第伍話-2

 プロ三年目だったとはいえ、学園を卒業した生徒を追い詰めるほどの実力者に、生徒だけで向かわせるわけにはいかない。と言うことで、実技担当の教師が数名動向する形で、六年生六名と私と伊作、それから五年ろ組の[[rb:赤間景清 > あかまかげきよ]]の三人が菊ちゃんの救出のため動くこととなった。
 この人選は、菊ちゃん捜索の手がかりが裏裏裏山と言う場所しかなく、その穴を埋めるために狼の嗅覚を利用することが決まったためだ。
 狼の扱いに長けた生物委員は六年生に一名。それから私と赤間の二人。それぞれが他の生徒と二人一組、もしくは教師がついて三人一組となる。
 以前私が受け取っていた手紙は灰にしていたけど、灰にしなくても問題ない手紙を鬼桜丸が持っていたので、それについている残り香が頼りだ。
 私と葦原先輩は教師が付かない分、菊ちゃんを見つけ次第犬笛を鳴らして学園へと帰還するよう言われている。
 だけどもし敵と遭遇したならば、私は大嵜先輩からの忍務を全うするだろう。出来るだけ葦原先輩の目を逸らして。
 ふと私たちの前を走っていた牡丹が突然足を止め、葦原先輩が私に視線を向けてきた。
 私はこくりと頷き、竜胆の背に手を添えた。
 鼻腔に届く血の匂いは、菊ちゃんか、菊ちゃんの護衛の忍か、それとも敵の忍のものか―――。
 どちらにしろ私が先行して確かめるだけの話。
 苦無を片手に竜胆の背に飛び乗ると、竜胆は血の匂いに向かって先ほどよりも速度を上げて走り出した。
「……片桐?」
 ぽつっと零れるように呟かれた名に、竜胆の進行方向を慌てて変える。
「―――来るな!」
 咄嗟に声を上げ、追随しているであろう葦原先輩の足を止めていた。
 自分で治療をしたのだろうか。血が滲み出ている様子の腕に巻かれた布は、恐らく頭巾だ。
 露わになっている顔は、私よりもずっと長く一緒に居た葦原先輩の方がよく覚えているだろう。
 むしろ彼に明かさぬよう教えられたヒントのおかげで、私は菊ちゃんの護衛が誰かようやく理解できたと言ってもいい位に、接点は少ないようで大きかった。
「行け、竜胆」
 飛び降りると私はすっと竜胆の背を叩いた。
 竜胆は賢く忠実な仔だから、私の言いたいことを汲み取って走り出す。
 こっちへ来ないでくださいね、葦原先輩。これは私の忍務です。
「……俺を殺しに来たのか?」
「そう。それが大嵜先輩からの最期の忍務」
「あの人は死んだか」
「お前が殺したのでしょう?」
「……そうだな」
 泣きそうにくしゃりと表情を歪ませ、彼は苦無を手に取った。
 ほんの一拍呼吸の間の思案で、彼は覚悟を決めたらしい。
 彼ほどではないけど、私にも覚悟を決める時間はあった。
 お互いに苦無を構えていると、空からぽつりと滴が落ちる音がした。
 ほんの僅かなその音が合図となり、私たちは苦無を向け合った。


