第陸話-2

 春休みの期間は約半月ほどで、美濃の国までは日帰りは無理だが、少しくらいならゆっくり行っても十分新学期まで間に合う距離。
 だからなのか知らないが、片桐は「気合を入れて」と訳の分からないことを言って女装を強要してきた。
 あの小野田先輩に会いに行くだけだと言うのに、何故女装をしなければならない!
 思わずそう言う前に、片桐は学園長からついでに女性を狙う山賊を粛正する忍務を受けていることを告げた。
 そう言われては反論するわけにもいかず、女装姿で門の前で待つしかなかった。
「あれ?何してるんですか、立花先輩」
 恐らく実家に帰るためだろう、私服姿をした四年―――否、もう五年生でいいか。久々知が私にそう声を掛けてきた。
 その隣には同じい組の尾浜と、ろ組の不破・竹谷・鉢屋の四人が居た。
「見てわからんか。忍務だ」
「春休みなのにですか!?」
「ついでに、だ。お前たちは実家に帰るのか?」
「はい。雷蔵の所に寄ってからって話になってるんで、皆で行くんです」
「そうか。気を付けて行けよ」
「はい、先輩もお気をつけて」
 ぺこりと皆が頭を下げる中、鉢屋だけがじとりと私を半眼で見つめる。
「……なんだ?」
「ここに居るってことは誰かを待ってるんですよね」
「だから?」
「ずるいと思いまして」
「ふん。不破との約束は以前からなんだろう?諦めろ」
 鼻で笑ってやれば、鉢屋はぶすりとした顔をして皆よりも先に歩き出した。
 不破たちは首を傾げながら、その後を慌てて追い、久々知は「ああ」と納得したように呟いて鉢屋の背から私に視線を移した。
「なんだ?」
「いえ、自覚されたのだな、と」
「ふん。自覚など疾うにしておったわ。認めてなかっただけでな」
「そうですか」
 久々知は苦笑を浮かべ、私に向き直った。
「……道中お気をつけて」
「ああ」
 言いたい言葉を飲み込み、久々知はそれだけ言って頭を下げると、皆を追って走り出した。
 久々知はもう少し片桐に執着しているものと思ったが……気のせいか?
「……何してるの立花」
「!?」
 袖を引かれ、慌てて振り返れば、小柄な娘がじっと私を見上げていた。
「それとも仙子お姉さまと呼んだ方がいいかしら?」
「……片桐か?」
「そうよ。妹相手に名字呼びは変よ。ミキでいいわ。……何よ、どこかおかしいところでもあった?」
「いや、見事な変装じゃないか?庇護したくなるような愛らしさだ」
 自分の装いを確認していた片桐がぴたりと固まり、慌てたように私を見上げる。
「……大丈夫?熱でもあるんじゃない?」
「お前こそ珍しく口がよく回るではないか」
 指先を片桐の頬に伸ばして引っ張ると、片桐はぺちりとその手を軽く叩いた。
「面が捲れるからやめて」
「ふん。やはり地顔ではないのか」
「地顔を晒せば 、立花を鉢屋[うち]に引き入れなくちゃいけなくなるじゃない。そんな風に他人を縛るなんてまっぴらよ」
「ほう……意外に優しいところがあるじゃないか」
「は?何言ってるの?行くわよ!」
 ぷいっと顔を背けると、片桐はすたすたと歩き始めた。
 僅かに早足で歩き出した姿は、どう見ても照れているようにしか見えない。
 思わず笑ってしまいながらその姿を追えば、ぎっと横目で睨まれた。
 普段の憎らしい無表情とは違い、どこか感情豊かな娘の姿は愛しさすら覚えてしまうから不思議なものだ。


