第伍話-4

 始まりは一人の忍。
 クラマイタケ城のお姫様の護衛だったその忍は、学園の卒業生で、蔵兄も世話になった人だったから、俺も名前くらいは知っていた。
 大嵜伝六先輩。元火薬委員で、片桐先輩のことすげえ気に入って可愛がってた人だ。
 その死に顔は化粧でも隠し切れないほど酷かったのに、穏やかで驚いたのをよく覚えてる。
 一の姫様は大嵜先輩の死に、泣きそうな顔をしていたけど、その涙を決して落とすことなく気丈に振舞っておられた。
 二の姫様は大嵜先輩の死に頭を下げ、遺髪を懐紙に包み、他にも亡くなった忍の遺髪と共に、必ず故郷へ届けると約束をしていた。
 二人ともとても優しい姫様だと思った。
 一の姫様なんて、俺、熊を片手で殺せる鬼姫様のイメージが強かったし、実際会っても、背は高いし、ごついし、怖いしで怯えてたけど、根はきっと優しいお姫様なんだと思う。
 そんな姫様たちは、大嵜先輩の死から二週間ほどでアブラタケ城が落ち、クラマイタケ城は城主をはじめとして無事だと言う知らせを聞いて、再びクラマイタケ城へと旅立っていった。
 肩の荷が下りた様子の黒ノ江先輩は、緊張し通しだったためか、少し体調を崩されて寝込んでいる。
 その世話を見るかと思っていた片桐先輩も、二の姫様を迎えに行く際に怪我をしたんだからゆっくり休めと、保健委員の先輩に部屋を追い出されたらしい。
 でもだからって、なんで俺の部屋に来たんだろう。寝泊まりは他の六年生の部屋でしてるみたいだけど……。
「あの、片桐先輩?」
「何?」
「……男の膝枕なんて楽しいですか?」
「楽しい」
 まったく楽しそうではない顔で片桐先輩は俺の膝の上に頭を乗せていた。
 表情が変わったのは、小さく欠伸を浮かべたせいであって、よくわからない。
 仲の良い葦原先輩の所とか、同じ五年は組の善法寺先輩の所とか辺りに行けばいいのに……あ、いや、保健委員は今忙しいんだっけ。
 最近仲良くなった保健委員の数馬が、上級生が忙しすぎて何故か保健委員なのに追い出されたと泣いていた。
 ……まあ、数馬は言っちゃ悪いがちょっと影薄いし……サボれたと思ってゆっくり休めよっと言えば、そうだねとけろりと笑って部屋に戻る途中で落とし穴に落ちてた。不運な所は歪みないのになぁ。
「さくべー」
「はい?」
「……甘いものが食べたい」
「うーん、でもしばらく外出禁止ですし」
「甘いもの」
 どこか切実な呟きに、俺はため息を吐いて片桐先輩の頭を撫でた。
 一応同室である左門と三之助は、こんな時でも活動中の委員会の為、まだ当分は戻ってこないからいいけど、あいつらにこれを見られた日には……ぜってーからかわれる!
「……片桐先輩?」
 ふと片桐先輩の視線がぼんやりと宙を見上げていることに気付いた。
「作兵衛は気付くのが上手い」
「そうですか?」
「ん」
 片桐先輩は小さく笑い、俺の胴にふと抱きついてきた。
「片桐先輩!?」
 甘えるようにすり寄る片桐先輩に慌てていると、片桐先輩は深く息を吐き出した。
 泣いているわけでもないのに泣いているように感じて、俺はそっとその背を撫でた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……なつもり」
「つもり、ですか」
 と言う事は大丈夫じゃないんだろうなあ。
 穴に落ちて泣いてた数馬よりも細く感じる片桐先輩の背が、いつも以上に丸まってる気がする。
「皆、私に“泣け”と無茶を言う」
「?」