  *    *    *


 気付けば曇っていた空から雨粒が落ち始め、狼の嗅覚を利用しての捜索は厳しいかもしれないと空を見上げる。
 暗い空から降る雨は、しばらくは止まないだろう。
 困った、と雨を拭えば私のいる組に同行していた狼が足を止めた。
「―――あれは」
 先頭を走っていた川畠先輩が人影に気付き、警戒のため握った苦無を下ろす。
「楠原先輩!」
「川畠……」
 ふと雨にかき消されそうな血の匂いを感じて、僕は慌てて走り寄った。
 そこに居たのは大嵜先輩が着ていた忍服と同じ物を身に纏った楠原先輩だった。
 どうやら負傷をしているようだけど、それほど酷いわけではないようで少し安心した。
 楠原先輩の後ろでは、長身の女性に庇われていた愛らしい少女がほっと息を吐き出す。
 多分彼女が僕たちが探していた二の姫様なんだと思う。
「楠原の知り合いと言う事は、そなたら忍術学園の生徒じゃな?」
「はい。二の姫様の保護の任を受けております」
「お前までデカくなりやがって……けど、助かった」
 楠原先輩は、川畠先輩を見て嫌そうな顔をしながらも、安心したのか少し表情に笑みが浮かべた。
「援護に来たってことは誰かが忍術学園に辿り着いたんだな?」
「大嵜先輩が」
 安心しているところに余計なことを言わない方がいいと考えたのか、川畠先輩はそれ以上言わなかった。
「―――川畠、善法寺」
 すたっと木々の上に居た厚木先生が下りてきた。
「お前たちは姫様方を連れて学園へ戻れ」
 それはどう言う意味だろうともう一度女性二人を見ると、長身の女性は少女の手を取り歩み寄る。
「姫様方、今しばらく辛抱願えますか?」
「平気じゃ。のう、姉上」
「……ええ」
 少女が女性を見上げると、小さな声が耳に届いた。
 女性にしてはやけに低い声で、僕ははっとクラマイタケ城の鬼姫の噂を思い出した。
 クラマイタケ城の城主久良舞竹之信の長女で、生まれた時から身体が大きかったらしいけど、年を重ねるごとに鬼子のように大きくなったと言うお姫様。
 一見すると楠原先輩よりも長身で、六年生で一番身長の高い川畠先輩と張るのではないだろうかと言うほど身長が高いように見える。鬼桜丸と同じくらいかな?
 片手で熊を絞め殺すほどの実力者と言う噂もあるし、恐ろしいお姫様なのかなと思ったけど、どちらかと言うととても大人しくお淑やかな姫様のように感じた。むしろ二の姫の方がお転婆そうだ。
「……あれ?」
「どうした善法寺」
「あ、いえ……」
 川畠先輩の声に首を横に振り、僕は三喜之助から預かった牡丹の背を撫でた。
 三喜之助の狼―――と言うか三喜之助の家のらしいけど―――は、ほ組に選ばれて以来鉢屋が連れていることもあって、自然と扱い方は学んだけど、竜胆は僕の言う事聞いてくれないんだよね。
 どうにか僕の言う事も聞いてくれるのは優しい性格をしているこの牡丹の方だ。竜胆は賢いけど、その分プライドが高いのか、ある程度実力がないと言う事を聞いてくれないらしい。
 ちょっと悔しいので、いつか竜胆が言う事聞いてくれるようになるように頑張ろうと思う。
 ……じゃなくて!
 大嵜先輩は二の姫の護衛が“二人”だと言っていた。
 そして学園長先生は僕たちに“二の姫の保護を”と言っていた。
 なんで話にも出てこなかった一の姫がここに居るの?……もしかして護衛する必要もないくらい一の姫様は強い……とか?
 でも、だとしたらもう一人の護衛はどこに?
 ちらりと視線を向けるけれど、虫の垂れ衣で隠れた表情はよく見えなくて、僕は首に下げていた犬笛を口につけて合図を鳴らした。
「む?何の音も鳴っておらぬぞ?」
「あ、これは犬笛です。牡丹たち狼の耳に聞こえる音なので、人の耳には聞こえないんです」
「ほう。これがそうなのか!姫は初めて見たぞ」
「……菊」
 咎めるような一の姫様の声に、二の姫様が僕の手元に一身に向けていた視線を動かす。
「む。そう言っておるバヤイではなかったのう。先を急ぐか」
「では、行きましょう」
 楠原先輩の言葉に、二の姫は楽しげにしていた表情をすっと真面目な顔に変えた。
 確か年は一年生よりも下だったはずだと言うのに、やはりお姫様は普通の女の子と違うのかもしれない。
「辛くなったら言ってくださいね」
 そう声を掛けると二の姫はにいっと笑った。
「平気じゃ。姫も兄様に負けじと修行をしておるからな」
 ……訂正。彼女が特別なんだろう。とんだじゃじゃ馬姫みたいだ。


  *    *    *


「……後悔してるか?」
 すれ違いざまに問われた言葉に思わず眉根を寄せる。
「それはお前の方ではないの?」
「……そうかもな」
 苦笑を浮かべ、彼は木の上からとんと降りた。
 血が足りないのか、青白い顔が私を見上げ笑う。恐らくこの冷たい雨も彼の体温を奪っていっているのだろう。
 それは大嵜先輩と同じ、死を覚悟した笑みに見えた。
「お前が見送ったこの命、お前が散らせよ」
「……男は馬鹿ばっかり」
「はは、そう言う生き物だからな」
 動き回った所為で血を流し過ぎたのかもしれない。
 否、あの大嵜先輩の事だ。反撃に使った苦無に毒でも塗っていたのかもしれない。若干呼吸音が妖しい。
 大嵜先輩はあれで毒のスペシャリストで、保健委員とは表向きよく対立をしていた。
 毒だって正しく使えば薬になることを知っている上級生の先輩とは、ほ組の課題時は仲良くしていたと聞く。
 私は苦無を投げ捨てて目を伏せた彼の元へと降り立つと、手に握った苦無を彼の頸動脈へと向けた。
 吹き出す赤い血が私を汚し、彼の身体が呻き声と共に崩れ落ちる。
 ひゅうっと呼吸音が聞こえて視線を落とせば、彼は力なく「はは」と笑った。
 記憶に一番残っている厳しかった顔はそこにはなく、ただ死にゆく青ざめた男の顔があった。
 彼は大きく咳き込み、赤い血を吐き出し最期の言葉を必死に紡いだ。
「……け、よ……―――」
 聞き取りにくいその言葉を聞こえなかった振りをして苦無を落とした。

「さようなら―――美濃先輩」



⇒あとがき
 オリキャラ二人目、美濃先輩も再登場して即退場です。
 美濃はどっちかと言うと不運委員のお笑い要員にするために作った先輩キャラだったのですが、その話が主人公の設定変更時に消滅したため第弐話でワザと少し出してこう言う役割にと決めました。
 自分の生み出すキャラクターを殺すときほど胸が痛むことはありません。……とか言いながら大嵜の話よりもこっちの方が胸が痛いのは愛の差か?←
 伍話が終われば乱ちゃんたちの登場ですからね、もう少しシリアス頑張ります。……挫けそうだけど。
20101007 初稿
20220930 修正
    
res

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