  *    *    *


 仙子お姉さま―――基、立花と二人他愛のない話をしながら歩を進めて半日ほど過ぎたところだろうか。
 山城の国と近江の国との境に位置する山を登っている途中、騒ぎの声が遠くから聞こえたのだった。
「意味はなかったようだな」
「そうでもないわよ。狙われたの、多分依頼主だもの」
「は?」
 立花は不思議に思ったようだけど、人の声と共に馬の嘶く声が聞こえ合点がいったようだ。
「馬借のご子息が入学予定だそうだから、忍たまだとばれないように、って言ってたわ」
「それを早く言わんかっ」
「だから女装をしたのでしょう?」
「……くのたまと思わせれば問題ないと言う事か」
「そう言う事」
「屁理屈だな」
 正解を言い当てた事に微笑めば、立花は表情を歪ませながらも、地を蹴った。
 私たちは木の上に素早く登り、隠れるように移動して声の方へと近づく。
 馬借らしき男が三人。山賊は五人。どう見ても山賊の方が押している状況だ。
 立花の獲物は宝禄火矢。他にも武器は持っているだけだろうけど、ああ近くては宝禄火矢は使えない。
「どうする」
「山賊と言っても素人ね。あれなら二人掛かりでどうにかなりそうだけど……立花は体術は得意?」
「接近戦はあまり得意ではない。同じ体格なら問題ないだろうが、大人相手だと力負けするだろうな」
 冷静に自分の力量をわかっている立花の言葉に、私は再び視線を下ろした。
「じゃあ先手必勝。私があいつらの気を引いてる間に、馬借の人たちを逃がしてちょうだい。取りこぼしても、引き離してしまえば立花が優位に立つだけだし問題ないでしょう」
「それもそうだな。任せた」
「じゃあ、行く」
 被っていた笠を落とし、その音に気を取られた一人目の上に飛び降りる。
「なっ!?」
「遊びましょう?お・じ・さ・ま」
 くすりと童の様に笑い、短刀を片手に身構える。
「女だと!?しかも子どもじゃねえか」
「あら、女子どもだと舐めたら、痛い目見るわよ」
 学園長先生は粛正をと言った。
 聞いていた人数とは違う上、ここにはまだ馬借の男が三人。
 すぐに殺してしまいたいのは山々ではあったけど、依頼主が加藤村の馬借・加藤飛蔵である以上、守るべきは馬借の男たちの命である。
 優先事項は間違えない。
 男たちが一斉に私に恐怖を抱いて攻撃を仕掛けると、その隙に立花が馬借の男たちを逃す。
「しまった!」
 馬たちが一斉に走る姿に気付いた山賊たちの前に立ちはだかった立花は、笠を外して美しい顔でにこりと笑みを浮かべた。
 私はすぐさま反撃の手を止めて、その場を飛び退った。
 立花は懐から宝禄火矢を取り出すと、手早く火を着け山賊たちへと放り投げた。
「もう一つおまけだ」
「「「「「うわー!!」」」」」
「あら、やっぱり隠れてたのね」
 ぽんともう一つ、先ほどより大きな宝禄火矢を、どこから出したのかはわからないけど火を着けて投げた。
 その方向にどうやら残りが居たらしく、人の声と爆ぜる音が聞こえた。
「威力はそう強くないんだが……殺しの忍務だったか?」
「粛正とだけ言われていたから、問題ないんじゃない?まあ、最低でも捕まえて引き渡したほうがいいかもしれないわね」
「お前じゃないが、面倒だな」
「そうしたのはお前よ。……甘さは時に矢となって自分に返って来るわよ」
「……わかっているさ」
 立花はぐっと拳を握りしめ、じっと火傷を負い傷ついた男をじっと見つめている。
 まあ、伊作よりはましな目かなと思い、私は短刀を鞘に納めて懐へと戻した。