「お前の兄もそう」
 くぐもった声に俺は更に首を傾げた。
 俺の兄と言えば蔵兄の事だろうけど、片桐先輩が蔵兄と会うなんて機会が最近あったんだろうか?
 蔵兄は、今はクラマイタケ城に就職してて、戦が終わったばっかりだから生きてるかどうか、実家経由で確認しなきゃなと思ってたくらいだ。
 実家くらいには蔵兄も連絡を入れてくれるだろうと言う期待があったんだけど……来てなかったらどうしようっ。
「富松先輩は変装が得意だった」
 小さく風の音にかき消されてしまいそうな声に、俺はぐるぐるとした思考の渦から急に引き戻された。
 思わず大きな声をあげそうになったけど、それを右手で塞いでどうにか堪えた。
 つまり片桐先輩が言いたいのは、あの一の姫様が蔵兄だったってことだ。
 だとしたら頷ける。お姫様の護衛が二人に対して、残った忍が一人だったことの違和感を―――。
「内緒」
「は、は……」
「私、お前を抱きしめているこの手で人を殺した」
「っ」
 俺の返事を聞く前に、片桐先輩はそう告げた。
 あまりに突然の告白に思わず硬直していると、片桐先輩はするりと俺から離れた。
「……ごめん」
「片桐先輩」
 離れていこうとした片桐先輩の制服を慌てて掴んで、俺は引き留めた。
 まだ二年の俺が血の臭いに敏感なわけもなく、自己申告がなけりゃ人を殺したかどうかなんてわかりはしない。
 けど、片桐先輩は俺とそう変わらない体格をしてはいるけど、もう五年生だ。人の一人や二人実習で殺したことがあるかもしれない。
 蔵兄は忍だし、血なまぐさい話を聞いたことがないわけじゃない。
 だけど蔵兄がそう言う話を俺に直接話したのは、戒めとして話してくれた煙硝蔵の爆発事故の話くらいで、後は親父たちと話してるところを盗み聞きしちまったりしたくらいだ。
 こんな風に片桐先輩が突然言うってことは、殺したのはこの間の姫様たちを迎えに行った時だ。
 蔵兄が片桐先輩の事を話す時の表情が、浮かんでは消えながら、この手を離しちゃいけないと訴えてくる気がした。
「お、俺……まだ二年ですけど……耳年増と言うかっ」
 違う!何を言ってるんだ俺は!!
「話くらいなら聞けます」
 片桐先輩は俯けた視線を上げ、目を瞬かせた。
 目玉が落ちるんじゃないかってくらい目を瞬かせて、そのままへたりと座り込んだ。
「腰、抜けた」
「うええええ!?」
 無表情に緊張でもされてたんですか片桐先輩!?
「……作兵衛」
「は、はい!」
「泣かせて」
「は、は……い?」
 泣かせる?
 ……俺が、片桐先輩を?
「あ、う……うー……失礼します!」
 取り敢えず片桐先輩の腕を引っ張って、ぎゅうっと抱きしめた。
 俺の一番下の弟の話で申し訳ないんだが、弟はよくぐずるくせに泣くのがへたくそだ。
 そう言う時は、家族の誰かが弟をぎゅうっと抱きしめる。
 そうすると弟は火がついたように泣き出して、しばらくして泣き疲れて眠ってしまう。
 片桐先輩はそうじゃないとは思うんだけど、打開策が思い浮かばないので、弟と同じ対応をさせてもらう。
 すると片桐先輩はしばらく身体を強張らせていたかと思うと、ゆっくり身体の力を抜いて、くたっと俺に身を預けてきた。
 その背を軽くぽんぽんとあやす様に叩くと、片桐先輩は小さく嗚咽を零した。
「ふ、う、……うう……」
 泣き声らしくない泣き声は、まるで女の子みたいで、ちょっと不謹慎にもどきりとしてしまったけど、俺はしばらく片桐先輩の背をぽんぽんと叩き続けた。


