当ならここに寄る少し前の分かれ道で別れるのが常だった。
 どうしたのかと問えば、文右衛門は困ったように笑うだけだった。だから私は文右衛門をこうして近くの小川に引っ張ったのだった。
「気持ちいいね」
「ああ」
「……深く聞かないんだね」
「聞いて、文右衛門は答えるのか?」
「言ってもいいんだけど……あんまり口にはしたくない、かな」
 文右衛門は困ったように笑うと空を見上げた。
「……空が広いね」
「?」
 目を細めた文右衛門の表情は泣きそうだった。
「ほ組絡みか?」
 なんとなくそう思って問えば、文右衛門は現実に戻ってきたと言うように私を驚いた眼差しで見つめてきた。
「兵助にも話行ってるの!?」
「え?」
「……じゃ、なさそう、だね」
 文右衛門は、今度は小川を見つめ深々と溜息を吐いた。
「進級試験が終わってさ、すぐに学園長先生に呼び出されてね。……例年通り、保健委員の僕はついにほ組の仲間入りしちゃったんだ」
「それはおめでとう……と言うべきなんだろうか」
「よくわかんないや。補助生徒が決まってないから、合同演習位しか参加できなくて実感湧かないし」
「決まってないって、片桐先輩は?葦原先輩が卒業したんなら、文右衛門と組んでも問題ないんじゃないのか?」
「片桐先輩は色忍志望だから、実習が増えてほ組まで手が回らないからって断られたんだよ」
 色忍志望?
 初耳だった片桐先輩の進路に、俺は思わず目を瞬かせた。
 文右衛門は驚いている俺に気づかず、そのまま話を続けた。
「一応四年い組の綾部喜八郎くんが候補にあがってるらしいんだけど、彼の性格上、他人の世話なんて難しいだろうって保留になっててさ……」
 文右衛門は片手で顔を覆い、再び溜息を吐いた。
「しょうがないからって、春休み中は元補助生徒だった先輩に協力してもらうための文を持ってるって訳」
「……大変、だな」
「本当だよ!ああでもよかった……兵助が知ってるから、話が出来て、少しだけ気が楽になったよ」
「いや、私にはそれしかできないから……相談くらい、これからも乗るよ」
「ありがとう兵助」
 何時ものように優しく笑った文右衛門は、立ち上がるとまた空を見上げた。
 その横顔が、何故か初めて会った時の片桐先輩を思い出させて私は首を傾げた。



⇒あとがき
 私って言う兵助がなんかしっくりこないっ!……でもこの連載中の忍たま五年生な兵助の一人称は"私"で通します。
 現代の話もちろっと書きたい気もする今日この頃……次から一年生編に完全突入なんだぜ!!!!←滾り過ぎ
20101115 初稿
20221011 修正
    
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