  *    *    *


 最近、加藤村から山城の国のほうへ行く山道に、山賊が出るって父ちゃんが言ってた。
 そうは言っても馬借の仕事がなくなるわけなんかなくて、むしろ仕事がふえてる気がする。
 こんなごじせーだからしょうがないって父ちゃんは言ってたけど、僕はだれかが山城の国のほうへ行くたび、かえってくるであろう日には、そわそわと村の入り口で、みんながかえってくるのをまっていた。
 今のところ、それほど大きなひがいってやつは出てないけど、女の人がひとり、ひどいケガをしながら村まで逃げてきたことがある。
 いっしょに旅をしてたっていう女の人が、山賊につかまっちゃったんだって泣いていたけど、僕たちはただの村人で、父ちゃんも馬借だからって力があるわけじゃない。
 山賊たいじなんてできなくて、父ちゃんは女の人にもうしわけねえってあやまってた。
 あれから二日たつけど、女の人といっしょに旅してた女の人はかえってこない。
「若旦那〜」
 とおくからきこえた声にはっと顔をあげると、馬に荷をのせた清八が大きく手をふっているのがみえた。
 そのうしろには、清八といっしょに荷を運びにでてたおじさんがふたり。
 ほっとしたのはほんとうにちょっとのあいだで、僕は清八のうでの中にたかそうな着物に包まれたなにかに気づいた。
「せいは……うわっ!?」
 あわててはしりだした僕は、石かなにかにつまづいてころびそうになった。
 だけど、ころぶ前に、だれかが僕のからだをささえてくれていた。
「慌てると危ないわよ?」
「え、あ」
「ほら、ちゃんと立つ!」
 まるで母ちゃんに言われたような気がして、おもわずぴんと背をのばした。
 そうしてやっと、僕をたすけてくれたのがだれなのかをかくにんすることができたんだけど、僕をたすけてくれたのは、長い黒髪にまあるい目をした、可愛くてきれいな女の子だった。
 たぶん年は僕より上だとおもう。
 僕はおもわずぽかんと口をひらいて、女の子をじっとみつめてしまっていた。
「大丈夫?」
 こてっと首をかしげながらきかれたことに、僕はあわてて首をたてにうごかした。
「……ミキ」
「なあに仙子お姉さま」
「笠、落としたわよ」
「あら、ごめんなさい仙子お姉さま」
 ちっともわるいとは思ってなさそうな顔で女の子はそう言うと、きれいな女の人から笠をうけとった。
「すいませんミキさん。若旦那がご迷惑を……」
「大したことじゃありませんよ」
 くすくすとその子は笑い、仙子さんとよばれていた、その子のたぶんお姉さんだろう人が、その後ろで笠をととのえてあげていた。
 仲のいい姉妹だなあ……
「じゃなくて!清八っ」
「は、はい?」
「その女の人!」
「ああ、この方は山賊に捕まっていたんで保護したんですよ」
「その人といっしょに旅してたって人、今母ちゃんといっしょにいるんだ!早くつれてってあげてよ!」
「えっと、そうしてあげたいんですけど……ちょっと……」
 清八は、ごにょごにょと言いづらそうにしてめをそらした。
「団蔵くん」
「なに?」
「その人も疲れてるのかもしれないけど、この人も疲れてるのよ。だから少し休ませてあげて?その変わり、団蔵くんが教えてきてあげて。生きてるよって」
「!……そ、そうだよね。ありがとう!えっと……ミキちゃん!」
 清八や仙子さんがよんでた名前で呼ぶと、ミキちゃんはまあるい目をさらに大きくして、一回だけぱちりとまばたきをしたあと、にこりとほほえんだ。
「どういたしまして」
 むねがいつもより、ドキドキとはげしい音を立ててる気がして、それがばれないように僕はあわてて走りだした。
「またね!」
「あ、うん」
 その時の僕は、ミキちゃんのへんじがびみょーだったことに気づいてなかった。
 たとえ気づいていたとしても、そのびみょーなへんじのいみなんて僕にはぜったいわからなかったとおもう。



⇒あとがき
 ざ・かんちがい〜りたーんず〜。
 そろそろ一年生を出したくなりまして、ついでだ馬鹿だ……若旦那出すぞ!と気合入れてみました。
 夢主の世話を焼く仙子さんが書けて満足です。
20101027 初稿
20221011 修正
20101125 加筆修正
    
res

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