  *    *    *


 学園長先生の庵から長屋へ戻ると、部屋の前に座り込んでいる片桐を見つけた。
 二の姫が帰郷した翌日、肩の荷が下りたためか、体調を崩した鬼桜丸の世話を焼こうとした片桐は、早々に伊作に部屋を追い出された。
 そのため昨日は伊作たちの部屋で眠る予定だったが、あまりの部屋の臭いに耐えられず瑞木寺たちの部屋に居座ったらしい。
「何をしているんだ」
 そう声を掛ければ、ぱたっと片桐は廊下に背を預けるように倒れ、こちらを見た。
 表情を読ませることのない瞳が珍しく赤い。
「ようやく泣いたか。馬鹿が」
「……立花までそう言う」
 しゃがみこみ、手に持っていた書類で頭を叩けば、片桐はぱちりと瞬きを数度繰り返して、困ったように眉を寄せた。
 今までの片桐ではありえないほど表情が出てきたと思う。
 その原因が過去の先輩方や鉢屋のおかげかと思うと腹立たしいものがあるが、随分と人間らしくなってきたのは、いい傾向だと思う。
「久々知の所にでも行ったか」
「なんで?」
「なんでって……まあいい。じゃあ伊作……いや、あいつは鬼桜丸の所だったな。鉢屋か?」
「違う。作兵衛の所」
「二年ろ組の富松作兵衛のことか?」
「富松先輩がそう言っていたから」
 抜かりないな、富松先輩。
「……驚かないの?」
「私だってお前ほどではないが変装―――特に女装は得意だからな。安心しろ、他に生徒で気付いているのは鉢屋くらいだろう」
 自信満々に言えば、片桐は「そう」とだけ返して空を仰ぎ見た。
 恐らく片桐が私に自分の感情を吐露することはないだろう。
 わかっているが、どうにももどかしいな。
 いっそ名を付けてしまえば楽なのだろうが、あれから数日、この感情に名を付けてはいない。
「学園長先生に会ってきた」
「?」
 すうっと片桐の視線が再び私に戻る。
「先日の件の話ついでに新しい委員会の申請をしてきた」
「新しい委員会?……何故?」
「お前と大嵜先輩のやり取りを見て思ったのだ。―――上手なさようならとはなんなのか、と」
「上手な、さようなら?」
 理解できないと言う片桐に私は笑った。
「お前たちが発った後、私は斜堂先生に言われて死化粧の手伝いをしたんだ」
「そう、だったの?」
「ああ。座学や実技でも、まだ実際の死体の死化粧等見たことがなかったが、死した人をああも美しく見送れるものなのかと初めて思った」
 こんな時代だ。死体自体はそんなにではないが見慣れていたけれど、死化粧を施す最中を見たことはないし、実際施された死体を見る機会などそうなかった。
 すべて終わった後、斜堂先生は寂しそうに小さく微笑んだ。
 あの笑みは、恐らく当分忘れられないだろう。
「さようならの時を美しく飾ってやることも一つ。人生たった一度の最期の手向けだ。その一度を私は極めたい」
「……それで新しい委員会?」
「まあ元々何かしたいとは思っていたんだがな」
 そう言えば片桐は「ふうん」と答え、起き上がった。
「立花らしいんじゃない?」
「そうだろうそうだろう」
「……馬鹿」
 呆れたようにぽつりと呟くと、片桐は私の手の中の書類に手を伸ばし、目を走らせた。
「作法委員会、ね……いいんじゃない?」
 実質活動が始まるのは来学期からだが、不安要素がないわけではない。
 今年の六年生はすでに各委員会の長を修めており、一年間動くことはない。
 となれば新設する委員会の長は自ずと申請した私に決まっている。
 新しく始める委員会だからと中途半端になるような事を、私はしたくはない。
「首実検、作法学習……変装も加えておけば?」
「それではただの予習にならんか?」
「自分じゃなくて、他人相手に。案外難しい」
「ふむ、下級生には難しい話になるだろうが検討しておこう。他には何かないか?」
「……面倒」
「面倒くさがるな。お前仮にも五年生で唯一の委員長代理だろうが」
「火薬委員は参考にならない」
「そうか?」
「最初から予算決まってるから、予算会議に参加してない」
「……お前っ」
「会計委員も馬鹿じゃない。最低限の予算なら確実にくれる。立花みたいに馬鹿に火薬使う奴らの分は別申請すればくれるし」
「別申請してるのか?」
「そう。だから無駄使いは駄目」
「別に無駄使いをしている訳ではない」
「……心配」
 片桐は溜息を吐き、書類を私へ戻した。
「顧問が斜堂先生なのはいいと思う。斜堂先生は美しい」
「……そうか?」
「そう」
 片桐の言葉に首を傾げる。
「委員会、始まったらきっとわかる」
 妙に楽しげな片桐は再びぱたっと廊下に背を預けて目を閉じた。
 その表情は随分と穏やかで、私は釣られるように自然と口元に笑みを浮かべていた。



⇒あとがき
 すべては作法委員設立のために!(うそやでー)
 とりあえず途中かっとばし気味にではありましたがこれにて第一部は終了です。
 ついに来るぜ主人公たちの時代がっ!!!
 愛すべき一年生をじょろじょろ書くぞおおおおおおお!!!!!←一先ず落ち着け
 第二部は「……上級生夢?何それ、おいしいの?」な展開になりそうな予感が今からひしひしするのが執筆者ってどうなのよ、私。
20101012 初稿
20221001 修正
    
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